記録2 倍返しの怪物
人間のみが使う事を許された、想像の力、虚。
力を振るう者達を彼らは"虚使い"と呼んだ。
虚使いは、鳥花の様に誰かの為にその力を振るう者もいるが、全てがそうであるわけでは無い。
中には、力を自らの私利私欲のために振り回す"悪い虚使い"も居る。
そして、ヴァルキリアとは、そんな輩達の集まりであった。
「ヴァルキリアって事は君も虚使いだよな....」
自らをヴァルキリアの人間だと名乗った実葛と相対した鳥花は、組織のことを思い出していた。
ヴァルキリア、現在に限らず10年ほど前から活発的に活動している組織で純人間の人攫いが相次ぐ原因の一つだ。
奴らの目的はただ一つ、虚の使える人間を攫って利用することだ。
そんな組織を鳥花が見過ごせるわけが無いのだ
「君がヴァルキリアだと分かった以上、ここで倒させてもらう!」
「やれるもんならやってみな!墜落の光掌!」
実葛が力を、虚を発動する。
直後彼女の手が発光し、そのまま近くの電柱に触れ、握り、信じられない事にそのまま小枝を折るが如く電柱を折り、それを鳥花に振りかざした
「見た目にそぐわず大分パワータイプだね!」
鳥花は飛び退きつつ、先程獣人を蹂躙した青い鳥を飛ばすが電柱に打ち落とされてしまう
「それが君の虚か?噂に聞く通り面白いじゃないか!」
「出し惜しみしてるヒマは無いか....!」
電柱を振り回しながら少しずつこちらに距離を詰めてくる実葛に鳥花は”切り札”を切る事を決意する。
「そんな鳥を飛ばしててもどうにもならないぞ、鳥花君!」
「君はいちいち余計な一言が多いな!」
鳥花は懐から稲妻マークと鳥の絵が描かれた5㎝長方形ほどのチップのようなものを取り出し、宙に投げ、それを先程獅子の獣人を倒した蒼い剣、スロウドで一刀両断した
「情光武装!」
一刀両断されたチップから青い鳥があふれ出し、鳥花の体へと集まっていく。
鳥花の体に触れた鳥から順に、ピクセル状に変化し、そこから更に青いパーカーと特殊なメカニックシューズに変化していく。
変化の途中、実葛も攻撃を仕掛けようとするが、溢れ続ける鳥に阻まれてしまい、鳥花には近づけなかった。
全ての鳥が変化し終えた後、鳥花はフードを脱ぎ、実葛に言い放つ
「雷鳥装甲!轟く雷の恐ろしさを思い知れ……!」
鳥花はシューズの機能を発動させ、電磁力から生まれる反発でビルの2階ほどの高度まで飛び上がり、スロウドを天に掲げる
「ほう、やるじゃ───」
「回想」
実葛が言葉を言い合えるよりも先に鳥花は虚を発動させて雷を呼び出し、掲げた剣を雷に当てる事で帯電させながら上から切りつけた。
「ぐおぉあっ!?」
実葛は寸前で直撃を避けたが雷の衝撃波によって飛ばされ、背中からビルに埋まり込んだ。
そこで出来た隙を鳥花は見逃さず、再びエレキステップで飛び上がり、追撃を入れに行く
「これで終わりだ!」
鳥花が剣を地面に突き立て、力を貯め始める
「メモリーチャージ……!」
鳥花の言葉の直後、紫の空、本来そこには存在しないはずの黒い雲が現れ、その一つ一つが蒼雷を纏い、ゴロゴロと破壊を意味する雷鳴のドラムを奏で、空気を震わせる。
鳥花の周囲には無数のプラズマが周囲を舞い、その全てが彼の持つ剣に収束していき、次に放たれる一撃が必殺のものであるとその場の人間に確信させる。
「まず────」
「黒雲雷天斬!」
雷そのものと成った剣から放たれた必殺の一撃は実葛の口からこぼれ欠けた降参宣言ごと、空の彼方へと吹き飛ばした。
実葛が埋まったビルは鳥花が剣を振った筋をなぞる様に抉れ、焼け落ちており、その一撃の威力を物語っていた。
「………逃げられた、か」
土煙が晴れ、その中から現れた少年、鳥花は膝を地面に着き、息を切らしていた。
彼の頬を汗が伝い、ぽつりと地面を濡らす。
ふと見た地面のコンクリートは彼を中心に剥がれくだけ、伝い落ちた汗が作ったのはシミではなく、小さな泥だった。
「装甲解除」
彼が一言つぶやくと、剣とパーカーは弾け、最初にチップから飛び出した鳥へと姿を戻す、そして責務を果たし、自由となった鳥たちはどこかを目指し、飛んでいった。
