004 夜ノ月村へ
その後、村人達を警戒し体を丸めてやり過ごす彼女を確認しつつやがて目的地へと着いた。
「ここが私の家です」
玄関で最初に会ったのは小羽とよく似た顔立ちの、肩まである黒髪を耳にかけている若い女性だった。おそらくは彼女の姉だろうか?
「あんた……ちょっとお母さん、お父さん、来て! みんな……」
小羽を見るなり女性は家族を呼びながら逃げる様に中へかけていく。
やがて家の中から先程の女性よりも大人びた女性が出てきた。その短い髪の女性も小羽と似て温和な顔立ちだった。それに続いて小羽の父と母らしき人達も姿を現した。
だが彼らは小羽を見て喜ぶどころかどこか困惑した様子で不穏な雰囲気が広がっていた。
それに雪野達は違和感を持つ。家族なのに小羽をまるで他人の様な【化け物】でも見る様な冷たい視線。いや彼女を恐れている様にさえ思う態度。その目が瞬時に雪野達を捉える。突然、小羽と共に現れた客人に戸惑いを見せながら、視線はちらっと雪野が持つ人形にも向けられた。
「え……」
「何あれ、人形……?」
今、袋がない状態の人形は不気味さを露にしていた。彼女達の視線は人形から雪野の顔へと移動しそして全体を見渡される。
ああ、絶対『何この人』的な目で見らたなこれは……と、雪野はため息と共に肩を下した。
「お前どうして……この方達は?」
「お父さんお客さんよ。彼らがこの村の現象を解決してくれるわ。私の無実も合わせて」
小羽の紹介に続いて季流は挨拶を済ませる。
「どうも。我々は小羽さんの依頼を受けて[JHSA]という機関から来ました。私、夏川季流と妹の花月、そして木崎雪野です」
彼は手の動作を加えながら順番に小羽の家族に向けて説明していた。
途中、季流が花月を自分の妹だと紹介した時、家族達は一瞬怪訝な表情を見せた。
よくある事なのだが、見た目からして全く日本人らしさが感じられない彼が、花月と兄妹という事に驚かれるのだ。そんな彼らに季流は気にした様子を見せず言葉を進めた。
「あー、そういう訳でしてこの信頼できる家族三人で今回、村で起きているという奇怪な現象を解決していこうと思います。小羽さんの事も何とかして見せますので心配なさらず私達に任せてください。よろしくお願いします」
ギスギスとした雰囲気を無視し、堂々と営業スマイルで言葉を済ませる彼はある意味すごい。
「あなた方、小羽に何を聞かされたかは知りませんがこの村の事は私達この村の者で何とかします。小羽を連れて来てくださった事は感謝します。しかしよそもんがこの村の事に関わって下さんな。すぐにお帰りください!」
「いえいえ、そうはいきませんよー」
「小羽の依頼と言われましたが支払いはどうなるんですか? この子は払えませんし私達も払う気はありません。あなた方はそれでも依頼を受けますか?」
「はい、そのつもりです」
「何故です? あなた方は一体、何者ですか?」
「先程も申した様に私達は[JHSA]という、国公認の秘密組織から派遣された者です。そのため金は不要。我々が小羽さんの依頼を受けるという以前に[JHSA]に所属する者の義務として村での一件を見過ごす事は出来ないのです。これも仕事の一環なのですよ。だから色々と聞かせてもらえないでしょうか? この村の事について、彼女を取り巻く現状について」
「それは……」
「あ、それと今夜泊まる場所も必要なのですが……この村には宿泊施設がありませんし、どうしたものかと困っているんですが……」
「そうでしょうね。こんな山奥にあるちんけな村ですからね。そうそう人が立ち寄りません。宿泊する場所なんてないですよ」
「この村の事は全く分かりませんので、どうかここに泊めさせてもらえないでしょうか?」
「そう言われましても……」
「そうですか……残念です。私はいいのですがそれだと子供達が一晩を車で明かさないといけなくなるのですが、それでも?」
「他所をあたってください!」
最終的にはっきりと断られた季流はそのまま引き下がる事はせず父親の顔を直視した。
「お願いします。頼みを聞いてくれませんか?」
雪野から見ても彼はこの国の平均より長身で、父親を見下ろす悪い態度に見えていた。
「駄目なもんは駄目です! どうかお帰りください!」
怯みつつも引かない父親と交渉が対立する中、次に季流は仕方ないとこう切り出した。
「実はここにくる際あなたのお子さん、小羽さんに【虫】で車をボロボロにされてしまい、あの通り見るも無残な状態なんですが……どうしてくれるんでしょうかぁ~?」
言葉と同時に、外の車に向かって指をさす季流を見ていた雪野は呆気にとられる。
お兄さん! それ頼み、お願いじゃなく脅しだよ、脅迫だよ!
