記録5 言の葉の円陣
目の前に転がる小さな体は、弱い自分を庇ったせいで横腹に深い傷を抱えていた。
「早く、逃げるんだ....!」
自分達よりずっと弱っているくせに、それでもなお、自分の心配をするだなんてここまで来たら愚かと言っても差し支えないだろう。
しかし、その愚直なやさしさにこそ、自分たちは惹かれ、付いてきたのだ。
「輝血先輩を置いていけるわけ無いじゃないですか!」
「僕は、もう......」
結局、この時も、躊躇などせず、最初から自分の”ありのままの姿”をさらけ出して戦っていれば目の前の少女はこのような目に遭わなかったと思うと、腹の底からやりきれない自分への怒りと悔しさが湧き出てきた。
しかしそのような感情が湧き出た所で目の前の窮地が変わることは無い、背後に迫る植物たちは一切の勢いを緩めず、この場の全員を串刺しにして殺そうと躍起になっていた。
「ヴァルキリアに入らなかったことを、地獄で後悔するが良い!」
全方位からの攻撃、左右どちらだろうが飛び上がろうが関係の無い不可避の攻撃、最早ここまでかと円凧 水仙が覚悟した時だった。
隣から苺の必死な声が聞こえてきた。
「走れ!水仙!」
事前の作戦で仕掛けていた爆弾がさく裂し、植物の茎を焼き払ったことで間一髪貫かれずに助かったのだ。自分がまだ生きていることに気が付いた水仙は何も考えず木五倍子 輝血の小さな体を抱え走り出した。
自分の腕の中で少しづつ弱っていく輝血に耐えがたい罪悪感に苛まれながら敵から必死に逃げる、そんな地獄の逃走劇を、円凧 水仙は毎夜毎夜夢に見るのだった。
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二日連続で学校で襲われることになるとは鳥花も夢にも思っていなかった。
あれは苺と握手を交わした直後の事だった。鋭い音共に窓ガラスが割れ、“奴”が入って来たのだ
「昨日ここらでウリエル様の分身体がやられたと聞いたが、どうやら本当だったようだな」
どこに仕掛けられていたのか分からないが、どうやらオカルト研究部教室の中が既にコロドの中へと繋がる道が設置されていたらしく、全く気が付かなかった。
「全員伏せて!」
窓を割って入ってきた男は口元を布で覆っており、全身も黒一色で固めるといった忍者のような男だった。
そもそも校舎で言えば三階にあるはずのこの教室に窓から入っている時点で普通の人間ではない事が確定している。
遅れた一手を取り返す為鳥花は素早く鳥を出現させ、牽制の意味を込め、自爆突撃をさせる。
鳥花の狙い通り鳥は忍者男の顔面に命中.....しなかった
「”鳥”よ、『堕ちろ』」
忍者男が小さくはなった言葉と共に鳥の進路上に現れたのは小さな魔法陣、そしてその上を鳥が通過すると同時に机に叩き落され、耐久限界を超えた鳥は粒子となって消滅した。
「何をした....!?」
目の前の正体不明の虚に困惑する鳥花を見て攻め時を確信した忍者男は腰から抜いたクナイを構え、こちらに突撃してきた。
「ここは俺に任せろ!」
そう言って飛び出していったのは鳥花では無く苺だった。
「苺さん!アンタいくらガタイが良いからってそれは無茶だ!」
急いで苺を止めようとする鳥花を後ろから襟首を掴んで制止したのは水仙だった。
「ここはアイツに任せて、新参者は黙って見てなさい」
そう言われ、思わず立ち止まる鳥花が目にしたのは苺の人間の肌がみるみるうちにケラチンで出来た硬質の緑色の肌へと変化していく様だった。
「珍しい、貴様トカゲの獣人の半亜人か!」
クナイを軽く硬質化した腕で受け止めた苺はその太い腕で忍者男を掴み、投げ飛ばそうとした。
「しかし、貴様の様な虚も使えぬ獣に拙者は負けんよ。『言の葉の円陣』」
忍者男は口元に巻いた布を解き、口を開くとその中に隠していた禍々しい舌を露にした。