その様子はかつての日本が掲げた平和の象徴であり、それが意味するのは戦いの終わり、その事実だった。
「…えっと、その、大丈夫?」
体力が回復したら先程逃がした少女を探しに行こう、そう考えていた鳥花の方青いリボンで一つ結びにした黒髪を靡かせながら駆け寄ってきたのはその件の少女だった。
「………逃げてなかったのかい?」
鳥花は少し怒りを込め、目の前に佇む少女に座り込みながら、その視線を下から見上げる形で彼女の眉間に突き刺しながら、詰める様に意言い放った。
かなり危険な状況にあったにも関わらず自分の心配をしてくれるとは、きっと余程のお人好しなのだろう、本来ならそれは評価されるべきの物だが、命の取り合いの場である戦場においてそれは違った。
「凄い音がしたし……その、君が強いのはさっきので分かってるけど、やっぱり心配で」
気まずそうに眼をそらしながらぽつぽつと話す少女の姿を見た鳥花はその姿に何か覚える物があった。
それは、力が無いくせに誰かを思う気持ちばかりが先走り、戦場にはあまりにも不似合いなお人好しを併せ持った人物だった。
─────やっぱり、心配だよ.....
過去、桜の花びら舞う街道にて、目を涙ぐませながら兄と思われる青年の足にしがみついていた少年が同じ様なことを言っていた。
ただひたすらに無知で、何も知らず、憎むべき相手も分かっていなかった愚かしい少年を。
「........どうしたの?」
黙って一人回想に浸っていた鳥花を現実に引き戻したのは他の誰でもない、鳥花に昔の事を思い出させた少女本人だった。
鳥花は一瞬の沈黙の後、笑って、言った。
「君のお人好しさ加減に少し驚いてね、もう怒る気も無くなっただけさ」
少女はその言葉に神妙な面持ちを示し、それを確認した鳥花が土埃を払い立ち上がろうとしたが、それよりも先に少女が小さな手を差し伸べた。
鳥花は軽く礼を述べ、その”手を取って”立ち上がった。
そうして見上げた空は相変わらず紫一色で、風情も何も、時間の感覚すらおかしくなる異界だという事実を再び噛み締めた鳥花が腕時計を見ると、時計の短針は数字の「10」を指していた。
「……不味い、遅刻だ」
ここまで中学の頃から皆勤賞を貫き通してきた鳥花として、それは軽い絶望の事実だった。
脳裏によぎるのは学校で皆が普通に授業を受ける姿、そしてその中に一つ空いた自分の席。
そんな情景を思い浮かべた途端に鳥花のうなじに冷ややかなものがしたり、その余裕だった顔はまるでインクを落とした水のようにみるみる蒼白に染まって行った。
「君、どこか行く予定とかあった?俺が送っていくよ」
遅れるのが確定した鳥花は学校に行くのを諦め、目の前の少女を送り届けるのを理由に出来る限り学校をサボることに方針を固めた。
「良いの!?じゃあ、人参高校に行こうとしてたんだけど」
運が良いのか悪いのか、その人参高校こそ鳥花がサボろうとしていた学校だった。
断る事も一瞬考えたが、その赤い瞳をキラキラ輝かせ、期待に満ちた目でこちらを見てくる少女にそれを告げるなどというあまりに酷なことを出来る程彼は薄情な人間でも無かった。
「分かった、となるとここからだと電車が一番早いけど、時間は過ぎてるし...”アレ”で行くか」
これはもうそういう運命なのだと割り切った鳥花はポケットから小さな鳥の模型を取り出し、投げると「回想」と唱えた。
すると模型はガシャガシャ機械音を立て変形し、バイクとなった
「それ、どうなってるの....!?」
「超早い折り畳み電動自転車....ってことにしといてくれ」
いくら何でも無理のある誤魔化した鳥花はハンドルを握って跨った後、少女に後ろへ乗るよう指示した後、予備のヘルメットを少女に被せ、エンジンをふかして走り出した。
==============================
============================
「な、何とか昼前には着いたか」
先程と同じく紫色の空は時間の経過を感じさせないが、ただ一つ腕に巻かれた時計の針だけは時間という空の色を知っていた。
鳥花はバイクを校門近くの路地裏に止めると、少女に先に降りるよう促し、続いて鳥花も降りると、バイクは再び変形して模型に戻って鳥花のポケットへと戻って行った。