今の季流の言葉と表情はまるで借金を取り立てに来たヤクザの様な怖い感じだった。父親は困惑した様子で今の緊張を引き継ぎながら季流は続けて小羽の家族へと告げる。
「あの車、あんなに傷がついちゃあ修理するよりも新しく買った方がいいですかね~。どうしますかね~。あなた方の返答次第なんですがね~。さてどうします?」
お兄さんノリノリに悪い人、演じていますね……
家族は、申し訳なさそうに俯く小羽や季流を交互に見ていて明らかに動揺していた。
「本当か、小羽……?」
「ええ……そうなの。【虫】達に彼らを引き留めるよう頼んだらいき過ぎてしまって……ごめんなさいお父さん。泊めてあげないともしかしたらその弁償代払わせられるかも……」
小羽も季流の演出に合わせて、不安を掻き立てる演技を自然にしてくれる。
「そういう事です。さあ、どうしますかぁ~」
「も、もう好きに泊っていってください! その代りに村の事を、娘を守ってください!」
父親は小羽をちらっと横目で見てそう告げた。
「ちょっと、あなた!」
「仕方ないだろう……」
父親が小声で睨みつける母親にそう返したところで季流は伝えた。
「分かりました。快く引き受けましょう」
「よろしく頼みましたよ……こんな所にいるのも何なのでどうぞ上がってください」
渋った表情で小羽の父親は雪野達を家へと上がらせた。
「人形とか……なに、あの人達……?」
「気味悪いわね」
その時、見えなくなった壁裏でそっと小羽の姉達の会話が聞こえた。
「あの子達……」
廊下を進んでいる時、娘達の配慮がない発言に母親はバツが悪そうにしていて、雪野は半眼のままそれを聞かなかった事にして季流達の後についていった。
「私は家の前の宮を預かる神主で夜ノ月大治と言います。あと妻の頼子と長女の幸恵、次女の美代、そして今は外出中ですが三女の裕子、四女、末の小羽がここに住んでいます」
「そうなんですか……」
客間へと案内されるが父親は早々に話を切り上げ、後の事は小羽へと任せるつもりの様だ。
「何かあれば気軽に言ってください。では後の事は小羽に任せますのでこの子から村の事を聞いてください。私達はこれで……小羽、お前に任せたぞ」
頷く小羽を見てから部屋を出ていこうとする彼に続き、母親や姉達も立ち上がる。
「本当にすみませんねー。しばらくお世話になります」
「いいえ……」
季流がさらっと父親に声をかけるも、あからさまに苦い表情を浮かべる父親はもう季流が何を言おうと快く思わないかもしれない。
「皆さんすいません。いつもはああいう人じゃないんですけど、皆さんを警戒している様でああいう態度になっている様で……」
「いえ、いいんです。いきなり見知らぬ人間が押し寄せれば誰だってああなりますよ」
「はあ、そうですか。本当にすみません……」
「それよりも、さっそくですが小羽さんの話を聞いてもよろしいですか?」
「あ……えっと……それはここでは……」
季流の言葉に困った様に顔を歪めてる小羽を見た時だった……
「あら、誰かしら……?」
呼び鈴がなり客間の横にある台所にいた母親は険しそうな表情をして呟いた。
「お母さん。私、出るね」
「ええ……」
緊迫した様な母の短い返答を聞いた後、幸恵は急いで玄関へとかけていく。そこで構わず戸を開けて家の中に入り込んでいる、春の山菜を入れた袋を持つ村人を捉える。
「お父さんはいるかね?」
「はい。います。いま呼びますね」
村人が来たのかと思い小羽の強張る顔を見て最悪の事態を考え警戒した。隣の部屋から家族の動きを感じガラガラ声の男の方に向かう様子が伺えた。
「お父さ~ん。柴村のお爺ちゃんが来てるよ~。きて~」
玄関の方からかけられたのは女性の声で、顔は見えないが少しゆるく明るめな声質から、長女の幸恵が父親を呼んでいるのだと雪野は思った。
その時、全開された襖の奥で駆け付けた父親の姿を捉えており彼は大声で娘に伝えた。
「ああ、今行く! ちょっと待ってほしいと伝えてくれ!」
父親はその後、小羽と雪野達に忙しく指示を出す。
「小羽、お前は見つからないよう二階に隠れていろ。その方達も一緒に、さあ」
「はい」
