記録11 死して尚
「虚使いの死体は火葬しなければならない?」
いつかの日、朝の酢束でオレンジジュースを啜っていた鳥花に鉄線が投げかけた話題だった。
「あぁ、君はそうそう殺しはしないだろうけど、一応知っておいて損は無いだろう」
鉄線はランチに向けてプリンの仕込みをする片手間、続けた。
「前提として虚使いと普通の人間の違いって何だと思う?」
「........虚を使えるか、どうか、ですか?」
「悪くない答えだ。しかしそれは不正解。正解は自らの虚力を知覚できるかどうかだ」
鉄線曰く、全ての人間が虚を生まれながらに有しているらしい。
が、それを行使するための虚力を操るには一度でも何らかの形で知覚する必要があり、殆どの人間はそれを知覚する機会を得ない為に虚が使えない。
しかしその一方で虚を使う場面を目視するだけでも普通の人間が虚力を知覚出来るようになるようで、操れるようになると同時に虚を使えるようになるんだとか。
「まぁそんな訳なんだけど、鳥花君は虚力が人の脳から生成される意思や心のエネルギーだって事は知ってるよね?」
「それは知ってますが....これまでの話とどう関係が?」
「普通の人間も虚力を生成するんだけど、知覚できないが故にプレーンな物でね、基本的に真っ白なんだよ。だけど虚使いが生成するものは違う。近く出来て操れるから、本人の意思や感情がかなり鮮明に刻み込まれてるんだ。周囲の物に影響を及ぼすほどに、ね」
「周囲の物に影響を及ぼすとは....どういう意味ですか?」
「普通は虚力って実体が無い霧状のエネルギーなんだけど、それが濃くなりすぎると実体を持って箱とかを動かしたり、物理的に色々な物に干渉出来るんだよね。.....で、その例の一つとして虚力に刻まれてる意思に従ってヒトの肉体が動いた例がある」
最後の一文を聞いて鳥花もとうとう鉄線の最初の言葉の意味を察し、思わずジュースを啜る口を止めた。
「お察しの通り、死んだ虚使い火葬しないと虚力によって死体が動くのさ。生前の遺志に従って、ゾンビみたいにね」
「それは...........最早生き返りに近いのでは?」
鳥花が思わず漏らした言葉に鉄線はプリンを仕込む手を止め、低く、重い声で言った。
「それはあり得ない、鳥花君。あくまでそれは死の直前の遺志が肉体を突き動かしているだけ、そこには生前の人格は勿論、記憶も無い。頭を切り落とされても虫が手足をばたつかせるのと何ら変わりはしないんだ。いや、そうでなければならない」
プリンの液を入れた容器を冷蔵庫に突っ込んだ鉄線はしばらく自分の右手のひらを見つめた後、夕飯の準備を始め、以降その話題を自分から切り出すことは決して無かった。
===========================
=========================
「クソ、兄貴、なのか............!?」
突如先程までウリエルだった筈のモノが兄の名を名乗った事に言葉を失う鳥花は、脳の処理が追い付かず、その光景を見つめることしか出来なかった。
そうして、再び瑠璃菊飛燕は、口を開いた
「ぼ、僕は─────
─────僕は鳥花と暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁を、暁.............
壊れたロボットの様に同じ言葉を繰り返すそれに少なくとも自らの知る兄ではない事を確信し、鳥花は気を失う鬼灯を抱え、その場から走り出した。
「ダメっだダよちょっ鳥カ?僕は、お前と、暁を?飲み込まなければならない!」
もっと早くに気づくべきだったと、鳥花は内心悔やんでいた。
ウリエルが、取り込んだもの、それは瑠璃菊飛燕の死体、それも今もなお虚力を生成し続けていた鉄線の言う生前の遺志に従って動き続けるゾンビそのものだったのだろう。
そんなものを取り込んだが故に虚力に刻まれた強すぎる遺志にウリエルは脳を乗っ取られ、疑似的に”瑠璃菊飛燕のコピー”が生まれてしまったのが今の状況であった。
「あ?あ?あああああ?鳥花っぁぁあぁっぁあぁ!!!??!?」
鳥花を捕まえんと背後から伸びてきたのは先程までウリエルが操っていた茎根では無かった。
「これは..........手!?」
鮮やかな緑で構成されていた緑色の植物は完全に腐り落ち、まるでタールの様にドロリと粘着性を持った光一つ宿さぬ液体へ変化した後、人間の手の形を象り、周囲の物を取り込み、溶かしながら鳥花の方へ伸びてきたのであった。
「足止めしてくれ..........『虚像回想』!」
鳥花はいつもの要領で鳥を飛ばし、伸びてくる手にぶつけ、減速、あわよくば破壊を狙うが、予想外の結果に驚嘆の息を漏らすことになる。
「...........な!?」
鳥が黒い手に接触した瞬間、その面から黒い物質に浸食され、その手と同じようにドロリと溶かされ、手の一部として取り込まれてしまったのだ。
「性質が変わりすぎてる...........まさか!」
強すぎる遺志によってウリエルの脳を完全に機能停止させ、精神を破壊しただけならば虚力は解除され、植物の操作は解除され、動かなくなるはずだが実際は動きを止めるどころか性質を全く別の物へと変え、再び動き出した点に鳥花は疑問を覚えていたが、その答えを鳥が取り込まれた一連の出来事でとある事を確信した。
「クソ兄貴は、他人の虚力を侵食して取り込めるのか!?]
