002 〈変物世界〉、祓い屋
この広い世界には普通の人には見えない奇妙な物が存在したりする。
【霊】であったり、【邪気】であったり【妖かし】【化け物】と言われは様々だが、そのどれにも共通して言える事は、それらは人間や動物などの生き物から生み出された存在であるという事だ。そんな【化け物】達を総称して【変物】と呼ぶ。
【変物】によって起こる問題を扱う[JHSA]という国の秘密機関が日本の各地には存在しており、それは[日本怪奇現象専門機関]の略称で、その名の通り怪奇現象に関する問題を扱う国家秘密組織だった。
【変物】によって起こる事件を解決に導く事が[JHSA]に所属する祓い屋の仕事で、【異形な物】に対抗する力を持つ彼らは皆、見える故、常に危険と隣り合わせでもあった。
そしてその祓い屋の一人である彼もまた……
「お、うわあああああ! ちょ、ちょっと……なんで……」
時刻は二時過ぎ、木が生い茂る森の中は日の光をあまり通さず辺りは薄暗い。人が立ち入らないそんな自然溢れる静かな場所で、今どこからか騒がしく声が響いていた。
「あ~もう! 来るな、来るな、来るなぁああ!」
その声の主は、長い黒髪を軽く横に縛っただけの髪型に、紫の和服を着た風変りな青年で、彼は木々の間を無作為に進み息を切らしながら必死に【何か】から逃げていた。それは……
「こっちに来るんじゃねぇえええええ!」
数えきれない程の虫……いや、【虫の化け物】と呼んだ方がいいのだろうか? そんな生き物がブンブンと恐怖をあおる様な羽音を出しながら飛んで来ていた。
「うっ、うわああああああああ!」
蜂のような黒と黄の混じった姿態、尾の先端の鋭い針、顔の部分はボコボコして、小豆程の小さな目がたくさん付いている。口の中にはとがった牙がバラバラに生え、その奥から伸びている長い舌、ムカデの様にその長い胴体を丸め、背中にある四本の羽で飛ぶソレは、見るからに、危険で気色悪い生物だった。
あれは何? 蜂……ではないよね。明らかに普通の虫じゃないよね、刺されたりしちゃったら確実にヤバイんじゃないの? 死んじゃうんじゃないの、俺!
そんな未来の自分の光景を想像して彼は青ざめた。そして、アハハと苦笑いを浮かべながらその迫り来る脅威に恐る恐る目をチラッと向けた。するとやはり……
ブンブン――ブンブンブン――ブブブンッブブンッブブブブン――――虫が迫る。
「ああ、あんなに沢山。うぅ……あのブンブンという音、それ、ほんと恐いんだけどぉ~」
木の根っこや小石などの凹凸で足場は悪い中、彼はすぐ顔を戻し逃げる事に専念した。つまずきかけながらも何とか走り続ける彼だったが……
「ぐわぁ! うぅ……ああ、もうムリ!」
さっきよりも荒くなった息を吐く彼はもう我慢の限界だった。
「これ、どうすればいいんだぁ~。いつまで続くんだぁ~。あぁ……もうヤバイって! 早く誰か助けに来い! つうのぉおおおおおお!」
こんな状況になって既に五分は経っている。短く思うかもしれないがこれだけの時間でも全力疾走しているのでとても疲れるのだ。
「ていうか、なんで俺、こんな状況、なってる、いうと……あの人達のせいだよね……完全に全部、あいつらのせいだよね!」
絶体絶命の状態で彼はもう叫ばずにはいられなかった。なぜ彼が一人【蜂の様な化け物】から逃げ回るというそんな事態の陥っているかの説明をするにはまずは一旦、今から三時間ほど前に話を戻す必要がありそうだ。
三月のよく晴れた今日の事。山奥にひっそりと佇む和風の漂う広い家と木々に覆われた庭。敷地内に立つ一本の桜の木には蕾が付き始め、その枝に止まる鳥達の言葉のかけ合いの様な鳴き声がチュン、チュン―――と細やかに聞こえている。
そんな清々しい春の日に彼、木崎雪野、十八歳は自室でぐっすりと寝ていたのだ。
