008 小羽の現状
花月達が家を飛び出した頃、雪野達は公民館前の広場で元篤のお爺さんに聴取されていた。その場には高年齢の村人達も集められており若い者はあまりいなかった。
「はぁ、暇じゃのう……小羽はまだ来ないのか」
多くの村人が立っている中、雪野達のすぐ近くにはつまらなさそうに一人だけベンチに腰かけている田藤のお婆さんの姿もあった。
「わしも娘探しに混じろうかのぅ。はっは」
彼女はそう言うと、立ち上がり広場の外へとふらふらと出ていってしまった。
まさかこのお婆さんに小羽と一緒にいるところを見られていたとは……
「それでお前達は小羽になんて頼まれたんだ? あの娘の目的はなんだ? 復讐か!」
「だから違うと言っているでしょ。耳、聞こえていないんじゃないですか? 頑固ジジィ」
「だれが頑固ジジィだ! この生意気な! よそもんが! 外人野郎!」
「ならちゃんと私が言った言葉を聞いてくださいよ。何言っても嘘だと決めつけないでくれます? もう何も喋りませんよ? もうあまりに拘束がいきすぎるなら、[JHSA]に連絡しますよ、いいんですか? いいんですね! あー、ほんとめんどくさい!」
先程から村人達の質問に対して季流は、自分達は県内に住む[JHSA]という国公認の一般には秘密にしている組織に属している事、そしてその仕事の一環で小羽の村で起きている現象を何とかしてほしいという求めに応じ現在調査をしている事をしっかり説明していた。
だがそれを聞いても村人達は納得できない様子で、何度も同じやり取りが繰り返されていた。
「だからなんなんだ? その[JHSA]って? お前らふざけてんじゃないのか。国公認で秘密とか、意味わかんねえぞ! 話しをはぐらかそうとしてるだけじゃないのか?」
村人の一人からそんな声が漏れ季流はため息をつく。
小羽の居場所を打ち明けてしまった後、お爺さんが小羽を家から連れ出してくる様にと村人達に伝えていたのを雪野達は聞いていた。数人の三十代、四十代くらいのおっさん達が広場から出ていくのを確認し今、残っているのは元篤のお爺さん程の老人だけだった。
「お兄さん、小羽ちゃん達は大丈夫なんでしょうか?」
「花月もいますし大丈夫でしょう」
「そうですけど、いや、う~ん……とにかくあいつに何かあった場合はどうするんです?」
「花月に危険が迫る事を心配してるんですか?」
「それは……まあ、当たり前ですよ。それよりも俺が言いたかったのは、花月のあの怪力を爆発させて人に怪我を負わせないかとか、思わず殺ってしまわないか心配です……」
「あのねぇ……そんな事を……」
色んな意味で花月を本気で案じている彼の発言に対し、呆れ溜め息をこぼす季流がいた。
「お兄さんは、そんな事はないと言い切れますか?」
すると季流は一瞬、考える様にして上を向いた。
「まあ……心配じゃないというのは嘘になりますねぇ……」
「ほら。それに俺が花月に関して心配なのが、今朝の……」
お互い神妙な顔つきで顔を合わせていたその時、聞きなれた声がどこからか響いてくる。
「雪野さーん!」
「あれ? 気のせいなのか? 今、花月の声が聞こえた様な気がします、お兄さん」
「奇遇ですね。私もですよ、雪野くん」
そしてまた……
「雪野さーん、お兄さま!」
花月の声がはっきりと聞きこえた時、雪野達は公民館から荒れ地へと視線を向けた。
「あ……お兄さん、二人が……」
「はい。見れば分かります」
そこには十人前後の村人から追いかけられている花月と小羽の姿が見えており、雪野達と共に広場にいる年老いた村人達も一斉に小羽に目を向けていた。
「〈異端者〉か……」
「こっちに向かっているぞ!」
監視の注意がそれている隙に遠くを示す季流のサインを見て雪野は立ち上がる。
「いきますよ、雪野くん」
「はい」
二人は老人達の中を勢いだけで突破し、直後かかる元篤のお爺さんの「待て!」という声。そして追いかけてくる老人の姿を確認する。ヨレヨレと曲がった腰を押え杖をつきながら息を切らしている者も多くいて雪野はケガしないかと心配になったが、遠くで今にも捕まりそうな二人を放っておく事は出来なかった。
「大丈夫か……」
手を引かれながらなんとか走る小羽のすぐ後ろには片手を伸ばす村人達がいた。
「あ……」
途端、その手が彼女の長い髪に振れた時、小羽は無理やりその髪を引っ張られる形で捕まり花月も動きを止めた。すぐに花月が彼らを払いのけるもののその時には完全に周りを囲まれてしまった二人の姿が目に入っていた。
「小羽さんに近づかないでください。もう閉じ込めたりしないでください!」
だが、そこで雪野と季流も追いつき村人との間をわけ二人と合流した。
「おい、花月。小羽ちゃん!」
「二人とも大丈夫ですか?」
「雪野さん、お兄さま! 私達は何とか大丈夫です! 捕まる一歩手前でセーフです!」
「花月、セーフじゃないから。見つかった時点でもうアウトだからな」
「え、そうなんですか? すみません雪野さん……家にいるのも危険だと判断したので、お兄さま達の所まで向かおうと人を避けながらここまできたんですが……」
「家で何かあったんですね? 花月」
「はい。小羽さんのお母さんやお姉さん方が村の人に小羽さんの事をつきだそうと……」
「まあ……どっちにしろ小羽ちゃんの居場所は村人達にばれていたんだけど……」
小羽の方に目線を向けそう漏らす花月の言葉から雪野は察し、今の状況を一部話した。
「そうなんですか?」
「ああ、小羽ちゃんと合流した時、目撃していたお婆さんがいたらしいんだ」
「その、お婆さんとは……?」
その時……
「わしの事じゃぁああ!」
「おわああああああ!」
いきなりの背後からのガラガラ声に雪野はまたも驚き叫んだ。