今の瑠璃菊飛燕の虚力がそのような性質に変化しているのならば、元々ウリエルの操っていた植物に流れ込んでいた虚力を自らの侵食する性質で上書きし、乗っ取った上でその在り方を捻じ曲げたのなら先程の植物が腐り落ち、手の形へと変化した事も、それを今の瑠璃菊飛燕が操れることにも説明が着く。
しかし、そんな事が分かろうと、目の前の化け物と化した兄の遺志を持っただけの何かを倒すことが困難な事この上ないと分かっただけで状況は変わらない。
「今は逃げるしかないか...............!」
鳥花は奥歯を噛み締め、鬼灯を乗って来たバイクの後ろに乗せてエンジンを吹かせ、水仙と苺に状況を説明するために彼らの元へと走った。
=========================
==========================
「────という訳なので、二人は鬼灯さんを連れてここから出来る限り遠くまで逃げてください」
体を休めていた苺と水仙の所まで来た鳥花はウリエルが瑠璃菊飛燕の脳髄を取り込み、精神を壊された事、このままだとこの一帯は間違いなく黒い手に飲み込まれることを伝えた上で、そう言った。
「何がという訳なので、よ!?鳥花アンタ残るつもり!?」
「そうだ鳥花部員、君はここで一人でそれを食い止めるとでも!?」
勿論待っていたオカルト研究部の二人がそれを易々と了承する訳もなく、当たり前の様にかなり痛んでいるはずの体を引きずってでも鳥花を止めようとした
「............それ以外生き残る道は無いですし、それに、俺にだって策が無いわけじゃない」
そう言った鳥花は虚を使って新しい鳥を飛ばして何かを確認すると未だ抗議の声を上げ続ける二人に説明し始めた。
「恐らくだが、アレは、暁の光を迎えると同時に消滅します」
その一言に水仙と苺の耳がピクリと動く。
「どうしてそんな事が言い切れるのよ?」
すかさず刺しこまれた水仙の懐疑に鳥花は落ち着き、機械的に答えた。
「アレは恐らく生前の俺の兄が抱いた強烈な後悔か何かの未練から生まれた虚力で動いています。そして言動から推理するに、求めているのは”暁の光を見る事”です。恐らくそれを満たせば、未練は消え、動く理由は無くなって虚力は効力を失うでしょう.....言う所の成仏ってやつです」
その言葉を聞いた水仙は眉を顰め、しばらく頭を抱えた後、苦虫を嚙み潰したような顔で口を開いた。
「苺、日の出までの時間は?」
「.........あと30分だ」
一同に数刻の沈黙が流れる。
苺は気難しそうに黙り込み、水仙はキリキリと歯を鳴らしながら、拳を握りしめ、震わせていた。
そんな中鳥花は無表情でただ一人、遠くを見つめていた。
そんな状況の中、沈黙を突き破ったのは水仙だった。
「アンタの事だわ、引き留めても無駄そうだし、行きなさい」
半ば諦め気味にため息を吐いた水仙は、鬼灯を担ぎ、立ち上がった。
それに伴い、下半身のつながっていた苺も、辛そうな顔で重そうな腰を上げた。
「ありがとうございます、苺部長も、水仙さんも.....」
「────ただし、必ず生きて戻ってこい」
そこまで殆ど口を閉じていた苺が鳥花の肩に手を置き、突然口を開いた。
「鳥花部員、いくら君が俺達の部に身を置いて日が浅いとは言え、君も大切な部位の一人だ。断じて死ぬことは許さん。これは部長命令だ、覚えておけ」
「はいはい、分かりましたよ。全く部長も、つくづくお人好しですね」
鳥花は薄く笑うと、苺の手を優しく除け、頷いた。
鳥花の何も移さない漆黒の瞳を見た苺は自分自身も頷き、水仙と共に鬼灯を連れ、コンビナートの外へ向かって走り出した。
その光景を一人、後ろから眺める鳥花は、ポケットからいつものメモリーチップを取り出し、宙に投げた。
「『虚像回想』、『情光武装』」
既に出現させていた真実を告げる剣でチップを叩き切ると、中から大量の青い鳥が飛び出し、鳥花の体に徐々に吸い付いていく。
