17.真ヒロイン
彼女に決定権はなかった。
彼女は大好きな人達と、大好きな人たちがいる世界を守るために旅を続けていた。
今日もいつもと同じようにギルドから紹介してもらったクエストをこなすため、宿泊している街の近くの森へ向かっている途中だった。
ところが、急に現れた男によってその日常は奪われてしまう。
ヴォイドと名乗ったその男は、裾の長いジャケットをたなびかせて、勇者の翔が率いるパーティの前に立ちはだかる。
身構えた翔には目もくれず、その後ろに控えていた女性の前に瞬時に移動した。
「杏!」
翔は即座に後ろを振り返り、女性の名を叫んだが、あっという間にヴォイドは杏と共に姿をくらましてしまった。
杏はヴォイドの肩に担がれて、遠い異郷の地に連れていかれた。
とても大きな城の中へ入ると、地面に下ろされる。
地に足が着いた瞬間、杏は即座に杖を構えた。
彼女は勇者パーティの魔法使いだ。
普段使うのは治癒魔法なのだが、戦闘に使える技もいくつかある。
彼女の得意分野でないため、威力は劣るが何もしないよりはマシだった。
対するヴォイドは腰にある剣に手をかけることもなく、杏に冷たい視線を送っている。
「来い。拒否権は無い。」
そう言うと、ヴォイドは杏に背を向けてスタスタと前へと歩き出した。
ここがどこだとか、どうして自分をここへ連れてきたのだとか、聞きたいことは山ほどあるが、杏は口を紡ぐ。
戦わなくても戦力差は痛感していた。
下手なことをして、仲間に迷惑はかけたくない。
どうすべきか少しだけ思案したあと、ヴォイドの後を追いかけた。
「入れ。」
しばらく歩いたところで、ヴォイドはとある1つの扉を開いて中に入るよう促す。
部屋の中に足を踏み入れると、そこには杏と同じ人間が何人も集まっていた。
それぞれの話に夢中になって気づいていない人もいるが、何人かが杏の方へ目を向けてヒソヒソと何かを話し始めた。
杏が居心地の悪さを感じていると、再びヴォイドに呼ばれる。
ヴォイドの後ろに着いていきながら、部屋を横断するともう1つ扉があった。
扉をくぐると、先ほどまでとは打って変わって厳かな雰囲気。
重苦しい空気に、杏は息が詰まりそうになる。
「おかえりヴォイド。」
「はい、ただいま戻りました。ご命令の通り魔法使いを連れてきました。魔王様の意のままに。」
恭しく片膝を着いて跪くヴォイド。
その先に恐ろしいほどの魔力を持った存在がある。
───これが、魔王。
杏たちが倒すべき相手として、旅の終着点としていた存在が目の前にいる。
その事実に立ちくらみがした。
その禍々しいオーラを纏った者が真っ直ぐと杏の目を射抜いた。
「初めまして。君が、あの勇者どもの傷を癒している魔法使いだね。」
声は穏やかなのにも関わらず、決して逆らってはいけないと思わせるような尋常ではない魔力、プレッシャー。
杏は素直に頷かざるをえなかった。
「断りもなく急に連れてきてしまって申し訳ない。実は君に手伝って欲しいことがあってね。」
「……」
「君はどんな致命的な傷も元に戻せるほどの、素晴らしい治癒能力を持っていると聞いている。早速その力を貸してはくれないかな?」
「……」
はいとは言えなかった。
どんな凶悪な魔族を治療させられるのか。
その魔族が仲間たちを傷つけるようなものであったら……。
「拒否権は無いと言っただろう。」
「……っ」
横からヴォイドに囁かれる。
その声にはっと顔をあげると魔王と目が合う。
相変わらず顔は穏やかなのに、纏っているオーラがとてつもなく恐ろしい。
「……どなたを治せばいいのですか。」
はい、とも、いいえ、とも言えない代わりに質問で返す。
「ヴォイド。」
「はい、ただいま。」
魔王がヴォイドに声をかけると、ヴォイドは先程くぐった扉を使って前の部屋に戻ってしまった。
そして数分後、荷台のような、車椅子のようなものを引いて再び杏たちの前に現れる。
車椅子の上には何かよく分からない塊が置かれていた。
杏はそれが何であるのか魔力で解析しようとして……。
「……!!ひどい!こんな……。あなたたち魔族は人間に対してこのようなことをするのですね。」
杏の中で何かが切れた。
怒りを抑えて淡々と言葉を紡ぐ。
魔力を通して見ることで、それが元々は普通の人間であったことを、杏は悟った。
魔王の依頼に関わらず、即座に魔導書を開き、杖を掲げて、呪文を唱える。
それを見たもの達が、ざわめく。
「このような状態のものを本当に治せるのか?」
「これはもはや生物というのもおこがましい。」
「スライムよりも生を感じられない。ただの肉の塊だ。」
杏が必死に治療しているのを見て、魔王が問う。
「どうだろうか?治せるかな?」
「……絶対に。何があっても治してみせます。」
杏の魔法が優しく華だったものを包み込む。
動向を見つめながら、杏を見守っていた幹部たちは言葉を失った。
細胞分裂をするかのように、早過ぎない速度で、ただの塊が、人の形へと戻っていく。
サミュエルは喜んだ。
もう捨て時かと思った玩具が、新品となって返ってきた。
何度も何度も遊んであげられると。




