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8 真実の迷宮②

 ほどなくして、かんばんは深くお辞儀をし、一本足をジグザグに跳ねまわして城を出ていった。

 本部へ、仮面の異形の件を報告するためである。その顔は、大きな音符を浮かばせ、清々しくすっきりした表情であった。


 いつのまにか、仲直りした少女とネコたちも、急いで城を出ていくかんばんに、お礼を言って大きく手をふる。


「かんばんさんも大変ね。あの変な異形の対応もそうだけど、困った『ご主人様』までいるとなると」


 パァンは黙ってうなずくと、深く息をつく。

 少女はどっと疲れが出た。


 少女たちは、ネコとのひともん着も落ち着いたあと、しばらくかんばんの愚痴につきあわされていた。

 何でもこの迷宮内には、「ご主人様」と呼ばれる、この遊園地をとり仕切る「切れ者のあるじ」がいると言う。

 真実の迷宮は、その主の用意した斬新なトリックを解き、迷路をクリアする趣旨で、この遊園地の一番人気の施設となっていた。


 だが、主は自由奔放で悪戯好きな性格であった。

 彼はその性格が高じ、かんばんをはじめ、たびたび持ち場の従業員にちょっかいを出しては目を盗み、迷宮をよく抜け出すのだった。


 そうやって主が仕事をほったらかすものだから、しだいに客も従業員も、彼にふりまわされ、営業にも支障をきたすようになった。

 このままでは拉致が明かないというので、急きょ、従業員が発起して営業を停止し、せめて主の気まぐれに対応した遊具施設にしようとリニューアルされたのである。


 どうやらあの従業員の多さは、主の監視と客への対応を考慮した結果らしい。


「その、人騒がせな『ご主人様』って、いったいどんな奴かしら?」


 少女は、少しさげすんだ物言いをした。


「そんなのより、『きょうしょう』だよ!」

「『きょうしょう』!」


 にゃーとみゅーみゅーが、小さな手で少女の腕を引っぱっている。


「そうそう! 約束してた迷路での競争よね!」


 少女はいつのまにやら、へそを曲げたネコたちのご機嫌を取っていたのだった。


「「わーい!」」


 ネコたちは目の色を変え、怒りの矛先をずらしはじめていた。

 少女はしたり顔をした。

 ネコたちは、競争が大好きなようである。


「いくよ、みゅーみゅー! いざ、しゅつじん! 『いくしゃ』じゃー!」

「『いくしゃ』じゃー! やー!」


 二匹のネコは勇ましく、一直線に階下へと飛んで降りていった。


「フフフッ! 何だかわからないけど、私も! 『いくしゃ』じゃー!」


 少女は、ネコたちと呼びかけあうように階下の受付へ、腕をふり乱して飛んでいった。



 受付をすませ、少女たちは案内係に「真実の迷宮」の入口である、中央の大きな門構えをした石板の前へと連れてこられていた。

 その石板は重く頑丈そうで、雲の渦巻くような荘厳な紋様が掘られている。

 しかし、入口のようには思えなかった。


 少女たちはしばらくその前で待たされると、やがて石板の真ん中が割れ、左右にゆっくりと開いていった。

 もう、何らかの仕掛けが動いているのだろうか。

 彼女は緊張した。


 石板の扉は、鈍い音を引きずるように開くと横長の小さな部屋が現れた。

 松明たいまつの炎がほのかに石壁を赤く染め、中にはかんばんの言っていたとおり、3つの扉がある。


 1つは目の前、あとの2つは左右の部屋の端に、それぞれ何の変哲もなく待ち構えている。

 しばらくして、うしろの石板の扉がゆっくりと閉まりはじめた。

 扉が完全に閉まると、係は左手を腹部に、右手をうしろにまわし、


「『真実の迷宮』へ! ようこそお越しくださいました!……」


 と軽くお辞儀をする。つられて、少女と二匹のネコもお辞儀をする。


「案内役の『かんばん』から、この遊具施設について、かんたんな説明を受けておられるかと思いますように、ここでやっていただくことは、実にシンプルです! まず、そこに見らえる3つの扉からお選びいただき、中へ進んでいただきます。扉の選び方はご自由に、1つに全員入るも、3つに別れてそれぞれ入るもかまいません。あとは、その選んだ扉の先にある、謎や仕掛けを解いて、ただ『真実ゴール』へと向かうだけです……」


