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「ウガァーッ!」
口の周りを血まみれにした男が飛びかかってきた。誰かに噛みついたのだろう。その被害者は、感染前の人間か、それともワームに支配された人間だろうか。
殺風景なコンクリートに、赤い閃光が走る。ファルコンの銃だ。閃光は男の眉間に命中した。
男は前のめりになると、階段を転げ落ちた。途中で鈍く嫌な音がしたのは、骨が折れたのだろうか。しかし、男には骨折しようがその折れた骨が肉や内臓に刺さろうが関係ない。踊り場で、粗末に扱われる荷物のように転がった男は、眉間を撃ち抜かれた時点で、すでに助からないからだ。
すぐ上から足音や叫び声がする。ファルコンが身をかがめて、様子をうかがう。
「FB、心臓よりも眉間を狙え。ワームは動く物を標的とするが、臆病だから適わないと判断したら逃走する。そして標的を変える。なるべく同士討ちをさせろ」
ワームを脳から摘出する方法はまだ発見されておらず、ワームに侵された者は助からない。ワームに侵されていない者の救出が最優先だ。感染者しかいない場合、同士討ちをさせれば、体力や銃のエネルギーの消耗を抑えられる。
階段をゆっくり上り、ファルコンがフロアに出ると、ダイアンとFBもそれに続いた。
そのフロアは、かつて等間隔にドアがあり、中央のエレベーター前には観葉植物と小さな噴水があり、社員のちょっとした憩いの場になっていたようだ。
それも今は壁もドアも壊され、床には死体が転がり、鉢植えは倒され踏み潰され、噴水も壊れて辺りが水浸しだ。
ここは自主避難をしてきた人たちが集まっていた。それを嗅ぎつけたエイリアンは、このビルにワーム培養装置を設置した。当のエイリアンは既にここにはいないか、監視カメラで高みの見物だろう。
「助けてくれぇ!」
ドアが外れた部屋から、真っ青な顔で廊下に転がり出た男の叫び声。三人は銃を構える。
だが、言葉を発するということは、どうやらワームに感染していないらしい。
「FB、パラライズだ! 俺とダイアンは先に部屋に乗りこむ!」
FBは腰に差したパラライザーを引き抜くと、棒状の先端を男の首筋に当てた。ピッという電子音の後、男は静かに床に沈んだ。救出は後続の救護部隊に任せればいい。救護部隊の任務は、ワームに未感染の人間の救出と、死んだエイリアンから防護服の回収。それに一番危険をともなう作業だが、サンプルとして研究機関に提出するため、生きているワームや卵を持ち帰ることだ。
部屋の中はスチール製のデスクや椅子が散乱し、八人の人間が殴り合い、噛みつき合い、物をぶつけ合いしていた。
そのうち、一人がファルコンたちの存在に気づく。一人の男が椅子を持ち上げ、こちらに向かって投げつけた。間一髪でそれを避け、ダイアンがレーザー銃で眉間を撃ち抜いた。その後ろから襲いかかってきた男に、FBが銃を構えた。緊張で手元が震える。冷たい指が引くトリガーは重い。訓練では、こんな感覚はなかった。ワームに侵され、もう助かる見込みはなくとも、元は普通の人間だ。FBはそんな感情を頭から振り払い、思い切ってトリガーを引くと、赤い閃光は男の右目に命中した。目を押さえてうずくまる男の後頭部に、もう一度トリガーを引く。
その間にもファルコンとダイアンは敵を倒していて、人数は半分になった。デスクの脇にしゃがんでいたダイアンが一人を撃ち、FBも正面から向かってきた一人を撃つ。
二人同時に襲いかかられたファルコンは、一人をパラライズし、もう片方を射殺した。麻痺した一人の眉間に、FBはレーザー銃を撃ちこんだ。
ファルコンが大きく息をつく。
「一丁あがりだな。よくやった、FB」
初めて人を撃つとき、たとえワームに感染されていてもためらいが出る。ここではそれが一瞬であっても命取りになる。
部屋の中は静まり返ったが、今度は別室から騒がしい音がする。
急いで音の方に向かってみると、死体がいくつも転がる中、さっきより倍の人数が乱闘になっていた。
壁に張りつき銃を構え、様子を見る。
「今度は人数が多いな…」
ファルコンはジェフにトランシーバーで応援を頼んだ。だが、ジェフとナイトの方は怪我をして命からがら逃げる人を守りつつ、ワームに侵された人間を射殺する中で、遠距離からエイリアンにも狙われ、大変な状況だった。
乱闘の様子を見る限り、中にいるのは全員ワームに感染した者ばかりだ。壁に貼りついて中をうかがっていたが、一人に気づかれた。標的がこちらに変わる。
ファルコンは背中に背負ったガトリングを構えると、部屋中に一斉放射した。ガトリングもレーザーで、赤い閃光がいくつも照射し、辺りは燃えるような色で覆いつくされた。
レーザーをかいくぐり、出てきた者をダイアンとFBが撃つ。
「ウアアアァァッ!」
雄叫びをあげてFBの背後から襲ってきた男に、FBが羽交いじめされた。
FBは軍の学校で戦闘訓練も受け、体も細身ではなく力はある。だが、相手の方がはるかに強い。何とか横目で相手を見たFBは、目を見開いた。自分たちと同じ軍服を着ている。
「そいつは行方不明の偵察部隊の一人だ! ワームにやられたんだ! いいから殺せ!」
ファルコンは手一杯だ。援護していたダイアンが銃を向けるが、レーザーの乱射で辺りはほこりと煙が舞っていて視界が悪い。
FBは腰からパラライズを抜き、相手の体に当てようとしたが、手刀で落とされた。ダイアンのレーザー銃が光る。頭や胴を狙えばFBに当たる可能性が高い。ダイアンが狙ったのは足だった。
レーザーは右足に当たり、軍服の男はその場にうずくまる。
その瞬間、ダイアンは椅子を頭上高くかかげた男に襲われた。とっさに身を交わし、接近戦に持ちこむが、FBの援護ができない。
うずくまっている今がチャンスだが、同じ軍の人間で、この場所を第十五部隊に教えた、つまり連携をとっている小隊の一人だ。銃を構えながらも迷いが頭の中を駆けめぐる。
「構わん、撃て!」
トリガーにかかる指も肘も震え、額からは汗が流れる。通気性がいいはずの防護マスクの中は、蒸れるようだ。
足をかばいながらフラフラと立ち上がる偵察兵は、焦点の合わない目でFBに歩み寄る。
FBはパラライザーを拾おうと屈んだ。その瞬間、FBの首に偵察兵の手がかかる。その手は一気に力を入れ、首を絞めつけてきた。窒息しないよう、親指を間に入れて抵抗を試みたが、力の差は歴然としている。
赤い閃光が見えた。偵察兵は力が抜け、床にくずおれた。
「何してる! 死にたいのか!」
ブルーの鋭い瞳。ナイトが銃をこちらに向けている。駆け寄ったナイトは、咳きこむFBにもう一度怒鳴った。
「すぐ援護に回れ!」
立ち上がったFBが銃を持ち、トリガーに指をかける。迷っている暇はない。一度ワームに侵食された者は助からない。ためらいもなく相手を殺すという本能で動くため、接近戦になると厄介だ。FBは慎重に“処分”していく。
やがて室内は静まり返った。後にはほこりと煙にまみれた死体の山が残った。




