記録6 真名
純人間から派生し、進化を繰り返した末に様々な動物の特徴を持った人間が生まれた。
世界はそれを”亜人”と呼び、純人間に比べ圧倒的な身体能力や種族的特性を持つ彼らによって純人間は生物的敗北を喫し、滅びの一途を辿るかに思われた。
しかし彼ら純人間は亜人と交わる事で”半亜人”としてその血を後世に残していく道を選んだ。
現在世界に溢れる半亜人の殆どは獣人と純人間の間に生まれる者で占められている。
他の4種、天使と竜人に関しては絶滅しているからそもそも論外、長耳種はその着床率の低さに伴う出生率の低さ、加えてある理由から近代に入ってから年々数を減らしており、現在純人間と長耳種の半亜人は存在すらしていない。
最後の魚人種、彼らと純人間の半亜人が少ないのはその生態が違い過ぎることが理由の一つとして挙げられる。
大前提として彼ら魚人種と純人間は住む場所が違う、海と陸では交わることも難しくなるのも必然なのだ。
しかし本当の理由は住む場所の違いではない、生まれる”子”に問題があったのだ。
そもそもの話、半亜人が急増し始めたのは歴史上もっとも大きな各種族のどうしの戦争、”亜人大戦”終戦後、亜人協定が発足された事により世界各地で異種族との婚姻、出産が認められたことに由来する。
協定発足直後は直前まで戦争をしていた相手と進んで結ばれようとするものは少なく、それこそ他種族との子をこさえるなどもっての外というのが世論であった。
しかしそれはとあるグループの登場によってひっくり返る事となった。
日本発の猫の獣人族と純人間の半亜人のみで構成されたアイドルグループが一世を風靡し、日本を中心とした空前の半亜人ブームが起こった。
その過程で生まれた半亜人の殆どが件のアイドルになぞった獣人と純人間の間によるものだった。
しかし獣人だけでなく、魚人族との間にも生まれた半亜人も居た。
その中には上半身に人間の体を持ち、下半身に魚の体を持つ、言うなれば童話に出てくる人魚と呼ばれる存在そのものも産まれ、大きな注目を集めた一方で、その”逆”も生まれてしまった事が当時学会で話題になった。
上半身が鱗に覆われ、背びれやエラを持った魚なのに対し、下半身は人間という人間の価値観では到底美しいとは言われないような存在も生まれ、世間では逆人魚や、アマビエの正体などと散々な言われようだった。
この逆人魚に限らず、魚人族と純人間の間に生まれる子は歪な形となって生まれる者が多い事が徐々に明らかになり、世間で純人間と魚人族の半亜人は禁忌であることが暗黙の了解となった。
そしてそのような状況下、蛸と純人間の半亜人として生まれたのが、円凧 水仙だった。
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「蛸の半亜人とは!まともな人間の形をしているのはヴァルキリアにも居ないぞ!?」
水仙は忍者男の言葉を無視し、水中に沈んで溺れていく鬼灯へ向かって一直線に泳いでいく。
その八本の脚から生み出される莫大な推進力は魚人族の名に劣らず、25mプールのど真ん中に投げ捨てられた鬼灯の元にあっという間にたどり着き、足の一本を巻き付けてプールサイドに投げ込んだ。
「ありがとうございます....ゴホッ、水仙先輩」
「礼には及ばないから安心なさい」
せき込む鬼灯をプールサイドに寝かせた水仙は空を見上げるとそこには魔法陣の上に立って忍者男と戦う鳥花の姿があった。
「先ほどの剣はもう出さないのか?」
「主人を貫かせるなんて、剣がかわいそうなんでな」
水仙が真の姿をさらし、プールに飛び込んだ直後鳥花は前回のウリエル戦に続く自壊覚悟の電磁浮遊ジャンプによって忍者男の元にたどり着き、素手で戦っていた。
