記録4 オカルト研究部
「ごめん、ごめんな、ごめん.......」
薄暗い手術室に木霊する男の声は震えており、おおよそそれがただの治療ではない事を表していた。
手術台に寝かせられた少年にメスを持った男の手が伸びる。
(やめて!助けて!)
少年の心の叫びはどこにも届かず、迫りくる恐怖から逃れる為目を瞑ろうにも、麻酔のせいで瞼すら、動かすことが出来ない。
5つの電球が着いた無影灯から放たれる光は閉じることのできない瞳に突き刺さり続ける。
目の前の男の凶行に、叫び声を挙げることも、暴れることも出来ない。
完全に覚醒した意識は逃れようのない恐怖と、目の前の男に裏切られた深い悲しみを、これでもかと少年の精神に刻み込んでいた。
次第に恐怖はなぜ自分がこんな目に遭わなけらならないのかという燃え滾る怒りへ、裏切られたことへの悲しみは、どす黒く、腹の底で渦巻く憎しみへと変わって行った。
そんな風に胸の奥を荒らしのような感情が渦巻いても、地獄は終わらない、伸びた手は耳にに触れ、直後耐えがたい苦痛が少年を襲う。
────る
激しい苦痛の後木霊する声は消え、目の前の男が口をパクパク動かす光景だけが見えた。
そうして少年から■を奪った男は台に血まみれのメスを置いた後、新しい綺麗なメスを取り、そして頭に手を伸ばした、直後脳天に冷たい感触が走って─────
──てやる
もう嫌な血の匂いもしなかった。
■に続き、俺から■■を奪った男は、開いた僕の頭を糸で縫い合わせて閉じ、再び新しいメスを取ると、腕を浅く切りつけ、何か細い、糸のようなものを、慎重に、慎重に取り出した。
─してやる
もう痛みも感じなくなっていて、自分が寝かせられているのかも、分からなかった。
腕、足、腹、背中、その青かった手袋を赤一色にして、少年から■■を奪った男は息が切れており、その目は真っ赤に充血し、肩を上下に揺らし続けていた。
凍え切って動かなくなった手を無理やり動かすように、震えながらその手を次は、瞳に伸ばした。
それだけは嫌だと、やめてくれと、叫ぶが、男には届かない。
やがて手は、右の瞳に直接触れ、心の中を絶叫が埋め尽くす。
右半分の世界が僕から奪われた後、悪魔の手は左へと伸び、そして─────
殺してやる
今にも消えそうな意識の奥底で確かに聞こえた声。
拒絶出来ない目に突き刺さる絶望の光も、聞こえ続けた不快極まりない悔恨も無い、暗いその部屋で男への呪詛を吐き続ける少年はやっと気づいた。
この男はただ、俺を苦しめたかっただけなのだと。
これからの生活に期待を振らませる胸の鼓動も、握り損ねそうになった小さな手も、全部全部、自分の本能が鳴らし続けた警鐘だったのだと。
理解した瞬間、先程一度だけ聞こえた声は一気に大きくなって、頭の奥で止まらなくなった。
========================
========================
ゆっくりと目を開けるとそこは見慣れた天井が広がっていた。
そこは鳥花の住処にして、高田市で密かに人気を誇るカフェ、”酢束”だった。
鳥花は記憶が曖昧だった。記憶は鬼灯と協力を結び、コロドから元の世界に戻ったところで途絶えている。
隣にいた彼女の姿も見当たらず、いつの間にか来ていたボロボロのブレザーも脱がされ、上裸で包帯が巻かれている状態になっていた。
ウリエルに草の根で深く刺された横腹の周りの包帯は出血がひどかったのか大きな血のシミを作っており、先程の戦いが現実であったことを確信する。
そうこう思考を巡らせている内に、おくから聞きなじみのある穏やかな声が聞こえた
「やっと起きたようだね」
救急箱を持って運んできたのは鳥花の育ての親にして、このカフェのオーナーである鉄線だった。
相変わらず28にしては若すぎるその要望に驚きつつも鳥花は彼に質問攻めを行った。
自分は何故ここにいるのか?一緒に居た少女はどうなった?