「今から元の世界に戻るけど、今日の事はあまり口外しないように」
鳥花はそう言うと最初この空間に入って来た時の様に右手を前に出し、手印を結ぶと詞を唱え始める
「我らは願う、久遠の故郷を。照らせ、虚の炎よ」
唱え終わると同時に空間にひびが入り、ガラスの様に割れるとその奥から覗いたのはいつもと変わらない美しい色彩の世界だった。
舞い込んできた現世の風はうだる真夏の海に吹いた一つの海風の様で、異界の不気味さを払拭しきる程ではなかったが、ほんの少しぐらいは和らげてくれるものだった。
「ここから出られる、気を付けて」
「ありがとう!必ずお礼するわ、また!」
走り去っていく少女を見送ると、鳥花も後を追って現世に戻り、空間の歪みに向かって剣を振るうと開けられたジッパーが下から上に上がって閉まって行くように、ひびは剣をなぞられたところから順に元に戻っていき、最終的にそこには最初から何もなかったようなただの路地裏が広がった。
それを確認した鳥花は背中のカバンを揺らしながら急いで人参高校へ走り、閉じられていた校門を軽くよじ登って無理やり入り、玄関へ足を進めた。
誰もおらず、静まり返った玄関にて靴を脱ぎ、上履きに履き替えた鳥花は階段を駆け上がり、自らの教室である1‐1へ足を進める。
途中、こんな時間に一人でカバンを背負って廊下を早歩きする鳥花に他クラス他学年の生徒たちが向ける奇異の視線を無視しやっとの事で教室が見える廊下までたどり着いた。
1年教室は改修工事の関係で現在端の校舎にあり、加えて1‐1はその奥の奥に位置するという始末だ。
「なんだか今日は騒がしいな」
角を曲がった途端奥の1‐1教室から聞こえるライブ会場の外を思い出させるような熱狂的な声々に鳥花は内心驚く。
時間的には今は二時間目だ、鳥花の記憶が間違っていなければ現時間の教科は担任の受け持つ歴史だった筈だ。
担任は結構甘く、ノリも良いタイプの教師だが、それにしてもまで声が聞こえるのは珍しい。
何か特別なイベントでもあっただろうか?
そんな思考を彼が巡らせている内に体は扉の前まで到達しており、教室のドアへ手をかけ、”熱”の中心に踏み込むとそこには盛り上がるクラスの生徒たちと、教卓の担任の隣に立つ見覚えのある少女が居た。
「転校生の、火器女 鬼灯です。よろしくお願いします!」
赤い瞳に、青いリボンで後ろに結い上げた黒髪。
そこにあったのは間違いなく今朝助けた少女が転校生として自分のクラスに来ているという事実だった。
転校生に注目が行っている隙を突いて忍者の如く席に着こうとしたが、普通に担任に肩を掴まれた。
恐る恐る振り向くとそこには案の定その面を般若の面に変えた担任が立っていた。
「.....ぁ、先生おはようございます」
苦し紛れにひねり出した鳥花の思い出したような挨拶は、時間的にはもう遅すぎる、南に浮かぶ太陽のそれには不似合いな物で、保護者の鉄線からは学校を出たと聞いたのに当の本人がいつまで経っても学校に現れないかつ連絡も着かず、普段から日々の業務により千切れかけていた担任の堪忍袋の緒を両断するには十分すぎた。
「蕪野ォ!何が”おはようございます”だ!お前今何時だと思ってる!?というか何で遅刻した!?」
先程まで熱に沸いていた教室が静まり返り、担任のみならず教室の民皆が鳥花の返事に注目する。
「えっと、電車に乗り遅れて....」
本当の事を話す訳にもいかないので、苦し紛れの通りの嘘を付くことにした鳥花だったが案の定それは現状を変える一手にも何にもならず、担任の鬼の形相は相変わらずで、さらに追撃の怒号が飛んでくるかに思われたが、それは現実へとならなかった。
「ちょっと待ってください!」
担任のマシンガンのごとき説教を止めたのはこれまた少女....鬼灯だった。
「えっと、その、その人!道に迷った私を案内したせいで遅れたんです!」
「本当なのか、蕪野」
静まり返っていた教室がざわつき始める、一瞬驚いた鳥花だったが、鬼灯から差し伸べられた手をわざわざ払いのける程ひねくれてもいない彼は遠慮なくそれをつかみ取ることにした。
「....はい、彼女、道に迷っていたので」
