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虚像回想  作者: あるぱす
1章 暁の約束
10/13

記録10 再起


─────何故、貴様は見境なく人を救う?


それは、いつかの日、今では遠き親友に問われた事であった。

夕焼けの校舎、いつも鳥花と鬼灯が言っている人参高校の物とは違い、少し狭い教室。

鳥花が返答に困っていると親友は純人間のモノでは無い尖った耳にかかった黄金の頭髪を振り払い、続けた。


「鳥花、貴様がいつも言う通り兄を討つの事だけが貴様の願いならば、貴様は誰かを助ける必要などないのではないか?」


親友はその種族特徴の、森の美しい自然をそのまま落としこんだような翠玉(エメラルドグリーン)の瞳を真っすぐに、鳥花に向けた。


「.....俺は、ずっと恐れてるんだ」


やっとの事で口を開いた鳥花が黄昏時の夕焼けを遠く眺めながら出した答えに、親友は首を傾げた。


「もし兄を殺す目的だけに固執して、目の前で助けを求める人間さえも無視して走ったら、きっと俺は兄貴と一緒になってしまう......俺はそれを、恐れている」


そんな事をつらつら述べる鳥花を、親友は悲しげな眼で黙って見つめていた。


「それが本当に全てか?鳥花」


「.....コレが俺の全部だよ。何か文句でもある?」


この時、鳥花は自分で言ったことにどこか違和感を覚えた。

しかし、それを口に出す前に親友は言った。


「いや、貴様がそう言うのならそうなのだろう、鳥花」


この世の物とは思えない程整った顔立ちの親友は諦めたように目を瞑ると、ポケットから眼鏡を取り出してそれを慣れた手つきで装着し、席を立った。


「もう帰るのか?」


「今日は妹の帰りが早いんで料理を先に作っておかねば.....どうだ、貴様も来るか?」


「そうだね、お前の料理を食べさせられる梔子(クチナシ)ちゃんが可哀そうだから行くことにするよ」


「なっ!?貴様、俺の自然由来の化学調味料一切不使用の料理を侮辱しているのか!?」


「自然由来って....ただの生野菜の盛り合わせだろ......」


夕焼けを背に仲睦まじく二人で帰った、鳥花の貴重な青春の1ページ。

しかし、彼の中で親友に問われた一言が、ずっと胸の中で引っかかていた。


─────それが本当に全てか?


しばらく頭の中で反芻していた言葉の答えはその時の鳥花には分からなかった。

そうして隣の親友と下校路を進むうちに言葉は小さくなっていき、いつか、どうでも良いと忘れてしまった。

しかし、その答えを改めて出す時が、来ようとしていた。


=========================



















==========================


パンッ


静寂に支配された夜の海岸、しかしそんな幻想的な一文を嘲笑うように目の前の青い海の背後にはコンクリートと配管で出来た灰色の海が広がる幻想も何もない無機質な場所。

しかしそんな場所でも絶えず聞こえる潮風と波打ち際の演奏会、それを突き破ったのは、淡白な、我慢の限界を超えた鬼灯が鳥花の頬を叩いた音だった。


「..........痛みじゃ、止まらない事は知ってるんじゃないのか」


鬼灯の平手打ちに左頬を赤く染めようと、齢5歳にして世界と切り離され、死を望んでいた少年には、何も届かない。


「まだ、分からないの............?」


鬼灯の振り絞るような言葉に、鳥花はやっとの事で半身を起こし、続けた。


「貴方は勘違いしている。俺は、貴方や、水仙さん、苺さんなんかに助けられるような、善人じゃない。最初から、最後まで、兄貴を殺すことしか考えてなかった.....哀れな復讐者なんだよ」