小羽は雪野達へと向き直り誘導する。
「付いてきてください、皆さん」
彼女の後に続き縁側横の廊下を進む。季流はその時ふり返りある者達に小声で伝える。
「後は頼みましたよ」
客間から見える庭からずっとこちらの様子を伺っていた彼らの返答はこうだった。
「分かったニャ!」
「分かりましたニャン!」
今、庭からガラス窓を通り抜ける二匹の猫は、《霊体変化》で人間の様な姿になっていた。猫耳やしっぽの不完全さが残る中、誰もそれを気にしている様子はない。
なぜ皆その事に驚かないのかというと二匹が小羽の家族に認識されていないからだ。
二匹の姿を確認しつつ雪野は二階へと上がっていった。
残った二匹はその場で小羽の家族たちの様子を監視した。それが彼らの役割だからだ。
「もういった? あのよく分からない奴ら……」
対人モードを解き、うんざりして崩した言葉を吐く母に、傍観していた美代が答えた。
「ええ、もういないみたいだよー」
父と入れ替わるように姉の幸恵は戻ってきて、会話に混じる。
「あの方たち本当に大丈夫なの? どっかの宗教とかの危ない人たちじゃないよね? 人形とかもっっている人いたけど……ねぇ?」
「そう、それ気になったぁ! 国の公認とか、なんか言っていたけど、怪しくない?」
「[JHSA]って何? 聞いた事ないんだけど……」
幸恵と美代の会話を聞いていた母親が言った。
「確か秘密組織とかも言っていたわよね?」
「なんか、秘密組織って言っている時点で怖いんだけど。お母さんも幸恵お姉ちゃんも、そう思わない? 用心した方がいいよねぇ」
妹の言葉に同感だというように姉が返す。
「だよねぇ」
『ねぇ』
母と娘同士のひそひそ話が始まり、それをすぐ目の前で聞いていたクロがいた。
なんか色々と悪口いわれているニャ……
次第にエスカレートする女達の会話をしばらく眺めていたクロはシロを待っていた。
台所で母、姉達の様子を不愉快そうに観察しているクロがいるが、一方のその場で見かけないシロはどこにいるのかというと先ほど父親の方に付いていき今は玄関だ。
ちょこんと父親の横に座り、客人との会話を観察していた。手に持つ緑色の草の様な野菜を父親に渡した後、柴村のお爺ちゃんと呼ばれていた老人は本題を話しだした。
「お前さんの娘は、まだ見つかってねぇ」
「そうですか……」
おどおどした父親。目を移し、顔や腕を組んでどしっと立っている老人の態度を見て、
「随分と厳ついお爺さんですニャン。父親も大変ですニャン」
とシロは感想を述べる。彼の声は普通の人には影響されないため聞こえてはいない。
「もう村の外へでも逃げたんか、それともひっそりどこかに身を潜めているんかぁは知らねぇが、どっちにしろあの娘はまだ子供だぁ。一人じゃあそんな数日も逃げられないだろう。ここは森の中にぽつんとある滅多によそもんが立ち寄らない所だしな。それに金も一切持たずに逃げたんだ。そのうち村の外や森の中を捜索している者に見つかるだろうなぁ」
「そうですね。すぐに見つかればいいのですが……」
そう返した父親に老人は怖い顔をする。
「お前さんに一応聞いておく。お前さんはあの娘をかくまったりはしてねぇだろうなぁ」
「していませんよ、そんな事は……娘はあの時あなた方に預けた後から一切見ていません」
「そうかぁ、ならいいが。念の為なぁ……」
「念の為ですか……」
「あの娘は鍵がかかった牢屋から抜け出した。きっと虫を使ったんだろう。本当に何をするか分からん。いざとなったら、その力で村人を襲ってしまうんだろうよ」
「はあ……」
「あの娘が頼れるものと言ったら、虫と家族だろ? もし、あの〈異端者〉が戻ってくるような事があったら、ただちにおらたち村人に差し出せ。もし情をもってあの娘を隠したなら、お前の村での立場がどうなる事かちゃんと理解しておけよ」
「はい……分かりました」
「それじゃあ今日はそれだけ伝えに来たぁ。おらぁ、もう帰るちゃ~」
「お、お帰りですかニャン?」
老人が背を向け戸に手をかけた時シロも、父親も安心した様に首を垂れていた。だが、
「あれぇ? お前さん……」
