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虚像回想  作者: あるぱす
1章 暁の約束
12/14

記録12 果たされる約束

本当は、貴方を殺したくなかったなど零したら、笑われてしまうだろうか。

あれほどそのために固執して、憎しみだけが己を突き動かしてきたと吐いておきながら、兄を愛していたと言ったら、信じてもらえるだろうか。

本当に、貴方が俺を想っていたのなら、何故そんな約束を、結んだのだろう。


「鳥花、暁を見る約束、覚えているか?」


その日の兄は、俺の顔を見なかった。

ずっと遠く、宙の彼方を、見つめていた。


「勿論!楽しみだね!兄ちゃん!」


どうしてこれまで貴方は黙っていたのだろう。

最初から守れなくなったのらな、そう言って欲しかったのに。


「本当にごめん、鳥花。実は兄ちゃん、もう少し時間があると思ってたんだけど、残り少ないかもしれないんだ」


よく大人は、子供は言葉の深い意味なんて、分かってないと思っているが、案外理解していて、大人が忘れているだろうと考えても、心に残っていることが多い。

そんな兄の一言も、その一つだった。


「長くないって.....兄ちゃん、どういうこと?」


頭の奥底でその意味を曖昧とはいえ理解していながら、直接訪ねなかったのは臆病であった他無い。


「約束の日を迎えるころには、お前の傍に居られるかもう、分からない」


公園のベンチから見える、宙の星々は次々に光を灯していくのに対して、隣の兄はまるで消えかけのランプの灯の様に、緩やかに力なく体を上下に揺れ続けさせていた。


「そこで頼みがあるんだ、鳥花」


兄が差し出した大きな手の中にあったのは、銀で作られた瞳の無い鳥のキーホルダーだった。


「もしも、僕が約束を守れなかったら、このキーホルダーで、僕を、殺してくれないか」


一瞬、時が止まった。

齢5歳と言えど、殺すの意味など分かる。

だからこそ、目の前の何よりも大好きな兄が、言った事が分からなかった。


「は、兄ちゃん?何言ってるの?」


「ずっと鳥花には黙っていたけれど、僕は、この世界の人間じゃない。だから追い出されるんだ、僕の心が、魂が.....そしてその内、虚像に消えてなくなる」


突然兄が言い出したことに鳥花は理解が追い付かなかった。


「そうなったら多分、僕はもう、鳥花の知ってる僕じゃない。そんな事になるくらいなら、僕は僕のまま、死にたい。最後に、お前と一緒に過ごしたかったけど......それももう、叶わないかもしれない」


兄の顔は、小さな鳥花には、見えなかった。

鳥花に向けた頭の裏側では涙を流していたのかもしれないし、沈んだ瞳を浮かべていたのかもしれないが、最早分からない。


「..........何言ってるか分からないよな。ただの冗談だよ、だから忘れて─────」


「いいよ」


項垂れた飛燕は急いでだした言葉を取り消そうとしたが、それに待ったをかけたのは鳥花だった。


「俺、約束するよ。兄ちゃんが兄ちゃんじゃなくなったら、俺が兄ちゃんを殺すよ」


「..........本当にいいのか?」


「兄ちゃんは、俺のお願い何でも聞いてくれたから、俺も一つぐらい、聞いてあげる」


「────そうか、ありがとな」


飛燕は、手の中のキーホルダーを鳥花に握らせた、そして星を見るのをやめ、ベンチから立ち上がった。

きっとその時からだった。

桜が全て散って、葉桜に変わる、春から夏へと移り変わる、そんな時期。

蝉時雨を聞くには少し早すぎる、冬が残していった少しの寒気を桜が連れて行った、そんな時を境に、兄は、瑠璃菊飛燕は、残酷な願いを持たせ鳥花を置いていった。


その季節に、小さな少年の心をただ、縛り付けて


立ち上がった飛燕と、鳥花は手を繋いで、家へと帰る。

足取りは同じはずなのに、見据える方向は、違っていた。


=====================




















======================


「兄貴を殺す約束、体をバラバラにされても尚、果たしたくなかったんだ。本当は、酷い目に遭わされても、俺の世界は全部兄貴で出来てて、また一緒に暁の光を見たいとさえ、思っていたんだ」