不意に、目線を逸らした鳥花は、突然俯いていた鬼灯に両手で肩を掴まれた。


「────なら!君が、本当にただの哀れな復讐者なら!どうしてあの日私を助けたの!?」


俯きながら耳を突き刺すような怒鳴り声を上げた鬼灯に気づけば鳥花は目を逸らせなくなっていた。


「だからあれも.....貴方が兄への手掛かりを持ってたから─────」


「それならあの時虚使いと私を殺してでもこのリボンを奪えば良かったじゃない!」


「それは、貴方を殺したら、情報が......!」


鳥花が躍起になって続きの言い訳を述べようとした時鬼灯はとうとう肩に置いておいた手を離すと、粗く胸倉を掴み、顔を近づけて言った。


「─────くどい!いい加減認めろよ!君がどんなに自分自身を否定しても君は困ってる誰かを助けずにはいられないお人好し野郎なんだよ!それを....兄を殺す為だったの一言で終わらせるなんて、今までの君自身にも、君が助けてきた人にも失礼だって事分かれよ!」


大量の涙で濡れていた鬼灯の顔を見ると共に思い出したのは、かつての親友に問われた事だった。

彼女の言うことが、答えなのだろうか。

そんな声が、鳥花の意識しない心のどこかでした。


「どうして貴方が、泣くんだよ」


それでも、自らの性を理解しきれない鳥花は何もかもが分からなくなり苦虫を嚙み潰したような顔で再び俯き、苦しそうに声を絞り出しながら、胸倉を掴んだ細い鬼灯の手首を両手で優しくつかみ、降ろした。


「だって....私初めてだったのよ?半吸血鬼(こんな)私を、何も言わずに受け入れてくれたの、君が、初めてだったの。しかも、ご飯も、寝る所もくれて、さ。そんな君が.....君が、こんな悲しい道を進もうとしてるのを黙って見てろって言われる私の気持ちにもなってよ!そりゃ、泣きたくも、なるよ......」


鬼灯は所々ひくつきながら、乱暴に手首を持つ鳥花の手を振り払い、両手を使って不器用に涙をぬぐい続けながら鳥花に言った。

そんな鬼灯を見て、かつての親友と交わした会話と、その言葉を思い出した鳥花は2年越しに”答え”を見つけ、自らの中に折り合いをつけると面倒くさそうに頭を掻きむしり、ため息を一吐いて自分で自分の頬をパチリと叩き、顔を上げた。


