6.推しと同担拒否
チクタクチクタク
部屋に小さな機械音が鳴り響く。
それが示す時刻は午前5時。
華が起きるのにはまだ早い。
もう少しだけ寝るかと再び目を閉じてみるものの、一度覚醒した体は言うことを聞いてくれなかった。
諦めて目を開けて、白い天井を見つめる。
───こんな時こそ、魔王城探検しなきゃ!
なぜ今まで忘れてしまっていたのか。
だらだらとした毎日を送ることに、慣れすぎてしまっていた。
前回部屋の外に出た時、魔物は1匹たりとも徘徊していなかった。
戦う術を持たない華であっても、比較的安全に探検できるはずだ。
問題はいかにサミュエルにバレないよう抜け出すかだった。
寝室の扉を少しだけ開けて、リビングにいる男を観察する。
どうやらサミュエルは、今日もタブレットで何かを熱心に見ているらしい。
この状態のサミュエルは、目の前のことにどこまで集中しているだろうか。
「サミュエルさーん」
小声で呼んでみる。
反応はない。
続いて普通に部屋から出てみる。
扉はゆっくりと音を立てないように開けた。
1歩1歩、静かに歩く。
サミュエルとの距離3m。
まだ彼は気付かない。
1m。もう目の前。
やはり彼はタブレットから目を離さない。
華は緊張から喉をゴクリと鳴らし、サミュエルの真横を通り抜ける。
大丈夫だ。
そのままキッチンの真横を通り過ぎる。
振り返って彼を見るが、微動だにしていない。
───もしかして案外簡単に行けるのでは?
外へ通じる扉の前に立つ。
小さく息を吐き、呼吸を整えてから、意を決してドアノブに手をかけた。
そおっと回す。
ガチャリという音に少しビビり、恐る恐る後ろを見た。
彼が動く気配はない。
息を殺して、扉をあけくぐった。
後ろ手にドアを閉める。
パタンと扉が閉まる音がする。
1秒、2秒、3秒。
彼が追ってくる気配は感じられない。
止めていた息を戻す。
小さくガッツポーズをした。
───脱出成功!
乙女ゲームでの記憶を呼び起こしながら、足は自然とヴォイドの部屋の方へと向かっていった。
そして30分後。
どうも見覚えのある通路。
乙女ゲームでの記憶ではない。
ほんの数十分前に見たような。
彼女は左右を見渡す。
己が今来た道は右だったか、左だったか。
───迷子だ。どこここ?
彼女は方向音痴だった。
乙女ゲームでもマップを覚えられないせいで、クリアまでに普通の人の何倍ものプレイ時間を要した。
現実世界でも、友達と待ち合わせをしようものなら、必ず時間通りに落ち合うことができない。
もちろん華のせいである。
彼女は集合場所にいつもたどり着くことができなくて、友達に泣きの電話を入れるのだった。
華はどこかで聞いた、迷子になった時の対処法を試してみることにした。
常に右手で壁に触れながら、まっすぐ前に進むというものである。
この方法で必ず元の場所にもどることができるらしい。
───それにしても誰とも出会わないな……。魔物が居ないのは分かったけど、魔族もこんな出歩いてないことある?
───お腹空いた……。
広大な魔王城をほぼ1日歩き回った彼女の体力は限界に近かった。
1度休憩を入れるか悩んでいた時、前方から人の話し声が聞こえる。
「……ですか?……!……えー!……。……?」
女の人の声のように聞こえる。
彼女にとって、それは希望だった。
この声の主に道を教えてもらえば、きっとサミュエルの部屋に戻れるはず。
疲れた足に鞭を打って、小走りで声の元へと向かった。
「そうなんですね。確かにおかしいなぁって思ってました。他の人たちは連れてたのに。」
聞き覚えのある声に、華は足を止めた。
壁から片目を出して、様子を伺う。
目に入ってきたのは恵の姿だった。
そして隣にいるのは
「じゃあヴォイドは今日もこれからその仕事をしに?」
「ああ。」
ヴォイドだった。
恵とヴォイドが並んで廊下を歩いていた。
華は少しモヤモヤする気持ちでそれを見つめる。
見ない方がいいようなものほど、どうして気になって目をそらすことができないのだろうか。
───恵ちゃん、ヴォイドと仲良かったのかな?
前に話した時は、自分と同じく置かれた状況に戸惑っていたのに。
今の恵からは自然にこの場に馴染んでいるような、どこか余裕な雰囲気を感じた。
この世界が乙女ゲームだと知っていて、一緒に盛り上がった仲間として感じていたのに。
1歩先へ行かれた気がして、華は勝手に焦りや悔しさを感じてしまっていた。
そして気づいてしまった。
ヴォイドと話す時の、恵のどこか高揚した頬、上目遣い、甘い雰囲気。
前回聞きそびれてしまったが、恵の推しはきっとヴォイドだ。
華自身がヴォイドを好きだからこそ、分かってしまった。
心強い仲間だと思っていた子が、ライバルだった。
現実世界では同担拒否なんかじゃなかったのに。
何故か華の心は醜く澱んでしまった。
───恵ちゃんとは、推しの好きなところを語れる自信がない。
なぜそう思ってしまったのか、華自信にもわからなかった。
こんな気持ちになる自分が嫌で、これ以上2人を見たくなくて、華は元来た道を走って戻った。