鳥花の質問攻めに「だぁーっ!」と叫びを挙げた鉄線は、一度鳥花を黙らせた後一つずつ説明すると興奮する鳥花を無理やり落ち着かせた。
「まず一つ、何故ここにいるのか?それは簡単、あの鬼灯って女の子が君をおぶって僕の所まで来たから」
鉄線曰く、鳥花は鬼灯と共にコロドから脱出した後、酢束に向かおうとした瞬間、長時間の戦闘による限界を超えた虚の使用、自覚以上のダメージを受けていた事が祟り、意識を失いその場で倒れたらしく、それを鬼灯がおぶってここまで運んできたとか。
「待ってください、鬼灯さんは酢束の場所を知っていたのですか?」
「それは僕が一向に連絡をよこさない君のスマホに電話をかけまくったからさ、やっと出たら見知らぬ女の子の声がして何事かと思ったら案の定だったから電話で道を教えてここまで来てもらったのさ。」
鳥花は鉄線に連絡を入れなかったことを軽く謝罪した後、鉄線から今日何があったのか尋ねられたので改めて説明した。
勿論、鬼灯が半吸血鬼であることは伏せて。
「熾天使、か」
「俺達、実質勝利したんですよ!」
いつも圧倒的な戦闘力を持つ鉄線に認めて欲しい鳥花はここぞとばかりにヴァルキリアの幹部に勝ったことをアピールし、戦いの様子を少し盛って話した。
一部始終を聞き終えた鉄線は「はぁ」とため息を吐き、分が悪そうに鳥花に最悪の事実を告げた
「随分凄い戦いを繰り広げたようだけど、残念ながら鳥花君、君が倒したのはウリエルの分身だね」
「分身.........!?」
「あぁ、その熾天使は植物を操る虚を使ったんだろう?なら間違いなくそいつは名の通りヴァルキリア最高幹部”豊穣のウリエル”だね。それでもって君にはまだ彼女の最大の特徴を教えていなかっただろう?」
鉄線が話し始めたのは熾天使の一人ウリエルの恐ろしい権能だった。
「彼女は自らの完璧な分身、”種”と呼ばれる植物を操るのが最大の特徴でね............」
そこから鉄線の口から明かされた”種”の情報は恐るべきものだった。
まず一つ、種は出力こそ劣るが本体と同じく問題なく虚を使用することも出来、戦闘は可能。
二つ、種一つ一つが確立した自我を持っており、種同士の情報伝達も遠隔で可能らしく、鳥花たちが戦っていた場面に増援が来る可能性は十二分にあったらしく、早々に逃げた判断は正しかったらしい。
三つ、それは..............
「6分の一?分身体の力が、本体の?」
「あぁ、それであの強さって訳で、記録者側も手こずってるの納得って事さ」
”記録者”、鳥花が所属する正義の虚使いの組織であり、当たり前だが人々の生活を脅かすヴァルキリアとは対立関係にある。
しかしその数はヴァルキリアに比べ圧倒的に劣るものがあり、慢性的な人手不足に陥っている。
「ウリエルに関しては分かりました。それで鬼灯さん、俺を運んだ少女は何処へ?」
「あ、それは治療を奨めたんだけど家に帰るって....」
それを聞いた鳥花は急いで置いてあった白シャツを拾って羽織り鉄線の制止も耳に留めず救急箱を握りしめて酢束から飛び出した。
道行く人々が今にも脱げてしまいそうな白シャツを揺らして街道を駆け抜けていく鳥花に奇異の視線を向けるが、それを一切気に留めず彼は走り続け、気づけば隣町との境界線である川付近まで来ていた。
そこまで来てもう鬼灯はどこかに帰ってしまったのかと周りを見回した鳥花は河川敷を下る鬼灯を発見した。
「鬼灯さーん!」
駆け寄ってくる鳥花の声を聴いて振り返った鬼灯はその紅い瞳を丸くして驚き、怪我は大丈夫なのかと心配そうに尋ねた。
「あー.....鉄線さんに手当てしてもらったから大丈夫。それと治療断ったって聞いたけど、それはダメだよ」
鬼灯は鳥花の言葉に苦い顔を浮かべたあと、自分は半吸血鬼だから自然に治ると答えたが、鳥花に無言で救急箱を手に押し付けられ、折れた鬼灯は大人しく受け取った。
「あ、明日から早速君のお兄さん探しするけど、放課後オカルト研究部に行くからよろしく」
「オカルト研究部?」