時刻は十時を過ぎ、寝巻の着物をはだけさせて布団の中で昼近くまで寝続けている、そんな男の姿を見て人は思わず「だらしない、早く起きろ」と言ってしまいたくなるだろう。しかしそんな彼を起こしに来る者は今のところ、まだ一人もいなかった。
目覚めるのは大体、十二時を過ぎた頃でそれが雪野のほぼ毎日の日常だ。
しかし、今日はそういう訳にはいかない様であった。
和と洋が混じった様な畳のある雪野の部屋の外、長く続く廊下からいま足音がさっさっさっと静かに彼の部屋へと近づいて来ていた。
「雪野さん、起きていますか?」
足音は部屋の前で止まり淡々とした若い女性の声がかけられた。
「雪野さん、起きていますか? えっと……あの雪野さん?」
どうやら彼を起こしに来た様だが……返事がなく彼女は戸惑った声を漏らしていた。
寝言さえ漏らさないほど熟睡している雪野がいて結果、彼女は次の行動に移したのだ。
「入りますね……」
声の直後静かに戸が開かれ、癖っ毛な長い黒髪を一部後ろに束ね鮮やかな桜柄の赤い和服を着こんだ少女が現れた。顔立ちはその平坦な声から想像できる通りの落ち着きのある凛としたもので、その整った綺麗な顔には若干の幼さが残っている。
彼女は雪野の二つ年下の同居人――夏川花月、十六歳だ。
その切れ長の瞳が部屋の奥から窓、右側に置かれたタンス左側の物入れ、その横に連なるテレビへと動き入口すぐ目の前、木の床を挟んで畳の間で寝ている雪野を捉えた。
彼女は彼の部屋へと足を踏み入れ、まだ眠っている雪野の元へと近づく。
「雪野さん、起きてください」
「ん~……」
しゃがみ込み耳元で声をかけのだが、彼は微かな寝言を漏らすだけで起きなかった。
「雪野さん、起きてください。雪野さん!」
「ん~、んっ……」
少し音量を上げて言葉をかけた彼女の声にも雪野は、全く目覚める気配を示さなかった。
「雪野さ~ん、早く起きて下さ~い!」
今度は体を思いっきり揺する花月。その勢いは以外に激しく雪野はついに目覚め……
「ん~? もうなに~。まだ寝、む……」
やはり彼は、起きなかった。
「う~ん、仕方ないです……」
息を吐き悩ましげに首を傾げた彼女は何やら決断しその途端、布団の端を両手に掴んだ。
「あの雪野さん。気持ちよく寝ているのに起こすのはどうか迷ったんですが、でももう、あまり時間がありませんので、とりあえず身支度だけは整えさせてもらいます、ねっ!」
言葉と同時に雪野から勢いよく布団を取り上げた彼女は、即座にその華奢な体で軽々と彼を持ち上げた。それはお姫様だっこと言うもので花月はその状態のまま動き出した。
手足をブラ~ンとさせた雪野はその浮遊感でやっと目を開く。
「んあぁ……あっ? って、え、何……?」
「雪野さん、起きましたか?」
彼は確認する。今自分がどんな状況なのかを半ボケ状態で確認する。すると……
ん? ん? んん!?
「なっ、何してんのぉおおお! お前ぇええええ!」
これなに? 朝から目覚めが悪いのなんの。それ以上にこれは……これは……
「ちょ、ちょっとぉ!」
頭の中である考えが展開し雪野は慌てて花月から離れようとした。
「あ、雪野さん、暴れないでください。騒ぐと、きっと後から疲れてしまいますよ?」
彼の動きを制す花月は清々しいほど落ち着いていて、まるで全く重さを感じていないかの様な平然とした一言だ。何だかバカにされている様な気もして雪野は強く言い放った。
「疲れねぇよ! と言うかそう思うならこういう事するな! そして早く下ろせ、恥ずかしいから! かなり恥ずかしいから! 男が女にお姫さま抱っことか、ちょ、これ……」
下してほしい一番の理由は今言った通りの理由だった。
雪野がチラッと目を横に向けると、そこには異様にふっくらして柔らかいものが――
なんか当たっているんですけど! 腕とかに!