去り際に足下を見た老人はある事に気づいた様で、次にこう言葉を発した。
「この靴は何だ? そーいや外に見かけねぇ車が止まっとったけど客でも来てるんかぁ?」
雪野たち三人と小羽の靴も混じっており瞬間、慌ててきょろきょろとするシロがいた。
「ニャン! なんだか、一大事の予感ですニャン。季流達に知らせますかニャン!」
父親は一瞬のうちに緩んだ顔を上げて少し強張りながらも答えた。
「あ~はい。外からの客で今日はここに泊まる事になりまして……」
「どうせ、祭りを見に来たっていう毎年来るか来ないかのまれな観光客だろ? そんなもんがなきゃ、こんな何もない村に訪れる者なんて、そうそういないわなぁ」
「そうですねぇ、アハハ……」
「じゃ、おらはもう行く」
「元篤さん、それではまた」
「ああ」
玄関の戸をガタンと大きく閉めて、元篤という老人は去って行った。
「よかったですニャン。何とか、気づかれなかったみたいですニャン」
父親は安堵したのか嘆息しクロが見張っている母親達がいる場所へと移動する。
先程まで台所にいた母親達は客間へと移り、雪野達に出した座布団やお茶を片付けている様で、父親の姿を捉えてうんざりした様にため息をこぼす母親と、それを仕方ないとばかりに冷めた眼差しで見送る姉二人がいた。
「何があったのです? クロ」
「女の会話は怖いニャ、父親がかわいそうになってくるニャ……」
何を聞いていたのかクロはひどくショックを受けている様だった。
「あなた! 元篤じじぃはもう帰った?」
「ああ、ってお前その言い方は……」
「私、あの爺さん苦手なのよね。あの偉そうな雰囲気というか頑固者というか気性が荒いというか、頭ごなしに何でも物を言うから」
「お前それ聞かれたらまずいぞ」
「だからもう帰ったんでしょ? なら大丈夫よ。家の中でなに言ったって私の自由じゃない。そう思わない?」
「ああ……そうだな……」
「もう……そんなんだからあなたは駄目なのよ! やすやすと小羽が連れてきた、あのよく分からない連中とか泊まらせちゃうし、もっと強気になれないの?」
「あ~あ、また始まった」
「美代、私達はもう行きましょう」
「そうね、幸恵お姉ちゃん」
娘二人は両親を残して部屋を出ていき、それを確認しながら母親は続けた。
「で、あの子の事は言ったの? あの爺さんに」
「いや、まだ言ってない」
「どうするのよ、バレたら」
「その時、考えるよ」
「その時ってもしバレたら私たち全員、村の人達から白い目で見られるじゃない! 今までだって小羽のせいで色々と肩身が狭いっていうのに、ほんとにもう!」
母親の物言いに父親は不快さをにじませながら黙り込む。
その様子を見てさらに苛立ったのか、物凄い剣幕の母親はそれを隠さずに次に訴えた。
「ねぇ、ちゃんと私達の事もちゃんと考えてよね!」
「考えているだろう? 俺だって世間体があるんだ! そこらへんはしっかりする。でもちょっと待ってくれ。今の状態で小羽の事を喋る訳にはいかないだろう? このままじゃ小羽はまた捕まる。それは避けたいんだ。少しは俺を信用しろよ」
「もう……分かったわよ。そう言うなら任せたわよ、信用しているから!」
怒鳴って母親はギスギスした態度のまままるで彼を拒む様に戸をバンッと、叩きつける勢いで閉めた。その後彼女の強く踏みしめる足音が去っていくのが聞こえていた。
「シロ、クロ達は修羅場を目撃したニャ……」
「夫婦喧嘩は家庭崩壊の危機ですニャン。この家の将来が心配になってきましたニャン」
「そっちかニャ!? シロは真面目だニャー。クロには強い刺激だったニャ……」
そんな会話を漏らす中、置き去りされた父親は彼女が出ていった入口を睨んでいた。
「もうなんだ、あいつ……あれでも母親か……」
父親はどうも煮え切らない様子でその後、ぽつりとこう漏らしていた。
「あいつにとって小羽は家族じゃないのかよ……」
父親が部屋を出ていったのを見送りクロとシロはお互いに顔を見合わせる。
「それじゃあ……いったん季流達に状況を説明しにいくかニャ?」
「ニャン。そうしましょうニャン」
二匹は縁側前の階段をかけるように上り雪野達がいる部屋へと向かった。