「何あれっ.....!?」
それを見た鬼灯が思わず小さな悲鳴を上げる程恐ろしい舌は純人間の物とは思えぬほど長く、至る所に”何かを縫いつけた跡”だらけで、中央には大きくバツ印が掘られていたのだ。
「”冬木 苺”よ、『空に吹っ飛べ』」
直後苺の足元に出現した魔法陣を苺自身が踏んだとたん、凄まじい轟音と苺が何かの力で上に持ち上げられ、そのまま天井を突き破って忍者男の言葉通り空まで吹っ飛んで行ってしまった。
「あの高さは不味い!『虚像回想』!『情光武装』!」
鳥花は一通り飛んだあとここに向かって自由落下し始めた苺を受け止める為、雷鳥装甲を展開し、装着、身体能力の底上げを図る。
その様子を見て鬼灯もリボンに手をかけるが、鳥花が口を開いた。
「やめろ鬼灯さん!!!”後”を考えろ!」
鬼灯はハッとしたような顔つきでリボンから手を離した。
彼女自身苺を助けようと反射的に吸血鬼の力を解放しようとしていたのだろうがここには鳥花だけでは無く何の事情も知らない部外者が2人も居る。
鳥花にバレても大丈夫だったことで感覚が少しマヒしていたのだろうがこの二人が秘密を守ってくれる確証などどこにも存在しない、その事を思い出し鬼灯は奥歯で苦虫を嚙み潰したような表情で一歩退いた。
「他人の心配よりも己の心配をしたらどうだ?」
苺を受け止めようとする鳥花を馬鹿正直に忍者男が待つ訳も無く、先程苺によって叩き落されたクナイを拾いなおし、一切の容赦なく鳥花に向ける。
「来い!『真実を告げる剣』!」
虚空から呼び出すは鳥花の相棒にして最強の蒼剣。
敵の正体を未だ把握しきれていない事鳥花は保険として事前に剣を振るおうとする逆方向に鳥を飛ばし、その状態でこちらへ真っすぐに突っ込んでくる忍者男に剣を振るった。
剣のじっと見つめた忍者男は再び口を開き、謎の虚を発動した。
「『言の葉の円陣』、『”真実を告げる剣”よ、主を”貫け”』」
鳥花の真実を告げる剣が行く先に出現した魔法陣に剣が触れた、その瞬間だった。
鳥花の手元に吸い付くように彼の意思に付き従っていた剣が謎の力を持ち、鳥花の手を抜け出すと自ら鳥花の方を向き、彼の右肩を貫いたのだ。
その隙に忍者男は隣から迫る鳥をクナイで破壊し、蒼の粒子に還すと鳥花の方を向きなおした。
「馬鹿なッ.....!?」
自らの武器の予想外の行動に虚を突かれた鳥花は目の前に迫るクナイに対処できず、忍者男に喉元を貫かれそうになった時だった。
視界の端から、細い水色の閃光、それこそ彗星のような何かが迸り、迫るクナイと忍者男を弾き飛ばした。
「───っありがとうございます!水仙さん!」
「礼は良いから、早く!」
鳥花は真実を告げる剣と下半身のアーマーを消し、その分のリソースを全て腕に回して上空から降ってくる苺を受け止めることに全集中を注ぐ。
「ぐっ.....!!!」
間一髪、苺を受け止めることに成功したが、元々の質量に加え重力加速度も相まった苺の衝撃は凄まじく、鳥花は地面を突き破り、3階から1階まで落下してしまった。
「はぁっ、はぁっ......大丈夫ですか、苺さん」
「ありがとう、君こそ、大丈夫なのか?」
腰を痛そうにさすりながら地面に座り込む苺の手を取り、立ち上がる手伝いをする。
「二人とも大丈夫!?」
声がした方を見上げると教室に空いた大穴から瓦礫と瓦礫の間を器用に飛び移って下まで降りてくる鬼灯とそれを急いで追いかける水仙が居た。
二人も衝撃に巻き込まれたのではと一瞬不安に感じたが杞憂だったらしい。
「致命傷は受けてない、ただ今の衝撃でアーマーが殆ど砕け散ったから自己修復に少しだけ時間がかかる」
「それなら取り敢えずここは退くわよ、学校じゃあ入り組んでて戦いにくい事この上ないわ」
その言葉を聞いた全員は水仙の案内に従って体育館まで走り出した。