鳥花は瞳を伏せ、絞り出すような声で、ぽつり、ぽつりと続けた。


「だから、憎しみで、自分自身を塗りつぶした。兄貴をただ恨めば、楽に殺せるから」


「その約束の事、どうしてずっと黙ってたの?」


「決意を揺らがせないために、憎しみで塗りつぶした悲しみを思い出すわけには行かなかった。どうせ俺は兄貴の代わりに涙を流すことも、兄貴との約束を破ることも出来ないからだ」


鳥花の偽物の目は涙を流せない。

それは彼の目が人間としての機能を失っていることを意味している、だからこそ彼は笑うとき、口角を上げたりするだけで、瞳が笑ったことは無いのだと、鬼灯は納得した。


「それを頭で分かっていながら俺は中途半端な弟故に、最後まで決意が鈍っていた。だからこそ、ウリエルが瑠璃菊飛燕は既に死んだと言った時、一瞬だけ、安堵したと同時に、絶望した。俺は、兄貴との約束も守れず、それどころか、兄をこの手にかけずに済んだことに、安堵を覚える程の愚か者だったという事に」


「そんなの、当たり前だよ!いくら約束でも大好きだった兄弟を平然と殺すことのできる弟なんていないよ、いや、いちゃいけないよ」


鳥花の自らをあざけるような言い方に鬼灯はすかさず反論し、そんな鬼灯に対し鳥花は軽く微笑んだ。


「.........やはり貴方は優しいな。そんな貴方に言ってもらえたからこそ、俺も心に整理が着いたのかもな」


「心の整理........?」


「あぁ、ずっと兄を殺したいのか、殺したくないのか自分自身でも分からなくなっていた俺にも、貴方に言われて答えが出た!結局の所俺は、貴方の言う通り、困ってる人間は誰も見逃せないお人好し野郎のようでな、兄貴も、オカルト研究部の皆も助けたいらしい」


