記録3 セイムパーポース・ディファレントデザイア
「やっぱり、貴方は、鬼灯さんなんだな……」
鬼灯はがっかりしたように項垂れ、何かを諦めたようにため息を吐く。
その様子に鳥花も、目の前の少女が鬼灯であることを確信すると同時に隠せない程の動揺を見せる。
実際今の日本に吸血鬼はいないハズだからだ、理由は簡単、西洋の方で立ち上がった教会勢力が亜人大戦終戦後、全世界で一斉に吸血鬼狩りを決行し、その数は全盛期の1%未満となった今でも日本では特に厳しく教会から監視網が敷かれているからだ。
それに、何より鳥花は納得できない事があった。
「貴方は.....太陽の下を歩いていた!」
吸血鬼はその身を太陽の光に焼き焦がされ、灰へと還る種族的特性を持つ。
これはその純人間から派生したとは考えられない身体能力の高さから生まれた全身の体細胞の脆弱性だと考えられている、その上で目の前の少女は状況を鑑みるにその身体能力を余すことなく発揮し、虚使いの実葛を撃退したことからその特性を持っていることは間違いない。
しかし鬼灯は校門から校内へ入って行く時も、陽光が差し込む午後の教室でも涼しい顔をして授業を受けていた。
「それはキミが勘違いしてるからだよ、鳥花君」
「勘違い、だって?」
「私はキミが思っているような純粋な吸血鬼じゃない、私は純人間の母と吸血鬼の父から生まれた半亜人よ」
─────”吸血鬼の半亜人”
それは本来絶対に生まれないものである、理由はその吸血鬼が少ない数で人類に甚大な被害を与えられた理由であり、今現在害獣として駆除されている原因となっている”増殖方法”にある。
”繁殖”ではない、”増殖”である。
吸血鬼は他の種族の様に番を見つけ、その血を繋いで増えていくのではない、他の吸血鬼ではない種族にその血を何らかの形で取り込ませることによって吸血鬼に変化させ、同族を増やすのだ。
仮に血を繋ごうにも、強すぎる血、細胞によってほとんどの臓器が機能停止している彼らは生殖機能を失っている為、出来ない。
そう、出来ないはずなのだ。
「だが、確かに、理論上では、有り得ない話では、無い.....!」
生殖機能を失っているのはあくまで母体の方であり、男性の吸血鬼は遺伝子情報を残せることが教会の研究で判明している。
つまり、理論上は生殖機能が生きている人間の女性と吸血鬼の男性を用意すれば彼女のような吸血鬼の半亜人は誕生し得る、がしかし吸血鬼はそんな面倒な手順を踏まずとも血を入れるだけで同族を増やせるし、彼らは吸血鬼へと変化すると同時に生殖本能を失うという研究結果も教会が出している。
だが、今目の前に存在している少女はその生まれる理由無きはずの吸血鬼の半亜人なのだ。
確かに、仮にだが半亜人ならば純人間の血が混ざったことで種族的特性が弱まって、日光に身を焼かれないという可能性は十分にあり得る。
「君にも見られたからには....残念だけど、消えてもらうわ」
直後、虚を発動する暇も無く鬼灯が血で作られた深紅の槍を取り出し、そこから突き出される神速の突きが鳥花の頬をかすめる、しかし鳥花の咄嗟の判断による受け身で負傷は免れた。
「.....本気、みたいだね」
”対吸血鬼戦におけるかすり傷は致命傷である。”
それは、彼の育ての親であり、戦いの師匠である鉄線の言葉だった。
相手の体に自分の血を入れることでその人間を同じ吸血鬼、言うなれば眷属にすることが出来る。
眷属とそれを作り出した吸血鬼は支配関係にあり、物理的な体の制御、精神共に操作権を支配元の吸血鬼が握っており、それは眷属にされた時点で実質的な敗北を意味する。
つまり少しでも傷口から血を入れられればその時点で眷属にされ、敗北となる。
そして彼ら傷を作る事と血を入れることを同時に達成できる”血の武器”を扱う、だからこそ本来の戦闘では致命傷になりえない小さな傷でも致命傷になり得るのだ。
