第7話 アーク、母の気持ちになる。
「……そ、それはな────」
どうしよう、とアークの中に迷いが生まれていた。
考えた答えは2つ。
1つは誤魔化すこと。下手な言い訳でもいい。
誤魔化せば、チェルシーは追求してこないだろう。
2つは、本当の事を言うこと。
これに至るまでの信頼関係をチェルシーと築けているかは定かではない。
しかし、そのチェルシーの人柄は、打ち明けても良いのか?と思わせるような何かがある。
考えた果てに、辿り着いた答えは……。
「俺……実は、人の才能を測る能力を持っているんだ」
優柔不断なアークらしいとも言えよう1つ目と2つ目の複合型のような答え。
誤魔化しつつも真実を織り交ぜた答え。
「へぇ〜っ!凄いんですね、アークさんって!」
チェルシーは瞳をキラキラと輝かせて頬を紅潮させ、興奮気味に募る。
「その能力があれば、教官とか向いているんじゃないですかっ?」
ご最もである。
アークのその能力だけを聞いたら、適職は“教官”など人に何かを教える職業と言う者が多いであろう。
「……俺は、冒険者になりたかったんだ」
冒険をしたい。
誰かと一緒に世界を回って、死闘を潜り抜け、強敵に打ち勝つのが、彼の夢である。
「そうなんですね。わたしもです」
チェルシーは納得したように、軽く頷く。
冒険者はチェルシーの夢でもあった。
どんなに向かないと言われ続けても、役に立たないと蔑まれても、挙句の果てには盾にされたって諦めなかった夢。
「……あのっアークさん!」
恥ずかしそうに、瞳を伏せながらも。
意を決したように、チェルシーはアークの名を呼ぶ。
チェルシーとアークの視線がぶつかった。
「わたしと……正式なパーティを組んでくれませんか?」
あれほど、ドキドキしていた胸は今ではすっかり落ち着いている。
言い切ってしまえば、断れるのも怖くない。
悲しいだろうけれど、言わずに諦めるのは悔しい。あとで絶対に後悔するから。
清々しい笑顔を浮かべたチェルシー。
アークは逡巡する間もなく。
「……喜んで。こちらこそ、お願いする」
口元がふっと綻ぶ。
それは少しぎこちなくて、拙い笑顔だったけれど、チェルシーにはアークの喜びが伝わった。
「ありがとうございますっ」
*****
森を抜け、2人はギルドに再び訪れる。
ゴブリンの魔石を渡すため、そしてパーティ申請をするために。
臨時パーティは兎も角、正式なパーティはギルドに一言伝えてから組むという決まりになっていた。
さて、今回は比較的失敗もなく、正式なパーティを組む所まで達成したアークの心情と言えば────。
(やったぁぁぁぁあっ!え?正式なパーティ組めちゃったよ?しかもめちゃくちゃ可愛いチェルシーと!嬉しいわぁ、まじ天にも登る気分とはこの事だ。ぼっち脱出しちゃったよ、全国のぼっちさん、ごめんねぇ!先に脱・ぼっちしちゃって!)
狂喜乱舞だ。
喜びすぎて、若干思考がうざいことになってしまっている。
因みに、脱・ぼっちと言ってはいるが、チェルシーはあくまで仲間であり、友達ではない。
仮にチェルシーを友達カウントしたとしても、まだ友達1人という悲しい状況から抜け出せた訳では無いのだ。
ご愁傷。
「はーい。パーティ了解でーす。んじゃ、これからも頑張れ下さいねー」
寝ぼけ眼を擦りながら、毎度お馴染み、やる気のない受付嬢はパーティ申請を受諾した。
「やったぁっ、これでアークさんとパーティになれましたっ!わたし、頑張りますね!」
「俺も、頑張るな。これからよろしく」
ふふっと、笑みを零して胸の前でガッツポーズを作るチェルシーにアークは生真面目な挨拶をする。
「これから、どうしますか?もう、今日は遅いし、クエストはまた明日受けます?」
「……そうだな」
ゴブリンの魔石何個分かの金とクエスト達成の報酬があり、今日宿屋に泊まる分のお金はもう既に入っていた。
遅くなってからだと面倒なことも多いし次のクエストは明日にしよう、という意見で纏まった。
「宿屋を探しましょうか!どうせなら、ご飯が美味しい所がいいですよね〜」
街を歩きながら、宿屋をチェックしていく。
「いっぱい、お金貰っちゃったので、ご飯はわたしが奢りますね!」
実は、報酬金額や魔石代合わせた今日の稼ぎ分はチェルシーの方が多く貰っている。
アークが、『俺は何もしていないから』と言った為だ。最初は遠慮していたチェルシーだが、根負けして心做しか多めに貰ったのであった。
「いや、自分の分は自分で払う」
奢ってもらったら、折角多めに渡した意味が無くなっちゃうからな、と付け足す。
「え、でもいいんですか?」
「大丈夫だ」
申し訳なさそうに再度確認するチェルシーにアークは先程の攻防でも何度も言った言葉を告げる。
「では、有難く貰いますね……」
未だに悪そうだけれど、チェルシーは渋々頷く。
アークは満足気に頷いた。
「あっ!ここなんかどうですか?」
「いいな」
その後は、明日のクエストやこの街の絶品料理について喋りつつ(大体チェルシーが話してくれている)、街を歩き続け……。
とうとう良さそうな宿屋を見つけたのだった。
中に入ると、もう何人かの冒険者がいた。
「今日、一部屋空いてますか?」
チェルシーが宿屋の店主に尋ねる。
……と。
「いや、ちょっと待て。なんで一部屋?」
「え?わたしとアークさんで一部屋。良くないですか?あ、一人部屋が良かったです?」
(そういう問題じゃないだろ……。この子、大丈夫か?)
アークはじとり、とした目でチェルシーを見やる。
チェルシーはえっ?と困惑したように声を出すが、困惑したいのはアークの方だ。
「俺は良くても、チェルシーはダメだろう。ベッド、ひとつしかないぞ?」
「大丈夫ですよっ?」
アークは更なる疑問を持つ。
自分が、可愛いという自覚がチェルシーは欠落しているように思える。
「兎に角、お金が無いわけでもないんだから2部屋取るぞ」
「はーい……」
呆れた……と溜息を零すとチェルシーは解せない、と言いたげだ。
「で、では、2部屋で宜しいですね?」
「はい」
宿屋の店主も困り顔だ。
アークは、チェルシーに『自分が如何に可愛い女の子なのか』をきちんと教えて、会って間もない男とほいほい同室で寝るもんじゃないぞと指導することを心に誓った。
(全く、勘違いする男が出たらどうするつもりだ)
気分は、仲間や友ではなくて母だ。
ストックが切れつつあるので2日、3日おき更新になります。