鳥は簡素なアーマーとなり、鳥花を包んでいく。
武装が一通り終わった鳥花は、一度深呼吸をすると、自らの覚悟を決める為の最後の一手を放つ。
「『黒雲雷天斬』!」
鳥花は頭上に位置するパイプを殆ど叩き割り、瓦礫のバリケードを作る事で自ら退路を断った。
「あんな嘘に騙されるなんて、会ったばかりの俺を信用しすぎだっての......」
鳥花は先程二人に”暁の光を迎えると同時に消滅する”と告げた。
これは半分真実であり、半分嘘であった。
瑠璃菊飛燕の遺志を宿したウリエルの肉体が求めるのは”暁の光を見る事”と言ったが、飛燕が求めているのはそれだけではない事を鳥花は確信していた。
それは、”鳥花自身”である。
共に暁を見るという発言からするに飛燕は生前幼い鳥花と結んだ、共に暁の光を見るという約束を果たす為に動いている、つまり先程鳥花が述べたように暁の光を迎えるだけで消滅することなど決して無い。
虚力が効力を失う条件、そのもう一つは間違いなく鳥花を取り込む事。
恐らく鳥花を取り込んだ上で、暁を迎えることで約束は果たされ、本当の意味で消滅する。
だからこそ執拗に手を伸ばしてきたし、触れたモノを溶かして取り込むという性質になったのだ。
「皆を助けられて、ついでに兄貴と心中できるなら、願っても無い話だよな」
鬼灯に説得され、たとえ兄を殺せなくとも、誰かを助ける為に最後まで戦う覚悟を決めた鳥花にとってそれはこの上ない選択肢だった。
彼がこれまで誰かを見境なく助ける為に自分の命を顧みず戦えて来たのは、いつか自分は兄を殺してそこで共に果てるからという強い決意であり、そこには彼自身も気づかぬような微かな破滅願望も孕んでいた。
鬼灯のかけた言葉は彼を再び戦いに駆り立てた側面を持ちながら、知らず知らずの内に死に向かう鳥花の背を押してしまっていたのだ。
しかし気を失った少女は、独り心躍らせながら死地へと向かう少年を止めることは出来なかった。
「じゃあ兄貴、久しぶりに少しだけ、鬼ごっこと洒落込もうか」
自分が兄に取り込まれれば皆が助かる事を確信していた一方で鳥花は、先に自分を取り込めば飛燕は次に暁の光を求め、見境なく暴れ出す危険性がある事を恐れていた。
その為、彼の作戦では夜明けまで飛燕の手から逃げ切り、コンビナートの奥のさらに向こうに広がる海の地平線から差し込む暁の光が出たタイミングで飛燕に取り込まれようとしていた。
だからこそ夜明けまでの30分、鬼灯たち、一般人たちの居る都市部へ被害が出ない様逃げ切る気でいたのだ。
「鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花鳥花!」
「元気で何よりだよ、クソ兄貴!」
黒い手の侵食速度は凄まじく、先程の話している時間でコンビナートの半分を埋め尽くしており、地上に足の踏み場は存在しておらず、地面も完全に帳で包み込まれたかのようで、どちらが空で地面か区別がつかない程になっていた。
「星が浮かんでたら、飛び込みがいがあったんだけどなぁ!」
無数に伸びてくる手を鳥花はパイプとパイプを飛び移って飛器用に避けるが、速度も量もウリエルの物とは比にならず、虚力を使って攻撃する虚ではその性質上直ぐに取り込まれるため迎撃できず、大口を叩いておきながら額に汗を浮かばせていた。
そんな中、次に飛び移ろうとしたパイプを先回りされ、黒い手に溶かされてしまった鳥花は足場が無くなり、闇に包まれた地面に落下の一途を辿る事となった。
最も、鳥花とて多くのヴァルキリアの刺客を退け、高田市を守って来た正義の虚使い、記録者の一人であり、そう簡単に倒される男ではなかった。
「すまない!足場にさせてもらうよ!『虚像回想』!『投影』!」
鳥花は急いで足元に二匹の鳥を呼び出し、踏み台にする形でジャンプして、間一髪次のパイプへと飛び移った。
「ダメっだ、だめだ、だろちょ、ちょう鳥花..........僕ト、手を繋いでなきゃ!」