その時鳥花は初めて、目で、小さく笑った。

これまで会った時から、今日という日まで常に作って来た偽物の笑顔ではない、心からの笑顔だった。


「さっきは怒ったような言い方して、悪かった。貴方の事だ、そのキーホルダー、届けに来てくれたんだろう?」


鳥花の言葉に鬼灯はこくりと頷き、キーホルダーを手渡した。


「手術台の上で無くしたと思ってたんだが………兄貴はずっと持ってたらしいな」


鳥花は手元のキーホルダーを感慨深く見つめ、胸に当てると、1人頷くと、鬼灯に背を向け、飛燕が暴れる方へ歩き出した。


「感謝するよ、鬼灯さん。このキーホルダーの力があれば、あの兄貴を止められる」


鳥花が感じ取ったのは2つの物だった。

1つは自らの(ファルス)をブーストさせる装置、そしてもう1つは、かつて失った自らの瞳の鼓動だった。


「鳥花くん!私も一緒に止めに────」


鳥花は背を追おうとした鬼灯に手を突き出し、制止した。


「これは、俺がやらなければいけない事なんだ。貴方の気持ちはありがたいけど、ここは俺に任せてくれないか、瑠璃菊飛燕の誇りを守ると思って………」


振り返った鳥花のこれまでとは違う、憎悪に満ちた表情でも、嘘の笑顔でもない、安らかな微笑みに鬼灯は思わず黙り込み、頷いた。


「必ず、飛燕兄を弔って、ね.......」


たとえそれが偽物であれ、飛燕が連れて行きそこねた残り香であれ、鳥花にとっては兄に変わりはない。

しかし、本当の意味で、皆を、兄を助けると覚悟を決めた鳥花はメモリーチップとキーホルダーを左手に握りしめ、(ファルス)を発動する。


「『虚像回想』、『回想(リコール)』」


鳥花が呟くとチップ達を持つ方とは反対の右腕に真実を告げる剣(スロウド)が現れ、チップたち青い輝きを放ち出す。


「『暁炎武装(ホログライド)』!」


チップと同時にキーホルダーが叩き割られる。

チップの中からいつも通り出てきた青い鳥は、叩き切られたキーホルダーから吹き出した炎によって青から暁の光を示す橙へと変化し、鳥花へと吸い込まれていく。

しかし、普段の情光武装(ホログライド)と比べ、鳥の量が尋常ではなく、加えてその一つ一つが炎を纏っているので、鳥花の体へ吸い込まれていくうちに彼自身の体が炎の渦に飲み込まれるような形へとなって行った。


「鳥花………くん?」


炎の渦が消え、中から現れた鳥花の後ろ姿は鬼灯の知るものとは全く異なっていた。

服装は先程まで普通の制服だった物が、橙色を基調とした軍服へと変わっており、黄色の刺繍で太陽の紋章が刻まれたマントまで羽織っていた。

普段制服以外の服を着ている所を見た事がない鳥花のファッションセンスとは思えない物だ。

しかし何より鬼灯が度肝を抜かれたのはその髪だった。

黒曜石の様に黒い髪は水平線の向こうから登る暁の光をインクにしてそのまま落とし込んだような薄く淡い、オレンジ色となっており、毛先は黄色からピンク、紫、青のグラデーションまで付いている。

最早別人である。


義眼(おまえ)も、10年間、ありがとうな」


鳥花はそう言うと常に付けていた漆黒の義眼を取り外し、そこら辺に放り投げた。

鬼灯からは鳥花が背を向けており、彼の顔を見ることが出来なかったが、鳥花の明るい声からとうとう瞳を取り戻した事を感じ取っていた。


「ちょ、鳥花くん待っ─────


「それじゃあ、行ってくるよ!」


鳥花がしゃがみこむと、マントの下から炎の翼が生え、轟き燃え上がる。

直後足を踏み切り上空に向かって飛び立つと、それは終わらない夜にただ1つ浮かぶ紅の星へと成った。

上昇速度は凄まじく、鬼灯が声をあげるも彼に届くことは無かった。


「見せてやるよ、不死鳥装甲(フェニックスカスタム)の力を!」


腐り落ち、悔恨渦巻く邪悪そのものとなったそれは、鳥花への後悔を吐き続けながらコンビナートを中心とし全てを呑み込まんと波のように押しかける。

そして空は紫ではない、漆黒、それが意味するのはここがコロドでは無く現実世界であり、もし止められなければ多くの人間が犠牲になる事実であった。

影はそのうち人の形へと変わって行き、鳥花に手を伸ばす。

地を這いつくばりながら鳥花へドロドロと腐り落ち続ける手が求めるは許しか、はたまたかつてのように手を繋ぐことか、最早誰にも分からない。


「ちょう、かあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


無数の黒い手が伸びるが鳥花はその全てを鳥花は生えたばかりの炎の翼を操り、次々避けていく。


「来い、夜明けを告げる剣(デイブレイド)!」


鳥花の(ファルス)が強化されたのに伴い、その性質を変え、鳥と同じく蒼から橙色に変化し、刀身は常に燃え盛る業火となったその剣は鳥花の意思に答えるように伸びる黒い手を燃やし尽くしながら手元に飛んできた。


