世界崩壊の序曲
生温い風が頬を撫でる。現在の季節は夏、炎天下の下、そんな気持ちの悪い風に包まれながら1人の少年は学校の屋上で街の景色を眺めていた。
街の様子はいつも見慣れているものではなく、あるところでは煙が上がり、またあるところで聞こえるのは多くの悲鳴、怒号、そんないつもの日常からは到底想像できないような景色が広がっていた。
その凄惨な街を眺め、少年はこれから自分はどうするべきかを必死に考えていた。少年の服装は学生服で特に不自然な点は無いように思える。ただ一点、
赤く染まったシャツを除けばの話である。
そんな赤いシャツに身を包んだ少年は、
「とりあえずレベリングでもするか!」
と、にこやかに呟いた。
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このような状況になる1日前
彼はいつも通り学校へ向かっていた。夏の日差しが強くなりだした7月中旬であり、当然彼の足取りは重い。
「おーい!桐生!朝からなにダルそうに歩いてんだよ!」
そんな彼、桐生のもとに、笑顔で走ってくる男がいた。身長は160cm程だろうか、顔も整っており、イケメンの部類に入るだろう。
「…朝からうるさい、晴人」
桐生は欠伸交じりにそう返した。
「あ、さてはお前昨日もずっとゲームしてたな!だから毎日言ってんだろ、オンラインゲームは程々にって!」
「うるせぇ!お前は俺の母さんか⁉︎」
まったくもって朝からうるさい2人である。
「まぁでも、流石にオンラインRPG世界ランキング1位の桐生さんは違いますなぁ、毎日ゲームとは」
「そんなに廃人じみてやってねーよ、ただ面白いからやってて、気づいた時には1位だっただけだ」
桐生は晴人にそう言うとまた欠伸を漏らした。
「へいへい、わかりました。とりあえず今日の授業は寝るなよ?来週テストらしいからな!」
「だからお前は俺の母さんか⁉︎」
そうこうしているうちに学校に着いた2人
2人の通う学校は県立の高校であり、有数の進学校でもある。今年受験を控えた2人にとって勉強は避けては通れない壁である。
ごく普通の日常が続くと疑わぬ2人、これからそんな2人の人生、いや、世界を狂わせる出来事が起ころうとしていた。現在の時刻は9時半、事が起きるのに後2時間。
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時間は着々と進み現在は11時20分、もうすぐで、昼休みに入る時間帯の授業である。
(はぁ、毎日この教師の授業、退屈なんだよなぁ)
桐生は心の中でそうぼやきながら、ふと窓の外を眺めた。いつもと変わらない窓からの景色、だが今日は違った。
「なんだあれ?...煙?」
窓から見えたのは街から煙が上がっている光景、どこかで火事でもあったのか、そう考える桐生だったがその考えは、校門から入ってきた1人の男に断ち切られた。
「⁉︎なんだアイツ?」
それは、サラリーマン風の男だったが、様子がおかしい。片足は引きずるように歩き、首はどこか傾き、極めつきは
「片手が...無い?」
そう、男には本来あるはずの右手が無かったのだ。
「コラァ!!桐生!なによそ見してんだ!」
窓の外の男に、視線を釘付けにしている桐生にそう怒る教師。そして周りの生徒もそれに反応し、桐生の方を見つめた。
しかし、桐生が見ていた窓の外の男を同じ窓際に座っている女子が見つけた途端、教室は悲鳴が飛び交った。
「キャアアア!!」 「何⁉︎あの人⁉︎」
そのような悲鳴が教室を覆い、教師は慌てながらも
「皆、静かに!おそらくただの不審者だ!先生達が行ってくるから待機してなさい!」
そう指示を出し、他の教師達と男の下へ向かって行った。
教師が行った後も教室はまだ騒然としていた。
しかし桐生には、あの男がただの不審者には到底思えなかった。
(あの男、明らかに普通じゃない。右手が無いのもおかしいが、なによりあんな姿で歩いてるなんて、まるで、まるで...)
その時またもや、桐生の近くの生徒が悲鳴を上げた。
「ねえ!先生噛まれてない⁉︎」
「嘘でしょ⁉︎」
生徒達が目撃したのは、話しかけた教師の1人が喉元に噛み付かれ、絶命する瞬間だった。
(まるで、ゾンビじゃないか!)
世界崩壊の1日目、これがその始まりだった。