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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第一章 夜ノ月琥珀のその虫は
6/141

006 夜ノ月村の語り歌

色々と考えながら歩き進めていき、やがて小羽の父親に目的地へ着いた事を告げられた。

「さあ、まずはここです。今は誰もいない様ですから、今のうちに中へ」

「はい。ここが患者達の寝かされているという公民館ですか……ここにはあのお婆さんは?」

「いや~、いなさそうですな」

 伝染病の疑いがあるため関係者や患者の家族でさえ極力、面会を謝絶しているらしいが雪野達は特別に宮の当主である小羽の父親の許可を得て中へ入った。およそ三十人前後の人数が寝かされているのを確認し、ふと一人のお婆さんは苦し気に右腕をかいていた。

「ああ、ダメですよ。触っては逆に傷が悪化しますよ」

「ああ。分かっておるわい。だが、どうも痛かゆくて我慢できんのよ」

「それは困りましたね……しかし我慢してくださいね」

「はいはい、わかったよぉ」

 親身になって話を聞く父親の姿があり、お婆さんは彼の言葉に従って腕を触るのをやめた。

 その長い白髪を横に一つ縛って垂らしているお婆さんから視線を移し雪野は、周りをもう一度見渡し腕のほかに顔や首、背中、足に痣がある患者の姿を確かめていた。

お年寄が多いが小学生くらいの子供も多少いる。皆、熱のせいか辛そうに横になっていた。その者達の家族にしてみれば、不安で心配で仕方がないかもしれない。 

また自分にもこの様な害が被るかもしれない。そんな気持ちから一刻も早く原因を掴み、この謎の現象から解放されたいと思うだろう。そんな焦る思いの先に小羽と言う存在に目がいき、彼女を犯人と決めつけ、閉じ込めるまでの行動に彼らは至ったのかもしれない。

「ちょっと、よろしいですか?」

 季流はお婆さんの方に近づいてしゃがみこみ、右腕に手を添える。言葉からも分かる通り、その意味はその痣を見てもいいかの確認だった。

 頷き季流の顔をまじまじと眺めてからお婆さんは聞いた。

「どちらさんだね、この金髪のきれいな兄ちゃんは? お医者さんかい」

「はい……そのような者です」

「そちらの子もかい?」

 お婆さんの視線が雪野の方を向き役目はないとゆるく構えていた彼は、慌てて答えた。

「あ、はい」

「そうかい、そうかい。何もない所だが、ゆっくりしていかっしゃいな」

「はい、お言葉に甘えて」

 季流は笑顔で返しそして途端、その表情は神妙な顔になる。

「では腕を見ますね」

 彼はお婆さんの腕にかかる服の袖をめくり上げる。すると……

「これは……」

「どうかしましたか、お兄さん?」

「雪野くん、見て分かりますか? 明らかな【変物】による痣ですね」

 そこには黒い痣があり模様はバラやツバキの花型で、そこから黒いツルが皮膚一面に広がる様に伸びているのが分かる。また症状が酷い者ほどそのツルが長く伸び全身のあちこちに広がっている様であった。