「田藤の、お婆さん……」
雪野や花月、季流、小羽、それから周りのおっさん達も一斉にお婆さんに視線を向けた。
「婆さん、あんた見ていたのかい! それならもっと早く知らせておくれよ! 村人全員で今までその娘を探していたんだぞ!」
「そんな事わしは知らん!」
「知らんじゃねえんだよ、婆さん!」
「そうだそうだ。小羽は危険なんだ。このまま逃げられてたらどうするんだ!」
「とにかく早くつかまえろ! 虫が近くにいないうちに、さあ!」
その時、既に元篤のお爺さんを含めた老人達もその場に集まりかけており、そんな急かす様な言葉に田藤のお婆さんはジロッと周りを見てから小羽へと顔を向け、ある疑問を投げかけた。
「ひとつ気になる事があるんじゃが、琥珀石を盗んだのは本当にその娘かのう?」
「何いってんだ。婆さん」
「わざわざ自分が真っ先に疑われる事を彼女がするかどうか、そこが疑問じゃ」
「それは……」
そこで花月は声を上げて訴えた。
「小羽さんは琥珀石を盗んではいません! そう言っています!」
「それは、その〈異端者〉が嘘ついてるんじゃ!」
そんな不愉快な言葉を聞いて雪野は彼らへと訴えずにはいられなかった。
「なぜ信じようとしないんですか? あなた方はまるで最初から小羽さんを悪者にしようとしているだけに思えます。彼女の何が気に入らないんですか?」
「全部だぁ、全部」
「その女は村の厄災だ!」
「村に虫を操るものが生まれた。それだけで不吉だ。その娘は不吉な子なんじゃ!」
そこまで言うのかと雪野は顔を引きつらせ、小羽に向けられるその怒りや恐怖の様な、小羽を拒絶しようとする村人達の同様の顔を見た。
「ふざけるなぁ! この……人でなし」
思わず出た声に反応して村人達はあきらかな怒り顔を露にしていた。
「もういい! 皆いつまで奴らに言われた通り立ち止まっている! そんな弱弱しい者達なんかはねのけて、小羽を捕まえんかぁ!」
元篤のその言葉に村人達は気持ちが高まる勢いで小羽を捕まえ様と迫ってくる。皆で小羽を守ろうと彼女の周りに立ち、雪野も手を広げながら言葉を投げかけた。
「彼女はとても怖がっていますよ。皆から疑われ閉じ込められたりして、やっとの思いで我々に助けを求めたんです! あなた達はその気持ちが分かりますか?」
「そこまで話したのか〈異端者〉!」
怒りがこもったお爺さんの声の後、村人達は小羽に冷たい目を向けていた。
彼女を阻害し様とする人間の有様を見るのは雪野は嫌だった。小羽の事をもっと分かってあげてほしいとそう思う。何を言ってもダメかもしれない。だけど……このまま何も変えられないまま終わらせたくはない!
「俺達は小羽ちゃんに村をなんとかしてほしいと、琥珀石を探してほしいと頼まれたんです。そんな彼女が琥珀石を盗むはずがない。疑われている今でも琥珀石を持っているはずがない!」
「うるさい、さっさとその娘を渡せ!」
雪野の目前には大柄の男達がいて途端に彼の腕を引っ張り、彼はあっけなくなぎ地を滑る様な形で倒されてしまう。
「うわっ!?」
受け身を取ろうとした手の平や膝あたりに違和感を覚え、見ると擦り傷ができていた。
「雪野さん! 大丈夫ですか?」
花月の声を聞きつつ返さない代わりに雪野は起き上がり、小羽に手を伸ばしかける男達を突き飛ばす勢いで突進した。倒れはしなかったがよろけた隙に雪野は小羽の前に立つ。
「小羽ちゃんに絶対触れさせない! 彼女は絶対、俺が守ってやる!」
「雪野さん……でも……」
「大丈夫だよ、小羽ちゃん。まあ普通に考えて全然大丈夫じゃないんだけど……」
このままお兄さんの目や花月の怪力で一発に解決できる事で、無力な自分はそのまま何もせず二人の様子を見守っている事はできるのだが、それはなんか……いやだ。
「男としてここはやるだけやってみるしかないよね?」
あ、でもやっぱり花月に任せるのだけはやめておこう。村人達、特に老人達が危険だ。
「はあ……」
不安そうな小羽の顔を確認しつつ村人は少々感心した様子で雪野を見ていた。
「ほう。兄ちゃんいい心がけだな!」
「今どきの若いもんは、見た目も中身もおら達と違って貧弱で困ったものだ!」
「ここで男が女のピンチに逃げてるようじゃ、もうそいつは男じゃねぇからな!」
「見た目は貧相だが勇気がある!」
「ここはこの村のたくましい若者、元篤の爺さんとこの篤志と競ってもらおうか?」
それに篤志という若者らしき青年と雪野は同時に声を上げた。
『えっ!?』
「元篤さんもいいよな?」
「そうだな。篤志にこの青年に篤志が負けるはずないからな、いいだろう!」
「ちょっと、祖父ちゃん!」
「篤志、お前の手で小羽を捕まえろ! お前はこの村の代表だ!」
黙り込む篤志と言う若者は雪野それから小羽の方へと顔を向けて固まった。そのうち彼女はその若者の視線から逃れる様に目をそらしていた。
「あ、小羽ちゃん? あの男の人って強いの? 俺、頑張ったら勝てそうかなぁ~?」
「あ、えっと……あの人は強いと思います。昔、上級生とのケンカに勝ったとか、ガキ大将だったりしていた人です」
「あはは、そうか……でもやってみるよ小羽ちゃん。だから応援よろしく」
「あ……無理しないでください」
「うん」
雪野はやめておこうかと思いつつも、村人から感心されてから怖気づくのは負けるのと同じくカッコ悪いし一応ここは男気を見せる事になった。だが、ふと篤志という青年の睨みつけるような怖い顔を見て、やっぱりやめとこうかなと弱気になる雪野がいた。
「雪野さん、私も応援しています! 頑張ってください!」
「あっ、ああ……花月。お前は何もせず大人しく見てろ。絶対だぞ? 分かったな!」
「はい、雪野さん!」
これでもう引き返せないと思い雪野は覚悟を決めた。負ける覚悟を……