「行くぞ!兄貴!」


猛スピードで空を翔ける鳥花の後ろをなぞる様にいくつもの黒い手が追うが、数を重ねるうちに星空を汚す一つの黒い飛行機雲へと姿を変える。


「燃やし尽くしてやる!」


鳥花は一定以上の手を引き付けたタイミングで翼の炎を逆噴射すると元が植物である黒い手たちはみるみる内に燃えていく。

他人の虚力(ブレイズ)を触れた瞬間直ちに腐らせ、取り込むという性質を持つ飛燕の黒い手、その手は本来虚力(ブレイズ)出来た鳥花の炎を取り込むはずだが、それどころか鳥花に触れた場所から燃え尽き、灰となっている。

それは瞳を取り戻したことで鳥花のイメージする能力自体が上がったことで虚力(ブレイズ)が今までの雷に比べ、炎という形で具体的に顕現している事、そして鳥花の想いが兄を必ず弔うという強い一つの目的へと絞られた上で顕現した不死鳥装甲(フェニックスカスタム)虚力(ブレイズ)の出力が以前の雷鳥装甲(バートニングカスタム)と比べ、3倍以上に上がっている事が関係している。

上記の二つの理由によって常に強化されている今の鳥花の炎は酸素の代わりに虚力(ブレイズ)を燃料として炎上しているため、飛燕の虚力(ブレイズ)すらも取り込む前に燃料として炎上するため、飛燕の黒い手も触れた所から焼き尽くしているのだ。


「ごめ、ん、ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん!」


少ない手では鳥花を捕まえることは不可能だと判断した飛燕は、全方向から包み込むように黒い手を伸ばした。

鳥花は空中に浮いたまま動かない。

そのままでは勿論鳥花は大量の黒い手に包まれ、空中に一つの黒い球が出来上がるまでに一秒もかからなかった。


「俺もう、兄ちゃんの手が無くても、歩いていけるんだ」


直後内側から微かな光が漏れ出し、大きな爆発と共に黒い手は全て灰となって吹き飛んだ。

差し出す攻撃全てを燃やし尽くされた飛燕は、思わずうめき声をあげ、一瞬動きを止める。

鳥花はそんな隙を見逃さず、遥か空高く、飛び上がる。


「これで、終わりだ.............!」


星々が照らす黒天にて、鳥花はメモリーチャージを始める。

うねる炎は心臓のように鼓動し、そこから生まれる熱は周囲の空気を歪ませる。

豪炎を纏う夜明けを告げる剣(デイブレイド)にコンビナート一帯を一撃で消し飛ばす程の力が溜まった事を確信した鳥花は、絶えず自らに黒い手を伸ばし続ける黒の巨人の頭に向かって翼を羽ばたかせる。

皮肉にもその全てを腐り落としながら迫る巨人の手は、飛び方を知った鳥には届かなかった。

そして、とうとう巨人の頭まで辿り着いた鳥花が、溜めに溜めたブレイズを余すことなく注ぎ込んだスロウドに手をかけ、振るった。


暁の約束(ラスト・オース)


振り払われた剣から放たれるはコンビナートをを飲み込む影を、その全てを一瞬にして飲み込む程の炎。

炎は腐った植物を全て余すことなく焼き払い、灰へと還していく。

伸ばした手も、鳥花に届く前に全て灰へと変わってしまった。

そして、とうとう、最期まで手が届く事は無かった、自ら離した手を再び掴もうとする傲慢を世界は、鳥花は許さなかった。

しかし、ただ1つ、確かな事があった。


「あぁ…………良かった」


不意に漏れた安堵の声は、鳥花のモノでは無い、最後に取り戻した誰かの正気だ。

消えゆく意識の中で、瑠璃菊飛燕の脳髄は確信していた。

自らの手は、届かなくて良かったと

理由なんて、簡単だ。

人の手を離れ、空へと飛んでいく鳥に、もうそれは、必要の無いものだから。

きっと掴んでしまえば、力を込めなくとも、その小さな足を引っ張ってしまう。


「さようなら、蕪野 鳥花」


最後に聞こえた別れの挨拶の余韻に浸る間も無く鳥花を照らしたのは地平線を上書きするように凪いだ炎が呼ぶ人々から奪われた暁の光、帳そのものを両断し、その奥から顔を覗かせるは、さんざんと煌めく暁の光だった。


