18.推しと同居
五感を全て奪われて、真っ暗闇の中、華はその場に存在していた。
意識はずっとあった。
視力を失ったのが、前の定例会から6日目。
おそらく今日が定例会の日だと確信していた。
当たり前だが、自分の周りで何が起こっているかなど華は知りようがなかった。
サミュエルが華をあの部屋に連れていってくれたのかすら分からない。
考えることはできるので、華は数を数えておおよその時間を測った。
───1日が終わる頃に、舌を噛み切る。
1,2,3,4,5……
終わりへのカウントダウンが始まった。
普段は時計に頼りきりなため、いざ時間を計ろうとすると、結構難しい。
1秒が長くなったり短くなったり。
それでも自分のカンを信じて、華は数を数えた。
華の感覚でおよそ15時間が経った頃、華のほぼ何も見えない視界に変化が訪れる。
暖かくて柔らかいものが、華の全身を包み込んだ。
暖かい、柔らかい。
その感覚が久しぶりに分かる。
その事実で華は喜びに打ち震えた。
───何かが体の中に入ってくる感じがする。血液のような……。でも嫌じゃないな。気持ち悪いはずなのに、不思議と安心するような感覚……。
遠くからざわめきが聞こえ始める。
何を言っているかまでは聞き取れない。
次第に大きくなっていくその音に、華は顔を顰めた。
久しぶりに鼓膜を震わすその音が、まだ慣れなかった。
動物が、初めてしっぽを動かす時はこのような感覚なのだろうか。
体の左右に懐かしいような違和感を感じる。
華が力を入れると、指が丸まり、手で拳を作る形になる。
開いて閉じてを繰り返して、華は久々の手の感覚を堪能した。
今度は下半身に力を入れようとしたところで、視界が急に開けた。
余りの眩しさに華は目を細める。
「……?っ!……、……?」
目の前の見知らぬ女性が、華に向かって口を動かしていたのが見えた。
耳に集中して、絞っていた聴覚を段々と解放する。
「……だよ。……?……聞こえるかな?」
その言葉に華はうんうんと頷いた。
「よかった。」
華の目の前の女性がふぅっと息を吐いて額に滲んだ汗を拭う。
改めて顔を見て、華はその人物が知らない人ではなく、一方的に知っている人だと分かった。
───乙女ゲーム「何度だってキミに恋する」の主人公だ!!!!
「これで分かったかな。彼女は無謀にも我々を倒さんと旅をしている者たちの中で、最高峰の治癒能力を持っている。彼女を失った奴らに勝機はない。」
魔王が放つ言葉に、幹部の何人かが雄叫びをあげた。
「捕虜たちと同様におもてなしするように。では以上。」
解散の号令とともに、幹部たちが次々と会議室を出ていく。
その中でサミュエルが人の流れに逆らって華の元へ向かう。
華はこれからのことを想像したくなくて思考が停止した。
体はもはや震えてすらいない。
その変化を、文字通りヒーラーとしての役割を果たした杏が見逃さなかった。
スっと横へ移動し、華とサミュエルの間に立つ。
そして魔王へと向き直った。
胸に手を当てて、杏は声を張り上げる。
「すみません、私は確かに治癒魔法に長けていると自負しています。ですが、彼女の状態はとても酷いものだった。正直に言いますと、彼女はまだ完治していません。」
杏の言葉に、魔王がピクリと反応を示す。
「とりあえずの応急処置として、内臓の主要部分と、見た目を優先して治しました。ここから更に継続して治療が必要です。彼女の治療並びに身の回りのお世話を私に任せて貰えないでしょうか。」
杏の発言を理解するのに、華は時間がかかった。
自分にとてつもない幸運が訪れている。
そう認識する頃には、車椅子に座った華を杏が後ろから押していた。
華の斜め前にはヴォイドの後ろ姿。
魔王は杏の提案に二つ返事をした。
そして、ヴォイドと名前を呼ぶと、呼ばれた当の本人はそれだけで指示を理解したようで、御意と返事をした。
先程はありがとうございました。
後ろの救世主にそう伝えたかったのだが、華の喉はカラカラに乾いており、言葉が上手く発せない。
ヴォイドの部屋について、華のその様子に気がついた杏が水を与えてくれる。
「ここがお前たちの部屋だ。」
ヴォイドが寝室の扉を開き、華達に説明する。
「ただ、ここで過ごすのは1人の予定だったから、ベッドがひとつしかない。もう1人は俺のベッドを使え。明日にはもう1つベッドが届く。」
───推しのベッド……!!
あんなことがあったのにも関わらず、よこしまな考えが華の頭に浮かぶ。
今思うと、自分自身を元気だと勘違いさせるためだったのかもしれない。
それから、華と杏は軽く部屋の説明を受けた。
サミュエルやノアの部屋と基本的な構造は同じため、華にとってはもう聞く必要の無い説明だった。
「……食事は食堂で。場所はそこのテーブルの上の地図に記載されている。」
ヴォイドの言葉に、杏がうーんと唸る。
「お腹すいてる?」
華の顔を伺いながらそう尋ねる。
「いえ、あまり……」
「そうだよね。食事のことはまた明日考えよう!」
そう言って、杏は華をベッドへと促す。
やっぱり私がこっちか……と少し落ち込む華だったが、結局ヴォイドのベッドが使われることはなかった。
悪夢に魘される華に、杏は付きっきりで看病してくれたのだ。