「うん、そこにかなり有名な虚使いが居てさ、モノ探しが得意らしくて瑠璃菊飛燕の事を探してもらえないかなって事で尋ねてみようと思ってるんだ」
「それは理解できたけど、結局の所、君が使ってるその虚?ってやつとか、あの紫色の空世界について私よく分かってないんだけど......」
それを聞いた鳥花は驚いた、何故なら異界、”コロド”に入る技術は吸血鬼が作り出した物であり、半吸血鬼である鬼灯はそれを熟知していると勝手に信じ込んでいたからだ。
「良いよ、じゃあこの機会に軽く説明しておくよ」
そうして2人は河川敷の草むらに腰掛けると、鳥花が空中に絵を描くような仕草で説明を始めた。
「コロドってのはさ、この世界とソックリなもう1つの世界なんだよ」
コロドとは、鳥花達が生きる2025年から25年前に吸血鬼が発見した異空間であり、公には公開されておらず、一部の虚使いのみが関わる禁域とされている。
その大きな理由は特殊な道具を使わない限り、虚を使える人間、虚使い以外出入りが出来ないからだ。
そしてその景色は紫色の空に生物以外一切の色彩が失われているのが最大の特徴であり、それ以外は全く現実世界と同じである、加えてコロド内の座標と現実の座標は常にリンクしており、この世界と大きな関係がある事が考察されているが、その認知度の低さと研究者の殆どがヴァルキリアに誘拐、又は殺害されているため不明瞭な事が殆どだ。
「実の所俺もよく分かって無くてね、だから鬼灯さんも今はなんか不気味な異世界程度に捉えておけば良いと思うよ」
「コロドに関しては分かったわ君が使ってたあの力はなんなの?」
「虚か、虚は少し説明するのが難しいな………」
虚はコロドに1度入った人間、又はそれを目にした者が発現する、超常の力。
基本的に感情や想いから発生するブレイズを元に使用することが出来、その効果は発言した人物の心や精神性に大きく左右される。
例えば心の奥底で"傷つくたくない"という思いを抱えてる人間が虚を発現すれば、弾丸を遮るような力になるし、逆に強く誰かを傷つけたいと思えば、相手を怪力で破壊したりするような力が出るのだ。
その様に目視しただけでも発現するという簡単な条件に対し、その内容は今の世界の秩序を壊しかねない物な為、コロド以外で虚を使う事は虚使い同士の暗黙の了解で禁忌とされている
「…………だから俺達虚使いは現実世界で力を使わない」
「私を襲いに来る人がみーんなコロドで襲って来たのはそういう事だったのね。というか、発現する力がその人の心に影響されるなら、もしかして鳥花君は鳥になりたい願望みたいなのがあるって事?」
「いや、どういう訳か俺はそうじゃない」
「他の人と違うって事?」
「そう、違う、俺は生まれつきこの力が使えた。他の虚使いみたいに後から発現したものじゃないんだ」
鳥花の虚、虚像回想は虚として異常な物だ。
普通の虚であれば、1つ鳥を出すと言う力が発現すればその力は鳥が強化されたり、数が増える形で強くなっていく。
しかし鳥花のそれは剣が出せるようになったり、雷が出せるようになったりと、その力の方向性がチグハグであり鳥花自身も自らの力を理解できずにいたのだ。
「俺は俺の力が分からないんだ。あの鳥達とは小さい頃からの友達だし、信頼もしてる。だけどあまりに不明瞭で怖くなる時もある………」
遠くの沈みゆく夕陽をボンヤリと見つめる鳥花の前に鬼灯が飛び出して言った。
「私はその鳥嫌いじゃないよ!だって私をその力で助けてくれたから!」
月明かりのように優しく微笑む少女の言葉に鳥花も礼を返し、自然に笑い返した。
「ありがとう、じゃあ明日はよろしく」
「えぇ、分かったわ。じゃあ私家に帰るから、また何かあったら何時でも来てね!」
鳥花に向かって大きく手を振った少女は振り返ると、河川敷をそのまま下って行き、橋の下に存在していた、打ち立てられた板にブルシートがかかった小屋とも呼べない様な何かの中に入って行った
「…………家に帰るって言ってたよな」
鳥花は心配と多少の興味から、このままにしては置けないという義務感から、鬼灯の後を追ってブルーシートをめくるとそこには顔を青くして床にへたり込む彼女が居た。