彼はうんざりした様に目線を外し、顔を真っ赤にして慌てる。色んな意味で慌てる。
「私は全く気にしていませんから大丈夫ですよ」
普段は能面の様に無表情の少女が無邪気に微笑んだ時、雪野はしばらく言葉を忘れていた。
「お、俺が嫌なんですよ~花月さん。いいから下ろせ、今すぐに!」
「分かりました。雪野さんがそう言うのなら……」
俯きがちに横を向く花月の姿を見て雪野は一瞬、安堵し体の力を抜く。
そうか、分かってくれるのか。分かってくれたのか……
「下ろしたくなくなりました」
その直後、唖然とする雪野を抱えたまま動きだしそうな花月に彼は慌てる。
「へ? っておい! ちょっ待て! お前なに考えてる? 早く下ろしなさい!」
「なんど呼びかけても、全く起きない寝坊助な雪野さんが悪いんですよ。私はお兄さまが家に着く頃までに、そのだらしない格好をどうにかしようとしただけです」
「……え~っと、どうにかって?」
雪野は半眼で花月の顔をじっと眺めて聞いた。
「私が雪野さんの代わりに着替えさせてあげようかと思……」
「何しようとしてんだぁあああ! お前は!」
大体そんな事だろうと予想もしていた、のだけど……またかよ!
「だから着替えさせようかと?」
「だからそういう事しなくていいって、いつも言ってんでしょうが! 毎回どんな起こし方してくるんだよ、お前は。……着替えってなぁ……」
雪野はもうだいぶ一緒にいるが、この今ひとつ考えている事が読みきれない天然少女を見る。絶対何も分かってなさそうな彼女に雪野は言う。諦めずしっかり伝えておく!
「女の子なんだからその~少しは恥らいを持ちなさい、恥じらいを! 分かりましたか!」
「でも雪野さん、私たち婚約者同士ですし、別に慌てる必要は無いかと?」
「あァ? だから何? 俺が慌てるつってんの、分かる? 着替えにしろ、今の状況にしろ。てか、どこに女にお姫様だっこされる男がいるんだよ!」
「……ここにいますよ?」
「ああ……そうだね! それがおかしいって言っているんだけどね! なんで分かってくれないんでしょうか! もういい加減にしろよ!」
「はあ……」
曖昧に頷く彼女は、本当に彼の真意が理解していない様な悩ましげな表情をしていた。
「とにかく……もういいかげん下ろせって事を伝えたいわけで、もうすぐお兄さん来るってお前いってたよな? 俺こんな事してる場合じゃないじゃん!」
嫌そうな顔を浮かべる雪野に花月は彼の方をジッと見つめた。
「また、逃げるつもりなんですか?」
ああ逃げますとも! なんか悪いか! と言っておく……心の中で。
「だってあの人が家に帰ってくる理由といったらどうせ俺に任務の手伝いやら、ただの雑用押し付けるつもりなんだろう? それはまだいいとして任務そのものを手伝うとしたら絶対、俺の身が危険に晒される事、間違いなしだし。そんなの俺は嫌なんでここは今のうち逃げるべし!」
「でも……いつもの様に、すぐ捕まると思いますよ」
うぅ……そうかもしれないけど……
「いいから下ろせ、花月!」
「それにもう遅いと思います。お兄さまから電話であと五分ほどで、家に着くと聞いています。それと雪野さんを逃がさない様に、私も言われていますから」
「……つまりお前は俺を逃がさないようこんな事してるわけ? そういう事? 俺がこんな状況になってる理由は、そういう事?」
「う~ん、どちらかというと楽しいから? ですかね」
少し考え込みそう発した彼女に悪気は一切ない。花月は常に正直で嘘をつけない子だが、それは時に人に誤解を与える事があった。雪野をイラつかせている事もよくあった……
「お、お前ふざけるなぁああ! お前と、お前のお兄さまは一体、俺を何だと思って……」
雪野の怒りが爆発したちょうどその時だった。
「ただいまー」
ある男性の声が部屋の外から聞こえてきた。
「雪野さん、残念でしたね。もう諦めましょう」
どうやら雪野が恐れるこの家の悪魔が帰ってきてしまった様だ。
あ~これまでか。もう終わってしまうのか。大人しくお兄さんに従うしかないのか……
「いや! 今からでも逃げてやる。絶対逃げてやる~!」
諦めず雪野は花月から離れようと必死にあがく! あがく! あがく!
