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推しに夢中  作者: 虚月 悠奈


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14/21

14.推しに願いを

悪夢から目覚めた。

と同時に身体中が悲鳴をあげていて、あまりの痛さに華は顔を顰めた。

ロボットのようにぎこちない動きで上半身を起こす。

夢じゃなくて、現実だと認識して、涙が溢れた。

昨晩も泣きじゃくって涙のあとができていたのだが、その跡をなぞるようにまた雫が伝っていく。

声は枯れていてうまく出なかった。


「おはよう。」


この世でいちばん聞きたくない声が聞こえて、華の体が震える。


「ああ随分酷い匂いだ。早くシャワーでも浴びてきてくれ。」


その言葉を命令と捉えて、足が即座に反応する。

震えて上手く歩くことができなかったが、命令を守れなくてお仕置をされるよりはよっぽどマシだ。

華は痛む体を必死に動かして身を清める。

湯舟で意識を飛ばしかけた時、ドアをノックする音が聞こえて慌てて外に出る。

元々着ていた服はボロ雑巾になってしまったらしい。

新しく用意されていた病院服のようなものに、華は着替えた。


そこから1週間程、華の記憶は抜け落ちている。

それは体の防衛本能だった。

手枷や足枷などは付けられなかったが、自ら逃げる意志などは放棄してしまうほどに、華の精神は囚われていた。


今日は週一の定例会の日、何時もなら他の捕虜たちと交流できる貴重な日だが、華は参加を諦めていた。

サミュエルが居なくても、いつも通り部下の誰かが華を使って実験をする。

だから誰にも助けを求められない。

そう覚悟を決めていたのだ。

ところが予想に反し、サミュエルは華を連れて部屋の外へと出た。


「全く我らが魔王サマは一体何を考えているのやら。時間の価値をわかっていらっしゃらない。」


先程からブツブツと魔王への文句を言っているサミュエル。

それを聞く限り、どうやらこの週一の定例会は幹部だけでなく捕虜たちもほぼ強制参加らしい。

なにか裏があるのでは?と体を強ばらせていた華だったが、その言葉を聞いて少しだけ肩の力を抜いた。

こうして自我があって、思考を巡らせることができるのは本当に久しぶりだった。

そこそこの遠さだった部屋から会議室までの距離が、今日はとてつもなく短く感じる。


部屋に入る手前で、サミュエルは華に耳打ちした。

「別にいつも通り他の奴らと話してもいいけど、誰かに助けを求めたら、分かってるね。」


あれをみんなにばらまくよ。ノアやあの女はもちろん、君が大好きなヴォイドにもね。

そう言われて、華の顔が青くなった。

以前サミュエルに無理矢理見せられた動画が華の頭をよぎる。

あれを誰かに見られることはあってはならない。

死んだ方がましだ。


会議室手前の部屋へ入った時、華は痛いほどの視線を浴びた。

バッっという効果音がついていそうな程に、部屋にいたほぼ全員が華の方へ一斉に向いたのである。

その異様さに華はビクッと体を揺らした。

助けを求めて、恵の姿を探した。


探した人物は会議が始まるギリギリに、ノアと共に登場した。

途端に複数人の友達に囲まれるのが見えた。

ノアの方を見たが、目線が合わなかった。

そのまま会議室の方へと行ってしまう。


「華ちゃん!大丈夫!?急に居なくなったからびっくりしたよ。……酷い怪我!早く手当しよう!!ノアとも相談したんだけど、魔王様に直接交渉して、華ちゃんの担当をノアに変えてもらおうよ。」

「この間は悪かった。今度こそちゃんと守ってやるから、正式に俺のとこに来い。」


正直なところ、華は期待していた。

2人にこう言って貰えることを。

あんなに痛くて辛い思いをするのはもう終わりにできると。


現実は違った。

ノアは華を無視しているし、恵も他の友達と話してばかりで、華に声をかける気配は一切なかった。

初日と同様に華は壁の花を決め込んだ。

ただ初日と違うのは、周りの反応だった。

あの時、捕虜たちは知らない人にわざわざ話しかけないといったふうだったが、今日はあいつに話しかけてはいけないといったふうだった。


───噂が流れているのだろうか。


サミュエルはああ言っていたけれど、もう既にみんなあの動画を見ていたら?

華は吐き気が込み上げてきた。

思わずその場にしゃがみこむ。

1度意識をしてしまったらもうダメで、しばらく吐く直前のような気持ち悪さと戦っていた。

ここで吐いたらもっと周りに気持ち悪がられる。

その気持ちで何とか耐え続けた。


会議室からの音が止み、暫くして中から人が出てくる。

今日のトップバッターはヴォイドだった。

口に手を当てながら、華はヴォイドを見る。

するとパチリとヴォイドと華の目が合う。

華の視界が揺れた。

今日初めて他人と目線を交わせる喜びに体が震えた。


───たすけて。

───お願いします。助けて。


声にはならなかった。

けれど視線に強く思いを乗せる。

まるで流れ星に願い事を唱えるように。

口に当てていた手はいつの間にか外れていて、胸の前で両手を強く握り合わせていた。

ほんの一瞬の出来事だっただろう。

華にとっては一筋の希望の光に見えた。


ヴォイドの表情は変わらない。

目が合った次の瞬間には、いつもと同じように前を向いて歩き始めた。

その背中に、華は願い続けた。


───どうか気づいて。

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