「あ、鳥花、君?何かあった…………?」
ブルーシートの中には鬼灯のバッグと、焦げた網の上に放置されたボロボロ小鍋や小さな焚き火の後、鬼灯がベッドとして使っていたであろう布の端切れがあり、その生活の酷さを表していた。
「一応聞くけれど、ここが家なのか?」
「あー……うん、良いでしょ、全部天然物」
歯切れが悪そうに答える鬼灯を見た鳥花はバッグを取ると、無言で鬼灯を背負った。
「えぇっ!?きゅ、急にどうしたの?」
「ウチに来い、どうせ見た所、頼れる相手も居ないだろ?」
「いや、別にわたし………」
鬼灯がやんわり断ろうとした時だった、鬼灯のお腹から「ぐぅ〜」とかわいらしい音がした。
顔が沸騰しそうになるほど赤くした鬼灯はそのまま黙り込み、それを肯定と受け取った鳥花は鬼灯を酢束まで運んだ。
==================
==================
「行ってらっしゃい〜!」
鉄線の爽やかな声が響き渡ると共に酢束から出てきたのは同じ学校の制服を着た2人の男女だった。
「それにしても、私あんな美味しいご飯食べれたの久しぶりだよ!」
普段友人の還と会うまでは一人で学校まで行く鳥花の隣には昨日知り合い、行動を共にすることとなった半吸血鬼の少女、火器女鬼灯が居た。
「まさかウチに住むこととなるとは………」
遡るは昨日、鳥花が酢束に鬼灯を連れ帰った後、鳥花自身は一晩だけ匿って外に鬼灯が身を置ける場所を探しに行くつもりだったが、その場で鉄線が住み込みで働くという形でウチに居を移さないかと提案し、それに鬼灯が快諾した形で意図せず昨日知り合ったばかりの少女と同居することとなってしまったのだ。
「それにしても、今までどうやって過ごしてたんだ?」
「普通に河川敷に生えてる草とか食べてたよ」
「吸血鬼は血を食らってその命を繋ぐしかないと聞いたけど、半吸血鬼はそういう訳でもないの?」
「うん、私は半分まだ人間だから普通の食べ物も消化できるの。変換率は血に劣るけどね」
その言葉を聞いた鳥花は鬼灯の長袖から除く今にも折れそうなか細い腕を見つめる。
恐らく昨日腕を繋いだ際に大きなエネルギーを消費したのはあるだろうが、それだけでなく単純に日々の飢餓が響いた故の結果だろう。
これからしっかり食べさなければ……
そう思い、今日の夜は何を作ってやろうかと考えていると隣の鬼灯から小突かれた。
「ねぇ鳥花君、私が半吸血鬼ってこと、鉄線さんには……」
「勿論言ってないし、言うつもりもない。あの人なら知っても匿ってくれそうだけど、どこから情報が漏れるか分からないからね」
そう、どこから漏れるか分からない。
昨日ウリエルの事に気を取られてすっかり忘れていたが、最初に鬼灯を襲った少女の実葛も完全に姿を消しており、鳥花は警戒を解けずにいたのだ。
しかし、警戒すべきものは他にあった。
「教会の追手と対峙したことは無いのか?」
「あぁー....日本に来る前に一度だけね」
教会から送られてくる滅魔の尖兵、吸血鬼狩り達。
彼らは子供のころから吸血鬼殺しの英才教育を受けた一種のソルジャーであり、その力はそんじょそこららの鍛え上げられた軍人をも軽々上回るという噂だ。
それこそ鬼灯の擬態だって見抜かれる可能性も十二分にあり得る、逃れるには彼女をさっさと人間に戻し、元から吸血鬼など存在しなかったとするのが最も安全で合理的な択である。
その目的の為にはやはり奴そのものを探し出すのが1番の近道だ。
奴を、瑠璃菊 飛燕を探すにも手がかりはリボンだけ、このままでは不可能に等しい事は火を見るより明らかだ。
しかし、鳥花には、確かなアテがあった
「昨日話したオカルト研究部、覚えてるかい?」
「うん、なんか凄い虚使いの人が居るんだっけ?」
「あぁ、数年前突然現れた全てを見通す記録者、通称"全知の逸れ者"こと『木五倍子 輝血』、彼女に瑠璃菊 飛燕の事を聞けば1発だろう」
木五倍子 輝血はここ1年ほどで急に名を上げ始めた記録者側に着いている虚使いであり、様々な予言や予知に近い物を行い、組織としての記録者を窮地から救っているのだ。