「雪野さん危ないですよ。大人しくしてください。転んで頭を打っても知りませんよ」
「知るか~!」
木崎家はとても広い。雪野たちが今いる部屋から少し離れた場所に玄関があるのだが、そこからトストストストスッと勢いよく足音が近づいてきている。
「花月、雪野くん、どこにいますかー?」
そう言いながらも彼の声は迷いなくこちらに向かって来ていた。
「あ、お兄さま。ここにい……」
「花月、黙れ~い」
「ん、んん~」
花月の口を押えた雪野はそこで正直思った。
「ああ……」
無理だ……もう逃げられないと悲しくも悔しくもいつもの事で確信していた。
「花月もう下ろせ、これはヤバイ! もう逃げるのやめにするから! お兄さん来るから!」
「あの雪野さん。だから暴れないで……今、下ろしますから……」
トストストストス――足音が迫りきて、やがて……
「花月? 二人ともこの部屋ですか? 入りますね?」
「早く下ろせぇええええええええ!」
思いっきり体をひねる雪野に花月は、一歩後退しその時床に転がる黒い袋を踏みつけた。
「あっ……」
「えっ……?」
そんな短い声を漏らし、二人の体は何の抵抗も出来ず傾く。そして……
「雪野さ、きゃ!」
「うおわぁあああ――ぎゃう!」
ゴンッ、という大きな衝撃音が部屋に響き渡る。そしてそれはほぼ同時だった。
花月の兄が戸を開けるのと、雪野たちがもつれ合うようにして倒れたのは……
「いったぁあああ~! うぅ痛い、かなり痛い……ううぅ……」
壁に頭をぶつけ悶絶する雪野。そして頭をぶつけなかったものの彼の下敷きになってしまった花月。それは傍目からいかにも雪野が花月を押し倒した様に見えなくもない。
「何しているんですか?」
和装しているものの日本人らしさを全く感じさせない肩より少し長く伸ばされたウェーブがかったきれいな金髪。メガネをしていて一見分かりづらいがそこから覗かれている青い瞳。その鋭い目は今しっかりと雪野達を捉えていた。
「お、お兄さん……」
夏川季流、二七歳。彼が雪野達の保護者かつ彼を毎回のごとく【化け物】に関する任務へと連れて行く雪野にとっての脅威となる存在だった――
〈特殊異能力家〉の役割とは……その家の血筋を絶やさない為のもの。またはそういう特殊な家系特有の閉鎖された環境に対する考慮、監視も果たしているとも言えるかもしれない。他人との交流を避ける一族も存在しており、彼らは自分たちで暮らしていけるうちは、やはり閉鎖的思考で自分達の伝統や、風習を壊しかねない他者を拒む傾向が強いという。それほど重要な役割をその家は代々受け継いできたとも言えるため[JHSA]はある程度の距離を置きながら、その家について理解し関りを持たなければいけないと考えている。そんな事情もある中で[JHSA]に登録された〈特殊異能力家〉は機関の補助を受ける変わりとして代表者数名が自ら持つ特殊能力によって、日本各地で起こる不思議な現象――怪奇現象などを[JHSA]の祓い屋やその組織に関わる職に就いて解決しなければならないのだ。その役割を果たす為に季流も日々任務を遂行していた。
「では、いつも通り直しがある場合は電話で、書くのは色々とめんどくさいので」
「はい、分かりました。お疲れ様です」
朝方、任務帰りに[JHSA]の中部地方支部へ向かった季流は、任務の報告とレポートを提出して家に帰宅しようとしていた。人が行き交う会合室や執務室など、様々な部屋が連なる、白で統一された長い廊下を進みながら季流は一周間程ある休みをどう過ごすか考えている。