それを思い出した鳥花は直ちにメモリーチップを取り出し、蒼剣で切り刻み、情光武装することでアーマーを纏う。
「今朝の件から分かってたけど、流石の身のこなしだね」
鬼灯の巧みな槍裁きが鳥花を襲う。
単純な突きを蒼剣でいなし、時折挟まれるなぎ払いをバク宙で避ける鳥花は後ずさりし続ける形で追い詰められつつ静かに反撃の時を待っていた。
「一向に攻撃して来ないけど、本当にやる気あるの!」
「…………」
本音を言えば、戦いたくない
それが鳥花の本心であった。
いくら今日知り合ったと言っても、自分で助け、少しの時間でも共に過ごした少女を、いくら吸血鬼、ましてや自分を殺そうとしてる相手でも何の躊躇もなく手にかけられる程冷酷になりきれない甘さ持つのが蕪野鳥花と言う男だった。
純人間として、1人の記録者として、目の前の少女を討つべきか、蕪野鳥花として彼女を見逃すべきか、揺れている鳥花に容赦なく深紅の槍が振り下ろされる。
「殺る気なんて、出るわけないだろ……!」
やけに力の入っていない槍を蒼剣で受け止めた鳥花はしゃがみこんですかさず足払いし、鬼灯の体制を崩し、その隙に深紅の槍を奪い、床にへたりこんだ鬼灯に突きつけ、言い放った。
「………ここから手を引け、そして逃げろ。そうすれば、俺は貴女を殺さずに済む」
「キミは、どうするつもり?吸血鬼を助けた人間は、その吸血鬼の実質的な眷属と見なされて処刑されるわよ?」
「そんな事知ってる。だから俺は貴方を見逃すんじゃない、貴方に"逃げられた"。それで良いだろ」
「そんな………教会がそんな甘いと思ってるの?」
教会は世界から殆どの吸血鬼を滅した救世主的な組織として見られる事もあるが、その実態はロボットのようだと言われる事がある。
彼らは吸血鬼を殺す事に容赦が無い。
例えば人間が囚われている吸血鬼の城があれば、当たり前のようにその城を燃やす。勿論中の人間を残して、だ。
その際教会はその人間達も既に眷属にされていることを確認したから、との事だが全てが灰になったあとでは真偽は分からなかったそうだ。
それだけでは無い、教会の狩人達は例え親であろうが、我が子であろうが吸血鬼であれば一切の躊躇なくその刃を振り下ろす。
教会に狩られた吸血鬼が今際の際に叫んだ「怪物はお前達だ」という言葉はあまりにも有名だ。
それ程までに冷酷で徹底主義の彼らにこの事を知られれば自分は無事でないという確信は、鳥花にも、鬼灯にもあった。
「俺は……ただ」
何かを言いかけた鳥花の意識が逸れた、その瞬間だった。
「危ないっ!」
鬼灯の小さな手が鳥花を突き飛ばした直後、廊下の窓ガラスが割れると共に鳥花の目前を緑の何かが通過し、直後鮮血が宙を舞い、何かがボトリと音を立てて廊下に落ちた。
「大丈、なっ………!?」
急いで駆け寄った鳥花が見たのは、右腕が"あった"方を抑え、苦悶の表情を浮かべて蹲る鬼灯の姿だった。
「私の、う、腕.....」
鬼灯が顔に大量の汗を浮かばせ、自らの右に付いていた物に左手を伸ばそうとする。
その様子に唖然としていた鳥花は先程緑の何かが飛んできた方から先程と同じ気配を感じ取り、何かが射出されるのに気づき、反射的に伏せようとするが未だ射線上に取り残されている鬼灯の存在を思い出し、鬼灯を抱きかかえると同時にスライディングし、射線を斬る形で窓の下の死角に潜り込んだ。
「鬼灯さん、しばらく暴れないでくれ」
一度深呼吸をし、冷静さを取り戻した鳥花は鬼灯に応急処置として、自らの制服のネクタイを外し、止血する形で彼女の右腕に結んだ。
それでも尚あまりの痛みに軋むほど歯を食いしばる鬼灯の様子に見かねた鳥花がまだ使っていない清潔なハンカチを取り出し、折りたたんで噛ませる。
「貴方との話はアイツを倒してからだ」
鳥花はファルスを発動させ、周辺マップのホログラムを投影し付近の高台になり得る建物を調べ、順に青い鳥を突撃させる準備を始める。