相手も覚悟を決めた様で元篤のお爺さんへと顔を向けた。
「祖父ちゃん、やるよ。俺に任せとけ! 絶対勝つ!」
「おお、その意気じゃ!」
その後、村人の相手への声援の中、雪野と篤志の相撲の様なただの押し合いをして、倒された方が負けという勝負をしたのだが……篤志を一回でも地面に倒せば雪野の勝ちというこちらをバカにした様な雪野へのハンデが与えられた。めんどくさい事にこの勝負は雪野が諦めない限りその勝負は永遠に続くのだ。
彼は最初から本気で押し出す勢いで向かっていくが、篤志に軽くあしらわれる様にして倒された。何度も何度も、繰り返し、繰り返し……そして、次第に疲れてきて息があがる。
「ハァッ、おりゃあー」
そしてまた倒された雪野はもうこの意味のない行動をやめようかと考えた。その時、まだ全然余裕を見せる篤志は雪野にこの茶番にもううんざりした様子で話しかけてくる。
「お前なんで弱いくせに何度も起き上がるんだ? もう諦めれば、どうせ無理だろ?」
「それは、そうだけど……そういう性なもんで……」
篤志のどうせ無理だという言葉と同時に小羽の不安そうな表情が映った。自分は彼女に証明しなければいけないと思った。よく知っているその顔を変えたい思った。
「それでも諦めたらダメなんだ! どうせ無理だと悲嘆し諦めた様な生き方でいてほしくないい、ちゃんと最後は笑顔でいてほしい! だから小羽ちゃんの為にも俺は諦めない!」
そこで上体を起こし篤志へと向っていく雪野に彼は眉を寄せて怒りを露にしていた。
「お前なんかがあいつを守る事なんかできないだろう。もうここで終わっとけよ!」
今までのパターンとは違い彼は右腕を掴んできて体が持ち上がる感覚の中、雪野は一瞬のうちに地面へと思いっ切り叩きつけられた。
「お、うわぁあああ! いぃててて……」
地面にはごろごろと小石が転がっていてほぼ全身にダメージを受けた雪野は、その衝撃で人形も腰ひもから抜け落ちてしまった事に気づかず痛みに耐えていた。そんな苦悶の顔で横たわる無様な雪野の顔を覗き込んで篤志はこう言葉をかけてきた。
「ほんと弱っちいな。男のくせに……そんなんで小羽を守るとかってハハ……かっこ悪い」
「ク、クソォ~」
陰でいろいろ悪口とか言われるのも辛い。嫌われるのだって嫌だ。自分が疎まれるそんな存在にしかならない事が悔しい。こんな事を自分は望んでいない筈なのに、なのに……何で事はうまく運んでくれないんだ。そして仕方ないと諦める選択をするしかなくなる。
そんな小羽の気持ちが雪野には分かってしまう。
「いいぞー、篤志!」
「今のすごいな!」
「もう、手加減せずやっちまいなよ」
「いけー」
お爺さんや村人達の歓声が響いてくる。そして雪野にかけられる彼らの声。
「もう終わりにしときな、兄ちゃん!」
「篤志に叶う筈ないだろう? もうやめとけ貧弱坊主!」
「この村の若者は強いんじゃからな! 大人しくその人形とでも遊んでな!」
「さっさとこの村から出て行くんじゃ!」
このまま終わりにしてしまうのは嫌だと思った。だけど……
「もう十分、待ったぞ! さっさと〈異端者〉を渡せ!」
「そうだそうだ!」
「お前の様な体が細くて女みたいに髪の長い奴が、一回でも勝てるわけがないだろう?」
「というか最初から分かりきっていた事だなぁ」
「あーたいそうなこと言っていたわりに最後まで弱かったな。はは!」
「そうだなぁ。というか弱すぎだろ、がはははは!」
自分の無力さ、村人が言う通りの貧弱さに雪野は心打たれるのだ。と、その時……
「雪野くん、情けないですよ。もっと頑張りなさい!」
声がかかりそっと上体を起こすと、季流がこちらを涼しい顔で見下ろしていた。
「あなたならいけます。あなたしかいけないんです。言葉通り諦めてはいけませんよ」
「お兄さん、全くその通りなんですが……何もせず高みの見物している人に言われたくありません! 何、一人だけ飄々と怠けているんですか!」
近くにいる田藤の婆さんを含めた老人達と同様に季流は木の根っこに腰かけていた。
「だって、えらく暑苦しそうじゃないですか。私めんどくさい事に混じるのは嫌ですよ」
「嫌って、そんなこと言っている場合じゃないと思うんですが……」
「それにいざとなれば私の力で何とかしますので、大丈夫ですよ」
「まったく便利な能力ですね。俺が体はる意味なんてないじゃないですか?」
「はは、いいでしょう。まあそんな落ち込まずに。雪野くんがダメなら次は花月の番と昔から決まっていますよね。だから雪野くんは安心して倒され続けても結構です」
「もしかして花月をこの男の人達と戦わせるつもりじゃ……」
「少しだけ、ほんの一つ突きでだけですよ。ほらもうあの子向かっていってますもん」
え、今なんて……
季流の言葉を聞き雪野は花月の方を見ようと振り返ろうとした。刹那、響いてくる。
「雪野さんは弱くてもカッコ悪くはありません! ガキ大将さん、私と勝負です! 雪野さんの敵! とりゃぁ!」
「え、ちょっと、女とは……」
そんな声が聞こえた後、雪野の所に目掛けて人が飛んできているのが目に映り……
「うぐぁっ!」
「おわ!」
雪野は寸でのところでサッと避けその後、目下に力なく倒れている篤志の姿があった。
「あのー丈夫ですか~?」
一応、様子を伺ったが花月の力が強かったのか投げ飛ばされた衝撃で気絶していた。
「篤志……」
呆気にとられた様子で言葉を零す元篤のお爺さんがいて、それに続き村人達も呟きだす。
「今、一体なにが起きたんじゃ……?」
「篤志の若僧が倒された……?」
「いや、投げ飛ばされたよな。あの娘に……」
騒ぎ出す村人達の視線は篤志から花月の方へと向けられそんな光景に雪野は怒鳴った!
