夢(整理)
起
季節の変わり目で幾らか寝苦しい所為か、ここ暫く眠りが浅いらしく矢鱈ゆめを見る。
夢は記憶の整理と言うし、記す事は思考の整理になると聞くので、思い起こせるまま書き出す。
*
豆腐
小学校の通学路の途中に廃業した豆腐工場がある。
小さな工場で、道路に面しており、奥に持ち主宅が建っている。
持ち主は現住で、出入りの為か、日中、工場正面のシャッターが下5分の1ほど開いている。
路上に手を突いて伏せ、首を横に捻り覗き込むと、背後から差す光と別に、結構な奥の方から明るい光が漏れ入っている。
持ち主宅の敷地上空からの外光と見える。
双方からの光によって、工場内が窺える。
薄黄緑色のタンクとか、銀色の大鍋とか、鮮やかな青色の巨大な笊とか、黒ずんだ木製の升や桶なぞが、寂しくも厳めし気に放置されており物珍しい。
下校時に「こんにちは」と呼び掛けると、偶に持ち主が「おおーう」と返事をして呉れる。
奥の光の先から聞こえる。
ふざけて何度も呼び掛けたり、シャッターを叩くなり蹴るなりで鳴らしたりすると、持ち主が奥から走って来て、「こらあ!」と怒鳴られるそう。
この噂を3人に誘われて試す。クラブ活動で仲良くなった、1学年上の1人と、同学年の2人。
3人が路上に伏せて、それで間口が一杯になる。
車も通る道だからちょっと心配で、仕方なく少し後ろに屈んで上体を横倒しに覗く。
こんにちはー!
ちはちはー!へろー!
ちゃーす!
おーはこーんばーんにーちはー!
銘々に繰り返し呼び掛ける。間も無く、シャッターを叩きもする。
けれど全く静かなままで、軈て手持無沙汰になり、興を削がれて各自帰る。
夜に親がせかせか帰宅し、如何にも態とらしい調子で、「おっかしいな、外に変な人が居る」とごちる。
うちに来る筈ないのに、なぁんで来てるんだろうな。
そんな訳ないのに、おぉっかしいなぁ。
なぁんでうちに来ちゃってんだろう。
頻りに1人ごちるだけで、不自然に話題には挙げず、此方も触れられないまま寝床に就く。
眠れずに天井を見詰める。部屋の出入り口と、窓に掛かるカーテンの上辺とから、弱い光が差し込んでいる。
天井を見詰めたまま、外で自宅の玄関の戸が開いて閉まり、門扉を開ける音を聞き付ける。
門扉の外の道の砂利を踏み締める音が続き、突如、大声が炸裂する。
こらあ!
…こらーあ!
こぉら!
こらーーああ!
自宅の敷地内に入り込んだ、野良や野生の小動物を、追い払う風な間や声調。
ああ、親が、今後わるふざけをするんじゃないと暗黙裡に窘めて、裏で後始末を付けて呉れているんだ。
後悔に苛まれて、己の浅はかを恥じる。
2度としないと誓いつつ感謝して安堵の内に寝て、あさ起きると家に親が居ない。
掃除日和の休日の如く、全ての窓と戸が開いていて、青空から燦々と日が差し、爽やかな風が吹き通っている。
早く閉めなきゃと、最寄りの玄関を目指して走る。
晴天の庭先から玄関に向かって来る人が、シャッターの下5分の1から難無く出入り出来るよう路面に伏せているのが分かる。
人は瞬く間に迫って、口を開け縦に伸びた顔を擡げ、染み付いた煙草と乾いた唾液の臭いがする温かい空気を漂わせて吸う。
怒鳴る。
朝食のお味噌汁にお豆腐が入っている。
*
錯誤
これもまた小学生の時分のこと。
放課後、親同士が比較的親しめの知人で、当人同士は余り交流のない同級生1人と当番になり、放課後に学級新聞作りをしていた。
最中、プールで水平のドーナツ状浮き輪の穴へ入って、風呂に浸かる風に浮かび、両足を案山子よろしく4の字に組んで、折った方の片脚を内と外に開閉しつつ軸脚を回転させると、まるでバレエダンサーの様にくるくる回れると言う益体の無い話をした。
すると同級生が、それ空中でやったら飛べるんじゃない?と閃いた。
確かに自力で浮上は出来ないけれど、高所からの滑空なら十分出来る。
どうして気付かなかったのか焦れったい気持ちに臍を噛み、早速2人で階段へ急いだ。
