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21 生まれてくるものの宿命(さだめ)②

 二人は中央広場をぶらぶら歩いていた。

 フルートの手には、金魚の入った皮袋がぶらさげられている。

 広場では、もう見飽きた花火が打ち上がり、大きなにぎわいを見せていた。


 結局、金魚を掬えたのはグーシャけだった。

 フルートは、元気できれいな金魚を追いかけすぎて、あっけなくポイを破ってしまった。


 頭では、どうすればいいのかわかっていたが、弱った金魚を狙うのは、かわいそうでしたくなかった。


「ねぇ! これから『緑色区ウィリジス』にも行ってみない?」


 噴水へとつながる、大きな水路の畔を歩いているときだった。

 いつまでも変わらない夜は、時間の概念を遠くへと追いやる。

 近くの時計台はもう、夜の10時をまわっていた。


「そろそろ帰らないと……金魚だって、早くきれいな水に移し替えないと死んじゃうよ?」

「まぁだ、大丈夫! 緑色区って言ったって、ゴンドラに乗ればすぐよ!」


 グーシャは言うことを聞かない。

 フルートは、また我がままをこじらせたかと、少しいらだった。


「緑色区には、明日行くんだし、何も今日じゃなくたって……夜更かししすぎると、朝起きられないよ?」

「今日じゃなくちゃダメ! 今日、夜更かししないと……後悔するよ?」


 半ば脅しかけるように、グーシャが青目を凄ませた。

 フルートが少し怯えたようにすると、彼女は、自分のやましさを戒めるように、悔悟をその目に映した。


「……ごめん。どうしても、見せたいものがあったから……」


 グーシャは背を向けた。


 フルートはいまだに、グーシャを理解でき損ねていた。

 大抵は、普通の活発で面倒見のよい女の子だが、ときおり、こうして病的な面持ちを露わにする。

 ただ、〈我がまま〉というよりも、外にも内にも情動的な緊張を抱えており、うまく折りあいがつかないという感じだった。

 それは、大人と子供を不自由に行き来するような……


 戸惑って面倒に思うのなら、フルートは、それがグーシャの性格だとか、病気だとか、かんたんに決めつけてうまくあしらえばいいのかもしれない。

 しかしながら、彼女はそう割り切れないでいた。

 それは、フルートとグーシャがどこか似ているからだった。


 水路を行き来するゴンドラの中で、グーシャは暗く憂いている。

 四角いゴンドラは、大勢の生命魂を乗せて水路に浮かび、上にはられたロープを軽快に巻き取って、大きなカバにひっぱられていく。

 彼女は街灯に照らされ、水面に反射する自分をずっと眺めていた。

 フルートは人目もつく中で、どう声をかけてよいかわからなかった。


 ゴンドラを降り、緑色区の公園をフルートは手持ち無沙汰に歩いていた。

 グーシャのうしろをただついて行き、重苦しい空気が流れつづけた。

 公園は水の豊かな場所だった。

 園内には小川が流れ、沼や池、湿地も多く、人とすれ違うとむっと湿気を帯びた。


 二人は、会話のきっかけを見いだせないまま、小川に沿ってずいぶんと歩いてきてしまっていた。

 人の流れからも逸れてしまい、外灯もまばらになってくると、さすがにフルートも、グーシャを呼び止めないわけにはいかなった。


 そのとき、水辺から一筋の光りがゆらゆらと、フルートの前を過ぎ去っていった。

 筆のような跡を残し、黄緑色の発光が溶けるように消えていく。

グーシャが足を止めた。


「……私ね。フルートが、生まれてはじめてのお友達なの」


 フルートは、とつぜんの告白に動揺した。

 グーシャは肩を寄せ上げて、大きく息をすってはいた。


「だから。どうしたら仲良くなれるのか、わからなくなったりする……。それに私、ワガママだし。さっきだって、だまって一人で勝手に歩って……フルートに途中で、帰られたっておかしくないのに……ごめん」

「ううん。人も生命魂も、いろいろあるっていうか、私もけっこうワガママなところあるし、そんなときもあるわ」


 フルートはおだやかな口調で答えた。


 グーシャはもう一度謝った。

 今度は背中を向けず、きちんと前を向いて頭を深々と下げた。

 フルートはグーシャを抱き起こすと、水辺から上がる一筋の光をまた見た。

 光の筆は、ふらふら寄り道しながら、グーシャの前をよぎった。


「あっ?!……『ホタル』だ! アハハッ! 見つけた! 見つけた!」


 グーシャの指さしたほうには、蛍がちらほらと光を点滅させていた。


「ねぇ! きれいでしょう!? 私、これを見せたかったの!」

「うん! すごくきれい……」


 いつのまにか小川の下の方では、蛍が川を岸から岸へと渡るように、無数の橋をかけていた。


 フルートは口をあけて、光の行方を目で追いかけた。


「ねぇ! フルート! ちなみにホタルって、こう書くのよ!」


 そう言ってグーシャは、フルートの掌に『螢』と書いた。


「火を灯す虫?」

「そう! ただ、それは昔の漢字。今はこっちの、かんたんにしたほうをあてるんだけど……」


 グーシャは、今度は『蛍』とフルートの掌に書きなおす。


「蛍は、お尻のとこに火を灯す、めずらしい虫なの。『点灯虫』とはまた違うのよ。本当は、見られる時期がもうちょっと遅いんだけど、ここは条件がいいから、早くに姿を現すの」


 草木に止まって、休んでは点滅する蛍。

 川の流れの涼しい音に、光はひんやりと冷たく、蒸して汗ばんでいた身体に心地よかった。


「でもね! 私しか知らない、もっといい場所があるの!」


 グーシャはひとさし指を唇にあて、内緒を口にしてくれた。


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