元より鳥花が今の高校に入ったのは自らの目的の為に輝血を利用することだった、しかし後から発覚した情報から当初の計画は崩れ、諦めていたのだが鬼灯の登場、正確にはリボンが出てきた事によって状況は一転し、鳥花の頭には瑠璃菊 飛燕を探し出す事しか無かった。
「あ、電車来たよ!」
鳥花が顔を上げるとそこは既に駅のホームであり、学校前駅行の電車が来ていた。どうやら熟考に浸り一切の視界をシャットダウンしている内にここまで来ていたらしい。
鬼灯に服の裾を引っ張られ、電車に乗る。
鳥花は慣れたように座っていつもの様にスマホを開き、ニュースを確認しようとしたが、隣で鬼灯がそわそわしていることに気が付き、反射的にポケットにしまい込んだ。
「....なにかあった?」
鳥花は本来背中を向ける窓側に顔を向け、まるで幼子が初めて電車に乗る様に目を輝かせながら外の流れる風景をじっと観察する鬼灯のその姿は到底高校生と言えるものでは無かった。
「実は私、電車乗るの初めてで、チョットだけ興奮してるの」
「それなら今のうちに存分に景色を楽しんでおきな。学校までは直ぐだから」
普通の高校生がこんな事をすれば周りから奇異の視線を向けられ、”変わった人”としてその場にいる人間の脳には刻まれてしまうだろう。
しかし鬼灯程の美少女だと奇しくもそれすら絵になってしまう、顔とは偉大なものだ。
そんな事を思う反面、鳥花は昔の記憶の影を今の鬼灯に重ねていた。
兄と共に電車に乗った時の”思い出”、否。
汚らわしく、無かったことにしてしまいたい愛しい記録を。
「────鳥花君!」
「ん、ごめんごめん、どうしたんだい?」
「直ぐ着くって言ってたけど、まだ降りなくて良いの?」
鬼灯に言われ、電車の電光掲示板を確認すると、次の駅は人参高校前の二駅先、「玉葱中前駅」だった。
「あァーーーーーッ!?」
新学期早々、二度目の遅刻が確定した瞬間だった
===========================
========================
「女子と一緒にノコノコ二日連続遅刻とはいいご身分だったね、鳥花」
時間は放課後、案の定担任にこっぴどく絞られ、クラスの面々からはいじり倒されることとなった鳥花だったが、どうもそこまで悪い気はしなかった。
「はいはい、優等生還君は黙っといてください」
ニヤニヤ笑う還を教室へと置き去りにして、鳥花が不貞腐れつつ足早に向かうのはオカルト研究部の教室。
場所は音楽室の隣、元々倉庫として使われていた教室だ。
「.....あ、鬼灯さん。待たせたかな?」
扉の前には朝と変わらずきっちりリボンを結んだ鬼灯がカバン片手に待っていた。
「うんうん、私も丁度さっき来たトコだから大丈夫だよ」
どうやら鬼灯さんに対する質問攻め未だ続いているらしく、その元々の純粋な性格とお人好しも相まって人気者になるのも時間の問題といった具合だった。
しかし鳥花にとってはそこまで関係の無い話だった。
今彼にあるのはこのボロボロの扉の向こう側にいるはずの全知の記録者に瑠璃菊 飛燕居場所を尋ねる事だけだからである。
「じゃ、失礼します」
ノックを三回し、扉を開けるとそこには非常にガタイの良い男子の学生が一人と、燃えるような赤い髪を頭から生やした細身の女子学生が居た。
ガタイの良い学生の方は机に頭を突っ伏し、何かをブツブツ呟いており、細身の女子学生は気だるげな顔をし、腕に何かのクリームをこれでもかと塗り続けていた。
「すみません、木五倍子 輝血という人に用があるんですけど……」
それまで入ってきた鳥花達に無反応だった、2人は"輝血"の2文字を聞いた途端動きをピタリと止め、こちらを向いた。
「残念だけど今は輝血先輩は不在よ。また先輩が帰ってきてから来て頂戴」
赤髪の女子学生が鳥花に冷たく言い放ち、ここから出て行くように促す。
「分かりました。ではいつ頃その先輩が帰ってくるかどうかだけ、教えて頂けますか」
「………いつか、ね。今の所は未定よ」