「超長距離狙撃型の虚だとするなら、そう連続で打て無い筈.....!」
虚に使うエネルギー、”ブレイズ”。
人の想像力から生まれるエネルギーであるそれは生成しすぎると脳に負担がかかりすぎる為、殆どの人間が一日に使える量が決まっており、ましてや短時間に連続で使えば脳に支障をきたす。
加えて虚はその効果や威力が大きければ大きいほどブレイズの消費量が多くなる、その上で先程種類によっては鋼鉄に近い高度を誇る吸血鬼の体を、いくらその血が半分だとしても一撃で吹き飛ばしたのは相当の威力であることは間違いない。
そう読んだ鳥花はその時間を最大限利用し、反撃の狼煙を上げるための準備を着々としていた。
それは普通の虚使いに対して決して間違いない判断、それどころか一撃が自らにとっても重いであろう相手には最適解に近い答えだった。
そう、相手が”普通”の相手だったならば、正解だった
「.....流石我々の仲間を、ヴァルキリアの尖兵達を打ち負かしてきただけはある。お手本のような動きだ」
何処かから聞こえた声が廊下に響き、何かを察した鳥花が鬼灯を再び抱えて逃げようとした瞬間だった。
鳥花が立ち上がるよりも早く床に亀裂が入り、直後桃色の蕾がコンクリートをやすやすと突き破って飛び出た。
「遠距離狙撃型の虚じゃなかった、のか.......!?」
「貴様の答えは正しい、だがそれは私の用意した偽の試験紙の上で、だが」
桃色の蕾が花開くと中には右目のあるはずの位置にクリームイエローの美しいバラを生やし、対となる左目には黄金の三白眼を浮かべ、服装は白を基調としたローブ、髪は思わず目を瞑ってしまいそうなほど眩しい黄金色を腰まで伸ばした、神々しさと不気味さを併せ持った純人間の女性だった。
「私はコードネーム『ウリエル』、ヴァルキリア最高幹部”熾天使”だ」
「”熾天使”、だって?」
”熾天使”、それは虚使いの間でまこととしやかに囁かれていたヴァルキリアの噂であった。
ヴァルキリアには最高戦力である最強の虚使い4人、”熾天使”と呼ばれる者たちが居ると。
鳥花も以前鉄線が呟いていた事を小耳にはさんだだけで信じてはいなかったが、それが突如として現実として現れ、にわかには信じ切れず開いた口が塞がらなくなっていたのだった。
「安心しろ、蕪野鳥花。私は貴様を処分しに来たのでは無い、というか貴様如き、私が出るまでも無い」
鳥花の脳内は逃走の二文字で一杯であり、必死に逃げようとしていた。しかし、一ミリでも動けば殺されることを虚使いの本能的に悟っており、指一本動かせずにいたのだ。
「な、なら、どうしてここに来たんだ。あ、貴女のような幹部クラスが、ましてや熾天使なんかが俺一人に固執する理由なんてないだろ」
何とか0.1秒でも稼ごうと、開いていた口を無理やり閉じ、必死の思いで質問を投げかけ、脳みそをフル回転させる。
「貴様の言う通りだ、蕪野鳥花。私が今日取りに来たのは貴様の首でも、その女の命でもない。私はお前が今そのポケットの中に入れているリボンを取りに来た」
ポケットの中のリボン、間違いなく鬼灯が午前中着けていたもの、それに熾天使程の物が求める程の価値があるとは思えない鳥花は何か別の目的があると予想する。
しかし、その予想はまたもや外れることとなった。
「そのリボンを私に渡せば見逃してやる、その女共々だ」
その言葉に恐らく、嘘は無い。
人の想像力から生まれるブレイズはその生成過程の関係で相手の心情や思惑などを色や形にして自然に表すことがある。
幼少期の事件より普通の人間とは違う特殊な”眼”を持つ鳥花はそれを見抜くことが出来る為、ウリエルの言葉に嘘が無い事が直感的に理解できるのだ。
「見逃してくれるのはありがたいけれど、あまりに話が美味しすぎやしないか?それに、俺はこのリボンにそれほどの価値があるとは思えないけど.....」
