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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ドク

作者: 名無佑馬

 もう(ひとり)はいやだ。

 その思いは少年の中で溢れかえるほどあった。

 人間は人間の中でしか生きられない。その定義通りならば少年は人間とは呼べない。ヒトでしかない。

 山奥、唯一の少年が知る、自身が生きる場所のことだ。

山頂にポツンと建つ五十平米の木造の小屋で畑を耕し、ときに狩りをして食料を調達している。調味料月に一度、鎧を纏った男が届けに来る。

 共に生きる者はいない。

 鎧の男もほとんど少年としゃべることなく、調味料を届けるだけ。

 少年の楽しみは読書と自作のお茶を楽しむ時間くらいのものだ。

十四年もの時間は少年に独を慣らさせることができなかった。少年も人であるから人を求める。


 共に生きられるなら、少年はヒトでなくてもよかった。


 深い夜の中、小屋で薪のストーブで少年は暖をとる。四季があるが、夏でも夜は冷える。

もっとも、暖を取るのは自分自身よりは目の前の白い塊、適当に布を敷き詰めた入れ物の中にある繭のためだ。

 繭から何が生まれるかは少年にもわからない。繭の形状はどのような生き物でも形状は同じで、見分けるには経験を積む必要がある。

 狩りの最中に偶然見つけたそれをリビング用の小テーブルの上に置いてある。

 生まれない、生まれてすぐに死ぬ、または言葉など通じず去ってしまう。少年にはそれらの考慮はない。思うは誰かの側に、だけ。

 少年は温かい茶を含み、繭を見つめ続ける。

「早く、会いたいな、君に」

 少年のひとりごちた声は炎に溶けていく。哀愁と期待を込めた言葉は人には届かない。少年はランプに照らされた手元の本へ目を落とす。

 温情か、騎士は調味料と共に本を数冊持って来る。少年の多くの知識はこれらの本が元だ。

 少年が数行読んだところでピリッと音がする。

 この木材に囲まれた空間には少年以外はいない。いるとするならば繭だけ。

 少年は掛けていたロッキングチェアから繭の前まで移動した。

 拾ってきたその日に眉が孵化するなど、都合が良すぎて、実際には起こるはずはないと少年は思う。それでも少年は繭へ引っ張られる。

 繭の上部には注意しなければ気付かない線が入っていた。

「こんなヒビあったけ?」

 少年は繭のヒビを人差し指でなぞる。

 どこで切れたのか、なぞった線上に少年の血の跡が出来る。

切り傷を見て、少年は首を傾げた。

「そんな深く切ってないのにな」

 怪我はよくするため少年は痛みに慣れているが、痛みがないわけではない。けがの程度も熟知している。

 少年は目線を繭に向け直す。

 ヒビのなかへ少年の血が染み込んでいく。

 繭が震える。

 決まった周期も振幅もなく震える。

 振動はヒビを広げていく。

 孤独な生活を送ってきた少年にも何が起こっているのかわかった。

「すぐに会えるなんて嬉しいよ」

 生まれることに必死な繭の中身に少年は話しかける。

 少年の言葉がきっかけかのように繭の切れ目から羽が現れる。羽は胴を引っ張り出し、腕、尻、脚が外気に触れた。

 そして、体とは不釣り合いなほど長い髪が円を描き、顔を見せる。

 少年が見たことがあるヒトは騎士と自分自身だけ。知っているのは絵だけだが、繭から生まれたものの顔がヒトの女性、それも端正な顔立ちをした美人だと少年は気づく。

「わたしを起こしたのはあなた?」

 絵だけではわからない、女性の曲線を持つ肢体の艶めかしさに少年は欲情を覚える。

