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「じゃ、じゃあどうして??あなたの方から近付いてきたじゃない!?私を殺すつもりだったの!?」
「え?そんな事考えた事も無かった。」
本当にそんな考えが微塵も思いつかなかったので驚いた。
「あなたを恨む気持ちも、王太子様を恨む気持ちも一切無かったの。ただただ、早く死にたかっただけ。」
自分が処刑されてから、目を開くと叔母の家で13歳に戻っていた事。それから早く死にたいと思いながら生きて来た事を簡単に伝えた。
「信じられない…。早く死にたかった…??じゃあどうして自殺しなかったの??」
「周りの人に迷惑はかけたくなかったの。自死は体裁が悪いでしょ?叔母にも迷惑かけられないし、弟達にも…何とか他の方法で早く死にたかった。父の暴力で死ねるなら、ラッキーだと思ってた…。前世では一緒に住んだ事無かったからあんなに暴力をふるう人だって知らなかったし。でも、ディラソン公爵様…いえ、アナイスが…。」
「あの時は、本当に…何て言っていいか…ショックだったの。」
「私は本当に愛されて育ってきた。男性が、ましてや父親が娘に手をだすなんて思いもしなかったし、目の前で見るなんて…しかもルイーズが殴られて、け、蹴られるなんて…本当に死んじゃうと思って…怖かった…」
「ごめんね…?」
「ルイーズに謝って欲しくない!!悪いのは全部あなたのお父様でしょ!?」
「私は、何とかしてあなたを助けたかったの。あのままライムズ邸に居させたくなかった…」
「どうして?あの時、私の事嫌いって言ってたでしょ??」
「あの頃は、今もだけど…なぜかあなたの事になると素直になれなかったの!!」
「…だって、ライバルだと思ってたし、何だか、あなたに負けたくないって気持ちが強くて…。」
「でも…これだけは、はっきりと分かってたの。あなたの事が大好きだって。」
「私は、本当に愛されて、我儘放題で育ててもらった。それが当たり前だと思っていたの。でも実際、兄との出来の違いに悩んでた。比べられるのも嫌だった。でも、何もしなくていいと言う両親。愛されているけれど、顔だけしか取り柄が無いんだって言われ続けてるような気分だった。何をしても兄より出来ない。気が付けば親しい友人もいない。その頃は兄にも嫌われてるって感じてた。私は何も持ってない。でもそのままでいいんだって。」
「そんな時、訳分からない異常な行動をするルイーズと出会った。そして教養を勉強する機会をくれた。私でも、何か出来るんだと思わせてくれたし、変われるんだって言ってくれてる気がしたの。嬉しかった。私の欲しかった知識や感情を教えてもらえた。初めてだったの。いろんな事が、すっごく楽しくて。自信になった。」
「ただ、ルイーズはどこか遠くを見ている感じがして隣にいるのに肩を並べられていないと感じていた…近くに居るのに、遠くにいる感じ。あの気持ちの意味が分かったわ。」
「未来が見えていたのね。」
「そうね、合っているけど、ちょっと違う。」
「どういう事?」
「13歳に戻ったあの日、目を開けた瞬間自分は幽霊だと思った。なのに、鏡には13歳の自分がいたの。生きてる事に絶望した。こまままた同じ運命を辿るのは嫌だ。この人生を、ルイーズ・ライムズという人間の人生を早く終わらせたかった。だから、…前世とは違う行動をした。まず実家に戻った。その時から、前世とは違う未来になるんだと思った。」
「なぜ実家に戻ったの?」
「前世では、母が感染症で死んだ記憶があったから、自分も感染して死ねると思った。…でも、死ねなかった。母だけ…。そこで、アナイスの存在を思い出したの。隣の屋敷の娘さんだったはずだ!って。嫌われたらもっと早くに殺されるかもって…。」
「私に嫌われて、殺されようと思って近付いたの!?それであんな行動になる?おかしくない??」
「どうしたら嫌われるか分からなかったの…。前世では友人なんていなかったし、誰かに好かれる事も嫌われる事も無かったから。王太子妃になったら、あらゆる人から敵意だけを向けられたけれど、同じ事を13歳の自分はアナイスに出来なかった…。」
「…。」
「ただ、アナイスといると、楽しくなってしまった。もっと嫌われなきゃいけないと思ってるのに、嫌われたくないって思うようになってしまったの…。」
「私の方が、空っぽだったの。感情もあんまり無かったと思う。そんな私の側に居てくれて、いろんな感情を教えてくれたのはアナイスなの。嬉しくて、楽しかった。」
「ルイーズ…、」
「本当は、自分が王太子妃候補にならないと早く死ねないのに…前世の記憶から、王太子様に裏切られた気持ちがどうしても拭えなかった。お顔を見るのも嫌だった。でもきっとそれは私だったからだって。他の女性だったら王太子様は助けたのかも知れない。王太子様はお優しい方だから。だから、アナイスを応援したいって思った。
早く死にたいって気持ちより、アナイスの幸せを応援したいって気持ちが強くなったの。
なのに、王太子妃候補に自分も選ばれたと聞いて、本当に嫌だった。アナイスは私をライバルだと思ってるし、絶対に知られたく無かった。あと、前世の気持ちが強く蘇ってきた。どんなに足掻いても私は王宮に行かないといけないのか…って。でも、本当の王太子妃候補はアナイスだけだと思っていたから、私はサポートだけだって思って、…気楽に…前世で体験した事が生かせると思って…。」
アナイスは、俯いてしまったルイーズの背中をさすっていた。
「いろんな言い訳…でも、本当は…アナイスと離れたく無かったの。初めて出来た友人だから…」
ルイーズの目からポロポロと涙が溢れた。
アナイスはルイーズを抱きしめていた。
「こんな話し、信じてくれる…??」
「そりゃあ、変な夢見てたんじゃないの?とも思うし…どうやって巻き戻ったのよ!?とも思うけど…ルイーズが嘘を付かないって分かってるもの。」
「自分がルイーズを殺したなんて…信じられないけど…でも、何て言っていいか…」
アナイスは混乱と動揺を隠しきれないけれど、しっかりとルイーズを抱きしめていた腕は離さなかった。
しばらくそのままだった。
「たぶん、ルイーズと出会ってなかった自分なら、そんな性格になってたかも知れない。自分こそが相応しいって傲慢で浅はかな人間になってたと思うわ。それに、いろんな不思議だった事や違和感が腑に落ちたのよね。だから、信じるしかないのよねー。…はぁーあ、…私がルイーズを殺しちゃってたなんて…」
「前世の自分に代わって謝るわ。謝って許される事じゃないけど…ごめんなさい。」
「あの、変な言い方になるかもだけど…アナイスが殺してくれたから、また巻き戻れたから、アナイスと友人になれたし、沢山の楽しい気持ちを教えて貰えたと思ってて、感謝してるの。家族の愛情も知れたし…私はありがとうとしか思ってないよ。」
いつも何を考えているか分からない、クールな感じだったルイーズが可愛くなっている。
(え、やば。可愛い!!?)
アナイスはまたギューっと抱きしめた。
「私、ルイーズと結婚する!!うん、可愛すぎる!!」
「えぇ??ふふ。私もアナイスと結婚する。」
「それは困ります。」
急な声にアナイスとルイーズは抱きしめ合ったまま固まった。