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4 空を駆けるネコ①

 kasa,koso


 反対側の店の入り口にある、立て看板の下から、大小二匹の黒猫が大きな目で、こちらをじっと見ている。

 兄弟なのだろうか、顔立ちはよく似ている。


 少女はそれに気づくと、ミャーオ、と鳴きまねして手をふった。

 慌てて二匹の猫は、看板のうしろに隠れた。

 しばらくすると、またその二匹は、ぴんと伸びた耳を看板の横からだし、ゆっくり顔をのぞかせ、あの大きな目をそっとこちらに向けてくる。


「おーい。おいで、おいで」


 少女は、チッチッと舌を鳴らして手招きするが、猫たちはじっと、こちらの様子をうかがったままでいる――これが「ネコ」との初めての出会いだった。



***



 少女は老婆と別れてから、すぐにオーシャン通りへと向かう最中だった。

 首にかけた青いパァンの笛を揺らして、少女は、老婆特製のサンドウィッチをおいしく頬張る。

 次の目当ては「カフェ」。

 だいぶ遅くなったが、午後の別腹に向けて、まい進しているのである。


 まさか、少女が無類のかぼちゃ好きと知ってか、サンドウィッチの中身が、見事にそれとは運がいい。

 喉につかえるのは、かぼちゃ唯一の難点であるが、今に大好きな紅茶が、甘くねっとりとした繊維質をおいしくお腹に届けてくれるだろうと、彼女はにんまりする。


 十数分ほど歩き、ようやくオーシャン通りの入り口に着いた。

 そこには、まっすぐ貫く並木道と平行して、ずらりとオープンテラスのカフェが立ち並ぶ。

 閑静な住宅街の一画とあって、テラスでは、人々がゆったりとくつろいでいる。


 その中には、かぼちゃの形をした馬車を使った、屋台風のカフェがある。

 ちょうど開けた公園の一角にスペースを借り、若い女が一人で店を営んでいる。

 早合点、少女はこのお店で、ティータイムと洒落しゃれこむことに決めた。


「この、限定の『かぼちゃパフェ』を一つ。それと、セットであたたかい紅茶をダージリンで」


 かぼちゃを専門に扱うこのカフェに、少女が立ち寄らない理由などどこにもなかった。

 彼女は、用意された品物を受け取り、店の向かい側のテーブルに座る。


 木陰のできたテーブルの下には、旅行鞄トロリーケースが、革の茶色を落ち着かせて待っていた。

 鞄は、まるで飼い犬のように、テーブルの太い脚にチェーンを巻きつけ、きっちりと固定されている。


 もうじき、夕方に差し掛かろうというのに、陽射しは相変わらずまぶしい。

 その陽射しを跳ね返す青い屋根は、少女の反対側で、いいかげんにくたびれている。


 少女は紅茶を一口飲み、パフェをどこから食べようかと、柄のねじれた細長い銀のスプーンを手に、ちょうど悩んでいたときだった。

 くたびれた屋根下の立て看板から、こちらの様子をうかがう大小二匹の黒猫が見えた。

 猫たちは、人がぱらぱらとおり過ぎるそのうしろから、獲物を狙う目でこちらをじっと見ている。


 少女はその猫の目つきに、何だか微笑ましくなってしまって、手招きをしてみるのだった。

 だが、大小二匹の黒猫は、ちっとも、その手招きに関心を示してくれない。

 ほかにも、彼女は、声をかけて呼んでみたり、舌を鳴らしてもみたが、これもまた反応はなかった。


 少女はつまらなそうに、手に持ったスプーンを口にくわえ、二匹のその猫をしばらく眺めていた。

 すると、とつぜん空へひゅるりと、二匹は飛び立った。


 二匹は、右へ左へ旋回して、近くのテーブルに二本足で降り、ぐにゃぐにゃのしっぽをくにゃりとひるがえした。

 大きい猫は、その場にちょこんと座り、大事そうに抱えた袋をテーブルに置くと、もう一匹の小さい猫と相談をはじめた。


 どうやら話がまとまると、大きい猫がゆっくり飛んで、少女の座るテーブルに近づいてきた。

 慌ててあとから、小さい猫が一匹、袋を重そうに抱えてくっついてくる。


「わー?! なんて、かわいい猫さん! お空も飛べるなんて、びっくり!」


 少女は嬉しいままに口を大きくあけ、両手を広げて猫を歓迎した。

 二匹の猫は、彼女に快く受け入れられると、大きな目を輝かせた。


 小さい猫は、大事に持っていた袋をその場に置き、まるで人のように、丸っこい手で袋の口を器用にあけた。

 すると、隣にいた大きい猫は、その袋に片手を突っこみ、一枚の〈硬貨〉を取り出した。

 思いのほか大きい硬貨は、金色に輝いている。


 大きい猫は、その硬貨を少女の前まで持って行くと、きらきら目を輝かせてもじもじとした。


「あのね。これで、かぼちゃのしょれを、ゆじゅっても、いいとおもうよ?」


 とつぜん大きい猫が、不思議な言葉づかいで話しかけてきた。

 少女は、思わず目を丸くした。


 この街には、しゃべる犬や猿や豚などはよく見かける。

 彼らの中には、バザールで商売するものもおり、決してめずらしくはなかった。

 ところが、この街の猫はというと、どこにでもいる普通の動物でしかなく、

しゃべる猫など、おそらく一匹も見あたりはしない。

 しかも二本足で立ち、手を器用に扱って空まで飛べるとなれば、それはもう、猫というより特別な「ネコ」であり、はじめて見る、猫人ねこびとなるものかもしれなかった。


 少女は歓心しつつ、大きいネコが差しだす硬貨に目をやった。