「おい、花月! お前は何もするなって言っただろ! この人危うく死んだらどうする!」
「すみません、雪野さん。これでも手加減したんですが……」
「お前のその怪力はお前が思っているより危険だからな。だから前置きしたのに……」
言葉を言い終わると同時に雪野は周りの様子見渡し、今の会話からも村人達はさらに不思議そうなもう訳が分からないという様な顔をしていた。
「あの女、何者なんだ?」
「あれで手加減とか言ってるが、本当か?」
「いや、おらの孫はそんな簡単に負けるほど弱くはねぇ。きっと不意を突かれたのと相手が女だったから気を抜いたんだろう。そうに違いねぇ……」
自信なくそう言葉を吐く元篤のお爺さんがいて雪野はこの事態に嘆息し、それから篤志へと視線を向けた。普通に呼吸をしている事が分かるので、これで何とか村人達との勝負に勝ったという事にできないかな……と雪野は思った。
「まあ、篤志っていう人が無事だからいいか。花月ナイス!」
「はい、よかったです! 雪野さんに褒めてもらえて嬉しいです!」
「あー、うん。それはよかった、な……」
視界の中、ふと花月の背後で一人で立っている小羽を三人の村人が囲む姿が映り込んだ。
「小羽ちゃん!」
振り返る花月と同時に、彼らは小羽の両腕を掴み、暴れる彼女を押さえつけていた。
「もう、こんな茶番に付き合ってられるか!」
「そうだ! 最初からこの〈異端者〉を捕まえればいいだけの話だろ!」
「さっさとこうすればよかったんだ。皆が勝手にやっている勝負とかどうでもいいだろ!」
「雪野さん、皆さん!」
小羽の元に駆け出そうと一歩踏み出した雪野だがその前に花月は突進していた。
「あっ……」
着物のわりに素早く小羽の元へと向かっていく花月は三人に向けてこう叫んでいた。
「小羽さんを放してください! さもなくは私があなた達を全力で倒します!」
「花月それはやめろ全力は出すな、さもなくはお前を全力で止める事になるからな、俺がぁ!」
下手すれば彼女の全力で気絶どころではない事態が起こりかねないと雪野は危惧し、全力で彼女の元に向かった。だが目の前の事にまっしぐらな彼女には彼の声は聞こえていないのか、それとも男三人の言葉にかき消されてしまったのか花月の勢いは止まらない。
「やれるものならやってみな、お嬢さん!」
「言っとくがおら達はあの若僧よりも強いぞ」
「怪我したくなければ大人しくして……」
「分かりました! では髭もしゃのおっさん達、ご覚悟をぉおおおお!」
最後の人の言葉をフライングして聞かず花月は彼らにそう告げた
「待てぇええええええ!」
「そりゃ!」
雪野が叫んだ時には、花月は前に出て構える男を片手だけで払い飛ばしていた。
「ぐっわあああああああああ!」
「おいぃいいいいい! 花月ぅうう」
五mほど先に飛んでいくおっさんには目もくれず花月は他の二人を一瞬にして始末した。
「おわぁあああああああ!」
「ぎゃぁあああああああ!」
ただ倒すというより花月の力だと吹っ飛ばすに近いのだ。地面に倒れ込む大男三人の哀れな姿を見て雪野は思わずこんな言葉が出る。
「危険だ……俺よく今まで怪我せずにいたな……」
勝負とか関係なしに小羽を捕まえ様とする三人の男たちに彼は許せないと思ったが、今はその気持ちも完全に冷めてしまい花月の被害にあった彼らに同情すらしてしまう。
「あの女、強すぎる……」
「凄すぎるだろ。女一人でおらたち全員たおすとか……」
「本当に女か? あんな小さな体で……」
花月が手加減したのか、彼らが自分で言う様に丈夫だったからか、三人の男の意識はちゃんとある様で老人みたいにヨレヨレと上体を起こしていた。
小羽も村人達も驚愕した表情でポカーンと花月の方を見ていた。
「小羽さん大丈夫ですか? すみません。離れてしまって……」
「あ、はい……いえ、大丈夫ですよ」
花月を止められなかった雪野はそこで二人の元に駆けつけ声をかけた。
「小羽ちゃん、何か驚いたよね。この通り花月はとんでもなく怪力なんだけど気にしないで」
「はあ……そうなんですね」
後方ではいつの間にか人々の中心に立っている季流がおり、小羽の処遇を巡っての惨劇が終わりを見計らって現れたであろう彼は自分の都合にいい様に皆に言い放った。
「さて、この光景を見てもうかかって来る愚か者はいませんね? という事で我々の勝ちでという事でよろしいんですよね、皆さん? 勝った方の言う事は聞かなければいけないというルールがあったと思いますので、小羽さんの件は儀祭が行われる日まで我々が預からせていただきます。そのつもりでもう小羽さんを捉えようとはしないでください。以上!」
「そんな勝手だぁ……」
「先に約束を破ろうとしたのはそちらの三人ですよ? それに最初からこちらが負けると思って勝負を受けたんでしょ? 完全に我々を侮っていますよね、バカにしていますよね? まあどっちにせよ我々が勝つ事は分かっていました。もし彼が負けても花月の力で無理やりここに居座り皆さんの協力をあおるつもりでしたし無事、私の思う通りに事が運んでよかったです」
やっぱり、お兄さんは勝手だな……
季流のその発言にもちろん村人達は不満や怒りを露にしていた。
――ふざけるなぁ!