教室のある3階の廊下、階段下り口から、折り返しの踊り場へ飛ぶ手筈とする。
まず踏み板の端から浮かぶとして、するとプールの様な蹴る水が無いので、浮かんだら同級生が押し出して呉れる話になった。
いつも回る時と同じく、バレエダンサーめかして虚空の浮き輪を両腕に抱え、踏み出して、脚を4の字に組んで回す。
押してもらう。
当然ながら斜め下に落ちて、けれど子供の身の軽さか、柔軟さか、はたまた敏捷性ゆえか、ふんわり尻餅を搗いて着地し然したる怪我は無かった。
精々が先に着いた右膝の外側が青痣になった位で、それも大概いたくなかった。
だのに同級生は階段から人を突き落としたのが後から堪えて仕舞ったのか、帰宅後みずから親へ申告したそうで、夕方親と謝りに来て、此方の親にもバレて仕舞い揃って大目玉を食らった。
墜落したあと階段上の同級生を見上げ、2人して、そりゃそう、落ちるよ当たり前じゃん、何でこんな事したの?と呆気に取られて見詰め合った瞬間の、純粋な当惑に満ちた、“魔が差した”“狐に抓まれた”感が鮮烈で、これは数年置きに見る。
今は全く音沙汰を知らない。
*
ヘアブラシ
戸建に独居していた祖□が亡くなって片付けに駆り出されている。
洗面、脱衣と洗濯室を兼ねた部屋から呼ばれて向かうと、呼んだ当人は洗面台下の戸棚の中へ頭を突っ込み「ねぇこれ見てみ」と招く。
「なに」と屈んで入れ替わりに覗き込む。洗剤やら歯ブラシやら消耗品が詰め込まれた奥行きのある空間の右奥に黒髪の後頭部が見える。
男と分かる。
頭の直ぐ手前のスプレー缶やらの隙間へ、年季の入ったヘアブラシが持ち手を下に突き立っている。
平面のマラカスや上下逆さの瓢箪と言った形状で、背面に赤と緑のタータンチェックのビニールクロスの装飾が施されている。本体がエナメル調の暗い茶色で、ブラシ部分が黒い。
背後の上空でそれが取れないので取って欲しいと言う。
傍に手を伸ばすと刺激して仕舞いそうだが、片付かないと帰れないから仕方無く手を伸ばす。
案の定あたまは下から上へ縦に回転し、巻き上がって顔が現れる。
涙に濡れた真っ赤な見張り目と昂ぶって戦慄く口元、見るだに怒りと悲しみの極致にいる風情の男の顔が、非難の色を露に此方を睨む。
ぎくりと身構えるも牽制だったようで、男は忌々し気にまた元へ巻き戻る。消耗品の間から剥き出しの手と腕が生えて来て、ヘアブラシを取って沈んで行く。
同時に満杯の隣に先ほど抜けた人が割り込んで来て、“予想通り”のしたり顔と期待を裏切られた苛つきとが半ばした顔と声で「取ってって言ったのに」と詰る。
程なく洗面台下から、ざっ、すうー、ざっ、すうーとヘアブラシで髪を梳く音が聞こえ始める。
割り込んで来た人が、神妙に瞑目した表情に苦々しさを滲ませて音と共に軽く揺れる。
ほんの鼻先で揺れるので近過ぎて良く分からないが、こちらは女で、髪を梳かれているようだと思う。
そこでこの人達が誰で何故祖□の家に居るのか疑問を覚えられるようになるが、距離を取って警戒しようにも、戸口に2人満杯に詰まっているので抜けない。
“抜けない”窮屈さと不自由感にじんわり気分が悪くなりながら、梳かれてほんのり漂い出す知らない人の髪のにおいを嗅いで、為す術なく時間が過ぎる。
*
臥
一先ず満足して席を立ち洗濯物を干して私室へ戻ると、□が机の脇に立って、開いた帳面から視線を上げ、尤もらしく此方を振り返る。
**が此処に書いた事は全て少しずつあった事で、漸く心の整理が付いて思い出し始めているようだから、もし良ければ**が安心して話せる専門の人の所へ話に行ってみないかと言う。
頭の左右に5つずつヘアブラシのピンが刺さってすうーと梳く。
じんわり気分が悪くなりながら煙草と唾液の臭いで怒鳴る。
全ての窓と戸が開いていて、どうして気付かなかったのか焦れったい気持ちに臍を噛み、バレエダンサーの姿勢で高所から滑空する。
終.