「剣を気遣うヒマがあるとは、舐められたものだな」
しかし一対一の至近距離の戦闘となると流石に武器を一切持たない鳥花の方がクナイを振るう忍者男に比べ不利であり、少しづつ押されていた。
「ハァッ!」
鳥花の右ストレートが忍者男の顔面に向かって突き出されるが男は冷静にその軌道を見極め、虚を発動させる。
「『言の葉の円陣』、『”蕪野鳥花”よ、”動くな”』」
忍者男の左頬に小さな魔法陣が出現する。
しかしその行動を読んでいた鳥花は直前で右手を制止させ、本命の左アッパーを喰らわせた。
「..........やっぱりな、お前の虚、名を呼んで命令を下しても魔法陣に触れないと発動しないらしいな」
鳥花の左アッパーを喰らい、頭から大きく吹っ飛んだ忍者男に鳥花はじりじり一歩ずつ距離を詰める。
「そこまで読んでいたとは.....どうやら蕪野鳥花、俺は貴様を見くびっていたらしい」
元気よく立ち上がった忍者男は不敵に笑うと、全身に巻いていた黒い布を外し、その下に纏っていたどこかで見た用な白い軍服を露にした。
「名乗り遅れたな。俺はヴァルキリア所属、”豊穣のウリエル”直属の部下、忍 操舌だ」
豊穣のウリエル.....先日戦ったヴァルキリアの最高幹部熾天使の一人であり、分身体でありながら鳥花と鬼灯の二人をギリギリまで追い込んだ程の凄まじい強さを持つ虚使い。
その直属の部下ともなればここまでの身のこなし、忍者の如き戦闘能力の高さも納得だ。
「.........ここに来た目的は何だ?」
「お前だよ、蕪野鳥花。昨日ここでウリエル様の分身体が一時的に活動停止に追い込まれたとの報告を聞きつけてな、調査依頼を受けて来たら他にもこの前ウリエル様が取り逃がした虚使いも居たんでな。土産に持って帰ろうとしただけだ」
まるで人ごとの様に両手を広げ、淡々と話す操舌は一本だけ持っていたクナイを追加で懐から取り出し、両手で合計6本のクナイを構えた。
「それと、お前も名乗りくらいしたらどうだ?蕪野鳥花」
挑発的に指をクイクイと動かす操舌に鳥花が返した答えは鳥による攻撃だった。
「残念だがお前のような人質を取る卑怯な虚使いに名乗るななんて持ち合わせてないんでな」
鳥花の返しに操舌は笑い、両手に携えていたクナイを投げつけるが鳥花はそれらすべてを軽々とかわし、距離をさらに詰め、先程と同じような接近戦に持ち込もうとするが、何度も同じ手を喰らう相手では無かった。
「お前が立っている場所を忘れたか!」
操舌が手を叩くと空中に展開されていた魔法陣の足場は消滅し、二人は真っすぐプールへと落下していく。
直後鳥花の方は大きな水しぶきを起こし、水中で目を開けることとなったが、操舌は魔法陣を出現させ、着地した。
「お前の言う通りだ、蕪野鳥花。俺の虚、『言の葉の円陣』はその物の”真名”を呼び、名を呼んだ物を魔法陣に通らせねば力は発動しない。だからこそ敵に直接使おうとすれば回避されるリスクが発生する...........」
ニヤリと笑った操舌は両手を水面に付け、唱えた。
「ならば、避けない物を利用すれば良い!『”水”よ、目の前の男を”包め”』!」
プールの水はまるで意思を持ったように突然動きを止めた後、塊となって空中に浮くと鳥花に向かって襲い掛かってきた。
「何だとっ........!?」
鳥花は必死に逃げようと走り出したが、その努力もむなしくプールの水は彼を捕らえ、中に取り込むと球へと形を変え、彼を閉じ込めた。
「水で出来た不壊の牢獄の中で溺死するが良い!」
鳥花は必死にもがき、外に出ようとするが、それに呼応するように水球は動き、鳥花の中に残る酸素を減らしていく。