 きっと自分達が見ているその痣は周りにはその様に見えていないだろう。

その証拠に小羽の父親は次にこう言う。

「酷いものですよね。ここに集められた方達は皆、何か毒のある虫に刺された様な痣があり、皮膚が真っ赤に腫れている状態なんです」

 これが雪野達と一般の人々との視界のずれ。見る事ができるか、できないかの違い。

その事により起こる問題は多少はあるがうまく対応すれば厄介事にはならない。

「症状が悪い人ほど腫れもひどいんですかね?」

「そんな感じです。それと発熱も酷いようですよ」

「他にも何か症状は見られるんですか?」

「いえ、目立った症状はこれだけかと思います」

「そうですか……少し患者さん達に話を伺ってもよろしいですか?」

「はい、どうぞ。それで何か解決する目処がつくのなら、何でも言ってください」

 父親は皮肉を言っている様子でも迷惑そうな顔をしているのでもない。それはまるで雪野達にこの村の問題を解決する事を期待している様であった。

「家での融通がきかなそうな態度と言っている事がまるで違いますね。私達がこの村の事に関わるのを随分と反対していた様に思えたのですが。今はなんというか……」

「村の事に他人が関わってほしくないのは本当です。それもどこかの組織から来たと言われると余計怪しいと思うでしょう、普通」

「まあ、それはそうですね……よく怪しまれます」

「しかし、私も娘が疑われたり捕まったり辛い思いをするのは見ていられません」

 彼は横目で周りを気にした素振りを見せる。そして手招きして体を翻す。

「少し場所を移動しましょう……」

 患者が寝かされている部屋、その場所からすぐ横の玄関側の廊下へと移動を促される。部屋と廊下をへだてる扉を閉めてから父親は言葉の続きを話した。

「しかし私には立場があるんです。ここでは村人達との対立は避けるべき事なんですよ」

 それは雪野達も感じ取れた。だからこそ小羽は不安そうに雪野を引き留めて彼はそれを組み取って一緒にいようと提案した。

「この通り私には小羽を守ってやる事ができません。だからあなた方を信じて任せる事にしたんです。どうか小羽を救ってやってください」

 身近な所に小羽の味方はいる。しかしそんな家族がいても小羽は守られないのが現状だ。

「この事は誰にも言わないでください」

 雪野は父親の言葉を聞いていて小声で喋っている事に気づいた。戸は閉まっているものの周りには横になっている沢山の人がいる。彼らにも聞かれるのはまずいのだろう。

「はい、黙っています」

 例えそれが娘を思う父親の本当の気持ちだとしても小羽に関する同情、憐みだとみなされれば村人の反感を買ってしまうのだという。いくら父親は言葉通り小羽の為に何かしてあげたいと思っていても何もしてあげられないのだ。無力なのだ。

 小羽は助けを求めた。いや助けを求めざる負えない状況に追い込まれてしまったのだ。

【精霊】が落としたメッセージは小羽の元に届き、彼女の書いた手紙は[JHSA]に贈られた。そして雪野達に今回の任務が与えられる。これはこの村の人間ではない部外者だからできる事。雪野達の様な特殊な者だからできる事。小羽が持つ【虫】と意思疎通を図るという不思議な力を理解する事ができる者だからできる事。今、小羽を立ち塞いでいる問題は〈理解されない〉という人々が小羽を忌み嫌う現状だと雪野は思った。そして根本的問題は……

「あなたの小羽さんに対する思いは分かりました。小羽さんの味方になってくれる人が一人でもいた事にとりあえず安堵しますよ」

「それでも私は力になってあげられません」

「はい。それが現状ですね。根本的に何がいけないのかうまくいかないのか、あなたは分かっているんでしょうか? 何故このような事態が起こったのか」

「はぁ……」

「諦めているんですよ。最初からダメ、無理だという感じに。まだ何もやってないでしょう。って、傍から見て言いたいです」

呆れた様な表情を見せる季流に雪野は慌てて止めに入ろうかと迷ったが……やめた。彼は意味がない事はよく言うがたまに最もな言葉を相手に突きつけるのだ。

「あ、あなた方はこの村の人間じゃないから言えるんですよ」

「ええ、よそ者だからいえる事なんですよ。この村の事は分かりませんが、あなたを一見してそう思います。もちろん小羽さんにも問題はあります」

 苦い顔をして聞く父親を伺いつつ、季流はこう告げた。

「今、必要な事は、誰かが勇気だして村人達の反感をかったとしても何か一歩踏み出せるかどうかなんですよ」

季流もそう思ったのだ。根本的問題は何も訴えようとはしない事。どんなにおかしな事だとしても見て見ぬふりをしてそれを変え様とはしない事だ。

「その誰かにあなたはならないんですか? あなたは小羽さんを守ろうとは思っていても、実際にそうしてあげた事があったんでしょうか? 見て見ぬふりではないんですか?」

「……」

「そんな事では小羽さんにあなたの気持ちも伝わらず、彼女は誰からも愛されていないと思い込む事になるでしょう。当たり前ですが伝えないと伝わりません。今、彼女には誰も見方がいない状況なんですよ。そう思って生きてきたんですよ、ずっと」