どうやら先程から聞こえていた声は黒い手からしていたらしく、元々あったウリエルの体もとっくの昔に黒い手で腐食され、原形も残さず取り込まれていたらしい。
人間としては惨い最期だったが、植物の体である彼女ならば腐り落ち、他の物の栄養へと直接還って行ったのなら自然的な果て方で案外本望だったのかもしれないと皮肉しつつ、鳥花は兄と遊ぶ無邪気な弟の様に笑って言った。
「あの世でいくらでも繋いでやるから落ち着けよ!クソ兄貴!」
===========================
==========================
「うわっ!?本当に鳥花部員は大丈夫なのか!?」
鬼灯を担ぎ、義足を付けなおした水仙と共にコンビナートから逃げる苺は鳥花と別れてからすぐ、後方にて起こった爆発音と、そこから吹き抜けた風に背中を打たれ、心配の声を上げる。
「今の私たちが行ったってどうにもならないわよ!行きたい気持ちも分かるけど.....鳥花を信じて鬼灯ちゃんを安全な所まで届けるのが最優先よ!」
水仙もきびすを返したい気持ちを必死に抑え、これこそ正しい判断だと自分に言い聞かせながら走っていると、苺に抱えられた鬼灯がピクリと動いたことに気づいた。
「.........ん?苺先輩に、水仙先輩?」
「鬼灯ちゃん!やっと目覚めたのね、事情は....走りながら言うから、しっかり聞きなさい!」
「は、はい!」
背後から聞こえる爆発音と、定期的にこちらまで飛んでくるぐちゃぐちゃに捻り曲がったパイプを避けながら水仙はこれまでの事情を話した。
途中まで大人しく聞いていた鬼灯だったが、鳥花が一人で足止めに行ったと聞くと目の色を変え、苺の手の中で暴れ出した。
「ちょっと落ち着け!鬼灯部員!助けに行きたい気持ちは俺達も同じだ、だが......!」
「でも!私は全然ダメージ受けて無いですし!それに、鳥花くんの役に立てるかもしれないんです!」
そこで鬼灯がポケットから取り出し、二人に見せたのは赤い瞳の鳥のキーホルダーだった。
「それは.....何?鬼灯ちゃん」
「これ、多分ですけど私が前話した鳥花くんの体の一部で作られてる”メモリアルシリーズ”ってやつです。その、これ、鳥花くんのお兄さんの体が置かれてるところに一緒に置いてあったし、私のリボンと同じ力を感じるんです!」
「だからって、そんな.....鳥花に頼まれた事をそう簡単に破る訳には行かないし.....」
本音を言えば触れた途端、鬼灯が開放していた吸血鬼の力みるみるうちに封じられ、出せなくなった効能、これは鬼灯が常日頃から愛用している鳥花の神経から作られた白いリボンと全く同じ効果であり、仮にメモリアルシリーズが全て吸血鬼の力を制限する力を持つとするなら、あった場所と言いこの鳥のキーホルダーはメモリアルシリーズで事は間違いなかった。
それを説明しようにも半吸血鬼であることを明かさなければいけない為、曖昧な説明になってしまい鬼灯自身も水仙と苺が聞いてくれるか半分不安だったが、その不安は簡単に払拭されることとなった。
「どうにかお願いできませんか、二人とも─────!」
「良いわよ」
「良いぞ」
「へ?」
走っていた二人は突然立ち止まり、無表情になると、力が抜けたようにあっさり許可を出したのだ。
二つ返事で許可が下りたことにどうにも疑問を覚えた鬼灯だったが状況は一刻も争うものだったが故に、一言「ありがとうございます」とお礼を言うと、キーホルダーの力に触れてしまわない様ハンカチで包んだ後、黒い翼を広げて、夜空に飛び立ち、鳥花の方へ全速力で羽ばたいていった。
そう、話していた鬼灯たち三人の頭上、遥か高所にて一人佇んでいた青い瞳の黒ずくめの男には気づかずに。
「『■■■■』、解除」
男がそう呟くと立ち尽くしていた水仙と苺は一瞬頭に疑問符をいくつか浮かべたが、鳥花との約束を思い出し、コンビナートの外へ走り去っていった。