担任は呆れたようにため息を吐くと、「そういう事なら最初に言え」と一言言って鳥花に席に着くよう促した。
助かったと内心安心し、席に着いて荷物を整理していたら、隣の席の還から話しかけられた。
「どうして最初から道案内で遅れたって言わなかったんだい?」
「それは、馬鹿正直に言ったら”あの子のせいで遅れました”みたいな雰囲気になるだろ」
「別にそんなことしても君の得にはならないのに、実に君らしいね」
ニヤニヤする還を横目にカバンを開けて教科書を順に引き出しに突っ込んでいると担任が鳥花の名前を再び呼んだ。
「鳥花、この後昼休み学校の案内お前がしてやれ」
「....俺ですか」
「道案内もしたんなら学校の案内も出来るだろ。遅刻はそれでチャラにしてやる」
「やりますお願いします任せてください」
これ以上無い提案に鳥花は餌を与えられた餓死寸前の猛獣の如く飛びついた。
朝から激しい戦闘を繰り広げた末に担任に怒号を飛ばされる最悪の一日になるかに思われたが奇しくも自分が助けた少女によって事態がここまで改善するとは。
鉄線さんは以前善行は巡ってくると言っていたが、その通りなのかもしれない。
「あと、少し早いがキリも良いから授業はここまでとする。だがチャイムが鳴るまでは教室の外には出ないように」
担任がお馴染みの枕詞を添えて授業の切り上げを宣言する。
案の定教室は担任の宣言に再び熱狂に包まれるが担任の「別に続きやっても良いんだぞ」の一言で再び静寂が訪れる。
今日の1‐1教室は騒音のジェットーコースターだ。
「それじゃ私は昼飯食ってくる」
担任は鳥人族用の窓を開け、そこから飛び降りると翼を広げて青い大空へ飛び去った。
翼以外の人間の要素が強すぎて忘れそうになるが担任も鳥の半亜人だ、ここにも時代の波を感じるが皆の注目はそこでは無く転校生の鬼灯だった。
案の定担任が飛び去った後彼女を中心とした人だかりが出来ている、きっとあの中で質問攻めに遭っているのだろう。
体育祭も何もない今の時期に放り込まれた転校生という刺激は、入学から少し経ったことで新しい日常にも慣れ切って退屈していた彼ら学生という猛獣に与えられた新鮮な肉と同義だった。
「君は行かないのかい?」
授業が終わってこれまた小難しそうな本を読んでいる還がページをめくりながら問いかけてきた
「どうせ後で学校案内する時に出来るしな。それと、これまた何読んでるんだ?」
還はいつも本を読んでいる、小難しそうな哲学の本から子供が読むような童話まで。
本を読む彼の姿はどこか機械的で、それは娯楽というよりどこか作業に見える物ばかりだった、以前一度何故そこまでしてずっと本を読むのか質問したことがあったがその時は
「ずっと確認しているのさ、人間が何を思い、求めているのか。それが”前”から変わっていないのか」
だから自らの読書は娯楽では無く”作業”だと彼は言い放った。
正直意味不明であり、少なくとも蕪野鳥花には理解不能だったが還が時々教えてくれる本の内容は鳥花にとっても興味深いものが多く、昼休みまでの数分暇を持て余すこととなった鳥花がその期待を込めて還に問いかけた今日還が教えてくれたものはまた何か意味ありげな物語だった。
「”倍返しの怪物”という寓話さ」
「寓話、ね。で、どんな話なんだ?」
「かなりざっくりになるが、村に悪さをする怪物を幾人かの若者がそれぞれ退治しようとする話さ」
還は読んでいた本を机に置くと、椅子を鳥花の方に向けて座りなおすと、ジェスチャーを交えて説明し始めた。
「へぇ、それで?」
「皆倍返しに遭うのさ、例えば一人目の若者はこん棒で殴り倒そうとしたが二倍の大きさのこん棒で逆に嬲り殺された、二人目の若者は剣で倒そうとしたらその二倍の長さの剣で体を真っ二つにされ、三人目は松明の炎で焼こうとするんだが結果的に2倍の大きさの松明で身体を焼かれ殺された。」
「.....そりゃ酷いね、で、結局怪物は倒せたのかい?」
「4人目の若者が現れたんだ。彼は賢くてね、武器では無く美味しいリンゴと綺麗な水を持って行って怪物に渡した。すると怪物はそれを二倍にして若者に還したのさ。そうして怪物は”災い”から”恵み”となって村に豊かさをもたらしましたとさ、めでたしめでたし。って所かな」