「……」

「彼女、何事も期待していない様に常に周りを警戒した表情をしています。そんな彼女の様子にも気づいていますか、あなたは?」

期待して裏切られるのが辛い。悪い事しか起こらないとしか思えない現状の中で希望が見えない。だから最初から自分が微かに持った期待が裏切られる事に身構えているのだ。何事にも対応できる様に。悲しさ辛さに負けない様に……

「そんな……分かりません。でも辛い筈、それは分かります。辛くない筈はありませんよ!」

 不甲斐ない様子で悔しさをこらえる様な彼は、不意に季流の方を向き直り訴えた。

「どうかお願いです! 小羽を、私の娘を救ってあげてください……」

頭を下げて頼んできた父親を見て季流は一旦、落ち着きこう切り出す。

「私達も力をかします。ですのであなたも父親なら小羽さんを守りたいという気持ちがあるなら私達がいるこの機会に何か小羽さんの為になる様な事を考えてみてください」

「はい、分かりました。それもあなた方の小羽を助ける方法なんですよね?」

「もちろんです」

 季流は自信たっぷりな笑みでそう返した後、動き出し先ほど占めた入り口の戸を開けた。

「さて、寝かされている村人達に話を聞きましょうか」

 言葉通り公民館に寝かされている人達に手分けして雪野も一人ずつ話を伺っていった。

「ここで見て分かる事はこれくらいですかね?」

「そうですね。これくらいというか……彼らの症状と、【虫】に刺される瞬間を誰も目撃していないという事以外、つまり情報がたいしてないという事が分かりましたね」

「まあ、それでも意味は十分あったと思いますよ? 彼らの症状は【変物】の仕業だという事で伝染病ではないと分かった以上、私たち祓い屋がこの件を解決しなければいけないという事が確定しました。引き続きこの村に伝わる事柄について調べていきましょう」

「はい」

動き出した直後、玄関の入口から外へ出た所で厳つい顔をしたお爺さんに鉢合わせる。

「おっ」

「あ、元篤さんどうも……また会いましたね」

「おう、どうしたんだ? その方達は……」

季流と雪野の姿を確認した後、彼は『なるほど』と言うように頷く。

「ああ、そうかぁ。お前さん方かぁ夜ノ月の旦那の家に先程いたよそからのお客さんは」

 その言葉で雪野達は先ほど小羽の家に訪れていた者だという事が分かった。

「はい。村を観光したいという事で案内しているところなんですよ」

「そうなんかぁ。ええよ、ええよ。お前さんも祭りの準備があって色々大変だろぉよ。この人らの案内はおらに任せとけ」

「いえ、今年はできるか分からないですし、準備も急いでやる事はないので大丈夫ですよ?」

「何を言ってんだぁ! 儀祭はなぁ、絶対にできなくてもやらねばいけんがやぞ!」

「はい、すみません。そうですよね……」

「ああ、だからここはおらに任せて準備を進めんかい」

「はい。分かりました……」

威圧的な元篤というお爺さんに小羽の父親は押し負かされてしまう。

「皆さん、後の事はこの元篤さんに聞いてください」

「あ、はい……分かりました」

 申し訳なさそうにその場を去る父親をよそに、目の前のお爺さんは話しかけてきた。

「お前さん方、ここへは何しに来たんだ?」

「はい、この村で毎年この時期に行われるという儀祭を見に来たのですが……」

「そうか、やっぱりかぁ」

「今年は行われないとかそんな話しを耳にして、結局どうなんでしょう?」

「そんな事ねぇ。さっき神主に言った通り、祭りは絶対に行わねばならねぇ」

「そうですか……あの、何かあったんですか? この村で」

「なに、よそもんが知らんでいい事よぉ」

 彼女に関しては村人以外には話さない様にしているのだろうか? 