――こんなのもう勝負になってねぇ!
――村からでてけぇ、この人でなし!
だがそんな事は気にしない、言いたい事は言い切ったという感じに季流はいつも通りの清々しい冷めた顔で雪野達の元へと向かって来て、それから小羽に語り掛けた。
「ほら凄いでしょ。雪野くんを囮にするとこんなにうまく事が回るんです。花月は彼の事をよく見ていますからね。彼は力とかは無くて本当に弱弱しいですがこういう感じで役立ちます。おかげで私は楽できました。本当にいい雑用係ですよ」
「聞こえていますよ、お兄さん! というかなに村人たちに余計な事いってんですか!」
「まあ、いいじゃないですかー。きっとなるようになりますよ。雪野くんの頑張りで」
「季流お兄さんも楽ばかりしないで、ちゃんと頑張ってください!」
「はいはい、分かりましたよ。という事で一番がんばった花月、お疲れ様です」
「はい、お兄さま。ありがとうございます」
「え、俺が一番じゃなかったの? てか俺が必死に倒され続けていた意味ってあった?」
「はい。あまりないですね」
きっぱりそんな事を言う季流に雪野は怒りや不満、虚しさなどの感情が頭に沸き起こる。だがそれを抑え込んで俯いた時、小羽の些細な笑みがこぼれ雪野はさっと顔を上げた。
「本当にすごいですね。何だか私の予想以上に……驚かされました」
彼女の少しだけ不安が抜けたような顔を見て、自分の無駄とも思える頑張りも意味があったのなら良かったと雪野はほっとしたのだ。
騒ぎが収まっていな中、元篤のお爺さんが雪野達の元に近づき、小羽に向かって放った。
「この〈異端者〉め! 絶対、お前の好きにはさせんからな! 虫を使っておらの婆さんをあんな風にしやがって! 許さないからな! この者達が何と言おうと、お前を……」
「ちょっとさっきから聞いてたけど〈異端者〉とか……」
「いいんです!」
雪野の言葉を遮って小羽は悲しそうに微笑みながらこう言葉を伝えた。
「小羽と、ちゃんと名前で呼んでくれるのは家族以外であなた方が久しぶりでした。村の中で私は省かれ者です。私は〈異端者〉なんです。それはもう皆さんも分かりますよね?」
「まあ……」
大体分かってしまった。小羽が見せてくれると言ったのはこのどうしようもできない現状だ。小羽が村人達にどういう目で見られているのか、その事が尾を引いて琥珀石が無くなった事態、彼らを襲う謎の奇病。それらが〈伝説の少女〉と酷似する小羽へと結びこまれてしまっている。だからこそ村人は彼女を疑い、犯人として閉じ込めて事態が大ごとになってしまっている。
「だから私に普通に接してくださる事、小羽と呼んでくれる事がとても嬉しかったんです」
「小羽ちゃん……」
「私なら大丈夫です、もう慣れましたから。きっと今まで通りに戻れば何も変わらずにいられるんです。今はただ運が悪いだけなんです……」
最後にそう付け加えた小羽の表情はそれ以上の事は望んでいな様に思える。言葉通りもう慣れたから望まない、琥珀石が見つかればそれでいい。その後の日常がどうであれそれが小羽にとっての日常だから、それでもういいと現状を諦めているのだ。
「気を抜いてはいられませんね、二人とも。小羽さんを本当の意味で自由にする為にも琥珀石を一刻も早く見つけなければいけません」
まだこれからだという様な季流の言葉を聞き、雪野もこのままではいけないと思ったのだ。
「そうですね、お兄さん!」
「小羽さんをこのまま放ってはおけません! 全力で頑張ります!」
この後、雪野と季流は村人が集まっているうちに琥珀石の手がかりを聞いて回り、花月は小羽の強力な護衛として共に公民館前の広場で待機してもらっていた。
「質問をします。あなたは琥珀石を盗みましたか? 正直に答えてください」
「誰が答えると思って……いえ、俺は盗んでいません。本当です」
「はい、そのようですね」
「あ、あれ……今、勝手に……」
「気のせいですよ。はい、次の方」
季流の《霊繰畏》の力を頼りに簡単な質問を集まっていた男たち全員に繰り返していた。
「おらは知らん! 盗むはずないだろ! 何言ってやがるんだこのガキ!」
「はい、嘘は言っていませんが……いらない事まで言わなくていいですよ」
最後に質問した元篤のお爺さんも琥珀石を盗みだした犯人ではない事があっさり分かり、彼はバカにする様に声をかけてきた
「はっ! お前さん達、どうせこの後もまだ聞いていない女達の所にでも伺いに行くんだろう? ずっと見ていたが、そんな探し方だとおら達と同じだ。どうせ見つからねえ。そんな無駄な時間を費やすくらいならちょっと来い」
