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推しに夢中  作者: 虚月 悠奈


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16/21

16.推しが曙光と共にやってくる

最初は味覚だった。

サミュエルからの命令で食べたくもない食事をとらされていた華だったが、そのうち自分で普通の食事を食べることができなくなった。

体が拒否反応を起こして、ものを口に運べなくなったのだ。


それを見たサミュエルは、最初こそいつもの躾でどうにかしようとしたが、それが無理だと悟ると食事を流動食に変えて部下を使って無理やり喉に流し込み始めた。

華は息苦しいから嫌だともがいたが、最初のうちだけで、今は大人しくしている。

その方が苦しむ時間を短くできるからだ。

流動食になってから、食事の味が格段に落ちた。

見た目を取り繕わなくていいからと、一体何が混ぜられているのか。

華は怖くて聞き出せなかった。


その吐瀉物のような味、実験の後の鉄の味、生臭い何か、それらが全く感じられなくなった。

1度意識してみると、自分の唾液すらももう無味に感じられた。


次に嗅覚だった。

慣れたようで未だに嫌悪感が出る、消毒のような薬品のような、病院の匂い。

それにまじる加齢臭のような酷い匂い、魚のような匂い、鉄の匂い。

もう嗅ぎたくないと思っていたその願いが届いたのか、ある日急にそれらが感じられなくなった。

目が覚めた時の埃っぽい匂いも、週一の会議の時の少し安心する人間の匂いも。


それに気づいた部下たちが面白がって食事になにか混ぜたらしい。

華が、いつもの通り流動食を受け入れていると、部下の何人かが「まじかこいつww」と笑い始めた。

その夜酷い吐き気に襲われてベッドを汚してしまったが、味覚も嗅覚も失った後だったためダメージはそれほど大きくなかった。

息苦しさも実験の時に比べたらだいぶマシだった。


これらの2つが無くなったことで、華は少しだけ楽になった。

ところが困ったのは次の触覚からだった。


朝目覚めた華は自分がどこかに浮いているような感覚だった。

まだ夢が続いているのかと思ったほどに。

意識がはっきりとして、体を起こして、いつも通り布団の中にいることに少し驚いた。

布団どころか、自分が今服を着ているのかどうかすら、自分の目で見ないと分からないのだ。

歩くのが少し難しかった。

地に足をつけている感覚がなく、まるで無重力である宇宙でふわふわと漂っている気分。

シャワーを掴む時に加減がわからず、何度も落として壊してしまってサミュエルにお仕置をされた。

日常生活に支障が出始めた。


耳が聞こえなくなった時、華は泣いた。

生きがいだった週一の会議。

そこでヴォイドの声を聞くのを楽しみにしていたのに、それが全く聞こえなくなった。

生きる意味を半分無くしてしまった。


サミュエルやその部下たちの言葉に、無駄に傷つかなくて良くなったのは幸いだった。

サミュエルたちは、華の反応がだんだん薄くなって悔しそうな顔をした。

その顔を見て、華はもう少しだけ頑張れそうな気がした。


目だけは死んでも守るつもりでいた。

この目にヴォイドを映すことができなくなれば、それはもう終わりを意味していた。

どれほど折檻されようと、メスが華自身の目に向けられたら即座に手で隠し逃げていた。

ところがそれが良くなかったらしい。

逃げる手段を失った。

次の会議からは車椅子で参加することになった。


流石に周りの捕虜たちはざわついていた。

といっても華の耳はもう機能していない為、視覚情報だけで判断したのだが。

そして、ようやく久しぶりに華は恵の姿を目にすることになる。


───……ヴォイドだ!……恵ちゃん!?!?


会議室から出てきたヴォイドに、人の群れから急に顔を出した恵が駆け寄る。

ヴォイドの腕を掴み、必死に何度も頭を下げていた。

読唇術を身につけていない華は、2人が何を話しているのか全く分からなかった。

数分後ヴォイドは恵を置いて立ち去る。

恵は胸に手を置いて、その後ろ姿を眺めていた。

恵が華に目を向けることはなかった。


数日後、華は最後の抵抗する手段を失った。

朝目覚めたら体がやけに軽く感じた。

目を守ることができなかったので、サミュエルに容易に奪われてしまった。

それでも何とか体をよじって片目を死守した。


───もう最後かもしれないから、いつも以上に記憶に焼き付けよう。


瞬きすら惜しいほどに好きな人を見つめた。

今日はヴォイドと目が合うのに少しだけ時間がかかった。

ほんの一瞬の交わりの後、ヴォイドが体を翻す。

華が不思議に思って動向を見つめていると、ヴォイドはまた会議室の中へと戻っていってしまう。

ならまたここを通る。

もう一度見るチャンスがある!と喜んだものの、迎えに来たサミュエルに阻止されてしまう。

体をどれほど動かしても、車椅子の上では大した抵抗にならなかった。






それからどれぐらい経ったのだろうか、華にはもう時間感覚がない。

とうとう何も見えなくなってしまった。

無意味だとわかっていても、迎えた会議の日。

推しを何も感じられないことを体感して、この世とさよならしよう。

そう華は決意していた。


その時、華は知らなかったが、会議室前の部屋でどよめきが起こっていた。

ヴォイドがサイドで緩く三つ編みをした、絶世の美女を連れて登場したからである。


ようやくメインストーリーが進んだ瞬間だった。

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