直感はあくまで直感。
論理的根拠しか常に頼りにしていない蕪野鳥花は疑いを隠し切れなかった
「そのリボンの”価値”か、それは貴様の方が理解していると思ったが、違うようだな」
「俺の方が理解しているって、どういうことだ」
「てっきり私はお前がそれを自らの失った一部だと知ったうえでそのリボンを回収したのかと思っていたが......」
─────自らの失った一部
その言葉に、鳥花は確かに心当たりがあった。
「その様子.......本当に知らなかったのか?」
目の前の女が嘘を言っている可能性は十分にあるし、そもそも自らの失った一部というのは勘違いの可能性さえある。
だがしかし、鳥花にとってそれが本当ならば10年間停滞している自らの願いにして、生きる理由、それの達成に近づく唯一の物だ、ここで手放すなどありえない、きっとそんな事をすれば自分はあの日から、”また”ずっと死んだままだ。
だが、それはそうとして、ここで目の前のウリエルに殺されてしまえば、何もかもオシマイという思考も確かに共生していた。
「しかし今更関係ない、渡すものを早く渡せ、利口な貴様なら、どちらが正解など、分かりきっているだろう」
力の差は歴然、仮に歯向かえば、赤子を捻るが如く後ろの鬼灯ごと殺されることは火を見るよりも明らかだ。
それに、ここで生き延びれさえすれば、また、チャンスを手にできる日があるかもしれない。
ここで自分を優先するのは頭の悪い人間のすることだ。
後ろの鬼灯も、それを望んでいると自らに言い聞かせ、ポケットに手を突っ込み、目の前のウリエルに渡そうと、そうした時だった。
「渡さない、で、兄がくれた、宝物、なの..............!」
後ろから、声がした。
絞り出すような、もはやうめき声に近い、希うような、今にも消えそうだったが、確かに強い意志を感じる、涙声だった。
鳥花はそれに似た声色を遠い昔、聞いた覚えがあった。
桜吹雪舞う街道で、手から滑り抜けて行った、自らを置いて前に前に歩いていく兄の名を叫んだ、他の誰でもない、自分の声だ。
「何のつもりだ?」
剣を、振り上げていた。
考えるよりも、ずっと早く、体が動いていた
「………元より、ヴァルキリアに協力するつもりなんて、俺には無い」
─────君の甘さは、本来戦士には不必要な物だ
いつかの日、戦いを師事して貰っている鉄線から言われた言葉だった。
その日は、降参した敵を見逃そうとした際、それが嘘だと見抜けずで致命傷を受けてしまった。
鉄線はその事について自分を強く咎めるだろうと、鳥花はそう思っていた。
いつも彼には戦場では自分の命だけを見ていろと、敵には勿論、仲間にすらその情けを投げるべきではないと常に教えられ続けていたからだ。
しかし、その日の鉄線は優しく微笑んで、鳥花に言った
─────だけど君は、そのままで良い
貴方そう言って貰えて、少しだけ嬉しかった。
鳥花は目の前のかつてない強敵を前に、正気の無い戦いを望むうえで、そう感じていた。
何故なら、きっと、その言葉が無ければ俺は、蕪野鳥花は目の前の強敵に、立ち向かうことすら出来なかっただろうから
「それに女の子の前だからね、そそくさ逃げ出すなんてカッコ悪い真似は出来ない!」
戦闘態勢に移行した鳥花は直ぐにその場から飛び退き、壁を突き破って生えてきた鋭い植物の根を避ける。
「愚か者め、素直に渡していれば、我々の首輪付きで生き延びれた物を………!」
「ハッ!それなら尚更刃向かって良かったよ!」
鳥花は先程準備していた鳥の標準を直ちに目の前のウリエルに変更、窓の外から遠回りさせ、死角から突撃させる。
「豊穣の光!」
ウリエルの言葉と共に新たな根が床を突き破って現れ、まるでその一つ一つが意思を持っているように鳥2羽を正確に撃ち落とした。