苛立ちを覚えるが雪野達は言われるまま再び公民館の中へとやって来た。そこには先ほど腕を見せてもらったお婆さんの前に彼は難しい顔をしてしゃがみ込んだ。
「おらのばあさんも奇病にかかっちまってよぉ。もうどうしたらいいもんかぁ……お前さん方はこの病をなんとかできないのかい?」
「そうですね、今のところは……」
季流はチラッと花月の方を見て彼女の能力を有効ではないか伺った。
「私も今は……力不足ですみません」
「そうですか」
首を横に振る花月を確認して季流はお爺さんへとそっと言葉をかけた。
「では……このお婆さんを治すのは私達には今のところ無理ですね」
お爺さんは落胆した様に肩を落としてお婆さんの腕をなでた。
「はぁ、こんな真っ赤に腫れてしまってよぉ。恐ろしやぁ恐ろしやぁ。これもあの娘のせいだ!」
「小羽さんの事ですか?」
「そうだ、あの〈異端者〉は村の疫病神だぁ。あの娘はきっと村人全員を苦しめるつもりなんだ。恐ろしやぁ恐ろしやぁ。おらには分かる。お前達もあの娘に騙されるな。おらのばあさんをこんな目にあわせて白を切るあの娘の事なんか信じるな!」
お爺さんの小羽を拒絶する考えは今のままでは変わる事はないだろう。それが分かりつつ雪野も季流も落ち着いて彼の言葉を聞いているが、一方、花月は先程の様に声を荒げる事はしていないが、ただこれ以上は我慢ならないという様なムスッとした顔を見せていた。
「私、ちょっと外で小羽さんと一緒にいますね!」
「おう、花月……」
雪野もイラつく気持ちは分かる。お爺さんが見せる明らかな怒りや恨みがこもった歪んだ顔。言いたい放題、小羽の事を理解しないで彼女に対する嫌悪がイラつく。なぜ小羽を嫌うのか理解しないのかと思ってしまう。しかし自分までその場を立ち去る事はできない。これは村人の思いでもあり小羽が見てきた現実なのだ……
外に出ていく花月を見送りつつ季流はさらっとお爺さんへと言葉を漏らした。
「しかしそうとは言い切れませんよ。小羽さんは優しい方です。故意にあなた方を襲っている様には思えません。先程も言った様にあなたも村人達も彼女を誤解していますよね?」
ちょっとした間がある中、拳を握りしめるお爺さんは途端に物凄い剣幕で怒鳴りだす。
「何で、よそもんのお前がそんな事いえるんだぁ! おめぇらはあいつに騙されてるだけだぁ。あいつは何を考えているか分からない不気味な女だ。虫を操る【化け物】だぁ! 人間じゃねぇ。あいつの事を何も知らないくせに勝手なこと言うんじゃねぇ!」
それは差別、偏見どうこうというより心からの恐怖に思えた。彼の言葉は個人の思考でもあり、村人の考えも映しだしているのだとしたら皆、小羽の事を知らないのだ。
「まあまあ落ち着いて。ここはあなたの奥さんの様な安静が必要な患者がいるんですよ」
「くっ……」
だから恐怖する。何もしていなくても接触がなくても勝手に怖がり、村人達の考えが一体化しそれが真実だと思い込む。誤解であっても彼らの小羽へのその感情は本心なのだ。
「では聞きますがあなた方は小羽さんの事を知っているとでもいうんですか?」
「知らねえ。お前達なら分かるというのか? あの〈異端者〉の事を」
「分かりません」
「ほら分からねえ。それなら何故そんな事が言える」
「私は他人の事なんてあまり考えませんから」
「ああ?」
お爺さんの言葉を遮った季流へと顔つきが険しくなる。
「お兄さん、それはどうかと……ここは一応なんかいい事いってくださいよ」
「私は本当の事を言っただけですよ、雪野くん」
「それはそうとしても……」
雪野がそう言葉を漏らすと季流は続けてこう聞いてきた。
「で、これで少しは私の事が分かりましたか?」
「はあ……どういう事ですか?」
「まだ分かりませんか? 私の言いたい事、それははつまり……」
「つまり……」
「たぶん誰も知らないんですよ。彼女はそれほど自分からものを言う子じゃないんでしょう。言いたい事も言わずにため込んでしまうタイプです」
「そういう意味ですか……」
「だから今まで言われるがままなんですよ。彼女はずっと避けてきました。一人で逃げ続けてきたんです。そんな彼女は本当に村人達が恐れるような子ですか? 守ってあげ様とは思わないのでしょうかね? あなたは小羽さんの事を全然理解していないのに知った様な事を言って、大人しい少女相手にいい大人が勝手に怖がっている。何だかそれは傍から見て滑稽ですよ!」
「ふん、思わんな! お前さん方はどうやらあの〈異端者〉に虫と同じ様に操られた様じゃな! あれは人なんかじゃないんじゃ!」
人じゃないとまで言った……人じゃないからああいう事も平然と出来てしまうとでもいうのか? それを本当にいいと思っているのか?
