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聖女として誘拐されましたが、字幕の人はいい仕事をしてました!

作者: マンムート

よくある召喚される話です。


12月08日にアルファポリスにも投稿しました。


「ん、じゃ、また明日」

「じゃあね。宿題忘れないでね!」

「それはアタシのセリフ! いつも写してすませんなよ!」

「善処します!」


 最寄り駅の前で、キヨミと手をふりあって左右に分かれて帰り道。


 夕暮れにそまった住宅街を家へ向かう途中。


「?」


 違和感。


 今は大体5時。時報が鳴ってないからまだ少し前。


 いつもこんなに静かだろうか。


 公園や、近くの保育園から子供たちの声が聞こえてくる。はず。


 ってか、車の音もしないんですけど!


 おかしい。


 辺りを見回せば、どこか景色はゆらゆらして見える。


 透明なゼリー越しに見ているみたいに。


 走っている車も妙にゆっくり。


「!」


 やばい。やばい。やばい。


 なにかやばい!


 あたしは本能的に駆け出した!


 だが、走っても走っても前へ進まない。


「!?」


 異様な気配に頭上を見上げれば、夕暮れの空に、真っ黒な孔が開いていた。


 大きなビルをまるごと呑み込めそうな底なしの孔。


 妙に間延びした音が聞こえた。


 これは。5時の時報『ゆうやけこやけでひがくれて』の出だしの音!


 くるり、と、視界がひっくりかえった。


 頭上には、見慣れた住宅街、そして足元には真っ黒な孔。


「なんだってんのよ、もう!」


 あたしは、じたばたしたが、抗うすべなく孔へ落ちていった。



  ※   ※   ※   ※


「しんぴかつわれらのちせいとしょうりのしょうちょうであるうるわしのせいじょさまのしょうかんについにせいこうしたぞ! われらのかがやかしいまほうぶんめいのしょうりのあかしだ!」


 という声がした。


 感触からすると、あたしは固い床のようなものの上にうつ伏せに倒れているらしい。


 顔をあげると、なんか3DRPGとかアクションゲームに出てきそうな場所にいた。


 王宮とか聖堂とかそんな感じの場所。どこもかしこもつやつやに磨き上げられている。


 金と労力がかかってそうだなー。


 つやつやの床に映っているあたしは、高校の制服を着ていた。


 つまり、さっきでっかい孔に落ちた時のままだ。


 なにこれ? 夢? 穴におちたところからぜんぶ夢?


「おお! うるわしくもかがやかしいせいじょさまがおめざめになった!」


 周りには、青い目で、金髪の美形たちや、しぶめのおっさんがずらっといる。


 みんなRPGゲームとかに出て来るような、鎧やマントを着こんでいる。


 そして、あたしの足元には巨大な魔法陣っぽい模様。


「ええと……」


 これは、もしかして、ゲームとかマンガとかに出て来る『召喚』ってやつ?


 白いローブらしきものを着たやつが、こちらへ進み出てきた。


 美形。外国映画に出てきそうな美形。


 白い肌。通った鼻筋、青い目。すらっと伸びた手足。優雅な動作。


 まぁ客観的に言えば、すごい美形なのだろう。


 でも。


 ときめかーん。


 こいつだけじゃなくて、まわりのやつらも美形。


 だが残念! あたしは西洋系の美形はみんな同じにしか見えない。


 所詮あたしはイエローモンキーなんで、日本語しかわからんし、アジア系にしかときめかんのよ。


「かがやかしきうるわしのせいじょさま、ひかりをもたらすしんせいにしてこうごうしいせいじょさま。わたしは、いだいなるきらめろおうこくのおうたいし、ぎらめるど・じゃーばんともうします」


 歌のような抑揚のついた不思議な声と、聞き覚えのないコトバ。


 なぜわかるのか、と言えば、下に字幕がついてるからだ。


 ひらがなばっかり。キヨミのオタな兄貴がやってたレトロゲームみたい。


 こうやって平然と話しかけてくるってことは、あたしが理解しているのを判ってるんだろう。


「きゅうなおよびだてをしてまことにまことにもうしわけありません。そちらさまにも、やくそくやじじょうがおありであったでしょう。それをさまたげてしまったことは、ひらにひらにしゃざいいたします。ですが、わたしたちのかみにしゅくふくされたいだいなるくにきらめろは、めつぼうのふちにあり、いっこくのゆうよもならないじょうたいなのです」


 もうしわけないって言ってる割に、誠意がまったく感じられないセリフ。


 あれだよね。うたっぽくきこえるから余計にそう感じるよね。


 それに、滅亡寸前とかって、そっちの話でこっちの事情って関係なくね?