夜風に体を撫でられながらその光景を眺めていた黒ずくめの男は、気づけば立っていたその位置から影形一つ残さず、消えていた。
しかし、そんな人間が現れたことにも、消えたことにも気づいた人間など、ただの一人も居なかったが。
====================
====================
「俺と遊べてそんな嬉しいかよ!クソ兄貴!」
ふと腕時計を確認すると夜明けまでは後10分、半分などとうに切っていたが最早大口など叩いていられる状況では無かった。
「鳥花、鳥花、鳥花、鳥花、鳥花、鳥花ぁ!」
ここまでパイプとパイプの間を飛び移って手を避けてきた鳥花だったが、その戦法にも限界が近づいていた、理由は単純、20分に渡って繰り広げられた猛攻によって足場が殆どなくなっていたのだ。
一瞬パイプを足場にするのをやめ、先程ピンチになった際一度だけ使った鳥を自分で投影して足場にする手段を使い続けることも考えたが、それでは虚力が枯渇し、装甲が維持できなくなると判断し、結局片手で数えるほどしか残っていないパイプを大事大事に使って黒い手を避けていた。
「つなごウ?手、つつなななんあなな!」
最早人の言葉さえ失い、ながら幾本もの黒い手を伸ばすその姿に鳥花は憐みすら覚えそうになる。
しかしそんな事を考えていると、手は既に背後まで迫っていた。
「まずい!『真実を告げる剣』!」
反射的にいつもの癖で手を斬ろうとしたが、真実を告げる剣は黒い手に易々と掴まれてしまい、黒い手に埋め尽くされた地面の闇の中に放り込まれてしまった。
「っ!ここまでかっ........!」
手は確実に鳥花を捕らえる為、足場のパイプを取り込んでおり、そのまま鳥花自体も取り込むまで秒読みといった所だった。
呆気ない自分の最後に溜息一つ着く暇も無く鳥花は悲鳴もろとも飲み込まれそうになるが、視界を埋め尽くしたのは黒ではなく赤い閃光だった。
「『紅彗星』!」
空から突然降って来た深紅の槍が黒い手を穿ち、消し炭に変えた。
「なんで貴方がここにいる!」
そこに居たのはリボンを解き、染めた髪も完全に吸血鬼の白銀に戻っていた先程まで気絶していた少女、火器女鬼灯その人だった。
どうやら虚力で出来た虚の攻撃も容赦なく取り込む黒い手を消し炭にしたのはそれが彼女自身の血であるが故だったらしい。
「話は後!今は取り敢えず安全な所に行くよ!」
鳥花は蝙蝠の翼を大きく広げた鬼灯に襟首を持ち上げられ、武装を解除するとそのまま黒い手に追いつかれそうになりながらも、まだ侵食されていないコンビナート内に隠れることとなった。
「.............なぜ戻って来たんだ」
「そりゃ、君一人に任せるわけには行かないじゃない」
少し奥で瑠璃菊飛燕が、黒い手たちが暴れ、そこらじゅうを破壊しつくす音が聞こえる。
そんな場所で鳥花と鬼灯は静かに向き合っていた。
「これに触れて、やっと分かったの」
鬼灯がそう言って取り出したのは、赤い瞳の鳥のキーホルダー。
ここに来て新しく見つかった、メモリアルシリーズだった。
「君が執拗に飛燕兄を殺そうとする理由」
「.......そんなの前話しただろう、あれは、俺のクソ兄貴への復讐で─────
「いや、それだけじゃない」
鳥花は目くじらを立て、鬼灯を睨むがそんな事で止まる少女がこんな死地まで赴いてくるわけが無かった。
「飛燕兄との約束、だったんでしょう?」
「...............まさか、メモリアルシリーズを通じてまた記憶を見たのか?」
コクリと頷いた鬼灯に鳥花は嘘は今更通じないとあきらめたのか大きくため息を吐くと、頭を抱えながらその場に座り込んだ。
「あぁそうだよ、兄貴との約束だ......本当に、馬鹿な約束だよ」
鳥花は拳を握りしめ、地面を殴りつけた。
「何が『もし約束を破ったら、僕を殺してくれ』だよ、馬鹿兄貴............」
悲しそうに夜空を見上げる鳥花は、その星々に、かつての兄と交わした約束の公園を思い出していた。