「………綺麗だな」


取り戻した瞳で見る10年ぶりの朝日は、言葉に出来ぬほど、美しかった。

最期に見る景色が、これで良かったと、鳥花の心を満たすほどに。

連戦に次ぐ連戦に加え、体の限界を超えた虚力(ブレイズ)の使用によって装甲は消え鳥花は元の姿に戻ったことで翼を失い、上空から自由落下して行く。

しかし、足掻く様子も、恐怖する様子も鳥花は見せなかった。

長年後悔していた兄との約束を果たし、仲間達を守れたのだ。

彼が求めた物は全て余すことなく満たされ、もう、死に物狂いで生き残ろうとする理由も、無かったのだ。


「鬼灯さんには、お礼、言えば良かったな.......」


最初は約束を果たそうとする自分を邪魔する彼女は、助けなければよかったかもしれないとさえ思った。

しかし、最終的には彼女のお陰で、心残り一つなく、兄との約束を果たすことが出来た。

彼女がキーホルダーを届けてくれなければ、この手で兄を討てたかどうかも、分からなかっただろう。

思い出すのは、出会ったあの日。

兄を追い、殺すことをばかりを考える自分に嫌気が刺しながら、自分をここまで育ててくれた鉄線には誇れる人間であるよう、困っている人間は誰でも見境なく助け、いつしかそれが性となって行った自分が、理由なく助けた誰かの一人だった彼女が、ここまでやって来るとはあの日は夢にも思っていなかった。


「怒るだろうなぁ、鬼灯さん」


きっと彼女は自分が兄を殺したその後で自分が死ぬことを決めていたと知ったら、間違いなく憤慨するだろう。


「何で黙ってたの!?」


そんな風に、何度流したか分からない涙を浮かべ、怒鳴るのだろう。

そんな彼女の顔を思い浮かべると、心が少々いたたまれない気持ちになった。

しかし彼女は(ここ)には来ない。

理由は簡単、もはやここには朝日が差しており、仮に翼を広げ、ここに来たとて、力を解放した彼女の体は太陽に光に焼き尽くされてしまうからだ。


「────ねぇ!ちょっと!聞きなさいよ!鳥花くん!」


ここに来て聞こえる幻聴が育ててくれた鉄線や、兄の飛燕の物でもなく、会って間もない少女だとは、自分も案外惹かれていたのかもしれないと、自嘲していると、一つの疑問が湧き上がる。

本来自分が聞いている”声”は全て鳥が聞いたものが文字起こしされ、脳に直接送信されている。

鳥が幻聴を感知するなど、あり得ない、つまり今聞こえている声は、本物の彼女の物だ。


「鬼灯さ─────」


振り向いた場所に居たのは、蝙蝠の二翼を大きく広げ、落下する鳥花の方へと飛んでくる、燃えるような紅玉(ルビー)の瞳に、朝日を背にして大きく揺れる腰まで伸びた月の光をそのまま落としこんだような優しい白銀の頭髪、スラリと伸びた手足は若干白く、まるで作り物の精巧な人形のような美しさだった。

初めて己の瞳で見るその少女の顔は鳥花が自分の鳥を通じて得た曖昧な情報から想像した物よりもずっと精巧で、美しく、鳥花はしばらく言葉を失い、落下しながら唖然としていた。


「へ?鳥花くん!?何ボーっとしてるの?早く私の手取って!」


「............ぁ、いや、それは、すまないが、出来ない」


正気を取り戻した鳥花は、鬼灯からの誘いを遥か空の上で、断った。


「俺の役目はこれで終わりなんだ。兄を弔い、貴方達を守れた。貴女を吸血鬼から人間に戻すという約束も、俺のこのキーホルダーとリボンを重ねて取り込めば、達成されるだろう。だからもうやる事も、生きる理由も....俺には無い」