二人とも最近はずっと家に籠りっ放しだろうから、またどこかに連れて行こうか……
「うむ……」
あまり人の多い場所へは出られない二人。保護者である自分がいる時ぐらいは外の世界に触れて楽しんでほしいですね。それに……世の中の事を全く知らないまま過ごしていくというのも、どうかと思いますし、ここは二人の自立も兼ねて――
「三泊ぐらい、旅行にでも、行きましょうか?」
と廊下の曲がり角を通過する時、行き通りする人の中から突然、声をかけられる。
「お~、なになに、どこか旅行に行くのか?」
「あ、はい。少し花月達と交流を深め……え?」
「そんな嫌そうな顔するなよ……」
何でこいつがここにいるんだ?
季流が無言のまましばらく男の様子を伺っていると男は「仕方ない、いつもの事か」とでもいう様子で軽く話題を受け流す。その際にニコッと、男の細い目がさらに細くなったのだ。
「まあ、いいや。それよりも季流――」
「お前、任務帰りだよな? ちょうど良かった。今、緊急に任務の依頼あるんだけど……」
「嫌です。帰ります。それじゃあ」
最後まで聞かず、テンポよく早々断った後そのまま男の横を過ぎ去る。早足で、逃げる!
「って、ちょっと待てって。今、朝で人がいないんだって。それに任務の場所はちょうど、お前の家からも近い隣の村だし。帰るついでにパパッと仕事してこい!」
徐々に小走りになっていく季流にその男はついてきていた。
「それじゃあ任務の後、またすぐここに戻ってくる事になるじゃないですか。めんどうですよ」
「めんどうって、お前なぁ……」
「とにかく嫌なものはダメです」
「……あ、それなら、レポートとか任務報告とか後回しでいいから!」
「そういう問題じゃないんですけど。それに……思ったんですが、あなたがその任務に行けばいいんじゃないんですか? その為に東京からわざわざ来たんじゃないんですか? というかそうじゃなかったらここの支部に何しに来たんだって話ですよ」
既に廊下の最端まで辿り着き、下へ行く為のエレベータと階段が近くにあった。
季流はそこで一旦、足を止めて振り返り出会って十七年程の友人を見た。
國道明慎。[JHSA]の一番偉いお方、本部総長である國道仁の息子である。
「で、どうなんですか? 本部長代理の明慎さん」
「いやいやいや、ここに来たのは単なる気晴らし旅行みたいなものだ。ちょっと宿屋代わりに利用しただけなんだけど。てか敬語で話さなくていいから。何か距離感があるだろう?」
「私は元々敬語で喋っていますよ、明慎。というか休みならあなたが行けばいいでしょ?」
「バカ、お前と違って、俺はそんなに休む機会がないんだよ。今日は久しぶりに、妹と一緒に遊ぶつもりなんだからな」
遊ぶってあなたの妹は一体いくつですか? 確か花月と同年だった気がするんですけど。
だがそんな事は口にせず季流は踵を返した。
「そうですか。でもそんな事、私に関係ありませんから」
「っておい! ちょっと待て。話だけでも聞け。いや聞いてください。季流!」
「嫌です。ウザイ!」
「うわ、ヒドッ」
「それではもう帰ります。休みます。そして花月たちとの楽しい家族旅行へと出かけますので、どうか邪魔しないでください。さようなら」
お別れの挨拶をしっかり言ってこれで相手も諦めてくれるだろうと思った、のだが……
「お前の家族思いは、よ~く分かった。それでだがその旅行に夜ノ月村って所、行かないか?」