「ねえ、あなたは誰なの?」


 寝ぼけまなこな生まれたものは少年を見つめ続ける。

 少年の手の平の上に収まるほど小さく。その姿は少年が好んで読む奇怪ものに出てきそうだった。

 思考が止まった少年は、とりあえず生まれたものの頬に怪我をしていない方の人差し指でつつく。

「ちょ、いや、やめなさいよ」

「やわらかいんだな」

 生まれたものの拒絶に少年の耳は反応していなかった。

 無心で探ろうと、少年は指先を下げていく。

「やめてって言ってるでしょう!」

 少年の指先から一滴の赤い雫が流れ落ちる。

「あ、やっ、あ」

 指の付け根を噛んで少年を怪我させたことに生まれたものは困惑する。激情に任せたにしろ、相手に敵意はなかった。

 少年は呆然と指に流れる赤い線を見る。

「ん、驚いたな」

 表情も変えず少年は傷口を舐める。

「初めてこの言葉を使うな、ごめんなさい、気が動転してた」

 謝っているのか怪しいほど、少年の口調は軽快だった。

 少年の情動に生まれたものは目を丸くする。

 その様子を見て、少年は疑問を持つ。

「あれ? 使い方間違ってたかな」

 少年は慌てて、本棚へ行く。低い位置にある、厚い本のページを少年はめくっていく。

「なぜ、あなたが謝るの?」

 生まれたものは情の無い声で少年に問いかける。

 少年は手を止めて、目を細める。

「ん、大丈夫だよね。悪い事したら、ごめんなさいと言うものでしょ? ぼく、きみを怒らせちゃったようだし」

 少年は生まれたものに厚い本の一点を指さして見せる。

「意味は間違ってはないけど」

 生まれたものは少年の顔を見上げる。そこに張り付けられたのは疑いを知らない、無垢な笑顔だ。

「無駄に疲れそうだからもういいわ」

「ん? パコだよ」

 生まれたものは長い息を吐く。少年、パコには話を聞く概念がないように思わせられる。

「名前だよ。聞いたでしょ? 誰かと話すなんて皆無と言っても違いなかったから、いろいろ迷惑かけると思うけどよろしくね」

「ちょっと、わたしはあなたと一緒にいるとは言ってないわよ」

 パコの固まった笑顔が崩れていく。瞳に溜まった涙がこぼれかける。

「ああ、わかったわよ。一緒にいてあげるから。これで顔を拭きなさい」

 生まれたものは繭を保護していた布をパコに渡す。

「うん、ありがとう」

 パコは素直に布を受け取って、顔をぬぐう。布から解放された顔には満面の笑顔があった。

「わざとやってるのかと思うわね」

 頭を抱える生まれたものにパコは好意の目を向け続ける。

「そう言えば、名前は何だっけ?」

「あるわけがないでしょ。今生まれたばかりなのだから」

 パコは附抜けた顔で「あ、そっか」とつぶやく。

 何かを考えているのか、手を頭に置いて左上空を見つめている。

「じゃあ、フェアはどうかな?」

「どうかなって」

「僕な好きな話に出てくるフェアリーに似てるし」

 名前が無いのも不便だと思い。しぶしぶ生まれたものは自らを『フェア』と名乗る事にした。

 本当に自分がしなければならないことを棚上げにして。



 少年の朝は早い。

 ヒトが夜に寝て、朝に起きるのと同じように野菜も時間によって状態が変わる。日が昇ってすぐに採るのが最適なのが現在、パコが家の前にある畑で育てている野菜だ。

 赤く実ったそれをパコはヘタから切り出して、竹籠に収める。

 竹籠は地面から浮いていた。

「結構力あるんだね」

「力と言うよりも妖力みたいなものよ」

 二本の取手が竹籠を吊り下げ、その先にはフェアが腕全体を使って取手を持っている。体格の小ささからすれば、相対的に相当な重量である。フェアは苦もなく、一定の高さで浮いている。