「...........分かったよ」


瞳に力が戻った鳥花はポケットからハンカチを取り出し、鬼灯目元に優しく当て、涙を拭った。


「─────今だけは、貴方の言うお人好しでいてやることにする」


鳥花は鬼灯の手を引いて立ち上がり、海を背にし、コンビナートの方を向いた。


「鳥花君....!」


再び闘志に炎を付けた鳥花を見て、感嘆の声を漏らす鬼灯に鳥花は笑って言った。


「水仙さんと苺部長を助けるぞ」


鳥花はお馴染みの鳥の模型を取り出し、投げてバイクに変形させるといつかの様に鬼灯を後ろに乗るよう促した。


「.......どうした?」


直ぐに乗らず神妙な面持ちをする鬼灯に先にバイクに跨った鳥花はエンジンをかけながら問いかけた。


「いや、思ったより早く立ち直って良かったなって!」


先程までの大号泣はどこへやら、すっかり泣き止んだ鬼灯はお馴染みの満面の笑みで言った。


「......はぁ、立ち直らせた本人がそれ言うかい?まぁ良い、早く行こう。俺は、”困ってる誰かを助けずにはいられないお人好し野郎”なんだろ?」


「うん!」


答えを胸にニヤリと笑う鳥花とその様子を見て飛び上がって喜ぶ鬼灯の二人を乗せたバイクはエンジンの音を響かせコンビナートの中へ再びと入って行った。


====================



















====================


「『全弾装填(フル・バレット)』!『全弾装填(フル・バレット)』!『全弾装填(フル・バレット)!』」


コンビナートの中に瓦礫と化した設備やパイプが水弾と共に舞う。

最初は余裕だった息遣いも段々と荒くなり、それは額に浮き出た汗も相まって水仙たちは焦りを感じ始めていた。


「水仙!避けろッ!」


振り返った時にはもう遅く、足の一本を持って行かれしまう。

痛みに歯を食いしばる水仙だったが冷酷な園芸家はそんな彼らを待ってくれやしなかった。


「ハハハハハ!良い様じゃないか、蛸娘!」


「アンタの声、耳に付いてマジで最悪なんだけど!」


声のする方へ構わず水弾を撃ち込むが、その後に舞うのは血ではなく植物の葉や根の欠片のみ、表面上はウリエルを倒そうと協力を結んでいた2週間の間に鳥花から分身体に関する特性は多少聞いていたが、実態はその予想を軽々と超えてきており、水仙と苺の虚力(ブレイズ)が底をつくのは時間の問題だった。


「水仙!やはり鳥花部員の言っていた”本体”とやらを倒さねば無駄ではないのか!?」


「本体って言ったって.....!そもそもここにいるかも分からないし、仮に居たとて、見分ける手段が皆無よ!?」


ウリエルの姿は見える、それも二人の周囲には常に約10人程がそれぞれ別々の動きをし、絶え間なく攻撃を仕掛けてくる。

勿論それらを黙って眺めている水仙たちではなく、目に入ったウリエルを遠くのものは水仙が『円環の海(シー・シェイル)』で、至近距離のものは苺が肉弾戦で倒しているが、倒しても倒しても絶え間なく地面から生え、復活する。

そんな無限にも思える地獄の戦況の中で二人は必死に考え、恩人の輝血の仇を取る方法を考えていた。


「喰らいやがれ!植物野郎!」


「へぇ、てっきり蛸娘だけかと思ってたけど、トカゲの君もやるねぇ!」


苺が付近でこちらに手を伸ばしてきた分身体の手首を掴み返し、背負い投げされそうになると分身体は妙な反応を見せ、地面に自らの体から生やした根を刺して固定し、苺への攻撃よりもその場に踏みとどまる事を優先しようとした。

しかし最終的に苺の力が勝ち、地面に生やした根と共に投げ飛ばされるT足裏に付いていたと思われる根が体に引っ張られ、芋づる式で地面のコンクリートから出てきた。

その光景を見ていた水仙は何かに感づき、苺に指示を出した。


「───────苺!地面のコンクリート、出来る限り壊して!」


「分かった!」


苺が地面に向かって渾身のパンチを放ち、コンクリートを割ると同時に衝撃で瓦礫を中に浮かせると、土の地面が露になった。

そしてその光景を見て苺は絶句する。


「地面から出て来ていることから多少は予想していたが....まさかここまでとは」


今まで自分たちが立っていたコンクリートの地面の下に広がっていたのはまるで人間の血管の様に張り巡らせられたウリエルの植物の「根」だった。

そこらへんに生えている植物と同じような細い根からウリエルが先程まで操っていたような太い根まで大小さまざまあり、その一本一本が意思を持った生き物の様にうねうねとせわしなく蠢いていた。


「苺!この根を辿って走るわよ!」


「この根を....辿る!?べ、別に構わんが、何故だ?」


「多分だけどこの根の集まる先に”本体”とやらが居る!」


水仙は最初、鳥花から聞いた分身体の正体である(シード)とは名前の通り何かの花が生み出し、時間がたつと育って、それが自立し、こちらにやってきている物だと考えていた。

しかしその思考に一つの疑問が生じることとなった。

そのきっかけは先程苺に投げ飛ばされそうになった個体がした不可解な動き─────

苺にダメージを与えるわけでも、自分の胸や頭と言った人間で言うと急所に当たる位置を守る訳でも無く、地面に根を突き刺し体を固定した。

それは前述した二項よりも優先すべきもの、そして恐らく反応的に急所であり、その正体は足裏から生えていた「根」だった。

本当にあれらの分身体一つ一つが自立している個体ならば、ダメージの受けやすい足に急所を置くだろうか?