蕪野鳥花という男の中に、自身の未来の姿は無い。

ここで自分で燃やし尽くした兄と同じく、陽光に包まれて朽ちていくのが自分の道だと本気で信じているのだ。


「俺はさ、これまで兄を殺す為だと言って、俺を救おうとしてくれた人たちの手を払い除けて、ここまで来たんだ。そんな俺が目的を達成したからと言って手のひらを返し、この先誰かの手を取って生きていくなど、許されないし、俺自身、許すことは出来ない」


蕪野鳥花を復讐や、破滅の道から救い出そうと手を差し伸べたのは火器女鬼灯が特段初めてではない。

これまでにも、鳥花と関わった何人もの虚使いや、一般人、その立場は先生だったり、親友だったりと場合によって異なったが、様々な人物が手を差し伸べた。

しかし鳥花はそれらを一つも、取る事は無かった、それどころか、払い除けてきたのだ。


「彼らの想いを無下にした俺は、報いを受けなければならない。それが”今”なんだよ、鬼灯さん。仮に俺がこの先人並みの幸せを得ようとしたら、その時、俺は邪悪な嘘つきと成り果てるだろう。そんな事は出来ない。だから貴方は、俺の手を取ろうとせず、早く帰れ」


落下する風に紛れながらも鳥花の重い声は鬼灯に届いていた。

それでも鬼灯が、食い下がることは無かった。


「────なら!これから一緒に取りに行こう!」


鬼灯は、真っすぐな瞳で手を伸ばした。


「君が、その人たちの手を払い除けたことを罪だと思うのなら!これから払い除けた手を取りに行けば良いんだよ!なんなら私が一緒に手を取りに行くから!君が死ぬことで罪を償うなんて馬鹿な真似辞めてよ!君に幸せになって欲しいって手を差し伸べた人たちがそんなんで気が晴れるわけ無いだろ!」


鬼灯は、翼からプスプスと黒い煙を出しながら。

人形のように美しい手足に、小さな黒い焦げを作りながらも、鳥花に手を伸ばす。


「少なくとも私は!君にここで死なれるよりも!君と過ごす方が、ずっと楽しいよ!」


─────気づけば、手を握っていた。


掴んだ理由は、鳥花自身にも、理解できなかった。

考えるよりも先に、体が動いていた。


「やっと掴んだ!飛ばすからちゃんと握っててね!」


鳥花は、背中から差す暁の光に、その身を焼かれながらも、屈託の無い笑顔で離すまいと自分の手を強く掴む鬼灯の顔から目を離すことが出来なかった。

その時、初めて胸の中に生まれた鼓動に戸惑いながらも、鬼灯と共に地上まで降下し、久方ぶりに地に足付けた瞬間、傷だらけで、全身の所々から血を流していることに気づいて、自分が未だこの世界に生きていることを、嫌でも理解させられた。


「────ねぇ!」


殆ど跡形なく消え去ってしまったコンビナートの中でも、わずかに形を残していた蒸留塔の影で鬼灯は髪を白いリボンで結びながら、鳥花に声をかけた。


「さっき手を取ってくれたことは、OKって捉えて良いんだよね!?」


鳥花は、「何故、助けたんだ!」怒鳴ろうとしたが、吸い込まれそうな赤い瞳をキラキラ輝かせる少女の顔を見ると、濁院は自然と喉の奥に下がって行き、それどころか、ずっと見ている内に、その瞳を見ることが出来なくなってしまった。


「........ちょっと、どうして目を背けるの?」


返答に困った鳥花は、小さく「早く行くぞ」と呟くと鬼灯はそれを鳥花からの肯定の返事だと受け取った鬼灯はその場で飛び跳ね、重い足取りでとぼとぼ歩いていた鳥花の手を引き、奥で手を振り待つ水仙と苺の元へと連れて行った。


