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パラノイド・ワーム  作者: 風水ほのお
4/11

4

 ガトリングを背中に担ぎ、ファルコンはナイトの方に振り向く。


「ジェフはどうした?」


「培養装置を発見した。中の卵を死滅させてから、装置を爆破して合流する」


 培養装置をいきなり爆破すると、中の卵が生きたまま飛び散る可能性が高い。培養液に、軍が開発した特殊な薬品――高濃度な有機塩素系薬品・通称「CL-99(シーエルダブルナイン)」のカプセルを入れ、装置内に浮遊している卵が沈んで黒く変色し、完全に死滅するまで待たなくてはならない。

 ナイトのトランシーバーから、ジェフの声が聞こえた。


「こちらジェフ。装置は破壊した。そっちはどうだ?」


 ナイトはチラリとFBの方を見て眉をしかめ、舌打ちもしたが、


「問題ない。すべて片付いた」


 と、抑揚のない声で報告した。




 テントに戻ると食事が支給されていた。チューブ入りのオートミールに缶詰という簡素な物だが、暴動が起きて以来、作物は工場のプラントで作られるため量が少なく品質も悪く、物が食べられるだけありがたい。

 簡易ベッドに横になり、完全に熟睡していないうちに無線で連絡が入った。今度は総合病院に避難している人の一部が、ワームに侵されたらしい。

 すぐさま第十五部隊は準備をして、ジープで病院に向かった。


 かなりの人数が避難しているため、複数の部隊と合流して病院に乗りこむ。非常灯しかついてない夜の病院は、ほとんど闇に近い。

 廊下を駆けてくる足音が響いてきた。全員、銃を構え、同時にパラライザーのスイッチも入れる。


 走ってきた一団が茶と灰の迷彩服を見て助けを求める。順にパラライザーで麻痺させ、奥へと進む。

 非常階段を下りてきた一人が、後から組み敷かれた。レーザーで狙うと、前の人も撃ってしまう。FBは上からのしかかるワーム感染者を麻痺させ、レーザー銃で撃ち殺した。

 ジェフの怒声が非常階段に響く。


「FB! パラライザーがエネルギー切れになると、肝心なときに使えなくなる! 乱用はなるべく避けろ!」


 二階の待合室が騒然となっている。椅子や壁が血に染まり、死体がいくつも転がっている。各部隊と協力して、暴走する感染者を次々に駆除する。


「あら? あなた、大丈夫?!」


 外科の診察室のベッドの下に、一人の女の子が震えているのをダイアンが見つけた。ダイアンに手を引かれ出てきた女の子は、まだ十歳にも満たないだろうか。腕がちぎれて取れかかったテディベアを抱え、服は泥にまみれ、膝をすりむいている。

 ダイアンは棚から包帯を出すと、女の子の膝に巻いてやりながら尋ねた。


「パパやママは一緒なの?」


「…パパ…ママ…凄いケンカして…窓の外に落ちて…」


 ワームに脳を侵された両親は互いに殺し合い、死んでしまったのだ。

 女の子は泣きじゃくり、それ以上は話せなくなった。


「ごめんなさい、怖い思いしたのね」


 ダイアンの腕が、女の子を優しく抱きしめる。その温かい腕のおかげで、少しは落ち着きを取り戻したようだ。


「あなた、名前は?」


「アレックス」


「OK、アレックス。後から軍の人が助けに来てくれるわ。病院の外で待っていなさいね」


 ダイアンはアレックスからテディベアを預かると、腕に残りの包帯を巻いてあげた。


「アレックス、あなたのお友達も手当てしてあげなきゃね。今は針と糸を持ってないの、ごめんなさい」


 テディベアを返してもらったアレックスは、ダイアンを見上げた。


「お姉ちゃん、何て名前?」


 ダイアンはアレックスの目の高さまでしゃがむと、頭を撫でた。


「ダイアン・ハサウェイ。陸軍、デトロイトC地区第十五部隊所属。階級は特技兵」


 所属部隊や階級まできちんと名乗ったのは、アレックスに敬意を示すためだろうか。


「ダイアン、そこにいたのか」


 FBの声にダイアンが振り向く。


「FB、この子を玄関ホールまでお願い。救護部隊がいると思うわ」


 その後、暴動は鎮圧し、ワーム培養装置も破壊、エイリアンも射殺。被害者も出たが任務は終わった。




 キャンプに戻ったときには、もう日が高く上っていた。だが、太陽光線が弱いため温かくもなく薄暗い。

 テントの外で焚き火をしながら、ダイアンとFBはコンクリートのブロックに腰掛け、コーヒーを飲んでいた。


「アレックス見てるとね…昔を思い出して」


「アレックス…あの病院にいた子?」


 ええ、とダイアンは真鍮製のマグカップに口をつける。


「私の両親も十年前、ワームにやられてお互い殺し合いして…結局は二人とも死んだの。私と姉の目の前でね。そのころ、私はハイスクールを出たばかりだったけど、本当につらかった…。アレックスはまだ小さい分、ショックも大きいでしょうね」


 FBの父親は軍の研究員だったが、研究サンプルのワームに侵されたために射殺された。それもつらい出来事だが、父が死ぬところを見ていない。ダイアンは目の前で死ぬところを見たのだ。


「姉もワームに侵された人に殺されたの。もうあんな思いをしたくなくて、軍に志願したわ。少しでも早く、この戦いが終わらないかなって」


 この悲劇がなければ、今ごろダイアンはオフィスやショップで働いたり、恋人がいるか結婚をしていたかもしれない。手の甲に大きな傷をつけることもなく。


「…僕も…」


 FBは両手でマグカップをもてあそびながら、ぽつぽつと話し始めた。


「父が軍の研究員だったけど…。そのワームに感染して射殺された。でも、父はどのみち死ぬ運命だった」


 FBは自分や家族のことをあまり語らない。こうして誰かに話すのは、初めてかもしれない。


「父のチームが「CL-99(シーエルダブルナイン)」を開発したんだけど、その有害物質が体に蓄積されて、あまり長くは生きられなかったらしい」


 ワームに唯一有効な殺虫剤は高濃度な塩素剤で、いわばより毒性が高くなった農薬だ。体への悪影響があるため、防虫として人体の周囲に置くことはできない。培養装置に使うカプセルは水溶性で、中に「CL-99(シーエルダブルナイン)」の粉末が入っている。素手で触ると危険なため、アルミパックの密閉状態で支給され、それを持ち運ぶ。


「仕事に夢中で家族を顧みない父を理解できなくて、僕は絶対に軍には入らないと決めてたんだ。…けど、父が死んで変わった。この騒ぎを早く終わらせたいって思った」


 ダイアンが立ち上がる。FBが見上げた彼女は微笑んでいた。


「みんな同じね。ジェフもファルコンもナイトも、みんな同じ思いをしてここにいるのよ。私たちをファミリーだと思って」


 FBも笑顔になった。ここに来て初めて、心の底から安心して笑ったかもしれない。

 ダイアンはFBからマグカップを取り上げた。


「おかわりを入れてあげるわ。あなたがお酒を飲める年齢なら、ジェフが持ってるブランデーをこっそり入れるんだけど」


 いたずらっぽくウィンクをして、ダイアンはテントの中に入った。

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