そして改めて考えて新しく湧いて出てきたもう一つの疑問、なぜ分身体が増えないのかという事。

分身体は倒しても倒しても補充されはするが、一定の数、おおよそ10体ほどになるとそこから数が増えることは無い。

これらのことを考えるに、この無敵に思える分身体には何かの”制約”がある。

加えて虚使い的思考で推理するなら、(ファルス)とはその人間の持つ心象風景や、イメージの具現化が能力の元になる。

この考えを踏まえるとウリエルの『豊穣の光(ハーベストヘッズ)』の根底にあるのが”植物を操る”能力ならば、分身体一つ一つに自立した思考を持たせるような能力は元のイメージからかけ離れており、ましてや自分と同じ思考を持った複数の精神のイメージなど、よほどの狂人にしか出来ないだろう。

だとするならば、最初からこの分身体たちは独立して動いているのではなく、最初から地面の根を伝ってウリエルに”操作”されているのではなかろうか?

それならば同時に操作できる限界として数が一定以上を上回らないのも、それを隠すようにコンクリートの下に根を張っていたのも説明が着く。

満に一つ、相手がヴァルキリアの最高幹部熾天使(セラフィム)だから精神分裂出来るという馬鹿気た相手である可能性は無きにしも非ずだ。

しかし、この状況を打ち砕くには一か八か、賭ける価値は十分にある。

水仙はそう考え、先程逃げた時と同じように苺に自らを抱えさせ、走り出させた。


「────へぇ、もう気づいたかな?」


突然の二人の逃走、否、根本の追跡を始めたことにウリエルは何も焦る様子は見せず、寧ろ苺が一人抱えたお陰で速度が落ち、当てやすくなったと笑い、追撃を始めた。


「『円環の海(シー・シェイル)』!苺、追いかけてくる茎根は私が打ち落とす!だから構わないで走って!」


「分かってらぁ!お前こそ絶対離すなよ、水仙!」


苺が右往左往とパイプとパイプを飛びながらウリエルが操る植物を回避し、さらに避け切れないものだけを狙って水仙が(ファルス)で打ち落とし、最低限の虚力(ブレイズ)消費で根を辿る。


「─────!」


「どうした、水仙!」


「根の中に通ってる虚力(ブレイズ)が急激に増えた!本体はこの奥で間違いないわ!」


虚力(ブレイズ)の感知が苦手な苺から見ても分かるよに地面の下に張り巡らせられていた根は露骨に太くなっており、この奥に来てほしくないウリエルの意思がひしひしと感じられていた。


「突っ切るぞ!水仙!」


「そう易々と通すとでも?」


先程相手していた物よりも、物理的に強く、固い根がさらに数を増やしてパイプの隙間から伸びて襲い掛かる。

水仙が活路を開く為に(ファルス)を発動し、迎撃しようとするがそれを苺が前に手を出し制止した。


「何するのよ!?苺!」


「ここの突破は俺の肉体のみで行く。だから水仙、お前はこれ以上虚力(ブレイズ)消費すんな」


「なっ─────!苺アンタまさか!」


苺は抵抗しようとする水仙を強く抱き込み、己が身を顧みず一直線に走り出した。

勿論そんな単調な動きになった苺をウリエルが見逃すはずがなく、伸びた茎根は容赦なく苺の体表の鱗を貫き、鮮血が宙を舞う。

その光景を目の前でまざまざと見せつけられた水仙は悲鳴を上げ、苺の制止を振り切り(ファルス)を使おうとするが、それを遮る様に苺が叫んだ。


「────必ず倒して来い、水仙!」


このまま突っ切られることを確信したウリエルが地面に張り巡らせられた根の行き先をバリケードの様に封鎖しようとする植物を操作したが、それらが完全に閉まるよりも早く苺が植物と植物の間の小さな穴に向かって水仙を投げ飛ばした。


