4.推しをこの目に焼き付けたい!②
「恵ちゃんの担当はノアなんだね。」
恵を迎えに来た優男を見て、華が言う。
「そう!ノアはめちゃくちゃ優しくて、何不自由なく生活できてるよ。」
「ソル様がおもてなしする様に言ったからな。俺たちはソル様の面目が潰れないよう、お前たちに生活の場を提供しなきゃならねぇのさ。……と、自己紹介もしてないのに悪いな。さっき恵が言ってた通り……。あれ?お前さん、恵が言う前に俺の名前当ててなかったか?まぁいいか。俺はノア。お前さんは誰の担当だったかな?」
ぎくりとする。
ついつい先程の恵との会話で緩んでしまっていた。
普通の人ならば、魔族の名前など知る由がない。
ノアにそれがバレたからといって、何か悪いことが起こるようにも感じられないが。
ノアのから漂う雰囲気は圧倒的陽。
陽キャの陽ではない。
優しく包み込んでくれるような、温かさを持った頼れる存在だ。
じめじめとした?魔王城に爽やかで暖かい空気を運んできてくれる。
そんな彼は何故か魔王側の人間である。
乙女ゲームをしっかりやりこんでいるものだったら、その理由がわかるのだが、華は知らない。
「あ、初めまして。華です。サミュエルに担当してもらってます。」
「あー、サミュエルか……まぁあれだ、なにか困ったことがあれば俺でも恵にでもなんでも言ってくれ。じゃあ俺たちは先に失礼するな。」
行くぞ、恵。と言いながらノアと恵は2人の自室へとそそくさと帰って行ってしまった。
───恵ちゃん、担当の魔族とすごく仲良さそうだったな、まるで兄弟みたい。
───もう少し話してたかったな。次にこんな集まりがあるのはいつなんだろう。
「おい、そこのお前」
恵と別れその場に立ち尽くしていた華に男が話しかける。
会議室から出てきたあたり、幹部の1人なのだろうが、華の記憶にはあまりない人物だった。
恐らく攻略対象ではない、モブだったのだろう。
幹部全員が攻略対象だったわけではない。
なんならソル様にはかなり多くの部下がいる。
続編やDLCなどで攻略対象が増える可能性もあったのだろうが、残念ながら現時点でそのようないいお知らせは華の耳に届いていなかった。
「サミュエルのとこの捕虜だよな?これ。」
ぐいと押し付けられた小包を、為すがまま受け取る。
「えっと?これは?」
「頼まれてたもんだって言って渡してくれ。」
───いやそんな説明不足な……。そもそも、
「さっきまで会議だったんですよね?なんで自分で渡さなかったんですか?」
「俺はあいつがどうにも苦手でな。いや、俺と言うより、あいつが苦手じゃないやつなんているのか?出来れば関わりたくねぇ。」
「はぁ。」
───そんな嫌われるようなキャラだったっけ?みんなサミュエルって名前を聞くと、何が言いたげな顔だったりして去っていくな。恵ちゃんなら、理由分かるかな?
「お前も運が悪いな。……んじゃ、まぁ渡したからな!」
言うだけ行って立ち去る男の背中を見送る。
嵐のような人だった。
サミュエルは華の推しであるヴォイドルートでは、主人公にそこまで深く関わってこない。
せいぜい誰に倒されたかというのが、ちらっとわかる程度。
華は、サミュエルについて実の所あまり多くを知っていないのだった。
彼が去った後、急にピコーンとレーダーが反応した。
ばっと後ろを振り向くと、すぐ間近に推しが居た。
クールビューティな彼は、今日も無表情のまま前を向いて颯爽と通り過ぎていく。
華の心臓はすれ違うその一瞬の間、止まったように感じる。
高性能カメラとは程遠い人間の目では、その一瞬でピントを合わせるのは至難の業。
推しを前にすると瞳孔が開くとネットで見たことがあるのだが、果たしてそれは本当のことなのかもしれない。
嗅覚は奪われてしまったようで全く機能しなかった。
推しとすれ違っていい匂いがした〜と言ってるファンがいるが、なぜそんなにも落ち着いて?推しに向かい合えるのだろうか。
大切な思い出として、ぼやけた低画質のスチルを心のメモリーに保存する。
乙女ゲーム的な展開で、「何故か推しに話しかけられる」イベントが発生するかなと期待するものの、そんなものは全くなかった。
まぁそれが発生していたら推しに醜態を晒していたような気もするので、結果的には良かったのかもしれない。
「お待たせ。さぁ帰ろうか。他の人間たちとは話せたかな?」
聞こえてきたのは、最近馴染み深い声。
───あなたじゃないんだよなぁ。
などとサミュエル推しの人に聞かれたら怒られそうなことを思いながら、彼の後ろについて自室へと戻っていくのだった。
道中、託された荷物をサミュエルに渡す。
ああ、どうもと言いながら受取り、中身がなにか思い当たったらしい。
彼は華が今まで見たことの無いような表情をした。
その歪んだほほえみを見て、華は少し背筋が凍る思いをした。
───確かに、これはちょっと苦手になるかも。
勇者目線からすると敵である魔族に使うのが正しいか分からないが、それは確かに悪者の邪悪な笑みであった。




