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庭師と木々花

作者: Yuri_Yukiguni
掲載日:2026/06/25

冬のあいだ、わたしはほとんど死んでいた。


光は届かず、土は固く、風だけが通り過ぎる。

自分がここにいる意味なんて、どこにも見つからなかった。


上には大きな木があって、その枝葉が空を覆っている。

あの木は、春になるときっとたくさんの光を浴びるのだろう。

わたしには、その一片も届かない。


踏まれることもあった。

通りすがりの誰かの靴底が、わたしの上を何度も通っていった。

痛い、と思うことすら、途中でやめた。



どうせ、抜かれる。

春になれば、この庭には剪定が入る。

そのとき、わたしのようなものが残るはずがない。


だから、もういい。

わたしの心は花から冷たい石になった。


*


ある朝、土がゆるんだ。


誰かが触れている。

冷え切っていた地面が、少しだけ動く。


あの人だった。


大きな木の根元を掘り、枝を見上げ、光の入り方を確かめている。

手は迷いなく動き、ためらいなく枝を落とした。


乾いた音がして、影の形が変わる。


光が差した。

ひどく懐かしくて、久しぶりに浴びた命の光。


眩しくて、痛いほど降り注ぐ光の塊。

わたしはそれを、はじめて″あたたかい″と思った。


*


その日から、あの人は何度も来た。


水が流れ込む。

土が柔らかくなる。

周りの草は、ひとつ、またひとつと抜かれていった。


ああ、次はわたしだ、と思った。


根を掴まれ、引き抜かれ、ここから消える。

それが当然だと、ずっと思っていた。


けれど——


あの人の手は、わたしのすぐそばで止まった。


ほんの一瞬だけ、触れるように土を押し、

そして、そのまま離れていった。


抜かれなかった。


どうして、と思ったそのときに気づいた。


わたしには、小さな蕾がついていた。


自分でも気づかなかったほど、かすかなもの。

心は冷たい石だった。何も感じず、生きることを諦めたから、蕾の存在も見えなくなっていた。


けれど、そこにあった。

見ようとしていなかった、次の命が芽吹いていた。


だからか、とわたしは思った。


*


それから、わたしはあの人を待つようになった。


水が来るたび、嬉しかった。

土が動くたび、自分が生きていると感じた。


太陽の光は温かく、石になっていたわたしを溶かして柔らかくしてくれた。

だけど大きな木の枝を切るあの人の表情もまた、お日様の光で見えなかった。


そのことが少し残念だと、少し柔らかくなった心で思った。

……変なの。日が当たるようになったから、今のわたしが在るのにね。


*


春の日差しよりずっと、世界に光が溢れていた。

日差しの限られている庭の片隅。


わたしはけっして世界の中心の花じゃなかった。


だけど、生まれてきてよかったと思った。

お日様も土も空気もあたたかで、春風は柔らかく木々と花を揺らしていた。




春の終わりに、わたしは咲いた。


小さく、控えめで、誰の目にも留まらないかもしれない。

だけど思い切り花弁を空に向けてわたしは咲いた。



あの人は、その日も庭にいた。


上ばかりを見て、枝の形を整えて、大きな木の影を計っていた。


わたしの方は、見なかった。

立ち止まりもしなかった。


分かっていた。

彼が見るのは木々だけだ。


だけどどうやら、

わたしは立派に咲いたわたしを、どうやら彼に見て欲しかったらしい。


あの人の手が触れた土で、

あの人が整えた庭の中で、

あの人が切り開いた光の路で。


(あなたがくれた光で、わたしはちゃんと咲けたんだよ)


そう伝えたいのに、伝えるための声をわたしは持っていなかった。

あの人に気づいてもらう術がない。



(ねえ、わたしはここにいるよ。

わたし、花をつけられた!)


声にならない声だった。

それでも叫ばずにはいられなかった。


当たり前だと分かっていた。

だってわたしは庭の片隅に咲く小さな花にすぎないのだから。


それでも、光をくれたのはあの人だった。

それは、確かにわたしの生だった。


*


風が吹いて、花びらが揺れる。


もう長くはないと、わかっている。

けれど、不思議と怖くはなかった。


あの人がいなくても、

わたしは、もう咲いている。



名前も呼ばれない花だった。

愛されて生き残ったわけじゃない。

ただのあの人の気まぐれだ。


それでも、わたしはここで生きている。

花はやがて種になる。

わたしの種は来年も命を繋いで芽吹いていける。



あの人は、今日も上を見ている。

高木を切った枝と一緒に、春の日差しが落ちてきた。

その足元で、わたしは静かに揺れている。



誰かに誉めそやされるためにわたしは咲いてない。そんなもののためにわたしは生まれてない。


名もなき花は、強くなければ生きられない。


だから別に、見られなくてもいい。

だけど本当は、見て欲しかった。



*


……それでも、わたしは。

わたしは、上を向いて咲いてあげる。


いつかあなたが地面を見たとき。

あなたが救った花は確かに咲いていると、下を向いたあなたが思えるように。

あの人からもらった光を返せるほど眩しい、

小さくても真っ白な花を、翼のように広げながら。

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