窮地に追い込まれた鳥花はこの水の牢獄から抜ける為の策として、残る虚力を全て鳥につぎ込み、放電させることで自らを閉じ込める水を全て蒸発させるものが思い浮かぶが、そんな事をすれば水の牢獄を脱出する頃には丸焦げになってしまう。
ここ溺死するよりかはマシかと思考を巡らせるが、それが自らを破滅に向かわせる策だとは酸素を奪われたことで判断力の鈍った脳みそは気付かない。
「手も足も出ないかァ!?蕪野鳥花!」
勝利を確信し、両手を大きく広げ高らかに笑う操舌を見て選択肢はないと理解し、鳥花は覚悟を決め、拳を握りしめると鳥を出現させた。
しかし鳥に全ての虚力を注ぎ込もうとした直前、赤色の物体が横から水球に激突し、鳥花を水の牢獄から解放した。
「水仙さん....その姿」
隣を見ると、スカートの中から八本の巨大な蛸足を生やした水仙が立っていた。
「えぇそうよ、蛸と純人間の間に生まれた忌み子。それが私の正体だけど、それでも一緒に戦える?」
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”忌み子”
それは、かつて人間社会にて問題になった魚人族と純人間の間に生まれた子供の扱いを表す言葉そのものだった。
当時、海には捨て子が溢れたと恐ろしい話を聞く。
捨て子とは、純人間と魚人族の間に生まれた半亜人、その中でも歪な形で生まれてきた者たちだ。
彼らは中途半端に親二人の特性を受け継いだ故、悲惨な末路を辿ったと聞く。
例としては頭だけ人間で、体は魚という歪な体の造形故にエラ呼吸が出来ないのに陸に上がると魚の体が乾燥して生活が出来ないという個体が居たのだ。
その末路は水中で眠ったまま溺死と言う悲惨なものだったと聞く。
そんな魚人族の半亜人が社会で煙たがられる存在になるのは時間の問題で、いつしか忌み子と呼ばれ、ある人間は恐れ、ある獣人はそれを嫌い、迫害するようになったという。
────なんで水仙ちゃんの脚はこんなに気持ち悪いの!?
─────忌み子よ、嫌ねぇ....
───────エイリアンは学校に来んな!
その風当たりは子供に対しては特に顕著だった。
当時齢5歳にして世間の迫害に晒された水仙が人間不信に陥るのは必然だったのかもしれない。
親のエゴによってこの世界に産み落とされた彼女の居場所は陸にも海にもなかった。
何故なら海に行けば半端者だと弱い純粋な魚人族たちに罵られ、陸に行けば下半身と上半身のギャップに皆が距離を置き、ある物はそれを排しようと攻撃を加えてきた。
親を、世界を恨んだ彼女を救ったのは当時高校1年生だった木五倍子 輝血だった。
彼女は水仙を蛸と純人間の半亜人としてではなく、ただの女子学生の後輩として扱った。
「私はその足、凄いカッコいいと思うけどなぁ」
そんな事を呟きながら輝血は水仙の八本の脚を収納できる義足を作り、彼女が普通の純人間の学生として生きて行けるよう手助けした。
しかし輝血が与えた義足は、彼女を理不尽に排そうとする世界から守る盾であると同時に、自らを閉じ込める牢獄という側面を形作っていっていた。
それはきっと、円凧 水仙の心の底に義足で作り出した偽りの純人間の姿の自分では無く蛸と純人間の半亜人としての姿を受け入れて欲しい思いがあったからであろう。
そんな彼女が鳥花達に真の姿を晒したのは賭けだったのかもしれない。
苺などには救世主など信用しないという態度を突き通していたがその反面輝血が信じた相手ならば、自らを受け入れてくれるのかもしれない、そんな不器用な希望を抱えていたのだ。
そして、その結果は..............