「つまりなんだ、その.....何が言いたいんだ?」
「”返却性の原理”さ、鳥花。この物語は悪意には悪意が、好意には好意が返ってくること説いているんだよ」
還曰く、スーパーで試食コーナーで食べ物を貰って食べた時、「何か見たり買わないと悪いよな....」と感じるのは返却性の原理の一つであり、良し悪しはさておき、何かを向けられ、それを受け取った時点で
人というのは無意識的に何かを返さなければならないと思考が働くそうだ。
「流石寓話だ、為になる教訓って所?」
「そういう訳でもないよ、鳥花」
「......そういう訳でもない無いって、だから要は良い事したらそれが返ってくるから皆もそうしましょう!みたいなことを言いたいんだろう?」
「まぁ実際この本はそういうことを言っているよ。でも、これは僕個人の意見になるが、差し向けられた好意と同時に、誰かへの悪意も生んでいると考えることは出来ないかい?」
「差し向けられた好意が見方によっては誰かへの悪意になると?」
「そう、例えばある猟師がクマに襲われていた狐を助けたとする。勿論狐は返却性の原理に従って猟師に恩を返すかもしれない。だけど実はクマにも上死ぬ寸前の子供がいたとしたら?そんなクマからしたら猟師に向けられたものは悪意以外の何でもない。仮に子供が死んだとて、クマは猟師を恨まずにいられるだろうか?答えは否、クマはそれを悪意で返すだろう。結局の所、向けられた好意は二つの好意と悪意にそれぞれ変化し、帰ってくるわけだ。結果として返却性の原理は成り立っているが......一つの好意から悪意が生まれたのもまた事実、この場合、本当に良い事をすればその全てが好意として帰ってくるのだろうか?」
「.......それは誰かを妨げて誰かを救う選択をしなければいいだけじゃないか?」
「そんな事が本当に可能なのかな?全ての生き物はいつだって他を糧として生きてきたが.....それを含めて問うているんだよ?」
「……それなら俺は、俺の救いたいものを救うよ。そこに悪意が巡ってくるのならば、それもすべて打ち砕くだけだ」
「随分とまた、傲慢な答えだが、実に君らしいな」
満足げに笑った還は、何かのノートにメモし、それを彼が閉じると同時にチャイムの音が聞こえてきた。
それを皮切りに隣の教室、学校全体から聞こえる一斉に席を立ち、号令をかける音や、一気に騒がしくなる教室、それらは長い授業という砂漠を歩き続ける学生たちが毎日同じ時間に必ずたどり着けるたった一つのオアシスを喜ぶ声そのものであった。
「えっと、蕪野、君?さん?」
「鳥花で良いよ、俺は君をなんと呼べば……」
「普通に鬼灯で良いよ!」
「それならよろしく、鬼灯さん」
「こっちも改めてよろしく、鳥花くん!」
前から駆け寄ったのは先程までクラスの皆から質問攻めに遭っていた火器女鬼灯その人で、息を着きながら手鏡と睨めっこし、前髪を直す姿は命辛々といった様子だった。
折角なら還も誘おうかと隣を見るとその姿はなく、窓際に彼の特徴的な白い羽が落ちているだけだった。
「じゃあ、食堂から紹介するよ、付いてきてくれ」
「はーい」
===========================
===========================
学校の場所を一通り紹介した鳥花は鬼灯の頼みで屋上に来ていた。
「この学校は気に入ったかい?」
「えぇ、とってもいい所だわ!キレイな所ばかりだし、人もみーんな良い人でびっくりよ」
青いリボンで結い上げた後ろ髪を揺らし、目を輝かせて飛び跳ねる彼女の喜び方はまるで初めて来た場所に興奮する子供のようだった。
「それにしてもどうして屋上に来たかったんだい?君は別に鳥人族じゃないだろ?」
一部の生徒、鳥人族は玄関口として屋上を選ぶ傾向がある。その為大戦以前の日本では基本的に閉鎖されていた学校の屋上が今では完全に開放されているのだ。
「そうね、私鳥人族じゃないけど空が好きなの。昔、家の事情であまり空が見れなくて、見れる内に目に焼き付けておきたいの」