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体育倉庫に隠れることにした一同だったが、その空気は何故か暗く、陰鬱だった。
鳥花と鬼灯が倉庫の隅で黙って黙々と装甲を修復している中、怪訝な顔つきで口を開いたのは先程一度は鳥花を助けた水仙だった。
「..............ねぇ苺、本当にこの子たちが輝血先輩を救う二人なの?」
「急にどうしたんだ、水仙」
水仙が放った暗く、重い疑いの一言は場の空気を悪くするには十分だった。
「あんな虚使いにも手こづって、その程度の強さで輝血先輩をあんな風にした”アイツ”を倒せるの?」
「それは......いや、今はそんな事を話している場合では.....!」
「話題をずらさないでよ!元はと言えばあの時苺が受けたからっ!」
水仙が上げた怒鳴り声に一瞬場が静まり返り、天井の薄暗い照明が揺れ、苺の顔を陰で覆い隠す。
その間どのような顔をしていたのかは誰も知らないが左右に揺れた照明が次に照らした彼の顔は疲れており、その中には深い悲しみに似た絶望が籠ったような、そんなひどい顔だった。
「.....あ、えっと、私、そんな事言うつもりじゃなくて...」
一度口から外に出た言葉は戻らない。
その言葉を象徴するように水仙が自らの零した言葉の醜さに気づき、口を後から手で覆ってもそれはあまり遅く、苺は「はぁ」と一息溜息を着くと、水仙に”頭を冷やしてこい”と目を見ず、冷たく一言言った。
「..........ごめん、苺」
そう一言残して水仙はどこかおぼつかない足取りで立て付きの悪いドアをこじ開け、倉庫の中から去った。
「.............助けてもらった分際で、申し訳ないな」
倉庫内に収納されている跳び箱に腰を掛けた苺は、先程までだんまりを決め込んでいた鬼灯と鳥花に一度平謝りし、自分たちに何があったのかを話し始めた。
主に、何故水仙が鳥花達を拒絶するような態度を取るのか、その理由を。
「俺たちが少し前、敵の虚使いとの戦いで輝血さんが毒を受けて再起不能になった話はしたよな?」
「それは聞きましたけど、さっきの戦い慣れぶりを見るにもしかして日常的に虚使いと戦っていたんですか?」
「まぁな、俺たちは記録者にも、ヴァルキリアにも所属しないフリーランスの虚使いとして輝血さんの手伝いをしていたんだ」
曰く彼らはオカルト研究と称してコロド専門の人探しや護衛の依頼を受けていたそうで、鳥花とは会わずともこの町を守ろうとする虚使いの一人だった。
「今思い返せば、怪しい依頼だったんだ....」
そんな風に3人で営んでいた彼らの部に舞い込んできたのは一見何の変哲もない依頼だった。
内容は猫探しと言った普段の受けている依頼内容に比べれば可愛いものだった、勿論彼らは断る理由も無かったので快諾し、猫が居なくなった地点に向かったそうだ。
しかし、そこには罠が仕掛けられていた。
「あのヴァルキリアだったか、アイツらにとって俺たちは気に入らない存在だったんだろうな....」
向かった先に待ち構えていた虚使いの強さは凄まじく、苺達は一瞬の間に組み伏せられ、窮地に陥った。
そしてその激戦の中、輝血が致命傷を受けることとなった決定的な瞬間があったのだ。
「あの時、水仙は本気で戦えたが、戦わなかった。いや、戦えなかった」
どうやら水仙は本気さえ出せば凄まじい強さらしく、苺の見立てが間違っていなければその強力な虚使いにも対抗できるほどの確かな実力を秘めているらしい。
しかし彼女自身の事情があり、それを出し渋っていたそうだ。
「そして徐々に追い詰められて、水仙が奴の攻撃をもろに食らいそうになった時に、輝血さんが水仙を庇ったんだ」
「.......その時の一撃がきっかけで目を覚まさずにいると」