 曲線が目立つフェアの肢体には丈が短いドレスで覆われている。パコが何も着ないままだと山中では寒いからと、昨晩の寝る前に作り上げた。

「そもそも、わたしたちはこの世有らざるものだし」

「何か言った?」

 フェアはため息をつく。生まれてからどれだけしたか、数える気にもなくなっている。パコには先天的に人の話を聞く能力が欠落しているようにフェアは思えた。

「この世の生命が生まれつきでしゃべれるはずがないじゃない」

「そういえばそうだね。なんでフェアはしゃべれるの?」

 パコの呑気さにフェアは呆れを通り越して、憧れを持ち始めた。

 禁止されているわけでもないのでフェアは素直に答える事にする。

「わたしたちは転生し続けてるの、記憶を持ちながら」

 パコたちは移動して、別の野菜を採りに行く。先日の狩りで十分に肉は確保できている。野菜の収穫を終えた後は水やりして、ゆっくり過ごすだけだ。

「転生。宗教みたいだね」

「考え方は似ているわ。ただ、わたしたちの人生の周期が早いから、今までの知識を継続させて、生きるには困らないようにしているのよ」

「じゃあ、この世有らざるものって?」

「話聞いてたの?」

 フェアの驚いた声にパコは自分がおかしなことを言ってしまったかと思い、頭を傾けてしまう。

「てっきり、人の話を全く聞いてないと思っていた」

「言っただろ、人と話したことなんてほとんど皆無だって」

 フェアが生まれてから、一日も満たないが、ほとんどの時間でパコは笑顔だった。今現在もパコは笑っているが、哀愁漂う笑みだ。

「どう話したらいいかさ、わからないんだよ」

 パコは声を上げる。見ただけならば笑っている。

 ただ本質は悲しみをどう表せばわからないから乾いた笑いをしているだけだ。

「もう一回聞くけど、この世有らざるものって?」

 フェアが慈しみの目をパコに送っていたことに気づく。慌てて首を振って、意識を取り戻す。

「あなたたちが言う妖魔の一種なのよ」

「そう言えば、ここの周りでうろうろしている奴でいたっけ」

 妖魔は無差別でヒトを襲う。

 パコの呑気さは事実であることにフェアは安心と不安を抱く。

「よく今まで生きてたわね」

「生きるだけなら何とかならさ」

 質問と言うよりは呆れから来た独り言だったが、パコの返答のズレは不慣れのためだとフェアは自身に言い聞かす。経験の数だけなら、前世の記憶を持つフェアの方が多く、ある意味ではお姉さんのようなものだからだ。