「はい?」
「ちょっと、田舎だが景色は綺麗らしいぞ。それに琥珀石って知っているか? 明後日、村の伝説に関する祭り事が行われるそうで、その時にその琥珀石が神器としてか使われるというらしい。もしかしたら出店とかもあるかもしれないぞ。行ってみたらどうだ? な?」
いかにも怪しい彼の言葉に季流は溜め息をつく。もういちいち構うこと自体めんどくさいという事にも気づいていたので季流は仕方なくここで話を伺う事にした。
「はぁ……その餅月村やら、何とか村って所での任務なんですか?」
「アハハ、そうなんだよー。夜ノ月村な……」
しばらく沈黙を貫いていると明慎は突然、手を合わせながら頭を下げてきた。
「まあ、とりあえず行けないか? 報酬額は高くしとくからいい話だと思うぞ。な、頼む!」
「そこまでして妹を優先しますか? それはつまり……危険度、手間度が高いって事ですか?」
「ああ、そうだなぁ? 実際まだ情報があまりないから分からないけど一応これ」
明慎はある手紙を渡してきて、一通り読み終えてから眉を寄せて季流は言葉を返した。
「伝染病かなにか……呪いのまんえんみたいな感じですかね? これは……」
「ああ、そういう感じなんだけど……どうだ? 行ってもらえ……」
「いいですよ」
明慎の言葉を最後まで聞かず季流は淡々と答えている。
「……あっ、本当か?」
「はい。行ってあげてもいいです。どうも手紙には危険な内容もありますので他の方だと……もしあなたなら直ぐに御陀仏さよならだと思うので仕方なく行ってあげましょう」
「おお!」
「私ならこんな任務、子供達を連れてでも楽勝ですからね~」
「あ、ありがとうよ! さすが俺の大親友。これで俺は休みを満喫できる。これからもよろしく頼むぜ、季流!」
皮肉混じりの季流の言葉に動じず、特に気にした様子もない彼の飄々態度に季流は……
「なんかイラつきます! 調子に乗らないでください!」
「まあ、それはともかくとして任務よろしくな」
そんなわけで明慎に任務の場所や期間の確認をした後、彼は木崎家へと向かったのだ。
『もしこの手紙がちゃんと届いたのならばどうかお願いします。私を助けてください。夜ノ月村まで来てください。私は宮の娘です。この村の大事な祭りが行われる時期にとても大変な事が起こりました。宮に置かれていた琥珀石が無くなったのです。何者かに盗まれたのだろうと思います。村の祭りの儀式に欠かせない物で、その儀祭までに琥珀石を持ち去った犯人を見つけないと災厄が起こると村人達は騒ぎ立てます。琥珀石をもとの場所に戻さなければ村が滅んでしまいます。盗まれたその日から次々と村人が虫に刺されたような痣を作り、熱を出して倒れているのです。村人たちは気味悪がっています。祭りの日までに琥珀石が見つからないと何かもっと大変な事が起こるのではないかと皆恐れています。もう時間がありません。犯人を探す為に村人を集め、村人全員が真っ先に私を疑いました。私には私にしか分からない秘密があるからです。私は村人達から嫌われているのです。私は逃げました。あと三日、儀式が行われるその日までに私はどうなるか分かりません。どうか助けてください。私が助かるためにも村人たち全員が助かる為にも今は琥珀石が必要なのです。琥珀石を探しに来てください。この話を信じてください、お願いします。助けに来てください、助けてください。夜ノ月小羽より』
容量いっぱいに文字が詰められ、必死に助けを求める文がそこには書かれていた――