表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/70

13 青目の少女②

「な、何わけのわからないことを言っているんですか? 戻って来てください!」


 ギタリの問いかけに、青目の少女の返答はなかった。

 彼女は前を向くと、そく丘のほうへ歩いていった。


 モヘジは、弱々しい声にならない声を吐露とろすると、危なっかしい足どりで青目の少女を追いかけようとした。

 ギタリは、そんな彼の様子を気にして止めに入った。


「わしが……、わしが、いけなかったんじゃ……。きちんと、『相手』のことを見なかったばかりに……だから鞄も、おまえも……」


 ギタリに支えられたモヘジは、三角の獣耳もしっぽもしおれ、喪失感を漂わせて震えていた。

 少女には、モヘジが自由を求めてつくった旅行鞄の末路と、またそれを持ち出し、消えていく青目の少女を、自分自身の因果だと責め悔いているように映った。


 すると、ギタリは、


「モヘジさんは、ここで待っていてください! 僕がかわりに行きますから」


 と、頼もしい顔つきでモヘジに言う。


「私も行くわ!」


 少女はそう言って先に駆けだそうとすると、ギタリが彼女の腕を引っぱった。


「お嬢さん! それならこっちです! パスティンルー!」

「ブァーッ!」


 パスティンルーはギタリの呼びかけに返事をし、庭の入口から羽を広げて飛んできた。

 ギタリは、くらについたステップを駆けのぼり、颯爽さっそうとパスティンルーの背中に飛び乗る。

 彼は、自分の身体をフックで固定すると、少女に手を差し伸べた。


 一瞬、少女は躊躇ちゅうちょした。高いところが苦手だったのだ。


「さあ、はやく! 僕のうしろに乗ってください!」


 少女は決意を固め、青いパァンの笛と黄色の住民証フラウムカードをなくさないように、胸の中にしまいこんだ。

 そして一度、深呼吸。彼女は、思い切りステップを駆けのぼり、ギタリの手を取った。


 ギタリは少女を引き上げ、命綱をその腰にまわす。

 彼女はすぐ彼にしがみついた。


「モヘジさん! 家の中の帽子よろしくお願いします! すぐに戻りますから! では、またあとで!……さぁ、行くぞ!」

「ブァーッ! ブァーッ!」


 ギタリは両足を器具に引っ掛けて固定し、カーキのゴーグルをかける。

 手綱を両手でぎゅっと握り、勢いよく下にはたいた。

 パスティンルーは一鳴きし、風を包んで宙に舞った。


 みるみるうちに、モヘジの姿は小さくなっていく。

 太陽はまだ陰ることもないのに、上空は思いのほか寒く、空気は固く張り詰めていた。


 遠くの丘の裾のほうで、青目の少女が空を見上げ、慌てているのが見えた。

 彼女は旅行鞄のギアを上げ、走って斜面をのぼりだした。


 ギタリはパスティンルーの首に頬をあて、喉を手でさすって詫びを入れていた。

 これから、遠くの丘で鞄を引く、青目の少女を飲みこんで捕まえなければならなかったからだ。


 低い鳴き声をあげ、彼に快く応じるパスティンルーは喉袋を震わせ、空を滑るように獲物を追った。


「しっかり、つかまっていてくださいよ! 一気にいきます!」


 パスティンルーは、丘をのぼりきった獲物を確認すると、上空を旋回し勢いよく急降下した。


「……!」


 少女は、舌を噛むまいと口をしっかり閉じ、ギタリにしがみついた。

 鋭角に浸入したパスティンルーは、丘の上の地面すれすれのところで低空飛行に入る。

 次の瞬間、大きなくちばしを上下に広げた。


 草原の大地を滑り、景色を呑みこんでいくように、ふり返る透きとおった青色の瞳が、くちばしに吸いこまれていった。


「ブルルルル……」


 パスティンルーは喉を震わせ、上空へ飛び上がると、緩やかに弧を描いて草原に着地した。

 青目の少女の騒動は思っていたよりも、あっけない幕切れに終わってしまった。


 二人は草原の上に降り立った。

 少女は、とりあえず自身の無事に安堵すると、丸呑みにされた青目の少女を少し気の毒に思った。


「あの青目のお嬢さんは、大丈夫なんですか?」

「ええ! ご心配なく……ちょっと乱暴ではありましたが、しかたありません……」


 ギタリが肩を大きく落とすと、パスティンルーをやさしく呼んだ。

 だが、様子がおかしい。


 なぜか、パスティンルーは喉を震わせ、頭を右へ、左へひねり返して落ち着きがない。


「どうした? パスティンルー?」


 ギタリはパスティンルーの首をさすり、口をあけるように指示を出した。

 けれども、なかなか口をあけようとしない。

 パスティンルーは、ブルル、と喉を転がせながら頭を何度もひねりつづける。


 少女は心配そうに、パスティンルーを見つめていた。

 すると、彼女たちのすぐうしろで若い女の声がした。


「卑怯にもほどがありますよ……」


 若い女の声を聞いたパスティンルーが、興奮して鳴き声を上げた。

 ギタリはパスティンルーをなだめ、落ち着かせる。


 少女はふり返った。


「二人がかりでも卑怯だっていうのに、パスティンルーまで使うなんてあんまりですね。こっちは鞄を持った、幼気いたいけな女の子一人ですよ?」


 そこにいたのは青目の少女だった。

 彼女はキャリーカートの、伸ばした取手に抱きつくようにして鞄にまたがり、こちらを冷ややかに見ている。


(何で? たしかに、くちばしに呑まれていったのに……)


 少女は、〈三度目の現実〉に全身をこわばらせていた。


 パスティンルーがようやく落ち着くと、ギタリは青目の少女をおそるおそるのぞきこんだ。


「どうして?! 君はいったい? さっきから、とつぜん消えては移動して……」

「……人には、一つくらい〈特技〉があるものなんですよ……。どうですか? 『鞄』はあきらめますか?」


 少女はうつむいた。

 目の前の現実が本当なら、どう考えても捕まえることは不可能だ。

 とつぜん消えては、移動する相手をどうしろというのか。


 しかし、だからといってあきらめるわけにはいかなかった。


 この鞄は、きちんと持ち主の元へ返らなければならない。

 それに少女は、青目の少女を思う、モヘジの気持ちも気がかりでならなかった。

 青目の少女をこのまま、好きに放って行かせることは、彼女には許せなかった。


「あきらめるわけにはいきません……! モヘジさんのためにも、あなたのためにも……」


 少女は静かに語気を強めた。

 青目の少女は、ピクリとも、その冷たい表情を変えない。


「じゃあ、今すぐ鬼ごっこのつづきをします?」


 少女は、青目の少女の頬を引っ叩いてやりたい衝動を抑えつけ、無力にも目を伏せる。

 隣では、ギタリが肩を落としていた。

 このままつづけても、青目の少女を捕まえられないことはわかりきっていた。


「あれ? 『鬼ごっこ』は嫌いでしたか?」


 二人は黙りこんでしまった。


「そう。そしたら、『かくれんぼ』なんてどうですか? 私は、『鏡の森』で、大人しく待っていてあげますから」


 青目の少女は、自分の手の爪を見ながら、呑気に話しする。


「どうせ見つかりっこないですけど……。ちなみに、森はこの中庭の中央にあります。パスティンルーがいれば、あっという間に着くんじゃないですか? では、早く遊びに来てくださいね……」


 青目の少女は言い残すと、すぐさま鞄から飛び降り、少女たちに背を向けて消え去った。


 今の少女たちに、なすすべはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