20.推しとパンケーキ②
「パンケーキなんて久々に食べるなぁ。作るのなんてもっともっと久しぶり!」
恵はそう言いながら卵を割っていく。
「私も久しぶり。なんか食べたくなったんだよね。夢で昔の思い出を見ちゃって。」
「元いた世界の?」
「そう!」
「元いた……世界?」
キーワードに引っかかった杏が聞き返す。
「そういえば、杏さんは最近この城に来たから、知らないですよね。実は……。」
華と恵は、自分たちも攫われてここにいるということ。
恐らくここは自分たちがいた世界とは異なるということ。
自分たちがいた世界では、とあるゲームが発売されていて、そのゲームの内容がこの世界と酷似していることを杏に伝えた。
「私たちのこの世界がゲームの世界?……信じられない。じゃあ私はゲームの中の登場人物ってこと?」
「そうです!しかも杏さんはヒロインですよ!」
あっさりと肯定してしまった恵だが、杏が衝撃を受けているのを見て、しまったと額に手を当てた。
恵はでも、と付け足す。
「世界線が違うだけで、この世界もちゃんと実在するものかもしれないですし。逆に私たちが小説の中の登場人物!とかもあるかもですし……。」
少しだけ暗い雰囲気になってしまったけれど、パンケーキが焼き上がるにつれて、その匂いで3人は幸福な気持ちに包まれる。
出来上がったふかふかの生地に何を乗せるか、ワイワイと相談した。
───みんなでパンケーキパーティ。めちゃくちゃ楽しい。
華は久々に嬉し涙を流しそうになった。
恩人と、友達と、ちょっと離れたところに好きな人。
五体満足な体に、目の前には美味しそうなスイーツ。
まるで夢のようだった。
さらに幸福度を上げるには……。
華はヴォイドの方を向いた。
『一緒に食べませんか?』
『甘いもの得意じゃないですか?もし食べれそうなら……』
『パンケーキ沢山焼きすぎちゃったので、ヴォイドさんも手伝ってください!』
どの言葉で誘おうか、華はたくさんの選択肢を浮かべた。
だがまず第一に、話しかける勇気を出さなくてはいけない。
「ヴォイドさん、一緒に食べましょう!パンケーキ!とっても美味しそうにできたんですよ!自信作なので食べて欲しいです。」
素直な恵の声が、ヴォイドに届く。
ヴォイドはちらりとこちらを見たが、興味無さそうに目を逸らした。
───ダメだったかぁ。恵ちゃんのあの誘い方、可愛かったのにな。
華はすぐに諦めてしまったが、恵は粘り強かった。
ささっとヴォイドの前へ行き、その両手を掴む。
「はい、こっちですよ!」
そのまま手を引きヴォイドをこちらまで連れてきてしまった。
座っていた椅子からされるがままに立ち上がったということは、ヴォイドも満更でもなかったのか。
コミュ力高い、というか行動力すごい?押しの強い恵に、華は感嘆した。
華は少しだけ悔しかったが、それでも推しの食事シーンを共にできるというお零れをいただける。
せめて準備だけでもしようと立ち上がったが、杏が裏で準備してくれていて、華の出番は完全になかった。
ヴォイドが仕方ないと言った風に、目の前に出されたパンケーキにナイフを入れた。
フォークでパンケーキと生クリームをいい具合にとって口に運ぶ。
その所作に華は釘漬けになった。
細く骨ばった指が丁寧にパンケーキを切り分ける。
食事をしているだけで、なんでこんなにも色気が出るのか。
恵も華と同じ気持ちなのか、ヴォイドに見とれていて手が止まっていた。
杏は既に口いっぱいにパンケーキを頬張っている。
美味しい〜〜〜という幸せそうな声が聞こえた。
華と恵はヴォイドの様子を伺う、それに気がついたのかヴォイドが口を開いてくれた。
「悪くない。」
───やったー!もはや誰が作ったパンケーキか分からなかったが、ヴォイドから褒め言葉(だと勝手に思っている)を貰えた!
華が恵の方を見ると、恵も華の方を見ていた。
バチりと視線が交わって、二人でうんうんと頷く。
ひとしきり満足したあと、華と恵もパンケーキに手を付け始めた。
華は粉砂糖をたっぷりかけたパンケーキを、いちごと共に口に運ぶ。
自身の手がもう震えていないことに、華は気づいていなかった。
───美味しい!胃が喜んでる!!
1口、また1口と、華は手が止まらなくなった。
「ん〜、美味しいー!!」
恵の声に、華と杏が顔をあげる。
それは魅力的な笑顔だった。
今にもほっぺが落ちそうなほど、恵の顔は緩んでいる。
頬に手を当て、口角が上がり、目もにっこりと半円を描く。
女性である華や杏にとっても、目が離せなくなるような。
「とっても素敵な笑顔だね。美味しそうに食べてくれるし、なんか食べ物作りがいがあるよ。また今度美味しいもの作ってあげるね。」
杏がそう言うと、恵はさらに嬉しそうに微笑み、ありがとうございますと言った。
そんな恵をヴォイドが見つめている気がした。
幸せな気持ちの中に、少しだけの胸の痛みが加わった。
華は美味しいと思っても顔に出ず、淡々と食べてしまうタイプだ。
母親にも「あんたの反応見ても、いいのか悪いのかちっとも分からない。」と言われていた。
───恵ちゃんみたいになりたいな。
楽しいパンケーキパーティはたくさんの幸福と、少しの苦味を残して閉幕した。




