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パラノイド・ワーム  作者: 風水ほのお
7/11

7

 FBは目が覚めた。グレーの布で覆われた天井。そこはテントの中だった。


 スタジアムに避難していた母親は、ワームに感染していた。ナイトにパラライズされ、後の記憶はない。

 まばたきを繰り返し、ゆっくりと起き上がる。隣で誰かが立ち上がった。プラチナブロンドが揺れる。ナイトだった。

 折りたたみ椅子から立ち上がったナイトは、無言でテントから出て行く。そのとき、すれ違いでダイアンが入ってきた。手にはスープが入ったマグカップを持っている。


「ずっと休まずにFBを見ていてくれたからスープを温めて来たんだけど…必要なさそうね」


 ダイアンは代わりにマグカップをFBに渡す。


「ずっと…ナイトが?」


「ええ、ナイトはいつもあんなふうだけど、きっとあなたが心配だったのよ」


 FBが気を失った後、母親は射殺されたに違いない。万に一つの奇跡もない。悲しいはずなのに、涙が出てこない。代わりに、自分を呪う言葉ばかりが口をついて出る。


「僕は…ママを守れなかった…」


 両親とも、ワームに侵されて死んだ。母親は目の前で感染したところを見た。自分の手で処分せずにすんだのは、せめてもの救いだろうか。

 ダイアンとファルコンも肉親を失っている。同じ傷を持つ、悲しいファミリー。

 ダイアンは、ナイトが座っていた折りたたみ椅子に座る。


「ナイトもね、大事な人を守れなかったのよ」


 “えっ?”とFBはダイアンの方を見た。


「七年前…ナイトは、いっしょに住んでいた恋人を――ワームに感染した友人に殺されたの。そのころはまだ、ワームの脅威は今ほどではなかったわ」


 ナイトは友人を、恋人は妹を招いて家で食事をすることになった。

 先に到着した友人は、玄関先で豹変した。到着時間から逆算して、自宅にいるときにワームが体内に侵入したのだろう。ナイトたちの家に着いたと同時に、脳に到達したところだったのだ。友人はナイトに襲いかかった。


「そのとき、ナイトは友人を殺すべきだったの。どのみち死ぬまで誰かを殺し続けるから。でも、大事な友達だから殺せなかった」


 友人はナイトの右手を、何度も踏みつけた。骨が砕け、肉がつぶれるほどに。ナイトはその怪我で右手が壊死してしまい、義手になった。

 攻防が続く中、友人は標的を変えた。腰が抜けてキッチンで震えている、ナイトの恋人だった。友人は、キッチンにあった包丁で恋人をめった刺しにした。出血量がひどく、恋人はナイトの腕の中で息絶えた。


「ナイトに力で敵わないと判断した友人は、包丁を持ったまま隣家に乗りこんだのよ」


 隣家の一家全員を惨殺した。そこに到着した妹が、得意の体術で友人をねじ伏せ、首の骨を折って騒ぎを沈めた。


「その妹というのが――私よ」


 ダイアンは以前、姉も感染者に殺された、と言っていた。その姉は、ナイトの恋人だった。


「それ以来、ナイトは他人との接触を避けていたの。いつ、誰が感染するか被害者になるかわからない。情がわけば、悲しみが増えるだけだとね」


 そのため、ナイトは必要以上の言葉を発しない。これ以上、悲しみを増やさないために。


「私とあまりしゃべらないどころか、目もあまり合わせないのは、姉を見殺しにした、という自責の念からきているのよ。あんなふうだから冷たい人に見えるかもしれないけど」


 ナイトの最初の印象は、あまり良くなかった。だが、スタジアムで母親を射殺するとき、見えないように麻痺させてくれた。目が覚めるまで、付き添っていてくれた。

 ダウンタウンでの初めての任務では、ナイトはFBに対して怒っていた。同じ軍の人間で仲間だからと感染者を殺せなかったFBを、ナイトは過去の自分と重ねていたのだ。


 FBは両手でマグカップを抱えこんだまま、しばらく考えこんでいた。ダイアンとファルコンだけでなく、ナイトも悲しい過去を背負っていた。なぜか目頭が熱くなってきた。大切な人を失う悲しさ。それが今になって、体の外にあふれそうになっている。