「じゃあくとさいやくとはめつのけしんであるまおうと、まおうがひきいるきょうあくでざんぎゃくなけんぞくのちをうめつくすほどのだいぐんぜいによって、かみのこであるかがやかしいわれらはほろびへのみちへおいやられているのです。なんというなげかわしきじたい」


 よみにくい字幕から文字を拾っていくと。


 どうも、このエセ美形が王太子をやってる王国は、魔王が率いる軍勢によって、攻め滅ぼされようとしているらしい。


 こいつの申告を信じれば、だけどね。


 にしても、漢字が入っていないので、読みにくい。

 しかもいちいち過剰な形容詞がつくのでうざい。

 うすっぺらなにこやかさもきもちわるい。

 そのくせ、作り笑顔の下に、なんともいえない嫌悪を隠している気配がビンビンで、いやらしい。


 あたしが反応しないのに焦れたのか、エセ美形は背後を振り返り。


「おい、このやばんじんに、ことばはつうじているのか? こんなのとはなしてたくないんだ。やばんがうつるからな。まえのときみたいにけがらわしいばんじんをだくようなはめになりたくないんだが」


 小声のつもりでしょうがバッチリ聞こえてます。地獄耳なんで。


 つまりなんですか、前に誘拐した聖女は、カラダでいうこと聞かせたってことですか。


 サイテー。


 エセ美形からゲス男に格下げ!


「しょうかんじにしようするじゅもんに、つうやくのきのうをつけたのでまちがいないかと。なんどもかくにんしましたし」


 ゲス男の問いに、目の下に隈をつくったスタッフらしい人が応えてる。


 あ察し。


 このゲス男、えらいっぽいが、部下に全部やらせる、もとい押し付けるタイプだ。


 監督もしない助言もしない相談にものらない、当然、責任もとらない。


 成功は自分の手柄、失敗は他人の責任。ぼくちゃんえらいからそれが当然。


 あるあるー。


 こういうのが上にいると、下の人は苦労するよねー。


 で、スタッフのひとが確認したってことは、ゲームのデバッグモードみたいなのもあったり?


 と、思ったら、画面の隅に『かな漢字モード』という表示が出た。


 おお。魔法スゴイ。安直ともいう。


 あたしは心の中で念じた。ぽちっと。


『かな漢字モード』


 ゲス男は、にこやかな笑顔をはりつけたまま、こちらへ向きなおり、


「麗しの聖女様、急な招請に思うところはおありでしょう。

 ですが、なにとぞなにとぞ海よりも広い寛大で広い御心をもって――」


 ウザ。


 読みやすくなったせいで、更にウザ!


 あたしの心は、このゲスに対しては、駅前の噴水くらいの広さしかない感じ。


 本心のゲスさは判っているから、虚礼とかムダなんですけどー?


 と思ったら、『簡略モード』という表示が出た。


 ぽちっと。


『簡略モード』


「さっさと世界を救え、この野蛮なメス豚が!」


 おお。滅茶苦茶わかりやすい。


 やたら形容詞がある気取った話し方、デバッグしてた人達も面倒だったんだろう。ナイス機能。


 にしても簡略にすると、過剰な形容詞だけでなく謝罪とか慮りの言葉が消滅するのは、心底ゲスだってことですね。


 しかも、さっさと。かい。野蛮でメス豚かい。


 ムカつくー。


「下賤な貴様には邪悪を払う力がある。邪悪な相手に対して念ずれば相手は消える。それが貴様の唯一の取り柄だ」


 礼儀正しくにこやかに話しているが、要約だとまさにゲスまるだし。


 こんなやつらに力を貸したくないけど、そうでなければ帰れないのなら仕方がないのかなぁ。


 ああ、やだやだやだやだ。


 ま。不幸中の幸いで、やるこたずいぶんと簡単っぽいし。


 念ずれば消えるんだもんね。訓練が10年必要ですとか、じゃなくてよかった。


 でも。異世界の人間を呼び出す、もとい誘拐する力があるんなら自分でやれよなー。


 出来ない理由でもあんの?