「────ッッ!アンタも死ぬんじゃないわよ!苺!」


バリケードが完全に閉まる直前、握りこぶし一つ分まで小さくなった穴から見えた苺は笑顔でサムズアップしていたが、体は半分茎根の海に飲み込まれていた。

ここまで来た水仙は苺の意思を無駄にはしないため、バリケードを破壊し、苺を助けに行きたい気持ちをぐっと抑え、予想通り張り巡らせられた根の収束地点に立っていたウリエルを鋭い視線で睨んだ。


「へぇ、マジで辿り着くとは、少し見直したよ?」


未だ余裕を崩さない不気味なウリエルを正面に脚二本を地面に固定した水仙は全虚力(ブレイズ)を残りの脚六本に込め、約1500の吸盤に水の膜を張って発射準備を完了させると己が(ファルス)の名を高らかに叫ぶ。


「肉片一つ残してやらないわ!『円環の海(シー・シェイル)』!『全弾装填(フル・バレット)ォ』!」


ウリエルが地面から根を伸ばし、盾の形を取るが、直線状全ての物を塵へと帰す破壊の彗星はその程度で止まる事を知らず、避ける猶予も与えぬまま、ウリエルの体を水仙の宣言通り肉片一つ残さず吹き飛ばし、そこには流れるはずの鮮血の赤さえ見えなかった。


「────やった......の?」


煙が晴れるとその奥には塵一つ残っておらず、淡い月光が瓦礫の山を照らしているだけだった。

これまでずっと追って来たのになんとも呆気の無い最期に水仙は何か悪寒を覚えていた。


「惜しかったね、蛸娘ちゃん」


「は?─────おえ゛っ」


直後、悪寒は的中し水仙は口から大量の青い血を吐くこととなる。

恐る恐る首を下に向けると腹部を大きな根に貫かれていた。


「なん....で、あれは、本体じゃ........」


背後に現れていたウリエルの虚力(ブレイズ)の量は間違いなく先程吹き飛ばした本体の物であり、水仙の予想が外れたことを証明していた。


「ご褒美に教えてあげるよ、3琉虚使いの蛸娘ちゃん」


そう言ってウリエルはニタリと笑うと指をパチリと鳴らし、地面から合計10体の分身体を出した。


「君の予想は良い線行ってたけど、一番大事な”根本”が間違ってたのさ」


「根本ですって.....?」


「まぁ説明するより見れば分かるかな」


そう言うと喋っていた本体のウリエルは他の分身体を操作し、自分の体を巨大な根で跡形もなく押しつぶした。


「............は?」


突然本体のウリエルが自害した。

その意図が全く分からない行動に水仙は素っ頓狂な声を漏らすが、1秒もしないうちに、最早耳にこびり付いた嫌な声が聞こえてきた。


「ふふふ、驚いたかい?」


その声は地面から出てきた分身体の一体から放たれ、足元の根を確認すると虚力(ブレイズ)がその一体に向かって流れ込んでおり、分身体であった筈のそれが本体になったことを示していた。

それが意味する事に気づいた水仙はみるみるうちに青ざめていく。


「────私に本体は”無い”」


「........は?そんな、どういうこと...........!?」


「要は私には元々本体なんて物、この世のどこにも存在しないんだ。君らがずっと本体だと思ってたのはただ単に主導権を持ってた分身体の一つだったってワケ。それが倒されたとて他の分身体に主導権が移るだけ」


「.........つまりほぼ無限に再生し続けるお前の分身体全てが、お前自身だと?」


「まぁそう言うことだね。どれだけ君らが足掻こうと、私の分身体が底を着く以外に勝ち目は無かったって訳だ」


─────根本から間違っていた

その事実に気づいた水仙は視界が急激に狭まり、首を絞めつけられたように呼吸が苦しくなる。

そうして暗くなっていく視界に浮かぶのは、自らを信じて、命を賭してくれた苺の姿だった。


「いやぁ!その顔、良いねぇ!今の君を取り込んだら、さぞ良い花が咲くんだろうなぁ.....鳥花くんの前の前菜として、今から取り込んじゃおっかな♪」


口から大量に血を零しながら、地面に膝を付く水仙に最早逃れる体力も、気力も残っておらず、ただウリエルの操る植物に飲み込まれるのを待つのみだった。


「そんじゃ、いっただきまーす......」


蕾がまるで生き物の様に多く血を開き、なかから伸びた雄蕊に当たる触手が水仙の腰に巻き付いた時だった。


─────『黒雲雷天斬ボルテックス・フィニッシュ』!


