【物語】さんまいのぱんけーき 後編
とある魔法世界の冬。
どこかの谷で少年がひとり、道に迷い途方にくれていました。
空腹も感じる中、彼の周りに闇夜が訪れようとしています。
彼の手元には紅茶の入った水筒と、パンケーキが一枚。しかし、パンケーキは師匠の魔法使いに頼まれた届け物です。はじめは三枚持っていたのですが、妖精とライオンにパンケーキを渡し、残り一枚。これを食べるとなくなってしまいます。
少年はお腹が空いているのでパンケーキを食べたい。でもそれをためらっています。
水筒の紅茶を飲みながら、『どうしたらいいか』膝を抱え地面に座り込みました。
しかし、深淵と寒さの中、その考えも止まりそうになります。
男の子は大声で助けを呼んでみました。が、声は谷間の闇に吸い込まれるばかり。なんの返事もありません。彼の目に涙が、浮かんでしまいます。
どうしようもなく、少年は最後のパンケーキを、食べました。
「君、やっと見つけたよ」
吹き荒れる風と共に、少年の前に若い女性がひとり、大きな翼を持つ獣に跨がり現れました。そうして彼女は灯火の元、彼の眼前に獅子を一頭投げ出しました。血を流す獅子には剣が刺さり、既に絶命しております。
少年は動かない獅子、その血や、いきなり現れた獣、剣を帯びた女の厳しい姿に声を失い……座り込んだまま動けなくなってしまいました。
「私は君が会いに行く予定の魔女だ」女性が微笑みます。薄明かりの中でもわかる柔らかな表情に、少年が涙を流します。「ごめんなさい。あなたに届けるパンケーキを食べてしまいました」彼は、やっと言いました。
「それは少し語弊があるな」魔女がそっと、笑います。「君は、今日の件で何を学んだかい?」
「ええと……地図を持つ……逃げるときは道を確認。おやつも持つ。すばやく逃げる魔法呪文を覚えたい」「そうすれば……そのライオンは死ななくてもよかったのでしょうか?」
少年が目を潤ませ魔女を見つめます。それを聞き、彼女は目を丸くしました。
「まことに気持ちの優しい子。お前を喰おうとした獅子を哀れむとは。これは私が己の意志と責任において刺したまで。君が苦しむ事ではない」
「あなたは剣を使うのですか?」
「そうだ。魔女で、翼獣の騎士だ」女が微笑む。「かつては勇者、と名告っていたこともある」
「僕は勇者になりたい。今は魔法使いのおじいさんにお世話になっています。でも……僕は勇者に向いていない」少年は蹲り顔を伏せます。「ライオンからも逃げたし、届け物も食べてしまいました」
魔女は「勇気とは」静粛な顔を示します。「完璧をさすものではないぞ」
「君は妖精にパンケーキをあげただろう?それは勇気だ。獅子からも逃げて良いのだ。勝てぬ相手に向かうは勇と愚の紙一重。つまり逃げる事も勇である」「最後のパンケーキも食べて良い。生きるために食べたのだ。言い訳も反省もいい。次に繋げればいいのだよ。実際に君は学んだろ?しっかりしているぞ?」魔女は俯く少年の傍に跪き、その肩を柔らかく撫でさすります。
「君は『獅子を倒す力を得たい』と言わず、その死を嘆いた。それがいいのだ。君は強い勇者になれるよ」
少年は黙って頷いた。魔女は朗らかに「じいさんが、なんでパンケーキを三枚渡したか知ってる?」と彼に尋ねてきました。男の子は頬を染め、首を横に振ります。
「じいさんは私と、この獣……コロべえ、そして君の分の三人分を持たせたのだ。お茶の時間、私と『勇者の話』を楽しめるように。だからそれは食べていいのだよ」
「……ありがとう」少年が泣くので、女性も彼をその背を叩き励ましました。
「さ、コロべえに乗って、私の家に行こう。おいしいごはんもあるよ。今夜は泊まって明日、じいさんの家に帰ればいい。私がじいさんに、そう伝えてある」
少年は涙目で、固く笑みを作ります。「じいさんは君をとても気に掛けている。ずっと見守っていたんだよ。怒らないでね。これが、じいさんの優しさだ」魔女が苦笑いする。「私もじいさんの弟子で弱虫だった頃。こんな風に、ね」
「その話も聴きたいです」女性に抱えられる位置で翼獣に跨がった少年が彼女に振り向きました。
魔女も頷き「いいよ。さあ、飛ぶぞ!夜空の飛行はスリル満点だ!泣かしてやる!」大声を上げ獣に鋭く合図をすると、興奮気味に顔を輝かせる少年と共に、大空へ舞い上がりました。
少年はその後、人々に慕われる勇者となります。
その物語はまた別の機会に。
(了)
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今作は所属させていただいておりますmixiコミュニティ『創作が好きだ!』開設999日目の本日、コミュにアップさせていただきました。続ける事の大切さと、創る苦しみと歓びを示してださるコミュに感謝申し上げます。