15.推しが星になる時
意識があっても無くても、6日間は地獄だった。
日を追うごとに次第に増えていく傷。
華の体はツギハギだらけになった。
着せられている病院服は長袖だったため、そこまで目立つことはなかった。
ほんの少し手首から見え隠れするぐらい。
しかしシャワーを浴びている時に、華の視界には自身のお腹や胸、腕、脚にたくさんの縫い跡があるのが映った。
とりあえず繋げればいいかという感じなのか、縫い目は荒い。
間隔もまばらだし、緩いところは血が滲み出ていて、きつい部分は皮膚が引きつってしまっている。
皮膚もおそらく自分のものでは無いものが継ぎ足されていて、縫い跡を境に色が変わっている。
痣も沢山浮き上がってきていた。
古いものから新しいものまで様々な色をしたそれは、華の体のあちこちに散らばっている。
体を清めることを許可されると、一人の時間を少しでも取りたくて、華は洗われていない湯舟に勝手にお湯をためる。
満たされていくお湯が3分の1にも満たないうちに浴槽の中に入り込み、頭からシャワーを浴びた。
そのまま深く沈み込む。
傷口にお湯がしみて、華は顔を顰めた。
先程も体を洗う時に同じ痛みを感じたが、やはり慣れない。
時間が経つにつれて、水面が段々と華の口や鼻に近いところまで上昇してきた。
───このままここで意識を手放せば、溺死できるのかな?苦しむ?それはやだな。眠るように逝けたらなぁ。
かろうじて鼻だけお湯の外に出し、息を吸う。
口から息を吐いて、ぶくぶくと音を立てた。
そのままじわりじわりと沈む。
気がつけばまた、冷たい銀のプレートの上に放り出されていた。
先程までお湯で体を温めていたのが嘘かのように、全身が冷えきってしまっていた。
さらにプレートと接している背中から冷気を感じる。
手術室のような大きくて眩しい照明が、華の目に突き刺さる。
その灯りで逆光になっているが、気持ち悪い笑顔がたくさん向けられているのは嫌でもわかった。
───早く終わりますように。
視界の端でメスが光った。
それが肌に当てられる感覚がする。
ああまだそれは感じられるんだとぼんやり思いながら、意図せず目を開けたまま、華は夢の中へと誘われた。
ひらいて、とじて
ひらいて、とじる
今日は折り紙で何を作ろう
色とりどりの紙が目の前に並んでいる
何色を使うかは自分次第
オレンジ色のものを手に取る
形が気に入らないなぁ
何故折り紙は綺麗な正方形をしているのだろう
ハサミを手に取る
既製品が気に入らないのなら、自分の好きな形に切ってしまおう
ちょきちょき
ちょきちょき
紙をクルクル回しながらハサミを滑らせていく
ちょきちょき
ちょきちょき
あ、切りすぎちゃった
ここの形が気に入らないな
じゃあ今度はのりでくっつけてしまおう
ペタリ
うん、じゃあ次は折り目をつけて
こっちは山折り、次は谷折り
他の折り紙も使ってみよう
赤色の折り紙を手にとる
これはどんな形にしようかな
出来上がったら、さっき作ったオレンジの作品とくっつけよう
よく見たら折り紙に蜘蛛の糸がたくさん絡まっている
美しくない
せっかく綺麗な色なのに、線が入っているのは宜しくない
爪を使って、時にはピンセットを使って
1本1本丁寧に剥がしていく
ペリペリ
ペリペリ
出来上がった作品を眺める
額縁に入れたいぐらいいい作品だ
でも飾ってしまってはそれで終わってしまう
魔法の水をかけて、元通りに直そう
そしてまた最初から遊ぼう
───なんだろうこの気持ちは。
会議の日、1週間の中で唯一の休息の1日が始まる。
推しを前にして、華はなんとも言えない気持ちになっていた。
明らかにここへ来た時とは違う感情が、推しへと向けられる。
今日も、華はヴォイドと目が合った気がしていた。
周りにいる人達は気にもとめないほどに、本当に一瞬だけ。
もしかしたらそれは華が作り上げた幻想なのかもしれなかった。
華はヴォイドを見つめている自分を、第三者としてどこか遠くで眺めているような感覚も味わった。
汚くて黒くておぞましい塊のような何かが、神々しく輝く遠いところにいる男にすがろうとしている。
もちろん実際にすがれることはない。
女の願い虚しく、近付こうとすればするほど、男との距離は一向に縮まらないのである。
けれどもやはり推しはかっこいい。
少しの時間だけ嫌なことから離れられて、好きな人をこの目に映すことができる。
たったそれだけの事が、華の自殺を未遂にしていた。
たとえ他が誰一人として華の事を見てくれなかったとしても。
全てがどうでも良くなって、完全に意識を飛ばす直前にヴォイドの姿が頭をよぎる。
やっぱりあと少しだけ頑張って、次の会議でもヴォイドの姿を拝もう。
それで最後にする。
その気持ちで、残りの苦しみを頑張って乗り越える。
そして、いざ推しを前にすると、もう少し頑張れる。
もう一度だけ。
次の会議までまた頑張ってみよう。
もしかしたら次は気づいてくれるかもしれない。
そういった希望も抱いて。
どれほど雑に扱っても、この被検体は頑張って生き延びていてくれる。
サミュエルにとって都合のいいカモだった。