 お、『用語解説』が表示された。


 オプションつけた人はいい仕事してる。


 ゲス美形がなにかぺらぺらとしゃべり続けていたが、それを無視して用語解説をスクロール。


『聖女』あった。


 ぽちっと。


『聖女。異界から召喚された存在。召喚元(被害者)の世界と、召喚先(誘拐犯)の世界のエネルギー落差により、魔族を滅ぼす聖なる力を発揮する。エネルギーを使い果たすと昇天(消滅)する』


 ありがとう用語解説。

 被害者と誘拐犯とルビまでふってて親切すぎ!


 なるほどね。だから異世界から人をさらってるってわけですか。


 でも、これやばくね? 

 『昇天』と書いてあるけど、『消滅』ってルビふってあるじゃん。


 つまり、あたしが、誘拐犯どもに強要されて魔族とやらを絶滅させたら、あたしが消えちゃうってことだよね。


 そもそも、エネルギー量とかってなに?

 表示ないの? オプション作った人、配慮がたりないよ!

 これじゃあ、エネルギーを使いすぎてヤバいことになりそうになってもわかんないじゃん!


 お。


『ステータス表示』が出たのでぽちっと。


 あ。タスクバーが出てきた。エネルギー量表示ってことね。


 OH! 満タン!


 目の前のゲス美形はまだ何かぺらぺらとしゃべっている。


 だが字幕にはひとこと。


「さっさと名前を教えろメス豚」 


 うん。これは間違いなく教えるとまずいパターン。


 あれだよね。闇バイトとかで、個人情報をホイホイ渡したら、それをネタに脅迫されるヤツ。


 こいつ、というかこいつら、どう見ても、あたしを利用して、好きに使おうとしてるよね。


 いい大人がよってたかって、まだ未成年の女子高校生を!


 しかも、誘拐したうえでだよ?


 つまり、こいつら悪人。まっくろけ。まちがいなくギルティ!


 ひどい悪人どもにつかまっちまった! あたしの人生おわた!


 ん?


 悪人なら邪悪ってことじゃね?


 もし、そうなら……。


 あたしは念じた。


『目の前の邪悪よ消え去れ!』


 目の前のゲス美形は消滅した。


 あ。やっぱりこいつ邪悪だった。


 だって邪悪を消す力が通用するんだもん! 証明おわり!


 なんだか周りがざわめいている。


 イイ歳した大人どもが、あたしを睨みつけたり、腰抜かしたりしてやんの。


 剣を抜くのや、呪文を唱えだしたものもいる。こっちに敵意を向けている。


 ああ。なるほど。


 こいつら、ゲス美形と同類だもんね。


 力づくってことかい。ならこっちもそれなりに相手するだけ。


『邪悪はみんな消えろ』


 悲鳴一つなく、周りじゅうの人間が消滅した。


 こいつら、やっぱり邪悪。


 そりゃそうか。


 誘拐犯と、誘拐を容認していた連中なんだからトーゼンですね!


「って、まず!?」


 こんなカスで犯罪者な連中相手とはいえ力を使いまくったら……。


 あたしは慌ててエネルギーバーを見た。


「!」


 すごい数値になってる! モリモリ増えまくり!


 どゆこと?


 じゃあ、もしかしてあれ? 他の邪悪も消したら、もっとモリモリ?