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「忌み子、ですか。だから何かありますか?」
「へぇ、私魚人族と純人間の半亜人よ?しかも蛸と純人間の間で醜い醜い子だけど?」
円凧水仙は不器用である。
この様な状況になって、半亜人としての自分を受け入れてもらえそうなのに、自分から遠ざけるような態度を取る。
しかしそれすらも、今まで彼女が受けてきた迫害による人間不信の裏返しなのかもしれない。
忌々しそうに自分の蛸足の一本を持ち上げ、見上げる水仙に、鳥花は何てことないように、それが当たり前の事かの様に言った。
「生まれた形や経緯なんて関係ない。重要なのはどう生きたかだ、その点で言えば貴方は鬼灯と俺を助けてくれた。信用する理由なんてそれで充分だろ?」
頬をポリポリと掻きながら答える鳥花の姿を見て水仙は持っていた蛸足の一本をポトリと落とし、声を上げて、大きく笑った。
「なにか可笑しい事でも言いましたかね?」
「いやっ....貴方道徳の教科書に書いてありそうなこと滅茶苦茶真面目な顔して言うからっ、可笑しくって.....あ、馬鹿にしてるわけじゃないのよ!?むしろ、そう言ってもらえて嬉しいわ」
突然笑い出した水仙に珍しく困惑の表情を浮かべる鳥花に水仙は「気にしないで」と一言伝え、一通り笑い終えた後、落ち着きを取り戻すと二人でプールの奥に仁王立ちで構える操舌に向き合った。
「つまる所....協力して貰えることで良いって事ですか?」
「ま、そういう認識で良いわ。さっさとアイツ倒して苺に謝らなきゃいけないし、私のプールを失くした罪を償わせなきゃ」
水仙のウインクに鳥花は笑って返し、ポケットからチップを取り出し、先程解除された戦闘態勢に再び移行した。
「.......話は終わりか?だが二人一緒に来たとて変わらん!」
操舌は再びクナイを両手に6本携えると、空になったプールの底が少し砕ける程踏み込み、鳥花と水仙が待ち構えるところに飛び込んできた。
「『虚像回想』」
こちら向かってくる操舌を迎え撃つ形で鳥花は走り出し、メモリーチップを空中に投げる。
その後手元に真実を告げる剣を出現させ、チップを叩き切り、叫んだ。
「『情光武装』!」
チップからあふれ出した青い鳥たちは鳥花に吸い込まれていき、腕、足、頭、そして胸当ての順に装備していき、最後に残った一匹の鳥は蒼剣に吸い込まれ、その柄に稲妻と鳥の文様を刻む。
完全に武装を終えた鳥花は操舌と接触する前に剣をプールの底に突き刺し、爆破させる。
「何をするつもりだ!?」
剣が爆発したことでコンクリートが破壊され、瓦礫が宙を舞う。
鳥花はそのいくつかを操舌に蹴り飛ばし、鳥よりも早く、頑丈な飛び道具として利用する。
「『言の葉......ぐぁっ!?」
飛んできた瓦礫を避ける為魔法陣を出現させようとした操舌だったが、隣から飛んできた水色の物体に顔面を弾かれよって阻まれることとなった。
そのせいで鳥花が飛ばした瓦礫をもろに喰らう事となり、後方に吹っ飛ばされる事となった
「........これが私の『円環の海』よ」
─────円環の海
円凧水仙が発現した虚であり、その能力は水仙が純人間ではないため鳥花や操舌に比べ特段強いものでは無い。
かくして能力の概要は”円凧水仙が作り出した円の形をなぞった薄い水の膜を生成し、それを圧縮、弾丸として飛ばす”というとてもシンプルなものである。
水弾の威力、大きさは作り出した円の大きさに比例するが、基本的には水仙が片手で作った円でコンクリートを少し削るレベルのものである。
しかし発動するまでの動作や手間を鑑みるに、意識一つで鳥を飛ばして爆発させたりする鳥花達純人間の虚には威力、使い勝手の点で確実に劣ってしまう。
そんな文面だけ見るとあまり強くは感じない虚、『円環の海』だが、共に戦った虚使いの木五倍子輝血は大変高い評価を下していた。
─────僕が思うにアレの本気を捌き切る虚使いの方が少ないよ?