「それにしても外人さん、日本語がお上手でいらっしゃいますなぁ。はは」

 その言葉に若干顔を歪める季流の姿があり雪野はそれをいつものアレだと悟った。季流は外国人だとかハーフだとか言われるのをひどく嫌う。先程の小羽の家族の微妙な表情を思い出し、今ここに花月いない事が何よりの幸いであると雪野は思った。

「はい。私、ハーフなもので外国育ちではありますが、日本に来てからだいぶ経つので、もうすっかり根っからの日本人ですよ。アハハハハハハ!」

 あからさまに分かる言葉の抵抗。断じて外国人ではない、日本人だという抵抗。

「じゃあ名前も日本の名前で? トミーとかマイケルとかそんな名前じゃなくて」

「そんな、違いますよ~。私は夏川季流と立派な日本の名を持っています!」

「そうなんかぁ、へぇ~。そっちの若い兄ちゃんは?」

 それに答えたのは季流だった。

「従弟です」

「お、そうなんかぁ……」

「はい! そうなんですよ~」

 そこで雪野も従弟と紹介されたので不満そうな季流に気づきつつ喋る。

「え~と、俺は木崎雪野といいます。どうも」

 お爺さんは雪野を見てそれから腰にくくり付けてある和人形を見て、それから顔色を変えずそのまま何事もない様子でしゃべり出す。

「ほーう、それじゃあ玄関にあった靴はお前さん達と……他の客の物か?」

「いえ、たぶん妹達のですよ。家族でここに来ているんですよ。祭りが行われるんですよね?」

「そうかぁ、こんな何もない村にわざわざ来てもらって嬉しんだがよ。今年も祭りは行うとはいったがちゃんと出来るかは本当に分からねぇぞ……」

「そうなんですか!?」

「やらない訳じゃねぇぞ!」

どうやら彼は何があっても儀祭を行うという心意気らしい。

「はい、それは分かりました。しかし本当に何があったんですか? この村に来てから村人達の様子が慌ただしい様に思うのですが、それに公民館の中に寝かされている人は……」

 季流はあえてそう聞いている様でさっと公民館へと振り返った。

「あ、すみません。詮索するつもりはないのですが少し気にかかりまして。単に祭りの日が近いので皆あちこちに準備のため動き回っているんでしょうかね?」

 するとお爺さんは一間おいてから口を開いた。

「ちょっと問題があってなぁ。よそのもんに言うのはあれなんだが祟りとでも言っておこうか」

「祟りですか? それは公民館に寝かされている人達と関係があるんですか?」

「ああ。ん、そういえば今思ったがなぜあなた方があそこにいたんだぁ?」

 一瞬、慌てる雪野だが一方の季流は平然としてこう返していた。

「あー、実は私が医者(の様な者)だと知り、神主が伝染病じゃないかと彼らを心配して、私に患者達を見てほしいと頼んできたんですよ。いい人ですね」

「そうだったかぁ。それであの者達の病状はどうだったんだ?」

「見たところ……ちゃんとした医療器具などは持ち合わせていなかったもので、何とも言えませんが彼らは【虫】に刺されその毒によってかゆみも伴った発熱を引き起こしていると思います。神主が心配する様に伝染病の可能性も確かにありますし多数の患者が出ている中、一度隣町の病院などでちゃんと検査した方がいいと思うのですが?」