 あたしは念じた。


『この世界から邪悪な存在は消えろ!』


 一瞬、周囲が光に包まれて。


 光が消えた時には、あたし、広々とした平原に立っていた。


「……うん。町とか国とか文明とか丸ごと邪悪だったってことね」


 まぁ、誘拐を容認している連中の文明なんだから、当然かぁ。


 しかも、初犯どころか、字幕付き機能を作るくらいベテラン誘拐犯どもだったみたいだし。


 エネルギー量を見ると、


「うは。なにこれ!?」


 スンゴイことになってた。


 溢れかえってるらしくて、エネルギー表示のバーがピカンピカン光ってる。


 でも、どういうリクツなんだろ? 使えば減るでしょう普通。


 あたしは『用語解説』をもう一度見る。


『聖女。異界から召喚された存在。召喚元(被害者)の世界と、召喚先(誘拐犯)の世界のエネルギー落差により、魔族を滅ぼす聖なる力を発揮する。エネルギーを使い果たすと昇天(消滅)する』


 力を使うと、エネルギーはなくなっていくはず……。


「あ」


 解説よく見たら。


 魔族を滅ぼす力を発揮するとエネルギーが減るってことか。


 つまり、魔族を滅ぼす時にはエネルギーを使うけど、邪悪な相手を滅ぼす時には、それを吸収できるってこと?


「……魔族が邪悪じゃなくて、誘拐犯どもが邪悪だったってことかー」


 エネルギーを使わないと消せないんだから、魔族ってのは悪じゃないってことか。


 うん。すっきり。


 消しちゃっても罪悪感とかほとんどなかったけどね。

 誘拐犯どもってば、CGだけよくできた映画やゲームの登場人物みたいだったから。


 オプションの人はいい仕事してくれたけど、誘拐犯の一味にはちがいないもんね。


 つまり、これ正義!


「なのはいいけど……」


 どうやって帰ろうか……。


 こういうゲームとか小説とかアニメとかだと、スゴイパワーとかがあると帰れたりするんだよね。


 やれやれ。これからそのちからを集めて――


「って、あるじゃん!」


 エネルギーバーは満タンも大満タン!


 でも、どうやって帰ればいいんだろ?


 そういえば、古い映画で、異世界から帰る時、なんかやってたな……。


 あ。思い出した! 『オズの魔法使い』だ!


 あたしは、映画で主人公がやっていた通りに、かかとを3回合わせて、念じた。


『家がいちばんいい!』



    ※   ※   ※   ※


 いつもの住宅街には、いつもの音が満ちていた。


 子供たちの声。車の音。信号機の音。


 つまり、いつもの音。


 そこにかぶさるように『ゆうやけこやけ』が流れていた。


 五時の時報だ。


 誘拐されてから時間はほとんど経っていないらしい。


「なんだったのかなアレ……」


 とつぶやいてみたけど、最初から最後まで現実感がなかったから、夢だと思うことにした。


 のはずだったんだけど。


「ママ―。あのお姉ちゃん、パッと消えてまた現れたよー」


 思わず振り返ると、保育園帰りらしい女の子が、隣の母親らしき人のそでを引いて、もう片手であたしを指さしてる。


「はいはい。ふしぎですね-」


 と、母親らしき人はこたえると、あたしに向かってちょっと頭を下げた。


 娘が変なこと言ってすいません。っていう仕草だろう。


 あたしも、いえいえ気にしてませんよ、みたいな笑顔を返して、立ち去った。


「はぁぁ……」


 夢じゃなかったんか……。



  ※   ※   ※   ※


 次の日。


 いつもと同じく宿題はやっていかなかったから、キヨミに怒られた。


「たまにはやれ!」


 といいつつ、見せてくれるのが、友達だよねー。


「ごめん。次からは」

「いつもそれかい!」

「それに、きのうはさー、すごく疲れることがあって」

「なによそれ」

「えっと……異世界に召喚されてましたっ」

「その言い訳はどうかと思うな」


 ほんとうなんだけどね。でも。


「……あたしもそう思う」






もう二度と書けないかと思っていたら、書けてよかったです。みなさんの時間つぶしになっていればさいわしです。

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― 新着の感想 ―
すっきりした後味
2024/12/11 04:26 とおりすがり
おかえりなさい!! また貴方の小説が見れて良かったです…!!! ………ところで完璧令嬢と王太子様のお話未だに全裸で待機して待ってます…!!
短編ならではのテンポと纏まりの良さがとても面白かったです。邪悪は自らを滅ぼす聖女を召喚したんですねー。ざまぁ。
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