「あぁ、水仙は特に崇拝に近いレベルで輝血を慕っていたからな、水仙はそれを負い目に感じて、自分が責任を取らなければと躍起になって一人で倒そうとしてるんだ。だから協力しようとする君達を拒絶したんだと思う」
確かに自分で責任を取らねばとそれしか頭にない状態で横から知らん人物が協力を申し出ても素直には受け入れづらいかもしれない。
それまでの水仙の行動を一つ一つ思い出していた鳥花の横から鬼灯が一つの疑問を苺に投げかけた。
「その本気を出せないってのはどういうことなんですか?」
「それは説明すると長くなるんだが......」
苺が言葉を詰まらせた直後だった
「そんな話をしているとは、ずいぶんと余裕だな」
忍者男は音一つ立てず部屋に侵入してきていた、そして慣れた手つきで口元の布を解き、懐から小さなボールのようなものを取り出した。
「”爆弾”よ、”発火しろ”」
爆弾だったそれの導火線に青い魔法陣が出現するとに火が灯り、周囲のすべてを吹き飛ばさんとする。
「”忍 操舌”よ、”外へ吹っ飛べ”」
忍者男自身の腹部に青い魔法陣が出現すると、忍者男は凄まじい速度で吹っ飛んで窓から外に離脱し、倉庫内に残ったのは呆気にとられた三人とそれを丸焦げにしようとする爆発寸前の爆弾だった。
「俺の後ろに隠れろ!」
苺はこの場の三人の離脱は不可能と判断し、自分自身を肉盾とする判断を下す。
勿論鬼灯と鳥花が易々と承諾するはずも無かったが、そんな意思を尊重する暇もある訳が無く、苺は二人の制服の襟首を掴み、自分の背中側に回した。
「苺さん!」
直後、鳥花の叫びを一瞬にしてかき消すほどの衝撃と閃光が迸り、視界を白一色に染め上げる。
黒煙が晴れ、鳥花が目を開けるとそこにはシャツが焼け落ちながら、想定よりも傷が少ない苺が立ち尽くしていた。
隣を見るとそこには昨日見せたリボンを解き、吸血鬼の力を解放した銀髪の姿の鬼灯が立っていた。
「力を、使ったのか?」
「うん、鳥花君たちは見えなかっただろうけど、血の壁を作って炎と衝撃を和らげたの」
一瞬他人の前で吸血鬼の力を使ったことを咎めようとも思ったが今回ばかりは鬼灯の判断が正しいと理解した鳥花は鬼灯にリボンを貸すよう言い、他の誰かが来る前に急いで髪を結ってあげた。
「苺先輩は.....?」
鬼灯の髪を結って人間の姿に戻した後、苺の様子を確かめると口から泡を流し、立ったまま気絶している様だった。
「この感じ....うん、多分光を直接見て気絶しちゃってるね」
「分かるのか?」
「うん、昔少しだけ医療に携わってたから」
そんな鬼灯に従って苺に応急処置を施した鳥花は鬼灯と話し合った結果水仙を探すことにした。
爆発の影響で壁、天井共に鳥花たちのいるところを残して吹き飛んでしまった倉庫の周囲を見回しても先程の忍者男も姿を消しており、ひとまずは水仙の安全を確保しようという事となった。
「苺先輩はしばらく起きないだろうし....ここに寝かしておこっか」
「あの虚使いに狙われないかだけが心配だが....それより先に俺達が倒せば良いだけか」
どうやら先程出て行った水仙は思ったよりも遠くに行っていたらしく、鳥花たちの捜索は難航することとなった。
体育館の中、元居た教室、校門と次々巡って行ったが、そのどこにも彼女の姿は無く、時間だけが過ぎて行った。
オマケにあれほど何度も顔を出していた忍者も姿を消し、状況は停滞しようとしていたその時、鬼灯が新たな提案をした。
「もう一回だけ吸血鬼の力使っちゃダメかな?」
「急にどうしてだ?」
「さっき鳥花君が苺先輩を受け止めたでしょ?その時に瓦礫が舞って水仙先輩の肌を斬って少しだけ血を流したの。その時の血の匂いが特徴的で、多分今吸血鬼の力を使えば辿れる気がするの」
鳥花は考える。