==============


















==============


「ねぇ良かったの?鳥花君生き残ったしなんかすごい強くなっちゃったよ?」


ほぼ更地となったコンビナートを遠い高層ビルの屋上から双眼鏡で見つめる一人の男が居た。

男は黒いフードを被り込んでおり、その姿を確認することは出来なかった。


「構わん、どの道『鏡鳴武装(ミラーバースシステム)』の敵ではない」


その男の後ろには同じく黒いフードを深くかぶり込んだ少年が居た。

余りにも整った顔立ちに加え、細い体つきによって一見少女にも見間違えそうだが、少女というにはいささか低い声が、その少年が少年たることを証明していた。


「それに、鳥花が、ヤツが選んだ道によって俺は奴を殺すかどうか見定める必要があった」


「.........へぇ、で、結局今日のこの結果を見て君はどうするんだい?」


少年の言葉に興味を持った男は双眼鏡をポケットにしまい、二ヤツいた顔で少年に尋ねたその時、大きな風がビルの屋上を通り過ぎた。

春の終わりを告げるような、桜を連れ去って行った風は少年の黒いフードを吹き飛ばし、その下に眠る憎悪に満ちた顔を露にした。


「今この瞬間この俺はかつての親友として、蕪野 鳥花を亡き妹の誇りを守るために、殺す事を決めた」


フードの下から現れた思わず目を瞑ってしまいそうなほど眩しい輝きを放つ黄金の頭髪、そして憎悪に染まった翠玉(エメラルド)の如き美しい瞳、極めつけは人間のモノでは無い尖った長い耳。

その容姿は亜人大戦を経て、その数を大きく減らし、今となっては絶滅危惧種として指定されていながら、その長き寿命故に生存把握がひどく難しい、森の賢者とも呼ばれた種族の物。


「いやぁ~ご先祖様も泣いてるんじゃない?高貴なる日本の長耳族(エルフ)の末裔たる少年がこんな親友への復讐に走ってるだなんて知ったら、さ.....って、え?」


けらけら笑う男の首に突き付けられたのは、恐ろしい赤槍でも、蒼剣でも、拳銃でもなく、先端の石突が刃となっているビニール傘だった。


「たとえ貴様でも許さんぞ、ミカエル。この俺を欠番だったラファエルとしてヴァルキリアに迎えてくれたことは感謝するが、俺は梔子の為にお前たちと協力しているに過ぎない。いつでも切り捨てられる事を忘れるな」


「あァー....はいはいはいはい、分かりましたよ、孤百合坊ちゃま」


長耳族(エルフ)の少年は目くじらを立てながらも、フンと鼻を鳴らすと、傘を下げた。


「これは始まりだ。血と虚像にまみれた呪いの戦いはこの『鏡像の復讐者』、(かがみ) 孤百合(こゆり)の憎悪と復讐によって今、幕を開ける!鳥花よ、俺との再会を楽しみにしておけ」


遠くの景色でトカゲの獣人に抱きしめられる鳥花の姿を見つめながら、鏡 孤百合は季節を感じていた。

街路に咲いていた桜は散りかけており、木々は皆少しづつ葉桜へと変わろうとしていた。

もうすぐ来る梅雨の大雨がそれを完全に洗い流すのだろう。

歩き回る都市の人々の服装も長袖が少し減り、半袖の軽装をする人間が増えていた。

美しい暁の向こうに待ち受ける雨雲を見て、ニヤリと笑った鏡 孤百合は、風に乗って飛んできた桜の花びらを握りつぶすと満足そうに室内へと帰って行った。

出会いの春は終わり、季節は降りしきる雨粒が映し出す己と向き合う、戒めの梅雨へと、確かに変わろうとしていた。


===1章 <(あかつき)約束(やくそく)> 完===


NEXT→→→→→→<鏡像の復讐者> へと続く

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