「アンタの虚、自動迎撃機能付きの植物を操るってところかな?」
「その認識で間違いないかもな、しかし、量も威力も、貴様の想像を遥かに超えるだろうが」
直後ウリエルがローブに隠れた右手をこちらに伸ばすと、その中にはあるはずの手は無く、果てしない闇が広がっているだけだった。
一瞬ウリエルの思惑が分からず戸惑った鳥花にそれが命取りであったと思い知らせるように闇の中から廊下をまるまる埋め尽くす程の無数の蔦が高速で伸び、鳥花と後ろの鬼灯を襲った。
「メモリーチャー………うわぁっ!?」
正面から激激すべくメモリーチャージをしようとするが勿論間に合うはずもなく2人1緒に恐ろしい蔦の波に飲み込まれ、視界は闇に包まれた。
「これで終わりか、呆気ない………」
かに、思われた
「黒雲雷天斬!」
「何!?」
蔦に飲み込まれたはずの鳥花が、鬼灯を抱き抱えながら壁を突き破って出現し、必殺技を繰り出したのだ。
咄嗟にウリエルも植物の盾を生やし、鳥花の攻撃を防ぐが、完全に防ぎきれず、廊下の壁を突き破ってグラウンドに吹き飛ばされた。
「……馬鹿な」
「親切な蔦が俺達をアンタから隠してくれたんでね、折角だから1発食わしてやったのさ」
怒りに震えるウリエルに向かってニヤリと笑う鳥花は先程廊下が蔦に飲み込まれた際、エネルギーチャージを始めたがそれは正面から迎撃するためではなく壁を破壊するための物であり、狙い通り壁を破壊して外に出た後、雷鳥編成の副装甲であるマグネシューズの機能、電磁浮遊を使って壁を走る事でウリエルに奇襲をしかけたのだ。
「貴様はここで殺す」
冷たく言い放ったウリエルの背中から数千本の蔦が伸び、鬼灯を抱えたままの鳥花に襲いかかる。
一つ一つが先が尖っており、易々とコンクリートを貫く威力、喰らえば無事では済まない。
格上相手に一泡吹かせたことを喜ぶ暇もなく再び窮地に追い込まれる、鳥花自身も先程の必殺技発動に加え、そもそもの話、朝の戦いでブレイズは枯渇寸前であり、敗北は目の前に迫っていた。
額に汗を滑らせる鳥花に抱えられている鬼灯が何かを囁いた。
「構わないが....出来るのか?」
「お願い、信じて…………!」
「ここまで来たら、俺は最後まで貴方を信じる!」
意を決して鳥花笑っては抱えていた鬼灯を中に放り投げた。
「とうとう見捨てたか!」
「そいつはどうかな!?」
鬼灯を放り投げ、完全に身軽となった鳥花が数メートル奥で待ち構えるウリエルに向かって全力疾走を始める。
「串刺しが増えるだけだ、変わらん!!!」
飛び跳ね、しゃがみ、砂煙を立てながら滑り込むが、全てを避け切ることは不可能であり、傷が少なかった鳥花もとうとう血を流し始める。
「その様な単調な動きで、私に辿り着ける物か!」
度重なる飛び上がってからの着地に失敗し、体勢を崩した事で横腹に蔦が直撃し、白い制服のシャツが紅に染まる。
しかし、鳥花はまるで痛みなど感じていないように気にせず、一切スピードを落とさない、その様子に内心虚をつかれ、恐ろしい蔦の猛攻に一瞬の緩みが生まれた。
「辿り着かないと思ってるのは、アンタだけだぜ!」
急いで自分を取り戻し、全ての蔦を鳥花に差し向けたが遅く、鳥花の影が消え、数秒後、ウリエルの目の前に現れる。
「な…………!?」
鳥花は事前にわざとマグネシューズのリミッターを解除し、故障覚悟のブーストジャンプでウリエルの目の前まで跳んだのだ。
「コイツでどうだ………!」
鳥花が奥義の一撃を放つ為、大きく踏み込み、蒼剣を横に薙ぎ払う形でウリエルの首を切断しようとする。
しかし、流石の相手は熾天使の1人だった。
「ぐっ………!」
あと数コンマで剣が胴に当たるという場面で地面から野太い蔦が生え、鳥花に巻き付き、上に持ち上げ締め上げた。
それと同時に、鳥花のブレイズが底を突き、装甲が解除され、気を失った事確認し、ウリエルは勝利を確信する。