ここで吸血鬼の力を使えば水仙は見つかるかもしれない、しかしその一方でそれは誰かに、それこそ探している水仙にバレてしまってはかなり面倒になる。
だがここで探すまでの時間が長引けば彼女自身の安否、ひいては苺までも危険に晒される可能性が増える。
この二つの選択を天秤にかけ、長考の末に鳥花が下した判断は鬼灯の力の使用に許可を下すものだった。
「この状況、水仙さんがあの男にやられてしまえば人間への道も遠のく、それは逆説的に教会から逃げなければいけない時間が増える事になる。それを含めて考えたら貴方の力を使って確実に水仙さんの安全を確保する方が得策だろう」
「分かった!じゃあちょっとだけ使うね」
そう言って結っていたリボンを解いた鬼灯は吸血鬼の姿へとその身を変化させると、目を瞑り、耳を閉じる形で他の感覚をシャットアウトし、嗅覚に集中を向ける。
しばらくすると鬼灯は紅の瞳を開き、ひとたび何かが決まったように走り出した。
「居場所が分かったのか!?」
走り出した鬼灯を急いで追いかける鳥花の問いかけに鬼灯は特徴的な血の匂いが体育館の隣の方からすると答えた。
「というか、そんな人によって違う血の匂いとか分かるのか?」
「純粋な吸血鬼は知らないけど、私は普段分別付かないよ」
「ならどうして水仙先輩のは分かるんだ?」
「あの人の血の匂い....普通の人も金属みたいな匂いがするんだけど、特に水仙先輩からはその刺激臭が強くて”銅”みたいな匂いがしたんだよね」
そんなピンポイントで銅などと分かるのかと突っ込みたくなったが、ぐっと飲みこんで共に走った。
走る鬼灯を追って辿り着いた場所はプールであり、案の定その中央には制服を着たまま仰向けの体勢で水上にぷかぷか浮かぶ水仙が居た。
吸血鬼の姿を水仙に見せる訳には行かない為、髪を結ってから来いと言い聞かせ、一足先に鳥花がプールを囲うフェンスを飛び越え、水仙の元に行った。
「……水仙さん、無事で良かったです」
「急にどうしたのよ、苺に呼んでこいとでもいわれたの?」
やって来たのが苺では無く鳥花だと分かった水仙は先程同じような怪訝な表情をし、そっぽを向いた。
「いいえ、俺達の判断です。それと苺さんは先程爆発から俺達を庇って今は気絶しています」
「ハァ!?苺が!?アイツは無事なの!?」
先程までそっぽを向いていた水仙は取り乱し、体制を崩し、そのまま水中に姿を消した。
それからしばらくすると大慌てでプールサイドまで泳ぎ、上がると鳥花の正面まで歩いてきた。
「安心してください、命に別状はありません。だけど早く敵の虚使いを倒さなければ厳しい状況に変わりはありません」
「早く倒さなければならないって………」
「貴方の力を貸してほしいんです」
鳥花が水仙を探す判断を下した目的は単なる安否確認だけでは無かったのだ。
しかし、その提案を濡れた髪を絞りながら聞く水仙は眉間にしわを寄せ、鳥花から目をそらし続けていた。
「恐らくだが、俺の力ではあの忍者の虚使いを倒すのは難しい」
ここまで2度鳥花一行の前に現れ、襲撃を仕掛けてきた忍者の虚使い。
その虚の正体について、鳥花は粗方見当がついていた。
「あの男の虚、恐らくだが名を呼んだ物の動きを操る魔法陣を出すといった物です。近接戦闘が主になる俺が一人で相手取るのは少々厳しいものがあります」
「私が協力すれば、勝てると?」
「先ほど飛ばした彗星の様な一撃、それこそ”本気”を出して頂けば確実かと」
鳥花が勝機を見出したのは先程の爆弾による襲撃の際忍者男が取った行動からだった。
先刻鳥と真実を告げる剣と鳥による同時攻撃を仕掛けた際、忍者男は剣に対する魔法陣しか出現させなかった。
あの時真実を告げる剣に鳥花を貫くよう命令を下したように、鳥に同じ命令を下せば確実に鳥花に致命的な一撃を与えることが出来たはずなのに、忍者男はそれをしなかった。
そこから導き出せる予想は......
