第8話 イージス
アパートにダンジョンが発生してから一週間後。
「皆、準備はいいかい?」
純白の鎧を身に纏ったツカサがダンジョンの入口に立ち最終確認する。
「ああ」
「いつでもオッケーですにゃ」
タクトは海外の特殊部隊の様な装備。ネコ、シルビア、マリーの三名はいつものメイド服姿。
「それじゃあ中に入ろうか」
ダンジョンに入って行くタクトたち。
「マリー、索敵をお願い」
マリーに指示を出すツカサ。マリーは両手を顔の前に組み片膝をつき、祈りを捧げるようなポーズをとる。
どうやらマリーは壁役として使役されることが多いゴーレムにしては珍しく、索敵などの後方支援に特化したタイプのゴーレムのようだ。
おそらくツカサがマリーに危険な仕事をさせたくないという理由からだろう。
「タクトはその間にイージスの準備を」
「わかった」
タクトは背中のリュックからロボット掃除機のような丸形の機械を取り出す。
「イージス、起動」
イージスと呼ばれた機械は宙に浮かびタクトの後方に浮かぶ。
「うん、ダンジョン内でも問題なく動くみたいだね」
タクトの後方に浮かぶイージスと呼ばれる機械。どうやら撮影用のドローンとは別物のようだ。
「訓練はみっちりやったけど上手くいくか不安だ…」
「それを確認するのが今回の目的だから緊張しなくていいよ。それに何かあっても僕たちがフォローするから安心して」
「ああ、ツカサ頼む。シルビアもよろしくな」
サムズアップするシルビアの背中には身の丈よりも大きなハルバードが背負われていた。
「マリー、どうだい?」
索敵を終えたマリーがツカサに状況を伝える。
「ありがとうマリー。この先にゴーレムが一体いるようだよ。それでテストしようか」
ネコを先頭にシルビアとタクト、マリー、最後尾はツカサの順に進んで行く。
しばらく進むとゴーレムの姿が遠目に見えてくる。まだこちらには気付いていないようだ。
「うん、この距離なら安全かな。タクト、いこうか」
ツカサに促されタクトが前に出る。
「イージス、目の前のゴーレムに攻撃」
タクトの指示で前方に移動したイージスは本体中央にあるレンズをゴーレムに向けるとレンズが輝きだす。
中央のレンズから放たれた極太のレーザー光線はゴーレムを直撃する。
レーザー光線を受けたゴーレムの巨体の中央には大きな穴が貫通していた。
ゴーレムは崩壊し残骸がその場に残る。
「タクト、残りの魔力はまだ大丈夫かい?」
「ああ、まだまだ余裕だ」
現在探索者が使用している撮影ドローンはゴーレムの素材と技術を転用して作られている。
マリー作成のためにツカサが集めた多くのゴーレムの素材により白銀商会は撮影ドローン関連の開発研究の最先端を走っていた。
タクトが使用しているイージスは撮影ドローンをダンジョン攻略用に試作改良したものの一つ。
先程の様に攻撃はもちろんのこと、防御にも優れた攻防一体型の装備なのだが重大な欠点があり白銀商会の倉庫に今まで眠っていた。
理由は機能を盛り込み過ぎたがための燃費の悪さ。
タクトは涼しい顔をしているが、本来このイージスを起動させるには魔法スキル所持者10人分の魔力を必要とする。
そして先程のように攻撃や他の機能を使用するには更に魔力を必要とする。
それだけの人数を必要としてもイージス一機を満足に運用することができず倉庫の奥で埃をかぶっていた。
しかしそんなイージスを使いこなせるかもしれない人物が現れた。
検査によって判明したタクトの保有魔力量は一般的な魔法スキル所持者の20倍以上。
しかし膨大な魔力を持っていても魔法スキルのないタクトでは魔力のコントロールができないため、魔法を使用はおろか魔法を発動させる武器を扱うのも困難だった。
そこでツカサが目をつけたのがイージスだった。
操作は多少の訓練が必要だが魔力は補充するだけで良い。
互いの欠点を補うかのようにタクトとイージスは出会った。
この一週間タクトはイージスの操作訓練をひたすら行なっていた。その結果、ダンジョンで試験運転できるまでに上達していた。
その後もイージスのレーザー光線で次々と倒されていくゴーレム。タクトという主を得たことで本来の性能を十分に発揮するイージス。
後日報告を聞いたイージスの生みの親たちは大層喜び、タクトにはたくさんの謝礼が届くこととなる。
「うん、タクトもイージスは問題なさそうだね。次はシルビアちゃんに戦ってもらおうかな」
シルビアが待ってましたと言わんばかりにファイテングポーズを取る。
現在タクトたちはダンジョン第三階層まで来ていた。
タクトとシルビアが訓練をしている間、ネコがダンジョンの探索を行ない第五階層までの安全を確認していた。
ダンジョンは一定階層毎に難易度が変わる法則がある。
このダンジョンは第五階層までは変化がなく、第六階層から難易度が変化することが判明していた。
今回の目的はダンジョン探索ではないのでタクトたちが進むのは第5階層まで。
「シルビアちゃん、この先にゴーレムがいるよ」
ツカサの言葉を聞くと否やシルビアが駆け出す。
「おいシルビア、一人で行ったら危ないぞ」
タクトの呼び掛けに振り向くもサムズアップで応えるシルビア。
「心配いらないよタクト。シルビアちゃんなら大丈夫だよ」
「そうですにゃタクトさん。あ、師匠がゴーレムに近づきましたにゃ」
ゴーレムに接敵したシルビアは背中のハルバードを手に取るとそのままゴーレム目掛け振り抜く。
ゴーレムは真っ二つになりその場に倒れる。
「ね、大丈夫だったでしょ」
「凄っ、シルビアってあんなに強かったのか」
「師匠ならあれ位はできて当然ですにゃ!」
「シルビアちゃんは特別なゴーレムだからね。あれ位できて当然だよ」
シルビアの出自は通常のゴーレムとは違う。そのためユニーク個体であると可能性が高いとツカサは睨んでいた。
ツカサの読み通り、検査の結果判明したシルビアのステータスは通常のゴーレムよりも高かった。正直このダンジョンに現れるゴーレムでは相手にならない位の差だ。
しかしツカサが一番衝撃を受けたのは別のことだった。
通常ゴーレムの体は元となった物質で構成される。
ハズレ石で誕生したシルビアならハズレ石の体となっているはずなのだが、構成されている物質は高純度の魔鉱石製に変わっていた。
更に驚くことにこの魔鉱石は高難易度ダンジョンの深部でごく僅かにしか入手できない希少なものと判明する。
タクトの例を元に研究を進めればハズレ石の価値は今後上がるかもしれない。
ツカサは今以上にタクトとシルビアの保護を強化することを決意を新たにした。
それは研究や利益のためではなく、ただ一人の友人としてから来る気持ちだった。
タクトはツカサにとって初めて友と呼べる存在だった。もちろんシルビアも同じだ。
この二人はいつの間にかツカサにとってマリー同様、かけがえの無い存在となっていたのだ。