「これで終わりだ.......待て、あの小娘はどこだ?」
上に投げられたのを最後に、ウリエルは鬼灯が着地した姿を補足していない、否、鬼灯は上に投げられてからそもそも着地していないのだ。
「終わりは.....貴方の方よ!」
声がしたのは頭上、空だ。
見上げるもすでに遅く、そこには漆黒の翼を広げ、極光を放つ紅の槍を構えた鬼灯が居た。
「まず─────
「紅彗星!」
地面から再び植物の根を生やし、盾を作ろうとするが、攻撃は空からの物、地面から生える草の根が間に合う訳もなく、深紅の光をその穂先に灯した血の槍が鬼灯の手から放たれる事でただ1本のの光線へと姿を変え、鳥花を締め上げる蔦をウリエルの手ごと貫いた。
その後、力を使い果たした鬼灯は全身の力が抜けるようにフラフラと地面に落ちて行った。
しかしウリエルは間一髪、盾の生成が間に合わない事を悟り飛び退いた事で未だ戦場に立っていた。
「貴様吸血鬼の分際で......!」
屋根を作ろうとする根を再操作し、落下する鬼灯を串刺しにしようとする。
本人の怒りによる物か、凄まじい速度で迫った鋭い草の根たちが鬼灯の胴体を貫き、その緑を赤色に染め上げようとした、その時だった。
「貴方を信じてよかった、鬼灯さん!」
先程気を失っていた筈の鳥花が手に鬼灯の白いリボンを巻き付け、蒼剣を手に携えウリエルの懐に潜り込んでいた。
先程鬼灯は自分が空に飛びあがって隙を作るからどうにかしてウリエルの懐に潜り込んで一撃を決めて欲しい、と鳥花に頼んでいたのだ。
「そしてウリエル!お前の言葉が本当ならば、コイツは俺に力を貸してくれる筈だ!」
鳥花が何かを念じると、握っていたリボンは布から糸へとほどけて行き、鳥花の手から体に溶け込んでいく。
それと同時に一瞬鳥花の黒髪も鬼灯の様に白銀一色へと変わり、彼自身もおよそ10年ぶりに感じる痛みや風の感触に、自らの”触覚”が完全に復活したことを確信し、必殺技を繰り出す。
「喰らえ!経神涙撃!」
いつもの蒼とは対照的な燃えるような深紅の色へと変わり果てたスロウドが直撃し、そのあまりの軽さに違和感を覚えたウリエルに不意打ちをかけるが如く、遅れて剣筋をなぞる様に赤い閃光が迸り、爆発した。
「馬鹿、な…………」
その一言を遺し、ウリエルは煙の中へと吹っ飛んで行った。
それを見て無力化に成功した事を確信した鳥花は安心したことによる急激な疲労感と単純な体力切れに膝をつきそうになるが、頭上から微かに聞こえる悲鳴に嫌な予感を覚える。
「避けてぇーっ!?」
空から降ってきた鬼灯を避ける余力など鳥花には既に無く、綺麗に彼女の下敷きとなり、思わぬ追加のダメージを受けることとなった。
「だ、大丈夫………!?」
「鬼灯さんこそ、腕をもがれたのに、元気だね………」
呆れつつ、起き上がった鳥花が再びその痛々しい傷があった場所に目を向けると、そこには先程鳥花を庇ったことで捥がれた筈の右腕が繋がっていた。
「………俺の、見間違い、かな?腕が繋がっている様に見えるんだけど」
「あ、これね、さっき君に抱えられる直前に拾って傷口にくっ付けてたら繋がったんだよ」
恐るべき、吸血鬼の再生力。
どうしても信じることが出来ず、しばらく問題は無いのかと問答を続けたが、笑顔でピース出来るほど問題なく動くようで、即席のチェックテストをしたが神経までしっかり繋がっているらしい。
「問題無さそうだし、さっさと逃げようか」
朝も使っていた鳥の模型を取り出してバイクに変形し、力尽きて動けない鬼灯を抱っこして後ろに乗せてそそくさと走り出そうとした時、鬼灯が困惑の声を挙げた。
「その、こんなに急ぐ必要、あるの?」
「さっきのウリエルとか言う虚使い、多分だけど………倒し切れてない」
「えぇっ!?あんな、どっかーんって吹っ飛んで行ったのに?」
