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〈想い、想われ〉物語集

消せない想い

作者: 高戸優

 無数の提灯が風に揺られている。色とりどりの明かりがゆらゆらりと揺れている。


 その下では、焼きそばの香ばしい匂いや光を受けてキラキラ光るべっ甲飴、水面を輝かせる金魚が彼女を誘う様に存在していた。


 だが、彼女はそれらには目もくれずカランコロン、と足元を静かに鳴らしながら


「もしもし?」


 雑踏の中、ゆっくりと携帯に向かって声をかける。しかし返答がない。彼女は眉をひそめると


「ねぇ、聞こえてるの? 聞こえてるなら返事位しなさいよ」


 電話越しなんだから、声でしか存在を確認しようがないんだから。


 それでも相手からの返事はない。ため息を漏らしながら、人の隙間を縫う様にすり抜ける。


「いやがらせ、ってんなら最悪の手段を使ってるわね」


 呆れた調子で言葉を放ち、相手の出方を待った。それでも、返答はやって来ない。


「ちょっと位、ね。返事ちょうだいよ」


 懇願にも似たことを呟くが、相手の返答はやはりない。りんご飴を売っている屋台の前で立ち止まると、それを覗きこみながら


「……あら、りんご飴美味しそう」


 その呟きを聞いていたのだろうか、りんご飴の向こう側に居る若い夫婦が一つどうかね、と尋ねてくる。が、彼女は会釈を一つ返すと踵を返し


「貴方が来たら、りんご飴一緒に食べようかしら」


 ゆっくりと歩きながら無言の向こう側へ、声を投げかけ続ける。


 様々な人の横をすり抜けて歩いて行く。お面を買ってとせがむ娘と必死になだめる父親。綿飴を美味しそうに頬張る少女の団体。少し採点を甘くして、と輪投げの屋台に懇願する少年。


「……そういえば貴方もゲーム系好きだったわねぇ。さっさと来ないと景品持ってかれるわよ」


 焼きそばを頬張る彼氏とべっ甲飴を舐める彼女。金魚すくいが上手く行かなくて泣いている幼い少女二人。それを見かねて、もう一回チャレンジする? と問いかける屋台の主。


 それらを横目に見ながら、下唇を軽く噛みながら


「返答もなし、来る気配もなしってどういう事よ。さっさと来なさいよ」


 一人って案外さみしいのよ、と毒づいてみせる。その間も進んでいた歩は、いつの間にか人が減った世界へと向かっていた。


 カランコロン、と相変わらず足元は鳴っている。流れる様に人の数は減って行く。


 人が少なくなったからだろうか、ちょっとだけ、恥ずかしい話をしてもいいと思った。


「……いいかしら、ちょっと恥ずかしい話をしても」


 見下げた己の姿は、浴衣に身を包んでいた。


「私は貴方の為に浴衣も新調して、珍しく化粧もして、準備万全なのよ」


 貴方が好きであろう色。貴方が好きであろう模様。全て、貴方を考えて選んだ。


「だから、貴方に見てほしいんだけど」


 ひび割れた音が、空に突き上げられたスピーカーから漏れ出る。花火がもうそろそろ始まるとのことだ。


「何で、来てくれないのかしらねぇ」


 先ほどまでが嘘の様に、人がだんだんと彼女の周りへ集まってくる。丁度花火が見やすい位置らしかった。けれどそこにまぎれたくはなくて、まぎれたら貴方が見つけてくれない気がして、そっと離れる。


「何で、ヒーローよろしく駆けつけてくれないのかしらねぇ」


 花火が打ちあがる前の盛り上げる準備なのだろう、明るい女性の声がスピーカー越しに来場者に話しかけている。携帯に当てていない方の耳を手で軽く塞ぎ


「何で、かしらねぇ」


 目に留まった車の進入を防ぐポールに腰掛けた。これから大きな花が咲くであろう藍色の空を見上げる。


「本当に、何でかしら」


 ごー。間延びするカウントが始まった。


「何か、此処まで待った私が馬鹿みたいじゃない?」


 よーん。藍色の空は、雲ひとつない状態でこれから撃ちあがる花火を待っている。


「こんなに貴方を想ってる子が居るのよ、ヒーローよろしくやって来なさいよ」


 さーん。色とりどりになるであろう空を見ていられなくて、目を閉じた。


「こんなに可愛い子放っておくなんて、貴方って結構ワルだったのね」


 にー。鼻の奥が、つん、と痛む。


「ねぇ――――好きなだけじゃ、ダメかしら」


 いーち。目じりが熱くなって、透明な雫ができ始める。


「好きなだけじゃ――」


 ぜーろっ! 一際大きな歓声が上がった。


「―――貴方は」


 大きな音が響き渡る。それをかき消すほどの、たくさんの人の歓声が上がる中。




「――……一昨年の私にも、去年の私にも、今日の私にも。会いに来てくれないのね」




 ささやき声にも似た声で、涙を零しながら伝えた。


 大輪の花が幾度も咲き、散っていく藍色の空。


 向こう側にある、無数の小さな星。


 その中に、貴方はいるのかしら。


 私を見て、綺麗だと言ってくれているのかしら。


 涙はとめどなく零れ落ち、相手を考えながら必死に選んだ浴衣に染み込んで行く。


 色とりどりの花が空に咲き、散り、藍色の空が色彩にかき消されている時。


 たった一人の少女は、また今年も願いが叶えられないことを痛感した。


 


 きっと来年も、再来年も。


 ありえない希望にすがりつきながら。


 最後に約束したこの場所に、相手が来ることを願って。


 ずっとずっと、やってくるのだろう。


 無言の携帯に、耳をつけて。透明な涙を静かに零しながら


「好きだよ」と囁いた。

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