雪野は冷静に考え季流が余計な事を言って怒らせたせいだと思ったが、お爺さんが発言した言葉の意味合いを吟味して苛立ちを覚え睨み返さずにはいられなかった。
「なんだ! 文句でもあるのか!」
その一方で横では何事もなかった様に平然と会話を続ける季流がいた。
「私はあくまで他人事です。彼女にしてもこの村の住人にしてもこれから関係を築いていくのはあなた達ですから。私達には関係ない事です」
「そうかぁ。お前達がいなくともこの村の事はこの村の人間で何とかするさ。放っておけ!」
そう言い放った彼はそのまま雪野達を横切り外へと出るドアに手をかけ様とした。その時、季流は振り返り彼にこう告げた。
「あなたは人じゃない存在を認知していると言った。小羽さんの事をそう捉えた。覚えておいてくださいその言葉を。考えてみてください村の者達だけで人外の物を何とかできるのかという事を。この世界はあなた方と彼女の関係と同じく単純にはできていませんよ」
「あんたは一体、何を言いたいんじゃ……?」
「お忘れですか? 我々は人外の物について扱う秘密組織[JHSA]から派遣されたという事を。我々がここへ来たのは小羽さんを守るという事を含め、村人達に人外の物による被害が出ない様にする為です」
「人外の物、それはあの娘の事か……」
「さあ、なんだと思いますか? そういう事も含めてあなた方は何も分かっていません。もしこのまま琥珀石が見つからなくて困るのはあなた方ですよね? 見つからなかった場合に備えていてください。本当に何が起こるのか分かりませんよ」
季流は脅しの様な言葉に茫然と立ち尽くすお爺さんの姿があった。それに一旦、息をつく季流は彼の方に向かって歩き出し見下ろす形で足を止めた。
「小羽さんや琥珀石の事を含め後は我々に任せてください。必ず何とかしてみます。それでは……そこどいてください、もう外に出たいんですが?」
「あ、ああ……」
一歩横にずれるお爺さんがいて季流は戸を開け動き出そうとする。
「あ、明日は今日みたいに無駄話しをしている時間もないので、小羽さんの悪口だけしか言えないのならよそでやってください。はっきり言って不快、花月に悪影響ですので!」
思いっきり戸を閉めた彼は花月の事を思って怒っていのか、単純に小羽を悪く言うお爺さんが気に入らなかったのかは分からないが最後まで言いたい放題であった。実に大人気ない……
「あ……」
外に出るとブランコに腰掛けていた花月と小羽を見かける。広場には滑り台やブランコ、鉄棒などの遊具がいくつか設置されており、子供達の姿も何人か見かけ母親達がそこに置かれているベンチに座っていた。丁度、花月の元には一人の男の子がかけてきていた。
「着物のお姉ちゃん、さっきはありがとう。おかげで足の痛みが治ったよ」
「いえ、いいんですよ。それより太郎くんこの事は秘密ですので、しー」
彼女は指先を立てて子供に見せる。
「うん、そうだった。しーだね」
「はい。しーです」
やがてその男の子が去っていくのを見計らって季流が花月達に声をかけた。
「花月それと小羽さん、お待たせしました」
「お兄さま」
こちらに向かってくる二人がいて雪野はふと気になった事を花月に聞いた。
「お前、あの男の子と何話していたんだ? 人と話すの苦手なのに珍しいな」
「あー実はですね。さっき太郎くんという男の子が例の炎症に苦しんでいたので、私の力で治してあげたんです。それで仲良くなったんですよ」
「そんな事していたのかぁ。そういえばさっき力使えなかったのってそのせいか?」
「はい。思ったよりも力を消耗してしまった様で、お腹が……力が入りません」
「おい……さっき村人を安奈に軽々投げ飛ばしておいてよく言うな」
「しかし、これだと力が戻っても村人一人ひとり治療するのは無理がありましたから、仕方ありませんよ。やはり琥珀石を探しその後の状況を見て、新たに奇病の元を探す事が重要ですね」
「そうですか。あ、そういえばお兄さま、あの後どうなったんですか? 小羽さんは大丈夫ですよね、また捕まったり雪野さんが倒されたりはしませんよね?」
「それは問題ありませんよ。少し脅し……我々の役割について話していただけですから」
「そうですか、よかったです……」
「はい、彼女の心配は今のところ無くなりました。今後の優先は琥珀石を見つける事です」
「それでまた同じ方法で犯人捜ししますか? 後は女性や子供たちですよね。お兄さん」
「色々とめんどくさいですがその方法しか今はありませんね。琥珀石は盗まれてしまったと仮定して、その盗んだ者を探しだしその後は村人達の小羽さんへの誤解を改善すれば任務完了となるでしょう。でも最後の問題が一番難しそうですね、正直」
「確かにそうですね……」
あそこまで小羽に対する反発が強いとは……このままでは和解は難しいと考えてしまう。
「彼らの人間関係もお兄さんの能力で何とかできないんですかね?」
「動きを止める事ならできるので脅しにはなると思いますが、それはさすがに何度もしてはヤバいでしょ? 私この村の人から嫌われますよ」
ふと思う。彼が小羽の家族にした事、他にも彼の村人への暴言を忘れてはいけない。
「はい、ダメですね……脅しちゃ。というかもう十分あなたは嫌われていると思いますよ!」
そういう事でなかなか状況を改善するのは難しい。
少しの間、黙り込んでいるとそのうち小羽は何か言いたそうな顔をした。
「あの……少しいいですか?」
「ん? なに小羽ちゃん?」
「もう日が暮れます。今日はこの辺にしておきませんか? 明日の事は家で考えましょう」
「それも、そうですね」
季流は自分の腕時計を確認しだし、雪野と花月も小羽が一瞬見た方向、公民館の前に設置されている軸が曲がった様な錆びついた時計へと顔を向けた。
時刻は五時に迫り、辺りもだいぶ暗くなってきていた。夕暮れの中、広場に連れてこられた子供達も母親と共に家へと帰っていく様で【変物】に襲われる危険も増す為、今からではもう何の調査も出来ないだろう。
「では、とりあえず今日はお開きとしておきますか」
「そうですね」
季流は踵を返し先に動き出した。花月と小羽に続き雪野も歩き出す。その時だった。
「いたぁ!」
髪を引っ張られた違和感に振り向くと、そこには四人の子供の姿があった。そのうちの女の子が雪野の髪を掴んでいた。
「ちょっと、いいですか……?」
「なに、お嬢ちゃん?」
雪野が話し出すと周りの男の子達が威嚇する様に、こちらを睨み女の子へと言う。
「おい、危ねえぞ!」
「知らない人に声かけちゃいけねえんだぞ」
「そうだよ。お母ちゃんが言っていたよ……」
「でもお兄さんだよ? 若い人だよ?」
女の子の言葉に続き男の子三人も納得する様にそれぞれ頷いていた。
「ん?」
「そうか!」
「なら、いいのか?」
よくない、それは関係ないと思うぞ。お兄さんでもお姉さんでもみんな関係ないぞ。
「こいつはさっき、父ちゃんや篤志の兄ちゃんに投げ飛ばされていた奴じゃないか」
「なら大丈夫かぁ」
「そうだな、こんな弱っちい兄ちゃんなんか俺でも簡単にやっつけられるぜ!」
「なっ!?」
「その呼び方はちょっと、やめてほしいんだけど君達……」
「じゃあ、人形のお兄ちゃんでいい?」
「え、人形のお兄ちゃん?」
「だって、私のおばあちゃんが持っている様な人形を持っているから……ほら」
女の子が指さす先を見ると花壇の隅っこに砂で汚れた見覚えのある和人形が転がっていた。
「あれ、俺の人形! え、どうして……」
「なんかこの三人が蹴って遊んでたみたい。それお兄さんのなんでしょ?」
「あ、うん。そうだけど……誰かこの人形触った?」
「そんなの触るわけないだろ! ばっちぃ!」
「何でそんなもん持っているんだよ!」
「その人形なんか不気味だな。気持ちわりぃ」
はいはい、不気味で悪かったな。どうせ毎回言われている事だよ。てか気持ち悪いって……何でこっち見てるの、これ俺に言ってない?