「妖魔はある目的のために神が創り出したものよ。そのために物理法則なんて無視することもあるのよ」

「フェアが飛んでるのも、物理法則を無視しているからか」

 丁寧にパコは何枚もの葉に覆われた、土の上になる野菜を採る。

 フェアを畑の外へ誘導して用意をしていたじょうろでパコは水まきを始める。

「わたしも聞きたいのだけど」

 パコはフェアに笑顔で応じる。

「あなたはどこで言葉を覚えたの」

「本を読んでいれば、いやでも身につくでしょ?」

 フェアは答えが違っている気がした。

 無垢な笑顔で自身の様子を見つめるパコにフェアはこれ以上のことは聞いても意味がないと思い、じょうろから流れる水の周りを飛んで遊び始める。

 フェアの様子はまさしく妖艶で、話しに出てくるフェアリーだ。

パコはその姿に見惚れていた。



 基本的に少年の食事内容は変化しない。

「よく飽きないわよね」

「他がわからないからね」

 食卓に並ぶは朝に採れた野菜のサラダに、肉の塊を塩と胡椒で焼いただけのもの。昼のときも同じものだった。

「こんな体じゃなければ、わたしが作ったのに」

「別の姿もあるんだ」

 フェアはパコの言葉を無視して、肉に食らいつく。パコとは違って故意だ。

 気にする素振りも見せずパコも食事に手を付ける。

 二人の食事量の割合は一対一。

「昼のときも思ったけど量食べるね。どこに入っていってるの?」

「言ったでしょ。物理法則を無視しているって」

 友好的ではなかったが、パコの話し相手に文句も言わずなってくれていたフェアだった。そのためか、フェアの言葉がパコには自身を突き放しているように思えた。

「と言っても、力ってのは有限よ。どこからか調達しないといけないのよ」

 パコは納得した。疑う必要性を知らない彼はフェアの言葉を嘘とは思わなかったからだ。

 事実、嘘ではない。



 少年たちの日々は一般的な特別とは言えなかった。

 朝は野菜を採り。水まきのついでに水遊びをしたり。

 昼には生活に必要な道具の制作や、フェアの指示でお茶づくり。

 夜には言葉数が少ない談笑が木造の小屋から漏れる。

 今までしてこなかった凝った料理に挑戦もパコはした。結局は失敗して、フェアがその姿に笑いを止められなくなった。

 それは日常としか言い表せないものだった。

 パコには山のふもとや、もっと先の土地に住む多くのヒトが過す日常が何よりも幸せだった。

 本の物語でしか知ることができない、誰かと過ごす、心に触れあう時間はパコが最も渇望していたものだ。

 ヒトであるか、妖魔であるか、二人の間にはその問題はないようなもので、存在を表す記号になっていた。

 二人の幸せは深く強くなり…………終わりを呼び寄せた。



「フェア、食事を用意したか」

 パコは着席と配膳を同時に終わらせ、小さなベッドへ目を向ける。

 同じベッドでは寝相が悪いパコに潰されるからとフェアが抗議して、出会って二日目に作ったベッドには、持ち主であるフェアが横たわっている。

 フェアはパコが並べた、いつも通りの料理を一別する。

 普段のフェアなら「病人に食べさせる量じゃないでしょう」と言って説教が始まる。今はただ茫然と見ていた。

 パコは運んだ料理に手を付けず、フェアを静観する。

 フェアが現在の状態になったのは二日前のこと、ちょうどフェアが生まれて十日が経った時だ。うなだれて、フェアは異常な量の汗を流していた。

 フェアは起き上がる様子もなく。絶対にパコを自身へ近づかせなかった。

 言葉だけでしか知らなかった心配の意味をパコは身に染みて感じる。

「きみに出会えてから本当に初めてのことばかりだね」

 フェアの返答はない。

 半目を開くフェアはパコを見つめていた。

「色んなこと。楽しいや、面白いとか、安心とか、恥ずかしいとか、悔しいとか」

 パコの目は虚ろだった。

「でもさ、寂しいはもうとっくにしててさ。お腹いっぱいだよ」

 机を挟んで向かいにいるフェアへ手を伸ばす。

「そこに悲しいは入らないよ。君が死んだらて、不安で、そのときが来たらぼくは枯れることなく泣き続けるよ」

 フェアには声を出す気力もなく、パコを近づけなかった領域へ入れてしまう。

「あ、フェア?」

 パコが伸ばした手はなくなっていた。腕の先は際限なく血が流れる。

 フェアの目は赤く染まっており、口の周りは赤くなっていた。小さなフェアの手にはパコの手がしっかりと握られている。

 一心不乱にフェアはパコの手を喰らい続ける。

「ふぇあ?」

 力なくつぶやいたパコの声は血の跳ねる音に溶かされる。

 骨までパコの手を食べきると、フェアの瞳は赤みを失う。

「パコ、わたし、もしかして」

 フェアはパコの血で赤く染まったドレスやテーブルを見て、状況を察する。

「よかった、元気になって」