暗闇に包まれた空からどこからともなく舞い降りた迅雷が蒼光と共に周囲の植物を焼き払った。


「こんな顔した女性で咲かせる花なんて、見れたもんじゃなさそうなんでな。邪魔させてもらったぜ、ウリエル!」


黒いコートを脱ぎ、いつもの制服姿に戻った青年は虚構を打ち破り、真実を切り開く蒼剣をその手に構え、目の前の邪悪な虚ろ使いに啖呵を切った。


「..............興覚めだ。何か立ち直ってるし.....もういいや、君ら全員”肥料コース”にしてやるよ」


額に大量の血管、否、葉脈を浮き上がらせたウリエルはそう吐き捨てると体が根になって分解され他の分身体と共に姿を消した。


「水仙さん!大丈夫ですか?」


急いで水仙に駆け寄った鳥花はその傷の深さに息を飲むが、動揺している暇は無いと、いつも携帯している応急処置セットを取り出そうとした時、水仙に蛸足を手に絡みつけられ、呼び止められた。


「私は良いから、苺を.........!」


瞳に涙を浮かべ、懇願する水仙に鳥花は少し考えた後スマホを取り出し、鬼灯に電話をかけると地面に伏す水仙の前に置いた。


「.........何、してるの?」


無言でコールを待つ鳥花に困惑を示す水仙だったが、コールが鳴り終わり、奥から聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。


「大丈夫かーーーーー!水仙ーーーーーー!」


水仙の張り裂けそうだった胸を別の意味でびりびりに引き裂いたのは、鼓膜が思わず拒否反応を示してしまいそうなほどの苺の元気な声だった。


「は?アンタ、さっき植物に飲み込まれた筈じゃ.....?」


直後電話がビデオ通話へと切り替わるとそこに映し出されたのは下半身が無くなっていながら元気そうに笑顔で手を振る苺の姿だった。


「...............え?は?」


突然見せつけられた苺のショッキングな姿に水仙は言葉を失い、息を飲むがそんな彼女などお構いなしに苺は説明を続ける。


「どうした水仙.....あ、コレか。トカゲの尻尾きりと言うやつだ」


トカゲの獣人族の種族的特性.......亜人大戦時に猛威を振るったとされる「尻尾きり」、胴体の好きな場所を自らの意思で切断し、その場から離脱するという物だが、まさか下半身丸ごと切断しても全く問題の無い事に水仙含め鳥花も驚いていた。