「それがなぁ、そうできない理由があるんじゃ……」

「それは、まさか……祟りのせいだと?」

「信じてもらえないかもしれねぇが、きっとそうじゃ」

 その後、渋りながらもお爺さんはこう言葉を続けた。

「先日、儀祭の時に使われる琥珀石が無くなっちまってな。あ、琥珀石って分かるかぁ? 木の樹脂が何年も経って化石化した物なんだけどよぉ」

「はい。なんとなく……」

「んで、それが無くなった事で儀祭が行われなくなっているんだ」

「えっと……その石がないままで儀祭を行うという事は出来ないのですか?」 

「それは無理な事だぁ。琥珀石が無くなれば伝説どおり村に祟りが起きた。その祟りのせいで儀祭が行えないでいるんだから」

「つまり彼らは皆、祟りのせいであんな状態になったという事ですか……」

「ああ。俺達は琥珀石を元に戻さなくてはいけない。その為に残った村人達は琥珀石を盗んだ者を探し回っているって訳だ。この世界には人の理解できない事が起こる。信じなくてもいいがあまりこの辺りを一人でうろつかない方がいい、なんなら今年は帰った方がいいかもしれん」

「私達は信じますよ。患者達の容体はどこか違和感がありましたし……」

「ほんとか?」

「ええ。それでその犯人が誰だか分かっているのですか? その者は今どこに?」

「分からねぇ。ただ……いや、お前さん方にはやはり関係ない事だぁ。気にしなさるなぁ」

「まあ……私に何かあれば力になりますから言ってください」

 こちらにも気を使っての事かもしれないが小羽の事は最小限話さなかった。考えてみればその判断は妥当だろう。小羽を牢に閉じ込めた事、例え村の事情で彼らにとっては命に関わる事で仕方がない行為だったとしても人の自由を奪う行為なのだ。

「しかし世の中には不思議な事もあるのですね、祟りとか。ほんと驚きの事実です」

 思ってもいない事を淡々と自然に言ってのける季流に雪野はある意味感心する。

「ああ。この村には言い伝えがある。〈虫使いの少女〉という〈異端者〉の話だ」

「ほうほう」

その〈異端者〉とはどういった者なのか、小羽とどう関係があるのか?

「昔、虫を操る少女がいた。村人達は彼女を恐れついには殺してしまったという」

 雪野達はお互いに顔を見合わせお爺さんの次の言葉を待つ。

「その時から〈虫使いの少女〉の怒りを鎮めるべく、この村では年に一度ある儀式を行う様になった。少女が持っていたという琥珀石を掲げ巫女達による神聖な歌を捧げる。それが唯一の少女の怒りを鎮める方法とされる。時代の流れと共にそれはただの迷信とされ年に一度の賑やかな祭り事として今の〈夜ノ月の儀際〉が行われる様になった」

