10.推しとパジャマパーティ
「お邪魔しまーす」
「どうぞどうぞ〜。って言っても私の部屋じゃなくて、ノアの部屋だけど。」
特に荷物を取りに帰ることもせず、華は身一つで2人の部屋を訪れる。
どうやら部屋の間取りはほぼ同じらしい。
内装こそ違うものの、特に迷うことなく生活できそうだ。
あと違うのは匂い。
「なんかお部屋いい匂いだね。」
「最近やっとこの匂いになったんだよ!最初はなんだか男臭くって。ルームフレグランス買ってきてもらったんだ〜」
ノアがこの部屋で筋トレしまくるから!とぷんぷん怒る恵。
使ってるのはこれだよ。と恵はルームフレグランスのパッケージを持ってきてくれた。
なるほど確かにいい匂いだ。
どこかで見たことあるようなパッケージだから、きっと有名なものなんだろう。
「私が現実世界で使ってたやつなんだよ……」
「そっか……」
少しだけ攫われる前までの普通の日々が懐かしくなって、2人揃って少しだけ声が暗くなる。
「お二人さん、お腹が減ってたら嫌〜な事ばかり考えちまうぞ。晩御飯にしよう!」
「うん、そうだね。せっかく華ちゃんが来てくれたんだから今日はお祝い!華ちゃんの好きな物食べよう!」
美味しいお肉とか食べたいかもと言った私に、2人はとっておきの蕩けるお肉をたべさせてくれた。
お風呂上がりにはジェラピケのようなモコモコのパジャマを渡される。
パステルカラーのふわふわに包まれた女の子ふたりが、ふかふかのベッドに並んでクッションを抱きしめて座る。
「……恵ちゃん、ちょっと聞いてもいいかな?」
「なになに?恋バナ!?」
グイグイと距離を詰めてくる恵に、華は力の抜けた笑顔を向ける。
「そ、んな感じかな。……今日二人で話してたでしょ?ヴォイドと。……ハンカチ?かなんか渡してたみたいだし、何かあったのかなぁって」
「あー!あれね。実はこの間お城の中歩き回ってたら……」
娯楽がないここでの生活で、恵の唯一の楽しみは日々のお散歩だった。
他の捕虜たちも同様だったようで、恵と同じように探索をしている人が多く、日を追う事に出会う色んな
人達と仲良くなっていった。
今日も恵は外を出歩く。
途中で最近仲良くなった友達と合流して、5,6人が行動を共にしていた。
しばらく経って、そのうちの一人が足を痛める。
おろおろとする友達を前に、恵は救急箱借りてくるからちょっと待ってて!と走り出した。
あまりスピードを出していた訳でもなかったが、広い廊下だからと油断して猪突猛進。
よく確認せず角を曲がった時に恵は壁にぶつかった。
「いったぁ。何?曲がり角かと思ったのにフェイク!?」
派手に尻もちをつき、しばらく立ち上がれそうにない。
おしりがじんじんとする。
そして鼻が痛くて手でさすった。
「ちゃんと前を見ろ。」
「えっ!?」
聞き馴染みのある声に慌てて顔をあげると、ヴォイドが立っていた。
───嘘!?嬉しい。
興奮して血圧が上昇した恵。
「お前、病気なのか?」
珍しく少し慌てた様子で、ヴォイドは恵を見た。
恵はボタリボタリと鼻から血を垂れ流している。
「ぇ゛?あ……」
液体が落ちていることに気づいた恵は、鼻を強く抑える。
ところが鼻血が止まることはない。
鼻の下に手で受け皿を作っていたが、指の間を通り抜けて、恵の服と床を赤く染めていく。
「これを使え。」
ヴォイドが懐から黒いハンカチを出して、恵に手渡してくれた。
さらに彼は自身が着ていた黒い上着をバサりと恵にかけて、恵を姫抱きにする。
───ゑ!?!?!?
彼の匂いに包まれて、彼の体温に触れて、恵はさらに血圧が上がりクラクラする。
抱き上げられたからだもふわふわして、どこか現実味がない。
「お前の担当は確かノアだな。」
気がついたら華はノアの部屋に居て、ソファに横に寝かせられていた。
ヴォイドが慌てるノアに事情を説明をする。
恵がある程度落ち着くまで、ヴォイドはそばに居てくれた。
立ち去ろうとするヴォイドを見て、恵は当初の目的を思い出した。
「そうだ、あのお願いが……友達が足を怪我してしまって。どうか助けてくれませんか?」
「……場所は?」
「あ、えっと……」
「ということがあって、ヴォイドのハンカチをダメにしちゃったから、代わりのものをさっき渡してきたんだよ。」
「なるほど……」
「ただの布を渡すのは味気ないなぁって、金の糸で刺繍入れてみたの。お裁縫は結構得意なんだよね!」
これと同じ柄なの。と恵は懐から白いハンカチを取り出した。
これにも金の刺繍が施してある。
「これって……」
「そう、実は自分のも作っちゃって、こっそりお揃いにしちゃった。」
そう言ってはにかむ恵の顔は、恵には眩しかった。
白くて細くて綺麗な指で、丁寧に刺繍を施す様はきっととても美しかったのだろう。
妬みや嫉妬もあるかもしれないが、最早感服だった。
華は近況について特に話せる話題もないまま、2人でいつものように乙女ゲームの話をしながらいつの間にか眠りについていた。
手を繋ぎをながらすやすやと眠るふたりは、まるで双子の天使のようだったと後にノアは語る。




