2.推しに会いたいのですが
私、鈴木華、16歳。
普通の女子高生だったんだけど、ひょんなことから乙女ゲームの世界に迷い込んじゃった!
残念ながらゲームのヒロインじゃないけど、推しと同じ屋根の下での生活、これからどうなっちゃうの!?
なんて馬鹿なモノローグを頭に浮かべながら、彼女は黒スーツの男の後ろを着いていく。
直ぐに変な妄想を頭に浮かべるのは彼女のオタクとしての性なのである。
彼に与えられた部屋に入ると、まるで病院のような匂いが漂ってきた。
「適当に座って。部屋から出なければ別に何しててもいいよ。まぁ、あまり物をいじったりしない方が、君のためではあるけどね。」
意外にも、彼は彼女の拘束をすぐに解いて、自由の身にしてくれた。
「あ、でもちょっと失礼。」
彼は彼女の目をぐいと開き、どこから取り出したのか、小型のライトを当てる。
それを何往復かさせた後、次は腕を掴む。
手首の親指側のくぼみに人差し指と中指を押し当て、彼は数十秒動きを止めた。
「うん、君やっぱり、落ち着きすぎてるね。」
彼女は少しドキリとした。
「ふふっ。分かりやすいね。図星だ。うーん。なんでそんなに落ち着いていられるのかな?普通の人なら急にこんな訳の分からない状況になったら取り乱すはずなんだけど。肝が据わってるにしても、態度がおかしい。」
「……もしかして君、僕達のこと知ってる?」
確信を突いた言葉にぞわりとして、彼女は咄嗟に腕を引っ込めて距離を取ろうとする。
しかし、彼の力が強いためそれは叶わない。
「あちゃー、ひょっとして僕、勇者側の仲間に手を出しちゃったかな?」
わざとらしい声を上げる男に、彼女は全力で首を横に振った。
もちろんこれは嘘では無い。
「……違うか。じゃあなんで君は僕のこと知ってるのかな?」
なんて答えればいいのか、彼女は必死に頭を回転させる。
乙女ゲームの世界なので、なんて正直に話せるわけもない。
「さっきからだんまりだね、君、まだ口ちゃんと付いてるでしょ?」
「あ……、の……」
「ごめんごめん!こんな急に詰められたら話辛いよね。一旦休憩にしよっか、コーヒー入れてあげるよ。」
先程までの嫌な空気をぱっと切り替えて、彼はスっと彼女から離れる。
彼女がしばらくソファに座ったまま俯いていると、いい香りとともに目の前にコーヒーが置かれた。
「さぁ飲んで。落ち着いたら話してくれると嬉しいなぁ。なんで僕たちのこと知ってるのかを。」
それから彼女は嘘と本当を混ぜながら、彼からの疑いが晴れるように丁寧に説明をした。
「なるほどね、僕達の記録が何故か出回っていると。……つまり君は僕たちの中に裏切り者、スパイがいると言っているわけだね。」
「はい……。憶測に過ぎないですが。」
「ふーん……。」
どこか含むような声にドキリとしながらもなるべく堂々と嘘をつく。
正直賭けだった。
男の名はサミュエル。魔王側の科学者で、人の心を読み取るのがうまい。
そんな彼にとって、嘘を見破るのなんて朝飯前である。
だがこの挙動不審な態度は、恐れ多くもスパイがいるという告発をしているからだと、そう思わせる。
乙女ゲーム「何度だってキミに恋する」とは、良くある魔王討伐のRPGと乙女ゲームを合体させた新感覚のゲームである。
主人公は勇者パーティーのヒーラーで、唯一の女性メンバー。
プレイヤーは勇者パーティーを強化しつつも、様々なイベントで主人公とイケメンたちの親密度を上げてハッピーエンドを目指す。
メイン攻略対象は勇者だが、勇者パーティーの他メンバーや、魔王側のキャラクターも攻略対象となっている。
魔王ルートでは勇者パーティーが負けるという、ハッピーエンドなのかバットエンドなのか分からないようなエンディングもある。
そう、ここで不可解なのは、彼女が勇者パーティーのヒーラー、つまり乙女ゲームの主人公の立場ではないということだ。
彼女の知っている乙女ゲームの中では、自分たちのような捕虜は存在しない。
中盤で主人公がヴォイドに攫われるシーンがあるが、他に一般人が連れていかれたという描写はなかった。
実は裏側でこのようなことがあったのか、それとも自分が知っている乙女ゲームとは違うルートなのか。
彼女には分からなかった。
───異世界転移と異世界転生じゃ勝手が違うのかな?異世界転生のライトノベルだと、悪役令嬢に転生しましたーみたいなのがあるけど。
とはいえ、私はここが乙女ゲームの世界だってわかっている。
メタ的存在である、ということは。
───(多分)私が主人公だ!だからこのピンチも何とか切り抜けられるはず!
しかも、私の選択次第でこれからの展開が変わっていくってことだよね。
ヴォイドと結ばれるっていう展開もありだよね!?
あー!でもなぁ今まで妄想はしてきたけど、いざ推しと結ばれるのは解釈違いだったりもするのかなぁ。
難しいな。
などとどんどん想像を膨らませていく彼女。
サミュエルから不気味な笑顔が向けられていることにも気がつかず、主人公補正で何とかなる大丈夫!と軽く考えていたのである。