その本気とは、ここまで散々話題にされてきた水仙の体が関係してくる。
「輝血先輩お墨付きの私の本気、見せてあげる」
そう言ってニヤリと笑う水仙は八本中六本の脚を大きく上げ、背中近くまで持ってくると、うまく足を捻って吸盤が付いている側を操舌に向けた。
残る二本の脚で身体を支え、目を薄め、狙いを澄ますと呟いた。
「『円環の海』......『全弾装填』!」
円凧水仙の虚、円環の海は水仙が作った円ならばそこを銃口として認識し、能力を発動できる。
そして、円凧水仙の脚に付いている無数の吸盤、その全てが能力の対象である。
蛸の魚人族の脚一本に付いている吸盤の数は平均200~300程度、そして彼女が使う脚の数は六本、合計すると1200~1800近くの銃口から絶え間なく放たれる水のマシンガンは直線状にあるコンクリートを0.1秒もかからず砂に還すことが出来る。
それが人体となるならば、更に容易く、悲惨な結果になるだろう。
「ぐあぁっ!?」
間一髪で避けた操舌だったが、右足だけ避け損ねたことで掠ってしまい、苦痛に悲鳴を上げる。
幸い血は出なかったと足元を見るが、そこには皮膚どころか肉を削がれ、骨を外気に晒す哀れな姿となった自分の右脚があった。
血が出ていなかったのではない、かすった瞬間あまりの威力に血ごと全て洗い流してしまったのだ。
「は....は、馬鹿な?蕪野鳥花の他にこれほどの虚使いが居るなど聞いていないぞ!?」
「ま、アンタらの前で本気出したことなかったし」
冷たく言い放つ水仙の瞳には一切の緩みなく、再び機械的に先程とった体勢に移行すると再び言った。
「『全弾装填』」
「...........クソ!『言の葉の円陣』!」
ヤケクソ気味に自らの虚を発動させる操舌は手を水仙の方では無く、即座に追撃を仕掛ける鳥花の前にかざした。
「『”蕪野鳥花”よ、水弾の中に”突っ込め”』!」
後が無いゆえに大量虚力をつぎ込んだのか出現したのは今までの魔法陣とは比べ物にならないほどの大きさ、踏み出した鳥花がいくら体をよじろうとも確実に触れる距離であり、回避は不可能だった。
「俺がやられるくらいなら貴様も道連れだ、蕪野鳥花ァ!」
負けを確信しつつも鳥花を道連れに出来る事を喜び、高らかに笑うそれは確実に卑怯者の笑顔だった。
水仙も急いで銃撃を止めるが、既に放たれた水が消えるわけでは無く、魔法陣に全身から突っ込んだ鳥花は虚により体を操られ、水弾の中に..............
「は?」
突っ込まなかった。
鳥花は涼しい顔をして魔法陣を通り抜け、そのまま操舌を殴りつけ、逆に彼を水弾の中に放り込んだ。
水仙の出した攻撃に下半身を飲み込まれた操舌の悲鳴は水流と共に押し流され、後にプールの中に転がったのは両足ズタボロになり、立つことも出来なくなった男だった。
「...........偽名、だったのか」
「俺は”虚”使いなんでな。虚だけじゃない、嘘という名の虚構すら使いこなして一人前だ」
地面に倒れ伏す鳥花は冷たく操舌を見下ろし、完全に無力化するため、クナイを奪おうとした。
その時だった
「見事だ、蕪野鳥花」
空から聞こえてきた声に鳥花は聞き覚えがあった。
透き通り、耳の中を通り抜けていくような綺麗な声のハズなのに、胸に突っかかって巻き付き様な、そんな不気味な声。
「お前は、昨日の..........!」
そこにあったのは上空に太い植物の茎を伸ばし、その上に立つ”豊穣のウリエル”の姿だった。
突如現れた強敵の存在に鳥花は戦闘態勢を取り直し、水仙の方にもその旨を伝えようと振り向くと、そこには既に足や胴体を蔦で貫かれ、青い血を流しながら気絶する水仙の姿があった。
「な...............!?」
音は一切しなかった。
何か植物を操るような予備動作も、なんなら植物が動いた瞬間も鳥花は目撃していない。
否、あまりの植物の速さと操作の正確性故、”見えなかった”のだ。
「安心してよ、その子は寝てるだけだから」
声の位置は上空から耳元に変わっており、驚きながら隣を見るとそこには倒れていた操舌を人一人入る程の巨大な白色の花の中に放り込むウリエルの姿があった。
白色の花は操舌を取り込むとまるで肉体を食すようにバクリと蕾を閉じた。
「そんなに力を入れなくて良い。こう見えても私はキミを気に入っているんだ、蕪野......いや、”瑠璃菊” 鳥花君」
「その名、どこで知った?」
「どこも何も、この名を知っている人物なんて、君も知っての通り一人しかいないだろ?」
「お前.....瑠璃菊飛燕と会ったのか!?」