"見れる内に目に焼き付けておきたい"、彼女は、火器女鬼灯はまるでいつか見られなくなる様な、そんな言い方をした。
「空……と言えば、今朝の事だけど、あの友達とやら、どこで知り合ったんだい?」
「ネットよ、メッセージでこの町の事を右も左も分からなかった私を案内してくれたのよ」
「で、待ち合わせ場所に行ったらあんな目に遭ったと」
ネットで知り合った相手にホイホイ着いて行って犯罪に巻き込まれる、残念ながらスマホが普及した現代ではよくある事だ。
隣を見ると鬼灯は口を半開きにしてぼーっと空を見つめており、その様子は警戒心の無さも相まって狸を想起させた。
「………明日もここに来て良い?」
「別に、何時でも屋上は開いてるからね」
屋上の中央に座っていた鳥花が立ち上がり、柵に寄りかかると、そこから見えたのはタケノコのように伸び続けるビル群が建ち並ぶ高田市の姿だった。
「全くいい街だよ、ここは」
そう呟いた瞬間、不意に、気持ちの良い春風が首筋を凪いだ。
しかしそれも、春の終わりかけ、冷えて乾燥した冬の空気は桜が連れて去って行ってしまったようで、そこに含まれていたのは夏の近さを教える暖かさ、それだけだった。
「授業に戻るか」
感傷に浸っている鳥花と鬼灯を現実に引き戻したのは休み時間の終わりを告げるチャイムの音だった。
=========================
=========================
「じゃあね、鳥花君」
西に沈みゆく太陽が連れてきた夕焼けはすっかり教室を赤く染め上げ、その下中にたむろする鳥花たちに1日の終わりを告げようとしていた。
黄昏時、その時間帯は還の様に友人に手を振って帰路に着く者も居れば、学校に残って部活動に励む者も居る、そんなそれまで全く同じ行動を共にしていた学生たちがそれぞれの道に分かれる離別の時間でもあった。
「鬼灯さんは....もう帰ったか」
この町について右も左も分からないと言っていた彼女が一人で帰ることが出来るとは到底思えず、帰りも良かったら駅ぐらいまでは案内しようかと考えていた鳥花は教室をもう一度一通り見回し、鬼灯が完全に帰ったことを確認すると一人で家に帰ることを決めた。
「....?」
荷物をまとめ赤く染まった教室を後にして、階段を下っていると、とある物を見つける
「これは...」
それは、今日の朝から何度も見た青いリボンだった。
鬼灯が朝から肌身離さず着けていたリボン、それが廊下にポツンと一つ落ちている、それが意味することは、ただ一つだ。
「あれほどの攻撃を受けて一日の内に追撃をしに来たのか.....!?」
急いで手印を作り、詞を唱えてコロドへの道を開き、駆け込むとそこには今朝鬼灯を襲撃した実葛が倒れ、地に伏す姿、そしてその隣には右腕から血を流しながら膝を付いている少女が居た。
「な..............!?」
鳥花は、その光景に絶句した。
実葛が倒れている事も、少女が腕から血を流している事も、本来ならば問題だが目の前にいるソレに比べれば別に大した問題では無い。
その隣に立っている少女が問題なのだ。
「その、髪色は......」
以前、亜人は世界的に5種類であると定義されていると言った。
そう、本当に定義されているだけで存在していない訳では無いのだ。
”ソレ”は亜人の定義を満たし、それどころか他の獣人種や魚人種などよりもずっと純人間に近い存在でありながら、その人の形で為されるものとしては汚らわしく、あまりにおぞましいが為忌避される生き様と、過去”人類”に与えた甚大な被害から亜人.....否、人間として扱われず、”害獣”として殺害では無く”駆除”すべき存在として扱われる最悪の種族。
「鬼灯さん......貴方は、吸血鬼だったのか?」
その月の光をそのままインクにとって塗ったような白銀の髪に、最初会ったときから特徴的だった紅玉のの如き光を宿す瞳、その色の組み合わせを持つただ一つの種族、吸血鬼。
生存自体をこの日本においては許されていないその種族の特徴を余すことなく満たした目の前の少女は、今朝助けた”火器女 鬼灯”その人だった。
「あー.......キミには、バレたくなかったんだけどな」