どうやら言い終わった様子で少しの間、余韻がその場に残っていた。

「ずいぶんと詳しいんですね」

「なにぃ、村の年寄ならならこれくらいは知っている事だぁ。若いもんはどうかなぁ?」

「何だか興味深い話が聞けました。ありがとうございます」

「なんの。せっかく来てもらってなんも出来んからのぉ」

 滲み出る威圧感、だがぶっきら棒ながらも気前はいい人だという事は分かった。

「もっと詳しく聞きたいのならやっぱり田藤という婆さんに聞いた方がいい。かなりの老人だが村の伝承を代々語ってきた家だけあって色々と物知りだぞぉ」

「気になりますね。その方はどこに住んでいるんですか?」

 その時お爺さんの厳つい顔は少し緩んでこう言葉をかけてきた。

「すぐ近くに家があるから案内してやろうかぁ?」

「ぜひ、お願いします」

 この後、公民館の広場から出てすぐ右の道へと進み林が入り混じる高台へと歩いていき、階段重なる坂を上り五分程して古くて大きい民家へと辿り着いた。

「おーい! 田藤の婆さんやぁー、いるかーい!」

 返事は帰ってこず玄関の入り口を見ても人が現れる雰囲気はなかった。

「おられんのか? なんか、すまんのう」

「いえ、また後日で伺いますのでここまでの案内ありがとうございます」

帰ろうと体を返す瞬間、雪野の耳元でガラガラの声が囁かれる。

「おやぁ、こちらさんは客人かねぇ?」

「ぎ、ぎゃわぁあああああ!」

「ん……!」

 雪野の肩にサァッと食い込み骨と皮だけの様な指が既に置かれていた。叫んだ彼につられ右横にいた季流も小さく驚いていた。

「ああ、いいところに田藤の婆さん。だが、その現れ方驚かれるからやめれぇ。ただでさえ顔がしわくちゃの山姥ぁみたいじゃないかぁ」

「いらんこと言わんでいい。しわくちゃの山姥は余計じゃ。はっはぁ!」

 確かに独特というか……奇抜だ。

異様な雰囲気を放つこの老人が、小羽が言っていたお婆さんだと何故か分かってしまう。

「で、なんの用なんじゃ。和人形を持った少年と和服を着こんだ金髪の外人さんと、やけに風変わりな人達を連れてきたじゃないかぁ」

 首にさがる無数のヒスイ玉、頭に飾られた羽の飾りなど、そんな特徴のお婆さんから見ても自分達はそう思われる様だが、そこでお爺さんが口を出した。

「あんたよりはましだろう。この方達は村の儀祭の観光に来た人達なんだが、村の伝説にも興味があるらしくな、田藤の婆さんなら物知りだという事で連れてきたわけだぁ」

 慣れた様子でそんな不気味さ全開の彼女と普通に会話をしているお爺さんを見て、雪野は彼が人形を見ても反応がなかったのは普段から彼女と接しているからだろうかと思った。

「ほう、この村の伝説について興味あるのかい。ほう、ほう~」

 田藤のお婆さんは首を動かしながらジロジロと雪野達を眺めてきて、自分と同じく彼女の存在感に引きながらも季流は言葉を進めた。

「はい。私達にこの村の伝説について教えてくれませんか……?」

「まあ、確かに、村一番この夜ノ月村の事を知っているのはわしだなぁ。はっはー」

 見た目と同様、独特な高笑いをする彼女はその後、数秒黙り込みピクリとも動かなかった。

『……!?』

何事かと思いお婆さんの息があるか心配していると、やがて前触れもなく突然!

「よし、では話してやろう! よそもん達よ、聞くがよい!」

「おっ!」

「あ、はい、お願いします……」

 こちらの反応をおもしろがっている様に所々抜け落ちた隙っ歯をちらつかせる彼女がいた。

「この村にはな、かつて〈異端者〉と呼ばれた少女がいたんじゃ。その少女は……」

「おい婆さん。その話はもうおらがしたぞ」

「それを先に言わんかい。いいんよ。二回でも三回でもこの村の人間じゃないなら、なおの事、一度聞いただけでは分からんだろうよ」

「はいはい。ならどうぞお話しくださいな」

「ああ、話すわい。お前さんよりはよっぽどうまく話せるわい。はっはっは!」

 やがて笑い終えたお婆さんは話しを再開させた。

「今から百年前この村には虫を操る少女がいた。その少女は〈異端者〉と呼ばれ、村人達から恐れられた。そして村人達は村を度々襲った天災を理由に彼女を殺されてしまった……」

続けられた話は先ほど元篤のお爺さんが話してくれたものと同じだった。そして……

「彼女は人から生まれ人の心を持った人間じゃった。ただ人とは違い虫の心を聞き彼らを友として一緒に戯れる無邪気な少女じゃった……勝手に村人達から巫女として神として祭り上げられた彼女はそんな彼らの勝手な想いにより生贄として、最後は亡くなったという」