「未定って、どういうことですか?」
食い下がらない鳥花に不快感を示し、赤髪の女子学生ら目くじらを立てる。
その様子に気づいてなお、鳥花は一切食い下がらない。
目的達成の最短距離を易々と諦める訳には行かないのだ。
「君ねぇ、いい加減帰ってって言ってるでしょ──」
「やめろ、水仙」
痺れを切らした女子学生の叱咤を遮ったのは奥に座って机に突っ伏していた緑髪の学生だった。
「八つ当たりは見苦しいぞ」
「なっ!?八つ当たりだなんて………」
「何も関係ない彼らにそんなキツく当たって、八つ当たり以外のなんだって言うんだ」
緑髪の学生が冷たく言い放った言葉に水仙と呼ばれは女子学生は黙り込み、俯いてしまった。
「ウチの部員が失礼した。取り敢えずそこに座って話でもしないか?君達も何が何だか分からないだろう?」
緑髪の学生は先程の女子学生とは異なり優しく微笑んで2人に言葉をかけ、その後椅子を引き、鳥花と鬼灯に座るよう促した。
「名乗り遅れた。俺は『冬木 苺』、休学してる輝血先輩の代わりに一時的だがこの部の部長を務めている。そしてそっちのが………」
「『円凧 水仙』よ、その、さっきはいきなりあんな態度取ってしまって申し訳ないわ……」
水仙という名の女子学生は苺という緑髪の学生に言葉に平静を取り戻したのか、鳥花に謝ってきた。
案外その素性は鳥花が最初に感じた物より素直で優しものなのかもしれない。そう認識を改め、鳥花も詰めるような言い方をしてすまなかったと軽く謝った。
「それで、君たちはどうして輝血先輩を……?」
向き直った苺に、鳥花は要件を伝えた。
勿論、本当の目的は伏せて、だが
「なるほどな、そこの彼女の兄を探していると。因みにその兄の名前は?」
「『瑠璃菊 飛燕』って言うんですけど………」
その言葉に、苺は目を見開き、隣で腕にクリームを塗っていた水栓はフリーズし、容器を地面に落とした。
「ど、どうかしました?」
「君の名前、まだ聞いてなかったが、『蕪野 鳥花』だったりするか?」
「え?あ、はい。そうですけど……」
鳥花は困惑していた、それは2人の様子の変貌ぶりではない。
まだ鳥花は名乗っていなかったのだ。
そして2人はその調子で鬼灯の名を当て、鳥花が酢束に住んでいることや、鉄線と共に暮らしていることまで言い当てた。
「な、なんで俺達の素性をそこまで知ってるんですか?」
「実は、輝血さんが倒れる寸前、さっき言った特徴に当てはまる2人がここに来て敵の虚使いを倒して俺達を救うって予言を残していったんだよ!」
曰く、木五倍子 輝血は1週間ほど前にとある虚使いと戦い、敗北し、苺と水仙は輝血を連れ、命からがら逃げたそうだが、その時に敵の虚使いに打たれた毒によって未だ目を覚まさずにいるそうなのだ。
そしてその気を失う直前、輝血が救世主の予言を残したそうとか
「俺達が、救世主?」
鬼灯と顔を見合わせるが、彼女の方は「なんのこと?」と言った具合だ、それどころか呑気なことにお茶のおかわりを訴えている。
「君達にとっても悪くない話のはずだ、だって件の虚使いを倒せばソイツの使ってた虚は解除され、輝血さんは目を覚ますだろう。君達は晴れてお兄さんを輝血さんに探して貰えるし、俺達は輝血が帰ってきて嬉しい、winwinだろ?」
苺の言う事は正しい、今現在の鳥花たちにとって瑠璃菊 飛燕へと辿り着く唯一の方法に近い輝血の存在は2人の目的脱線に必要不可欠と言っても差し支え無い。
ここで彼らを無視し、二人で当てもなく探すことも出来なくはないが………
「助けようよ、鳥花くん!」
隣の鬼灯が通算3杯目の茶を飲み干し、言い放った。
「ま、鬼灯さんならそう言うと思ってたよ」
元よりお人好しの甘ちゃん二人の答えは最初から決まっていた。
「従ってやりますよ、その予言とやらに」
苺は鳥花が笑って差し出す手をがっしりと掴み、言った
「ありがとう!」
しかし、その様子を気に入らないと言わんばかりに暗い瞳を浮かべている水仙含め、その部屋の人間たちは気付いていなかった。
外の空が、紫色に染まっている事実に