 優しくパコはフェアに微笑みかける。

 フェアはパコの体中を見渡す。最終的に留まるは血がしたたり落ちる片腕。

「いやぁぁぁぁぁあっぁぁ」

「フェア、落ち着いて」

 落ち着かせようと、発狂するフェアの体にパコは残っている手で触れようとする。

 フェアはパコの手を拒絶する。

「はは、これがわたしの本性よ。驚いた? まあ、うそは言ってないけどね」

「大丈夫? フェア」

 困った顔を見せるパコにフェアは安堵を感じる。感情表現を落としてきた彼が大きく顔を変えられるようになったからだ。

「わたしは確かにヒトが言うフェアリーよ。だけどニンフでもあるの」

 ヒトの形、姿、背丈を持つニンフは話の中でも出てくる妖魔の一種であり、パコも知っている。

「私のこの姿はいわゆる幼体。条件が揃えば、ニンフの姿になるの」

「条件って?」

「ほんとに、聞いてるか、聞いてないか、わかりづらい子ね」

 フェアは諦めの気持ちのおかげで微笑みを見せられるようになっていた。

「初めて体に入れた血肉を必要なだけ食らうこと」

「それは達成できるの」

「さあ? だって、わたしに必要なのはあなたのよ」

 パコは言葉の意味を理解することができなかった。

「繭にあなたの血があるでしょ。私の初めてはそれよ」

 フェアの繭は窓際に飾られていた。

 パコは静かに眉を見続ける。

「じゃあ、フェアはぼくを食べないといけないのだね?」

「そうね、今までのそれをしなかったための禁断症状ね」

 胸を持ち上げるようにフェアは組んだ腕をきつく結ぶ。

 大怪我を負わせた自分にはとどまる権利はないとフェアは思っていた。

「よかった」

「何がよかったのよ。そんな怪我で」

「フェア、ぼくを食べてよ」

 パコはフェアに近づき抱き付く。

「意味わかってるの? 死ぬのよ」

「このまま君が苦しむのを見続けるよりいいし」

 あまりに小さなフェアの体はパコの肩と手で覆い隠れてしまう。

 冷たい水滴がパコの肩に落ちる。

「僕はもう独はいやだよ」

「わたしが独になるわよ」

 泣き続けるフェアの目の前には体が欲する肉が差し出されており、本能に逆らえずフェアは食らいつく。

 フェアを覆う手はテーブルへ落ち、もう一方の手の指先から血が涙のように滴り落ちる。



 男は最強の騎士と呼ばれた。

 だからこそ、男は貧乏くじを引いた。

 向かうは妖魔が居住地とする山の頂点。

一人で運ぶには重すぎる荷物を背負い、立て続けに現れる妖魔をなぎ倒し、撃退して突き進む。

 目的地には一人の少年が住んでいる。ただの少年ではない。

 十四年前、妖魔が男の住む町に攻め込んできたときのことだ。一体の女型の妖魔が男の親友を強姦して、一人と一体の間に生まれた子だ。

 子供はすぐに出来産み落とされたが、親友はこの顔を見ることなく息絶え、妖魔の方も騎士の一人が切り殺してしまった。

 残った子はどのようにしても死なず、五体満足でいた。

 すぐに初めから知っていたかのように言葉を話し始める。

 その子を恐れた村人たちは村中で最強と言われる男に今少年が住む場所へ連れていくように命じたのだ。

 子供は誰に頼ることもなく育った。

 少年となった彼に会う人は男だけだった。

 様子を見るために月に一度、男は少年の下へ足を運んでいる。

 今では男の密かな楽しみになっている。

 必要になるかもしれない調味料や道具、面白いと評判の本を男は少年のために持って来ている。

 それを与えられたときに少年は屈託のない笑顔をする。

 その笑顔が男は気に入っている。

「ん? ここに女が? ニンフの類か?」

 男が山頂にたどり着くと一人の少女が野菜に水をやっていた。

 少女は薄着で、メリハリが利いた妖艶な肢体が布越しでも騎士には見えた。

 鎧を着た騎士が、騎士が男じゃなければ死ぬ可能性の方が高い。ましてや薄着の女が平然とは来ることはできない。

「おーい、騎士さーん」

 大きく腕を振って少年は騎士を呼び寄せる。今までの少年ではしない動きだったため、騎士は驚きを隠せなかった。

「元気にしてたか?」

「ええ、今まで以上に」

 少年はパコと名乗っている。しかし、騎士は少年を舐めで呼ぶことを避けている、近しい存在になり過ぎないように。

「あの少女は誰だ?」

「ああ、僕の奥さんです」

 男は驚きを表情に出さないようにする。

「そうか。夜の関係は」

「まあ、あります」

「ほどほどにな」

 少年は微笑みを男に向ける。

「彼女、最中に僕の体を食い千切っちゃうから、困ったもんです」

 少年の片方の手首には大きな傷跡があった。少年はそれを見て、顔を緩める。

「でも、それが彼女との絆に思えて、よりね……」

END


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