「あくまで俺の仮説ですが、忍者男は同時に複数の魔法陣を出現させれない」
「それが何になると?」
「俺の鳥、真実を告げる剣、そして貴方の攻撃を組み合わればアイツに防御不可の攻撃を与えることが出来と俺は考えています」
鳥花の言葉に初めて水仙は彼の瞳を見た。
彼女は再び何か言いがかりをつけて、協力を拒もうと考えていた。
しかしそれは彼の強く、真っすぐな視線に怯んだことで現実にはならなかった。
「最初、襲撃が起きた時、貴方は力を使う事を出し渋っていましたね?」
「...........分かっていたの?」
「えぇ、俺は元来人のブレイズを見れる特殊な”眼”を持っていますが、あの時貴方が脳から生成した虚力と使用した虚の量が釣り合っていなかった。そしてその現象は虚を発動しようとして直前でキャンセルした際にしか起こらないものだ」
「何もかもお見通しって訳ね....」
水仙は呆れたような、はたまた諦観に近いため息を零し、素直にその事実を認めた。
そして髪を少し整えたあと、シャツから水滴をポタポタ零しながら立ち上がると、再び鳥花から目を逸らして低く重い声で言った。
「別に協力するのは構わないわ、だけど本気を出すかどうかの話は別よ」
「何か代償でもあるのですか?」
水仙が本気で力を使わない理由に関して鳥花の心辺りにあったのは虚の代償だった。
一部の虚にはあまりの力の強さ故に発動に虚力だけでは足りないため、虚使い本人から体の一部や、小さいダメージと言った形で能力の発動に対価、文字通り力を使う代償が発生するものがある。
その事実を鉄線から昔聞いていた鳥花は水仙が何か代償付きの虚を抱えているのではないかと考えていた。
もしそうならば力の使用を強要することはやめるつもりだった。
しかし先程一瞬発動した虚を見るに、代償を奪われている様でも、それこそ代償を支払うほどの強さが見受けられなかったので確定が出来ず、ここで問いただす必要があった。
「見方によってはあるとも言えるけど、恐らく貴方がイメージするようなものでは無いわ」
「俺がイメージするようなものでは無いとは....?」
鳥花が顎に手を当て、再び熟考に浸りかけた時だった。
「ほう、あの爆発に巻き込まれて生きているとは大したものだ」
「っ!お前は........!!」
最早三度目の襲撃となると聞きなれたその声に鳥花はすぐに構え、チップを右手に携えると忍者男の姿を探す。
しばらくすると水仙がプールの真上、上空を指をさし、鳥花がそこを見ると忍者男が何かを手に持ち、空中に浮く魔法陣の上に立っていた。
「ほう、その様な事をしても良いのか?」
布越しにでも分かるくらい口角を上げ、邪悪な笑みを浮かべる忍者男の手には両手を縛られ口に猿ぐつわを付けられた鬼灯が居た。
「忍者ってかっこいいもんかと思ってたけどコミックだけだったらしいな」
軽蔑交じりに啖呵を切る事しか出来ない鳥花は奥歯をかみしめる。
最悪鬼灯ならあの状態から自分で拘束を破り、スーパー吸血鬼パンチで忍者男をKOできるだろう、しかし水仙の前ではそれは出来ない。
「勘違いしているのは貴様の方だ、蕪野鳥花。忍者とは本来使えるもの全てを使い、忍び、敵の首を討つ外道よ」
鳥花から鬼灯までの距離はざっと目測で8、10m。
再び靴を壊す覚悟で電磁浮遊ジャンプをすれば単純計算で約1.2秒程でたどり着ける距離、しかしそれは装甲を纏う時間を考慮しない場合だ。
走り出してチップを投げて切って装甲を纏うまでの一連の行動を考慮した場合、可能な限りモーションをそいだとて3秒は確実にかかる。
その一瞬の行動に収めたとて鬼灯を奪還できるか、仮に奪還できたとてその後の忍者男の攻撃を防ぎきれるかの壁もある......