「俺が斬りつけて削いだはずの胴体に蔦が伸びて肉体を再生してる所が土煙の奥だけど微かに見えた。多分起き上がるのは時間の問題だ。それにトドメを刺しに行こうにも、俺も、貴方も限界だろう」
互いのボロボロの制服と傷だらけの体を確認し鬼灯も無言で頷く。
それを確認した鳥花はバイクのエンジンをふかせ、安全を確保出来る場所までバイクを走らせた。
================
================
「ここまで来れば、見つかることは無いだろ………」
鳥花たちは学校を大きく離れ、位置的には鳥花の家がある高田町市内の路地裏に来ていた。
安心した事で完全に力が抜けたのか、バイクは自動的に模型へと戻り、2人して地面に尻もちを着く羽目になった。
「2人無事に帰れた!って喜びたいところだけど………そうも行かないよな」
先程まで自然に協力関係を結んでいた2人だったが、半吸血鬼と、それを助けた純人間の少年という関係は変わらない。
先程の問答の決着だって、着いていないのだ。
鋭い視線を向けられ、状況を思い出した鬼灯が、半ば諦めたような声と瞳で鳥花に言った。
「私、君になら、殺されても文句無いかな……」
多種族に配慮がされ、多様化した社会と言われる現代、それは偽物だ。
表向きでは全ての種族が平等であると言われながら、純人間は当たり前のように亜人から差別される上、大戦の残り香に煽られ、一部の種族は水面下で争い続けている。
そんな互いの種族が見えない壁に気を立たせ続ける今の世界で、過去に大罪を犯した吸血鬼とその被害を1番受けた純人間の2人が一瞬たりとも心が通いあったのが奇跡だったのだ。
「……………」
鳥花が懐に手をいれ、剣を出す構えを取り、その動きに鬼灯も覚悟し、両手を広げる。
その様子を見て鳥花は拳を前に突き出した。
「これ、返すよ。”宝物”なんだろ?」
鳥花は握っていた拳を開き、鬼灯に白いリボンを差し出す。
鳥花の予想外の行動に鬼灯は呆気に取られており、心ここにあらずといった具合だった。
「私の事、殺さないの?」
「殺さないのって....あんな頑張って助けたのに殺す訳無いじゃないだろ?」
「うぅっ.....ぐぇっ」
「急にどうした...........って、えぇっ!?泣いてる?ご、ごめん、俺、なんか悪いこと言った!?」
鳥花の言葉を聞いた鬼灯は地面に膝を付いてへたり込み、情けない声を上げて目からぽろぽろ涙を流し始めた。
その事に気づいた鳥花は扱いなれない半吸血鬼の少女に何か意図しないうちに傷つけるようなことを言ってしまったのではないかと困惑し、どうにか泣き止ませようとあたふたしていると自分の腕で涙をぬぐって目を赤くした鬼灯が引きつりながら鳥花に話し始めた。
「その、えっぐ.....私さ、半吸血鬼だからさ、正体知られた相手にはいつも、すっごく仲良くしてても殺されそうになったり、罵詈雑言浴びせられたことしかなかったから.......君が殺す訳無いだろって言われたのが、嬉しくて.....だから、これは”悲し泣き”じゃないから、安心して!」
再び引きつりそうになる息を無理やり飲み込み、笑顔でサムズアップする鬼灯の姿に、取り乱していた鳥花も自分に非が無かったことを落ち着きを取り戻す。
その上で、鳥花はどうしても聞きたかった問を鬼灯に投げかけた。
「なぁ、一つ気になっていたんだが、それこそ余所で酷い仕打ちを受けてきたのなら、どうして態々他国より一層吸血鬼に関する監視の厳しい日本に来たんだ?見た所眷属を増やしに来た、といった具合でもなさそうだしな」
「えーと、それはね......私、人間に戻る方法を探しに来たの!」
目の前の少女はあまりの輝きに目を瞑りそうになる銀髪を揺らし、目を輝かして不可能な願いを言葉にした。
人間から吸血鬼になるのは簡単だ、しかしその一方で一度吸血鬼になった人間が元に戻る方法は今現在見つかっていない。