「それで、昔にも起きた彼女の復讐が琥珀石が無くなった今、再び始めってしまったんですね」

「そうじゃ。それなら……あんたらに聞かせてやろうか、この歌を……」

「歌?」

 すーっと息を吸いこんだ田藤のお婆さんはやがて歌い始めた。


 夜ノ月琥珀のその虫は、少女の帰りを待っている。

 主の帰りを待っている。

 夜ノ月琥珀のその虫は、少女の心を知っている。

 友の心を知っている。

 夜ノ月琥珀のその虫は、少女の秘密を知っている。

 神の秘密を知っている

 主は友、主は神。

 我らを救う、人の神。

 我らを束ねる、人の巫女。

 我らを使う、虫使い。

 我らと遊ぶ、幼き子。

 我らを生み出す我が母よ。

 夜ノ月琥珀のその虫は、少女の全てを理解する。 

母の全てを愛しむ。

 夜ノ月琥珀のその虫は、少女の最後を見送った。 

異端の少女を見送った。

 怒る虫は災となり、形見の石と祈りのもとで人を癒し消えてゆく。

 されど愛しき者はすでに無き、ただただ虚しき日の中で夜ノ月琥珀のその虫は……

今日も少女の帰りを待ちわびる。


「これが村に伝わる〈虫使い〉の語り歌じゃよ」

 お婆さんの歪な歌声と雰囲気からやはり独特で奇妙な後味を感じてしまった。それは亡くなった少女をずっと待っているという虫視点で描かれている歌。まるで長い年月が過ぎた今でも……現代でもずっとその歌の内容は続いているといっている様で、またその少女と似通った力を持つ小羽の存在がその言い伝えの信憑性を深めていた。そして気づいた事だが……

「この歌を伝えたのはわしの先祖じゃ。そしてこの歌を最初に語ったのもわしの先祖。つまりこの事でお前さん方は気づいたかのう?」

「何をですか?」

「まあ、分からないのならいい……」

 つまらなさそうな表情をするお婆さんがいて、雪野はとっさに季流へと顔を向けた。

「あのお兄さん、この歌の視点で違和感が……」

「はい、分かっています」

 そう返す季流は田藤のお婆さんの方を見てすぐに付け加えた。

「あなたの言いたい事はたぶんですけど分かりますよ。もしその話が本当ならばあなたの祖先も【虫】の心が分かっていた。あるいは少女と何らかの交流があった」

「ああ、そうだ! だが昔わしも気になって母や祖母に聞いた。するとうちの先祖に〈異端者〉や【虫】と通じ合っていた者などいないと言われた。いるはずがないだろうと怒鳴られたわい。この村では何故か〈虫使いの少女〉の存在は不吉とされ怖い物だという認識じゃ……わしは不満に思いながらも黙って思い続けた。ならば何故あの語り歌が生まれたのか、何故父や母達は怯えた様なそんな目をしていたのか、わしはずっと不思議でたまらなかった」

「その真相は今でも……?」

「分からん。だが……今のわしには分かる事がある。彼らはおそらく少女を見た事があったんじゃろう。言い伝えは本当に会った事じゃった。だからこそ彼らは自分達までが不吉だと思われぬよう、少女を死に追いやった村人達を恐れてわしにそう言った」

 田藤のお婆さんのは再び伝説の話しを語り始めた。

「少女の死後にあった厄災が酷かったらしい。洪水など自然による脅威もったが、村人達は虫の怒りをかいたちまち皆、高熱にうなされたそうだ。皆動く事すらできなくなり絶体絶命の状態となるが、何とか怒りを鎮めようとした彼女の家族は彼女の遺品であった琥珀石を掲げ虫達へと祈りを捧げた。謝り続けそして天が晴れる頃には感謝した」

「その事がきっかけで今の琥珀石が必要な儀祭が誕生したという事ですか」

「そうじゃ。そうじゃ。儀祭はこの後〈虫使いの少女〉とその虫達の怒りを鎮める為、もう二度と同じ悲劇を繰り返さない為に一年に一度行われていったのじゃ!」

 会話が弾み嬉しそうな声を上げる彼女はさらにこう言葉を続けた。

「再び彼女と同じような力を持つものが現れる時それは不吉の象徴だと教えられてきた。そして今この村にはついに現れてしまったのじゃ、〈異端の少女〉がな! はっは!」

「婆さんや、それ以上の話はもうやめとけぇ! その話は他所もんにする話じゃねぇぞ!」

「なぁに、この者達はもうある程度分かった上で話を聞きにきたんだろうよ。なんせこの二人はもう既に彼女に会っているのだから」

 その場の雰囲気が一瞬にして緊迫し、雪野は困惑して季流へと顔を向けた。

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