 どうやら、そのお金でもって、「かぼちゃのパフェ」が欲しいらしい。

 彼女は、とりあえず硬貨を手に取った。


 どこの国のものだろうか。

 少女の見たことのない硬貨だった。


 大きくて、丸い金色の硬貨には、『500』という数字が、横向きに刻まれている。

 角度を変えて注意深く見ると、同じ『500』の数字が、今度は縦向きに浮かびあがった。


 硬貨はさらに特殊な加工が施され、思いのほか軽く、この街のものとはずいぶん異なっている。


「これ、だめ? しょの『ぱふぇ』とこうかん、だめ?」


 小さいネコは、じーっと少女を見つめ、もの悲しい目で訴える。

 こちらも同じ不思議な言葉づかいをするが、大きいネコとはまた少し、語尾のニュアンスもアプローチの仕方も違う。


 二匹のネコは、フーン、と喉を鳴らしては、かぼちゃパフェと少女を何往復も見つめ返した。


 ネコたちにとって、「かぼちゃパフェ」は、夢にまで見たごちそうだった。

 ついさっき、彼らはその注文を断られたばかりであった。

 ここの国の通貨が足りず、例の硬貨を出してみたところ、取りあってもらえなかったのだ。


 そのためか、ここでの交渉も駄目そうになると、ネコたちは深くため息をつき、しょんぼりとした。

 ずっと楽しみにしていたあの「パフェ」は、ずっと「夢」のまま食べられないのだと言いたそうに……。


「そんなに、かぼちゃパフェが食べたいの? うーん。じゃあ、〈半分こ〉しよーか!」


 二匹はまるで双子の兄弟のように、いやいや、と首をブンブン横にふり、大きいのをねだった。


(何とも図々しいネコ……)


 それでも、かわいいネコたちが、一生懸命に訴えれば、これに勝るものなどそうはなかった。

 少女はさっそく、ネコたちにここで待つよう伝えると、馬車のカフェまで小走りしていった。



 上から見おろすように、ドンと置かれたかぼちゃパフェに、ネコたちは思わず飛び上がってはしゃいだ。


「「わーい! ありがとう、『かぼちゃん』!」」


 二匹は声をそろえて言った。

 少女は、聞きなれない名前に目を泳がせた。


「なぁに? 『かぼちゃん』って?」


 少女の手で遊ばせていた、銀の細長いスプーンが、パフェの器に乾いた音を響かせた。

 ネコたちは互いに、木の短いスプーンを両手で器用に使い、一番上に乗るプレート状のチョコを取り外しにかかっていた。


「かぼちゃの、おねいちゃんだから、『かぼちゃん』!」


 大きいネコが、スプーンをくわえながら言う。

 小さいネコは、しょうしょう、と言って相づちを打ち、いったん皿にのせたチョコを、両手で持ったスプーンで器用に砕いていた。


「ま、まぁ。かぼちゃは、好きだからいいかなあ……」


 少女は、手で顔を掻きながら複雑な気分だった。


 そんな少女をよそに、大きいネコは、砕かれたチョコに夢中になっている。

 小さいネコはその隙に、大物の「かぼちゃのアイスクリーム」を先に狙おうとするが、すぐにばれてしまった。


 抜け駆けに怒る大きいネコ。

 小さいネコは『半分こ』の約束を取りつけ、先に食べさせることで手打ちをした。

 しかし、小さいネコはしれっと、アイスを頬張る大きいネコを尻目に、まだ半分以上残っていたチョコの破片を、黙ってたいらげてしまった。


(ぬ、抜け目ない……)


 一部始終を見ていた少女は、小さいネコの腹黒さを垣間見た。


 そればかりか、小さいネコは、大きいネコの矛先がチョコへと向かないように仕向けたのか。

 そのことがばれないうちに、


「ねぇね! みてみて! にゃーちゃん!」


 と、目をきらきら輝かせ、手にしたスプーンで、器の奥側に隠れていた丸い黄色の山を指した。

 一個おまけの、「かぼちゃアイス」に気づいたのである。

 それは少女が、かわいいネコたちのため、店側に取りあってつけてもらった、〈おまけ〉である。


 にゃーと呼ばれた大きいネコは、半分この量が増えたと思ったのか、食いしん坊な顔をしてよだれを垂らした。


 少女はにやりとした。

 小さいネコもにやりとした。


「ねぇ? そういえば、ネコさんたちのお名前、聞いてなかったね。大きいきみが、にゃーで、きみは?」


 少女が小さいネコに話しかけた。

 彼はスプーンを動かすのを止め、すました顔で少女をじっと見てから答えた。


「みゅーみゅー」


 小さいネコはそうとだけ言うと、ぷいっと少女のそっぽを向き、スプーンでパフェの底を突きはじめた。

 てっきり彼は、器の底のヨーグルトでも食べるのかと思いきや、よく見ると、スプーンで器用に玄米フレークばかり掘り出しては、にゃーの取り皿の上にせっせと運んでいるのだった。

 それも相手を気遣うように。


 にゃーは、玄米フレークが大好物なのか。

 いやしかし、にゃーは何かがおかしい、と少し首をかしげながら、それでもフレークばかりをザクザク頬張っていた。


 単純な「にゃー」と抜け目のない「みゅーみゅー」。

 特に、用心深い性格なのか、みゅーみゅーは、単純なにゃーと違って少し性格が読みづらい。


「じゃあ、にゃーとみゅーみゅーね! 私は……そう! かぼちゃん! よろしくね! 二匹のかわいいネコさん!」

「「はぁーい!」」


 二匹の息がぴったりとあった。

 性格に違いはあれど、二匹とも素直なようだ。


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