当たり前だ、そんなものが最初から存在すれば教会の人間は感情を殺して殺して吸血鬼へと変わり果てた我が子や友を駆除と言い聞かせてその手にかけてはいない。
「どうして日本に人間に戻る方法があると思ったんだ?」
「これを見れば、貴方も納得する筈よ」
鬼灯はそう言うと乱れた髪を少し整え、後ろでまとめると鳥花から返してもらった白いリボンをそこに結んだ。
すると白銀一色だった髪はみるみるあった時の漆黒を取り戻していった後、瞳の赤い光も無くなり吸血鬼から今朝の完全な純人間の姿へと戻った。
「日光に焼かれない理由、私が半吸血鬼だからって言ったけれど、実はそれだけじゃないの。本当はこのリボンを付けることで初めて完全に私の中の吸血鬼の力が無くなって太陽の光が平気になるの」
鳥花はその光景を見て呆気に取られていた、確かにウリエルの口ぶりとその正体に心当たりがある事から何か特別な力を持つことは理解していたが、それがこのような物だとまでは知らなかったのだ。
「それで?そのリボンを利用して完全な人間に戻ろうって魂胆はなんとなくわかったけど、それが日本に来る理由とどんな関係があるんだ?」
「このリボンを私にくれた人物、私の兄が.......瑠璃菊 飛燕って人が日本出身だったの」
”瑠璃菊 飛燕”
その名を聞いた途端先程まで柔らかかった鳥花の表情が一変する
「............今、瑠璃菊 飛燕って言ったよな?」
「そ、そうだけど、急にそんな怖い顔して、ど、どうしたの?」
「いや、その男と鬼灯さんは、血は繋がっているのかい?」
鳥花の突然の変容具合に面食らいつつもその事実を否定する
「私がまだちっちゃい頃に研究者として家に来てさ、いろいろ私に世話焼いてくれて、私妹は居たのだけれど兄はいなかったから沢山甘えさせてくれる相手が嬉しくって、本当の兄の様に慕ってたの。ある時いなくなっちゃったんだけど........」
「そうか、それでその兄を探しに日本に来たって所かい?」
「飲み込みが早くて助かるわ、お兄ちゃんこのリボンを作ったのは自分だって言ってたし、何かお兄ちゃんに繋がる手掛かりが故郷にならあるんじゃないかって考えて遠路はるばる日本まで来たの!」
バシッと決めた鬼灯を尻目に鳥花は熟考する。
─────吸血鬼の力を封じ込めるリボン
確かにそれを作った人物なら人間に完全に戻る方法も知っているかもしれない、そしてその人物の故郷は日本、だからこそ監視の目が厳しかろうと、その危険を冒してまでここに来る理由はなんとなくだが理解は出来た。
それを踏まえて、鳥花は鬼灯にとある提案をした。
「俺に、手伝わせてくれないか?」
「手伝わせる?君に?」
鳥花が笑顔で差し出した手に、鬼灯は目を丸くする。
「うん、俺もその男を探すの手伝うよ」
「手伝うって......本当にいいの?君に得があるとは思えないけど.......」
鬼灯が申し訳なさそうに目をそらしながら頬をポリポリと掻く様子を見て鳥花は再び笑って言った。
「得ならあるさ、さっき貴方が俺の事を突き飛ばしてくれたおかげで助かった。この協力でその借りを返せる」
先刻遠距離から飛んできたウリエルの草の根の狙撃、あれは本来リボンを所持していた鳥花を狙っていたものであり、あの時鬼灯が突き飛ばされなければ鳥花は自分の心臓を確実に貫かれていた事を理解していたのだ。
「........分かったわ、じゃあこれからヨロシク!鳥花君」
「あぁ、”必ず”、瑠璃菊飛燕を見つけよう」
その時、思いもよらぬ協力者が出来たことの喜びにとらわれ、鬼灯は気付かなかった。
貼り付けたような笑みを浮かべる鳥花の瞳の奥に孕んだ恐るべき狂気と、深い、深い憎悪に
「.............絶対に殺してやるよ、クソ兄貴」
そうして遠くの空を見据える鳥花が零した低く、どす黒い呟きが誰かの耳に入ることは無かった。