 不意に、マグカップを取り上げられた。


「冷めてしまったわね。温めなおしてあげるわ」


 たいして冷めてもいないそれを持って、ダイアンは外に出る。

 一人になってFBが泣けるように、ダイアンのそんな思いやりだった。




 次の任務は、刑務所だ。デトロイトは治安が悪く、刑務所はならず者の格好の宿のようなものだった。

 その刑務所に、ワーム培養装置が置かれた。看守や囚人の一部に感染者が出て、騒ぎに乗じて囚人たちは脱走するが、その脱走者にも感染者がいて、被害は広がっている。


 第十五部隊も、今度はヘリに乗りこんで低空から感染者を処分する。

 長距離用のレーザー銃を持ち、スコープで狙いを定める。ヘリのドアは開けられていて、スキッド(着陸時の脚部)に足をかけ、体を安定させる。が、風が強いため滞空状態でもかなり揺れてしまう。ギリギリ引きつけての銃撃になる。あまり離れすぎると、感染者と未感染者の区別がつかなくなるからだ。

 感染者か未感染者か。見極めてからトリガーを引く。長距離タイプのライフル型は、普段使うオートマチックの拳銃型とは、また扱いが変わる。

 反対側のドアからはナイトが撃つ。精密射撃が得意なだけあって、百発百中だ。


「FB、焦るな。スコープよりも指一本分下辺りを狙え。ブレを計算に入れると、その方が命中しやすい」


 ナイトがライフルを構えながら、アドバイスしてくれる。相変わらず抑揚のない話し方だが、母親の一件以来、ナイトの見方が少し変わったFBだった。


「了解」


 ナイトの助言を頼もしく思い、FBは慎重にトリガーを引く。


 ヘリコプターは刑務所前で降下した。ここからは脚で移動し、刑務所内を一掃する。

 ほかの部隊も到着していた。が、彼らはガムを噛みながら壁にもたれ、雑談をしていた。FBが駆け寄る。


「第十五部隊なんだが、暴動があった刑務所はここであっているのか?」


 五人のうち一人がニヤニヤ笑いながらFBに答えた。


「ああ、そうだ」


「…なぜ突入しない?」


 隣にいた兵士がくわえていた煙草を地面に落とし、背を丸めて気だるそうに答える。


「だってよぉ、犯罪者ばっかなんだから、ここで待機して、出てきたヤツだけ撃ち殺しゃいいだろ?」


 ガムを噛んでいた兵士も、笑いながら言う。


「そうそう、中で何人死のうが関係ねえ。社会のクズどもだからさ」


 FBは相手の胸ぐらをつかんでいた。


「なっ、何すんだよ!」


 後ろからFBは肩をつかまれた。振り向くと、ジェフがそこにいた。


「よすんだ、FB」


 ジェフはFBを押しのけ、声を張り上げた。


「俺は第十五部隊隊長、ジェフ・リンチ一等准尉だ! 貴様らは第何部隊だ? 隊長はどこにいる!」


 准尉ともなれば自分たちの隊長どころか、各地区を統括する上官よりも階級は上で、逆らうとどうなるかは瞭然だ。兵士たちは真っ青になって震え上がり、慌てて塀の中に走って行く。その驚きようは、逆にFBの方が驚くほどだ。


「…まったく…、隊長の指導がなっとらんな」


 ジェフは腰に手を当て、ため息をつくと、FBの方を振り返った。


「ま、俺も他人のことを言えないか」


 拳をFBのみぞおちにグリグリと押しつけ、ジェフはニカッと笑った。

 軍の中で暴力沙汰を起こせば、ただではすまない。ジェフが止めてくれたおかげで助かった。


 あの兵士たちの慌てようからすると、やはりジェフが分隊長におさまっているのはおかしい。単なる人手不足というわけでもなさそうだ。


 FBは疑問を抱えたまま、刑務所に乗りこんだ。

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