鳥花は拳を強く握りしめ、額には汗を滴らせながら目を見開きながら声を荒げ、今まで鬼灯や水仙が見た事の無いほど取り乱していた。
「良いねぇ、その偽物の瞳の奥からでも分かる強い殺意と憎悪!そんな君から放たれる虚力は一体どんな味がするのかなァ..............?」
赤く染めた頬に両手を当て、涎を垂らしながら硬骨の表情を浮かべ、空を見上げるウリエルの姿は傍から見れば変態そのものだった。
「質問に答えろ!」
鳥花は目の前の敵の不気味さと行動の異常性に内心困惑しつつ、真意を見定める為、真実を告げる剣を向ける。
「ん~まぁ会ったと言えば、会ったのかな?うん。招待状も、貰ってきたしね。ハイこれ」
ウリエルは白い一枚のカードを鳥花に投げつける。
それをキャッチした鳥花はそこに書かれている内容に思わず眉をひそめた。
「...........4月28日、夜11時に高田コンビナートで待つと書かれているが、何の冗談だ?」
「冗談も何も書かれている通りだよ、君のお兄さん、瑠璃菊飛燕がその日そこで君を待っている。それ以上でも、それ以下でもないよ!」
怪訝な表情を浮かべる鳥花とは対照的に両手を大きく広げ、頬に人差し指を置いて何が不満なのかと言わんばかりに体をうねらせながら明るく言葉を繋ぐウリエルはその場の空気にあっておらず、鳥花もその姿に若干の不気味さを感じていた。
「何が目的だ?」
「隠すのも面倒だし話してあげるよ。私はキミの黒い虚力が欲しいだけだよ」
「俺の、黒い虚力.......?」
鳥花の疑問を待ってましたと言わんばかりにウリエルは嬉々として説明を始めた。
「私の虚、『豊穣の光』で生み出す植物は人間の虚力を食って成長する」
そう言ってウリエルが指をパチリと鳴らすと先程操舌を取り込んだ花が白から青色に変色していき、蕾から再び花開くとその中央には魔法陣が描かれていた。
「咲く花は成長する過程で吸収した虚力によって左右される。そして、私はキミの黒い虚力が欲しいと言った........」
ウリエルの願いは種たちが秘める可能性を存在する限り観察し、全てを知ることだそうだ。
そしてその過程で様々な虚力を秘める者たちを花に取り込んできたらしく、ヴァルキリアに所属するのは外では見られないような様々な種類の人間を見れるからだそうだ。
「瑠璃菊鳥花、私はキミのような人間を見たことが無くてね。どうしても興味があるんだ.........」
ウリエルは左目の黄金の三白眼に血走らせ、興奮した様子で言った。
「全てを血のつながった兄に奪われ、ドス黒い泥のような殺意と憎しみを抱えた弟が、その復讐を果たした瞬間に生まれる感情......そこから溢れた虚力で育った私の種は一体どんな花を咲かしてくれるのかがね」
ウリエルはつまらなさそうに操舌を取り込んで咲いた花を眺め、それを他の花の蔦で貫き、花弁を散らすと少しづつ歩み寄り、息がかかる距離まで鳥花に顔を近づけ、言った。
「きっと、私が見たことも無いような、素敵な花なんだろうね.........!」
鳥花の視界一杯に広がった美しく、吸い込まれそうな黄金の三白眼は大きく見開き、笑っていた。
ウリエルは震える鳥花の喉に付きつけた蔓を彼の手に移動させ、いつの間にか落としていた真実を告げる剣を握らせると、再び鳥花の目には捉えられない程のスピードで移動し、気づけば元の場所に建っていた。
「君の願いが..........兄殺しが果たされるその日を、楽しみに待っておくよ」
そう言い残したウリエルは鳥花がふとした瞬きの間に姿を消し、空になったプールの中には眠る水仙とその場に立ち尽くす鳥花だけが残っていた。
鳥花は自分が呼吸を忘れていた事を思い出し、空気を大きく吸い込み、空になりかけていた肺に酸素をめいいっぱい入れると、攻撃を受けた水仙の元に歩き出した。
しかし、背中から服の裾を引っ張られる感覚を覚え、振り返るとそこには紅い瞳を小刻みに揺らす鬼灯の姿があった。
「.........あ、鬼灯さ─────
「ねぇ」
鬼灯の低く、懐疑心と困惑に満ちた、一声が鳥花の胸を刺した
「鳥花君が、飛燕兄の弟って、ど、どういうこと?何で黙ってたの?」
「それは─────
「それだけじゃない」
鬼灯の小さく、震える、服の裾を握る手と、深紅の瞳が鳥花を捕らえた
「飛燕兄を殺すのが、君の願いって............どういう、こと?」
鳥花が手から蒼剣を落として地面のコンクリートにぶつかった鋭い金属音が、鳥花の耳に遠く、響いていた