状況は圧倒的に不利であり、鳥花は上空に浮かぶ忍者男を睨むことしか出来ず、必死に思考を巡らせながら手足を震わせていた。
「アンタ、鳥花とか言ったっけ?」
ここまで無言でこの状況を俯瞰していただけの水仙が突然口を開き、鳥花は少し驚きつつ、コクリとうなづいた。
「協力してあげる」
「それはありがたいですが....どういう風の吹き回しですか?」
突然の水仙の発言の変貌ぶりに鳥花は懐疑的な視線を水仙に向けるが、彼女はそんな鳥花を見て笑って言った。
「勘違いしないでよね、あの忍者野郎の顔が気に入らないだけよ」
その水仙の言葉と表情に鳥花は、なぜこの少女が苺、そして件の虚使いの木五倍子 輝血とこの町を守って来れたのか理由を瞬時に理解した。
笑う少女の瞳の光はどこかで見たモノ、かつての日一人で何も持ちえず、ただ野垂れ死んでいくのみの運命を歩むはずだった鳥花に手を差し伸べた鉄線に、誰かを理由なく助ける人間の瞳にどこか似ていた。
「何やら話しているが、そちらが動かないのならばこちらから行かせてもらうぞ?『言の葉の円陣』、『”火器女鬼灯”よ、”溺れろ”』」
忍者男は鬼灯の襟を掴んでいた手を離し、鬼灯は出現した魔法陣を通り抜け、そのままプールへと自由落下させていく。
大きな水しぶきをたて、プールに落下した鬼灯は微動だにせず、そのまま水中に沈んでいった。
本来高校生が溺れることのないような深さのプールのハズが鬼灯は忍者男の虚によって、泳ぐことが出来ず、黙って沈んでいくことしか出来なかった。
身体は動かさずとも、口から泡を出し、苦しそうな表情を浮かべる鬼灯を助ける為走り出した鳥花を呼び止めたのは水仙だった。
「鳥花!アンタは忍者男を迎え撃ちなさい!」
「なっ!しかし鬼灯さんは!?」
「アンタのお望み通り私が本気出して助けてあげるわよ!」
水仙は自らのスカートに手を突っ込み、中で何かをいじると、不敵に笑い、言った
「この姿を軽蔑するなら正直に軽蔑いなさい。別に恐れたって構わないけど....あまり私の期待を裏切らないでよねっ‼」
直後、水仙の脚が”割れた”。
比喩では無い、本当に文字通り彼女の脚が縦にパックリ割れ、桃太郎が桃を割って出てきた様に、水仙の人間の脚が割れ、中から本当の脚が出てきたのだ。
「脚が...........!?」
鳥花達が脚だと思っていたのは真実を覆い隠すための偽りの外殻であり、真なる水仙の体を二つの意味で世界から守る物だった。
その2つの外殻から出てきたのは彼女の髪の色と同じ、”赤い”八本の脚。
一本一本が非常に太く、力強さを醸し出しており、その表面には大きさが統一され、整然と並んだ無数の吸盤があり、それが純人間のものでは無く異形の一部であることを強調していた。
「タコと純人間の半亜人だと.........!?」
「あら?海魔と戦うのは初めてかしら!」
─────忍者の首に、八つの魔手が迫る