 ひと通り説明し終えると、案内係は「金のホイッスル」を各自に渡した。

 この「迷宮」で、何か問題が生じて退場したい場合、このホイッスルを吹けば、近くにいる従業員がどこからともなく助けに来るという。


 各自ホイッスルを手にするや、パァンは右側の扉を選び、ネコたちはもまた真ん中の扉を選んで入ろうとした。

 だが少女は、そくざに部屋を決める彼らと違い、まだ心の準備ができないでいた。


 道に迷って、迷路から出られなくなったらどうしようか……。

 怖い仕掛けがあったらどうしようか……。

 少女の頭は、鉛のように重く硬直していった。


「ちょ、ちょっと待ってよ! わ、私やっぱり、パァンといっしょに行く!」

「おいおい! それじゃ、競争にならないだろ?」

「しょうだよ! じゅるは、よくないとおもう!」

「よくない!」


 パァンは軽く手をふり、やんわりと少女に断りをいれると、さっさと扉をあけて入っていってしまった。

 彼女は困った顔をして、ネコたちのほうを向いた。

 彼らは、同情を欲しがる彼女に小さな牙を見せ、きっとにらみつけた。


「あぁーっ?! ネコまで! ちょっと待って! やっぱりいっしょに行こう? 競争はまた今度! ね? ね?」


 少女の健闘はむなしく、ネコたちは、ぐにゃぐにゃのしっぽを上にぴんと立て、意気揚々と扉をあけて中に入っていく。


 こうなったら少女も、背に腹はかえられない。

 慌てて彼女は、ネコたちの行く目の前の扉に飛びついたが、なぜか一瞬にして、その扉は消えていってしまった。

 左側の扉も知らない間に消えていて、残るは右側のそれひとつだけとなった。


「……言い忘れていましたが、一度あけた扉は、いったん閉めると消えてなくなります」


 係の一言に、少女はへなへなと膝をついて座りこむ。


 ついに取りつく島もなくなった少女は、手に持っていた金色のホイッスルを思いっきり吹いた。

 彼女の目の前で、うるさく音が鳴り響く。

 係がため息をついた。

 彼は右肩の派手に点灯するランプを、逆の手で押しこんで消すと苦笑いした。


「……便宜上、この迷宮では、「真実」にたどり着けたもののみが、脱出できることになっているのですが、しかたありません……そうしたら戻りましょうか」


 少女は首を何度も縦にふってお願いした。

 係は少しあきれながら、そそくさとうしろを向き、固く閉ざされた石板の扉とは違う、反対の方向へ歩きだした。


「わからないかと思いますが……。実は、この部屋の壁には、退場するための隠し通路がございまして、せっかくですから……」


 係は壁を手の甲で軽くノックしながら、通路を探し歩いた。

 壁にある仕掛けを動かすと通路が現れるという。


 きっと、すごい仕掛けがあるに違いない。

 今さらながら、少女は胸に期待をこめた。


 だが、係は壁を叩いて平行に進むばかりで、いっこうに通路など現れはしない。

 ついに、部屋の隅まで行き着いてしまうと、係は首を大きくひねって戻ってきた。


「んん? おっかしーなぁー。仕掛けの一つでもと思ったのですが……まあ、ご安心を! こうなったら直接、中央口をあけてしまいましょう!」


 不安に陥りそうな少女をなだめ、係は、石板の扉のすぐ脇の壁に埋まる丸い水晶に手を乗せた。

 水晶が白く光りだすと、彼は名刺のようなものを挿入口に入れ、何やらぶつぶつとつぶやく。


 係はしばらくその場に立ち尽くしていたが、石板の扉はまったくあく気配がなかった。

 少女は顔を曇らせた。

 肝心の係は少し取り乱している。


「いやいや! そんなはずは……」


 係はもう一度、水晶に手を乗せ、呪文のような不気味な言葉をつぶやいた。

 やがて水晶が青白く光りだし、男の顔が映りだす。


「もしもし! こちら『管制室』!」

「もしもし! こちら案内係の『アルフレッド=パーカー』です。今――」

「『アル』? 『アル』なのか! 無事なのか? 今までどこ行ってたんだ!」


 「管制官」らしき男は、「アル」と呼ばれる案内係の声をさえぎった。

 面をくらったアルは、驚きを隠せないでいる。


 どういうわけか、少女たちとアルは、迷宮内に行ったきり行方不明となっていた。


「は、はいー? い、今現在、お客様をご案内しておりまして、迷宮内の『選択の間』にいるのですが……どういうことでしょう?」

「何を言っているんだ? 『選択の間』には、今誰もいないし、通信点灯欄は、『用具室』となっているぞ!」

「よ、『用具室』?」


 アルは状況がまるでつかめないようだった。

 彼の管制官とのやりとりは、ぜんぶしどろもどろになった。


「と、とにかく。現在、ここは『選択の間』でして、二組を迷宮内に送ったのち、一人リタイアする方が。その方の対応で、中央口をそちら側であけてもらいたいのです! どうもトラブルで、退場通路エスケープも中央口も、こちらからではあかないもので……」

「……よくわからんが対応する! とりあえず、用具室にも係を向かわせるから、確認しろ!」

「了解しました!」


 少女は心配そうに水晶をのぞきこむ。

 管制官はその姿に気がつくと、今しばらく待つように丁寧に説明をした。

 やがて、管制官の合図ともに石板の扉がゆっくりと開きはじめた。

 少女とアルは手を取りあって喜んだ。


 石板の扉が全開したことを確認すると、少女は一目散にその扉へ走り寄ろうとした。

 その矢先、こぶし大ほどの球が二つ、あいた扉の向こうから床を転がって入ってきた。


 驚いて飛び退いた少女は、うしろにいたアルにすがるように身をよせた。

 床を転がる乾いた球の音に、何ごとか、とアルが怪訝けげんそうにのぞきこむ。

 二つの球は、煙を吐いてまわりはじめた。


 少女は怖くなって、ふたたびあいた石板の扉のほうへ急ごうとした。


「あーーーーっ!」


 アルは、とつぜん大きな声を出し、死に物狂いで、石板の扉に向かおうとする少女の手をつかんだ。

 彼女は、血の気が引くほど驚き、その手をふり解こうとするが、まったく力がかなわない。


「ちょっと! 嫌っ!」


 アルは何も聞き入れず、叫び暴れる少女を羽交い絞めにし、ひどく悔しがって、水晶の向こうにいる管制官に訴えかけた。


「やられた……『ヤツ』ですよ! 『ヤツ』にやられたんです!」


 ちょうど、用具室に向かっていた係が、慌ただしく管制室に戻ってきたようだった。

 彼は兜を脱ぎ捨て、息も切れ切れに言葉を吐きだし、床に突っ伏して仰向けになりだす。


 その言葉を聞き終えた管制官は、両手で頭を抱え、水晶の中で大きく項垂うなだれた。


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