「水仙さん達を追ってたら突然上半身だけの苺部長が手を使って這って来た時は俺達も驚きましたよ.....」


「.....アンタそれ元に戻れるの?」


「ちぎった下半身としばらくくっつけとけば多分治るぞ」


かなり深刻な状況にもかかわらずあっけらかんとした態度に水仙も鳥花も呆れていた。


「..............あ!これじゃないですか?苺先輩の下半身」


苺の後方にある植物の山から顔をすっぽり出したのは切断された苺の体を掲げる鬼灯だった。

どうやら電話しても最初に出たのが苺だったのは、鬼灯が一人で下半身探しをしていたかららしい。


「水仙さん、その、こんな調子なので、苺部長は多分大丈夫ですよ」


「.............そうね、心配して損したわ」


「何!?水仙、俺の事を心配していたのか?案外可愛─────」


苺が言葉を終える前に水仙は通話を切断し、応急処置を続ける様頼んだ。


==================



















===================


─────水仙さんも、苺部長もこれ以上戦うのは無理です。だからウリエルは俺と鬼灯さんで倒します


応急処置を終え、二人にそう告げた鳥花は鬼灯と共に姿を消したウリエルの元へ行くため、地面に張り巡らせられた根を辿ってコンビナートの中でバイクを走らせていた。


「ねぇ鳥花くん。一つ良い?」


「.........なんだ」


「その、私たちだけで勝てるのかなって。この前分身体と戦った時でさえあんなギリギリ勝てたって感じだったのに......」


「残念だけど、俺達には勝つ以外に道は無い」


「そんな事分かってるけど!でも......」


鳥花はウリエルの根が続いている方向に心当たりがあった


「鬼灯さんには黙ってたけどこの根、あの部屋があった場所に続いているんだ」


「あの部屋って、その、ブラウン管テレビがあった場所だよね?」


「あぁ、それで間違いない......」


鬼灯にはその事実に顔を歪ませる鳥花の意図が分からなかった。


「さっきまで黙ってたんだが、あのテレビ、(ファルス)を使えない貴方には分からないだろうが、おぞましい量の虚力(ブレイズ)を放ってた。多分、ウリエルの言ってた通りクソ兄貴の脳髄がテレビに入ってて、それから生成されてるんだろうが.......」


瞳を持たない鳥花は最初例のテレビを目視した際、ウリエルが口に出すまでアレをテレビだと認識できなかった。

全ての情報を飛ばしている鳥から断片的に受け取っている鳥花には最初、大量の虚力(ブレイズ)の靄に見えたのだ。


「それが何か不味いの?」


「俺の予想が正しければ恐らくウリエルはアレを、取り込みに行った」


「と、取り込むって言うと?」


「あの植物で脳髄ごと飲み込んで、自分の虚力(ブレイズ)として(ファルス)を使うつもりなんだろう..............それも、人間が取り込んだ途端一秒足らずで脳が焼き切れて死ぬような量の虚力(ブレイズ)だが」


「...........待って、ウリエルはそんな量の虚力(ブレイズ)で、どんな規模の植物を操るつもりなの!?」


虚力(ブレイズ)とは、もともと純人間の脳に備わっているとある器官から生成される霧状のエネルギー体であり、それは(ファルス)を行使する際に使われる物だ。

そしてそのエネルギーには人によって異なるが、一人当たり一日の生成限度が存在する。

だからこそ水仙はギリギリまで『全弾装填(フル・バレット)』の発動を渋った上、鳥花もむやみやたらに『黒雲雷天斬ボルテックス・フィニッシュ』を発動しないのだ。

しかしウリエルはこのコンビナートの一区画を植物で支配できるほどの(ファルス)発動を、何の補助も無しに、涼しい顔で執り行っている。

これが意味する事、それはウリエルは元々の虚力(ブレイズ)生成量でそれほどの規模の植物を操る事が、出来る、というか様子からして本気も出していない事からまだこれ以上操れる可能性を残しているのだ。

その上で、さらに大量の虚力(ブレイズ)を生成する瑠璃菊飛燕の脳髄を取り込んだとしたら.......


「良くてコンビナートが、最悪高田市丸ごと飲み込むレベルの操作の可能性がある」


突如告げられた最悪の事実に鬼灯は絶句するが、そんな少女の心が現実に追い付くのを待つ暇なく、鳥花のバイクは鋼鉄の扉まで辿り付き、開けるとそこには案の定ブラウン管テレビの前へ走るウリエルが居た。


