1.推しは存在します!
──え!?待って、無理。いる!尊い!無理、好き。かっこいいよぉ。)
この場に似つかない言葉の羅列が頭の中を駆け巡る。
オタク特有の語彙がどっか行ったような、アホみたいな言葉たち。
よくテレビのドッキリ番組で、好きな芸能人が目の前に現れたら?みたいなのをやっているが、びっくりして驚きの声を上げながら後ずさる人達がいると思う。
今まさにその状態になっている女性は、推しの輝き?から少しでも遠ざかろうと、足を後ろに動かそうとして、斜め後ろに立っていた黒スーツの男に足をぶつけた。
聞こえてくる舌打ちに浮かれた心が一気に冷えて、身を震わせる。
推しを前にしてテンションが上がり、思わず出ていた感動の涙が、恐怖の涙へと変わる。
───そうだ、私。無理やりここに連れてこられてきて……
彼女はぎこちなく辺りを見渡す。
白を基調としたシンプルな内装。
中央には長机と椅子がいくつかある、所謂会議室である。
いつもならそれぞれが椅子に座っているのだろうが、今日は誰一人として座っておらず、みんな立ったまま静かに何かを待っている様子だ。
それもそのはず、今日は彼女を含めお客様が多く、定員オーバーだからだ。
そのまま彼女の視線は人物へと移っていく。
宝塚のようなきれいなお姉さん、わがままボディの素敵なお姉さん、優しい友達のお兄さんみたいな人、ちょっと悪そうなお兄さん、私の斜め後ろにいる薬品臭いお兄さんなどなど。
それぞれがみんな黒いスーツを身にまとい、只者では無いオーラを放っている。
そして……
彼女から少し離れたところにたっている彼。
少し長めの黒髪に、緑色の瞳、薄い唇に少し小柄な身長。
───横顔綺麗。ああ、今日も?推しがかっこいい。……ゔっ
心臓を抑えたいが、手は縄で後ろに縛り付けられているため、それは出来ない。
黒いスーツをまとった人たちは、彼女の推しを除き、みんな縄を手にしていた。
その先に繋がれた私たち。
黒いスーツの人たちは色んな国籍が混じっていそうなのに、何故か私たち捕らえられた人は、みんな日本人のように見えた。
捕虜たちのほとんどが怯えて震えている中、1人だけ私と同様に辺りを観察している人がいた。
彼女と彼女の視線がばちりと交わる。
その瞬間、互いに理解した。
ああ、お互い同族なのだと。
そんなアイコンタクトをよしと思わなかったのか、斜め後ろの男がまた舌打ちをして縄を強く引っ張る。
急な出来事にバランスを崩しそうになるのを、何とかこらえて前を向く。
「お待たせ。」
急に声が降ってきた。
先程まで誰もいなかった場所に1人の男が現れる。
それは彼女にとって聞き覚えのある声、そして姿をした男だった。
「それで、どうかな?みんな指示通り1人、連れてこれたかな?」
「「「はい」」」
複数人の肯定の声が重なる。
「うん、良かった。じゃあ次の指示だ。これからその捕虜たちをそれぞれ思い思いにおもてなしするように。と言ってもやり方は自由だ。殺さなければあとは自由にしていい。」
承知しました。御意。分かりました。
といった言葉が聞こえる。
だがその言葉たちにはどれも疑問の色がのっている。
主の真意を理解しているものはこの場にいなかった。
「ではいつもの定例報告を、まずは……」
疑問を口にする者はなく、場の空気がガラリと変わる。
名前を呼ばれた順に、黒いスーツの人たちが主へ淡々と報告を行っている。
普通ならば意味を理解することができないはずの専門用語が並んでいたが、彼女には概ね理解することができていた。
むしろ想像通りの言葉が聞こえることに、少し心が浮き足立つような気さえしている。
「では次、ヴォイド。」
「はい、以前から報告のあった……」
───ゔわぁっ!推し!声!そのまんま!!!
大興奮の彼女から再び涙がこぼれる。
大好きな彼の言葉を、低く落ち着いた声を一言一句聞き漏らさないぞと集中する。
彼の言葉を聞き終えて、彼女は確信する。
───このせかい、私は知っている。
ここは、私が中学生の時にハマっていた、乙女ゲーム「何度だってキミに恋する」の世界だ!!!
───てことは私、もしかして
───異世界転移したってこと!?
そんなライトノベルのような展開が!?私に!?と慌てふためくものの、どこか冷静な自分もいて、置かれた状況を振り返る。
彼女はどこにでもいるような普通の高校生だった。
普通といっても所謂オタクで、現実世界の男に興味を示さず2次元の男ばかりを追いかけていた。
ヴォイドは彼女が中学生の時から好きなキャラクターで、彼女をオタクにしたきっかけである。
ヴォイドのルートは何回もクリアしたし、隠し要素ややり込み要素も全てコンプリート済みである。
こんなifルートもありだなぁと妄想も多々していた。
9月、新学期の始まりで全校集会に参加していた彼女は、校長のつまらない話をシャットダウンして、いつものように自分の世界に浸っていた。
───転校生ですってヴォイドが教室に入ってきたらどうしようかなぁ。席はそうだね、今空いている鈴木の隣にしようとか言われたら!え!?教科書見せてあげるから机くっつけるね。……なんちゃって!
くだらない妄想を繰り広げている時、彼女の視界が急に暗くなる。
いや、暗くなるというのは語弊があるのかもしれない。
視界が遮られたのだ。
真っ黒い何かに。
「こいつでいいか。……はぁ、めんどくさい。一体ソル様は何を考えているんだろうね。」
───あ、この声○○さんだ。
彼女の頭に声優の名前が浮かぶ。
そして気がついた時には、この白い会議室に連れてこられていて。
いつの間にか拘束されていたという訳だ。
回想をしている間に、会議が終わったらしく、それぞれが退室の動きを見せる。
繋がれた縄を引っ張られた彼女は、少し踏ん張って抵抗しながら推しに目をやる。
最後の最後まで推しをその目に焼き付けたいようだ。
ヴォイドはその視線を気に止めることもなく黒いスーツ(といいつつも彼の服は燕尾服のような形をしている、)を翻しその場を立ち去る。
───やっぱその服ヒラヒラして可愛いよぉ。戦闘の時も映えるんだよね。ああ、かっこいい。推しが生で見れるなんて最高。今なら死んでもいい。
今なら死んでもいい。
その言葉を彼女は後悔することになるのだが、今の彼女は目の前で動く推しに頭がいっぱいであった。