「こら、お兄ちゃんにちゃんと謝りなさい! 早く人形、拾って」
「嫌だよーだ。俺たち悪くねーもん」
『そうだそうだ!』
「そんなこと言って人形にたたられるって怖いんでしょ。弱虫だな、男子はー」
「ちげーよ、ほら見ろ! 俺はこんな人形怖くないぞ!」
三人の中で一番強気そうな男の子は途端走り出し人形に手を伸ばしかけた。
「あ、ちょっと――!!」
雪野は慌てて駆け出し男の子の腕を掴み取って足を止めさせた。
「それに触るな!」
思わず叫ぶ雪野に瞬間、怯えた様な彼らの顔があった。
「あ……ごめ……」
「うぅ……うわあああああん。お母さーん」
泣きながら去っていく男の子と、それを追って他の子供達に雪野はただ立ち尽くす。先程までベンチからこちらに視線を送っていた母親達は、一斉に彼らを守る様に駆け寄ってきて彼らの身を自分に寄せる。女の子の母親らしき人はその事態にとても怖い顔をして迫ってきた。
「ちょっと! 子供達に何しているんですか?」
「あ、あの、すみません」
「お母さん、なんでもないよ……」
女の子は戸惑いながらも母親に声をかけ雪野を庇おうとしている様子で……
「だめよ、近づいちゃ」
母親は彼女の言葉を流す様にそう言い聞かせ女の子を自分の後ろへと持っていく。
他の母親達も泣かせてしまった男の子の母親もお互いに牽制しあい訴えてきた。
「もう、この子達に近づかないでくれます?」
「何だか知りませんが……変な真似をしたらすぐこの村から出て行ってもらいますよ」
「そうよ! うちの子をいきなり怒鳴ったりしてなんなのよ、あんた!」
「えっと……」
そこでこの状況を少し離れた所から見ていた季流はこちらへと近づいて来た。
「すみません、うちの連れがちょっと騒いじゃって。でも彼が持っているその人形はとても大切な物のため触らないでいただけますか? お子さん達にそう伝えておいてください。あなたがたはその子達の保護者なんですから。しっかりと」
「ええ、分かりました……」
明らかに分かる嫌な顔をされるがその後、季流の独特の威圧に押されたのか雪野達から踵返し子供達の手を引き母親達は去ろうとする。
「行くわよ」
季流はそこで思い出した様に彼女達に付け加えてある言葉を伝えた。
「ああ! それと【虫】に子供達が襲われる可能性もあるので、なるべく外で遊ばせるのはどうかと思いますよ。例えあなた方の様な強い母親達が付いていたとしても」
余計な発言かと思ったが既に大人子供問わず【虫】の被害にあっている以上、その言葉は全く意味のないものとは言い切れず雪野はそのまま消えていく母親達を見ていた。
「はあ……」
「雪野くん、子供達に嫌われてしまいましたね、あれは。何しているんですかー」
「うるさい。別にそれはいいので放っておいてください」
棒読みで返す雪野に花月は言った。
「雪野さんは人形が危険だからあの子に注意しただけですよね? だから雪野さんは偉いです! だからそんなに落ち込まなくていいんですよ。こんな事よくある事ですし……」
「ありがとう花月。だけど……そのほめ方はやめてほしい!」
「え!? なんでですか!?」
「はぁー、まあいいや……」
雪野達の様子を見ていた小羽は最後には安心した様にそっと微笑んでいた。
これがいつもの辛気臭い雰囲気を変えてしまう彼らのおかしなやり取りだ。
そして五時の音楽がなり出した頃、雪野達も小羽と共に彼女の家へと帰ったのだった。
玄関先で押し寄せてきたクロとシロは家の中で起きた出来事を話してくれた。
――雪野、花月、季流、小羽は大丈夫だったかニャ?
――シロ達はずっとこの家の事を観察していましたニャン。
――途中、色々と騒がしかったニャ。
――村人が家の中に押しよせてきましたニャン。
その言葉からどんな状況になったのかは予想できた。雪野達が捕まった後、何人かの小羽捜索隊は彼女の家に来たのだろう。
――小羽が戻ってきたという事は無事だったんだニャ。
――よかったですニャン。
そんな二匹に雪野は大丈夫だと伝わる様そっと頷いたのだった。