「鬼灯さん!アイツに絶対脳髄を渡すな!」


「うん、分かってる!」


ウリエルが予想通り脳髄を手にする今わの際に鳥花は速攻青い鳥を飛ばし、鬼灯も室内であるにもかかわらず、最高速度を出す為翼を広げテレビの前へと行った。


「今だ!」


ウリエルと鬼灯がテレビにたどり着くよりも早く最初に鳥がブラウン管テレビのディスプレイに衝突し、破片を周囲に飛び散らせる。

中からはひび割れた場所から一つの小さなカプセルが宙を舞い、鬼灯が体全体でダイブし、それを掴もうとする。


「やった!取った─────」


先に掴んだのは鬼灯だった。

しかしその直後リボンを外していた筈の鬼灯の銀髪が黒髪へと戻って行き立派な蝙蝠の羽がみるみる萎んでいき、空中で人間の姿へと戻ってしまった。

相手は熾天使(セラフィム)、ヴァルキリアの最高幹部にして一流の虚使い、そんな奴がそのチャンスを見逃すはずが無かった。


「好機だ!『豊穣の光(ハーベストヘッズ)』」


「させるかっ!『虚像回想』!」


鬼灯が握りしめたカプセルを無理やり奪おうとうねる植物の根が迫るが、負けじと鳥花も鳥を投影し、根を切断しようとする。


「その程度の鳥で止められると思うなよ!」


殆どの虚力(ブレイズ)をその体に移していたウリエルの操る植物の力はすさまじく、根の一振りで鳥は蒼光の粒子へと還され、どこからともなく生えてきたもう一つの根が鬼灯を弾き飛ばし、純人間の状態の鬼灯が耐えられるはずも無く、そのまま手の中のカプセルを解放させた。


「...........予定通りと、言った所か?」


瑠璃菊飛燕の物と思われる脳髄がぷかぷか浮いている不気味なカプセルを握りしめ、目の前に伏す二人を見てウリエルはほくそ笑んでいた。


「ミカエル様からの令でな、この周辺は地図から消す予定だったんだよ」


「.........この町を消すだと?それにミカエル......?どういうことだ!?」


「まぁ私たちの親玉とでも言った所かな?私たちヴァルキリアの悲願、”楽園創造”は彼の手に委ねられている故私たちは彼の指令に従い続けるのが役目なんだ」


これまでこれと言った明確な目的の無いと思われていたヴァルキリア、その核心に迫る鍵となるいきなり出てきた”ミカエル”と”楽園創造”の二つの言葉に鳥花は動揺していたが、状況はそんな予断を許さないものだった。


「君らはさっき”肥料”にすると言っただろう?まぁいまからこの都市......いや、この島ごと飲み込まれる様を見ておきな」


「..............は?島ごと、だと?」


ウリエルは右手に持ったカプセルを握りしめ、ぐしゃりと音を立てて保護ガラスを割ると、中に入っていた緑色の培養液を手に滴らせ、自らの口に脳髄を運び、飲み込んだ。


「これで君達とはおわかれ............ば?あ?㋐?ぁ?」


直後ウリエルの様子が急変し、素っ頓狂な声を出すと右目から生えていたクリームイエローのバラを地面に落とし、気持ちの悪いうめき声を上げ始めた。


「ととととっととととととっととととり?」


バラが消えた右目には空洞が広がっていた。

そう、広がって()()

先程まで、は。


「一体何が起こっている.............!?」


空洞の奥から、青色の炎が噴き出し、無くなっていた目玉が現れたのだ。

どこかで見た覚えのある、青色の瞳だった。


「ちょ、鳥花?」


ウリエルは突然うめき声を上げるのをやめ、普通の人間の様に喋り出した。


「ぼぼおっぼぼおぼくは、この町を飲み込む?いや違う......は?僕は、そうだ、鳥花と.....」


身体をよじり、倒れるとウリエルだったモノは地面に自ら頭を打ち付け始めた。


「兄、貴、なのか?」


鳥花が、不意に声を漏らした、その瞬間、それは頭を打ち付けるのをやめ、顔を上げ、言葉を零した。


「...............そうだ、僕は、瑠璃菊飛燕だ─────」


燃え上がる青の瞳は顔を引きつらせ、言葉を失う黒い瞳の少年だけを映していた。

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