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クズから始める高校生活  作者: きしろぎ
第一章 恋愛戦争編
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第九話 「早朝の報告会」



 五月十六日、日曜日。


 学校が休日となる今日、俺はまだ早朝の八時過ぎという時間だが、再び例の喫茶店に足を運んでいた。

 入ってみると、まだ開店して間もない店内には常連とおぼしき初老のじいさんが一人だけ。



「ブレンドコーヒーを二つでお願いします」



 それを確認した俺は前回と同じ要領で飲み物を注文し、空いている店内の一番奥にあるテーブル席に腰を掛けた。

 眠気覚ましのコーヒーを飲みつつ、少し前に買った新しいスケジュール帳とメモ帳をバックから取り出して書き込みをしていると目の前の椅子がすっと引かれる。



「おはよ。霧嶋君、朝早すぎじゃね? 眠くないの?」



 視線を上げてみると、寝ぼけ眼にあくびをかいているのにも関わらず、爽やかなイケメンの姿。

 それを一瞥した俺は頼んでおいたコーヒーと大量の砂糖をそいつの正面まで差し出して再び視線を下ろす。



「いつもの学校と同じくらいでしょ」


「そう言われるとそうだけど、休みの日くらいは思いっきり寝てたいじゃん普通」


「習慣は大事だからね。休みの日でも同じ時間に起きることを心掛けてれば体は自然とそれに慣れる。それに自由に動ける休日を睡眠で消費するのは勿体ないじゃん」



 朝からぶつぶつと文句を並びたててくるので軽くあしらっていたが鳴上は思いのほか顰めっ面だ。



「価値観の相違だな。俺は休日こそ平日に疲れた体を回復させるための睡眠に重きを置きたいね」



 まぁ奴の言いたいことは分かるし、その主張も理解できたが、安易に同調しても面白くないので俺はため息混じりにメモ帳をバッと閉じた。



「おっけ、その意見を尊重して今日は解散しよう」



 すると途端に奴の目が泳ぐ。



「ちょっ!? ちょ、ちょ待って!! 俺、頑張ってアラームかけまくって起きてここまで来たんよ?」


「けど寝たいんだろ?」


「もう八割方目が覚めちゃってんだわ! ここまできたら閉店まで居座るわ馬鹿! ひとでなし!」



 軽くおちょくってみてみたけど「もうおせーんだよ」とばかりにテーブルに項垂れた鳴上が流石に少し可哀想になったのでここらでからかうのは辞めにしておいた。



「ふっ、まあ冗談だよ。わざわざ俺の予定に合わせて朝早く来てくれてありがとう、鳴上」


「へへ、そりゃ友達と約束したんだから当然っしょ」


「うんうん、友達ではないけどな。あと閉店まで居座るのは店の迷惑になりそうだしやめとけな」



 恒例になりつつあるやりとりをしてみると、鳴上はどことなく満足気にコーヒーにミルクと砂糖をぶち込みながらしみじみとした表情で顎に手を置いていた。



「なーんかだんだんとこのくだりが気持ちよくなっちゃってんだよなー俺。まぁさておき、はじめますか!」



 さて、そんな茶番はさておき今日は何を始めるのかというと、第一回目となる水瀬対策本部による報告会である。

 といっても内容は特になく俺が水瀬との出来事とかを話し、鳴上がそれを聞いて勝手に盛り上がるみたいなただの茶会になると勝手に思っている。

 他人の痴話をわざわざ早起きまでして聞いて何が楽しいのかは理解出来ないが、このモノ好きが所望なので急遽開催が決まったのだ。


 ひとまず、俺はコーヒーを一口啜ってから今か今かと待ち侘びる鳴上に促されるままに茶会を始めた。



「言うても報告するほど特に大きなことはないよ。ただ、やっぱり水瀬のガードは硬いね。今日で五日目?とかだけどまだ全然心を開いてる感じはしないし」


「え、そうなの? はたから見てると水瀬ちゃんはもう満更でも無さそうだけど」


「あいつはあいつでそういうのを演じてるからそう見えるかもな。俺的には悪くもないけど、決して良くはないみたいな印象になるように操作してるし、無関心という状態にだけはならないように調整しつつ、細かい不満を徐々に溜めてるところだから今は膠着状態って感じ」


「なにそれ、怖っ。まさか俺も操作されてる?」


「少なからず誘導はしてるよ」



 笑顔ではっきりとそう明かすと、鳴上はぎょっとした反応を示したあとに「いいね」と笑った。



「霧嶋君のそういう明け透けに言ってくれるところ好きかもしれない。そういえばさぁ、正味、俺のことどう思ってるの?」


「優秀な情報屋」


「いやいやいや、照れるなぁ」



 思ったことをそのまま言って褒めておくと、鳴上はそのたびにコーヒーに砂糖を追加していく。

 いつかは糖尿病になりそうだけど、これはこれで面白いから何も言うことはない。


 

「たしかに俺も鳴上のそうやってポジティブに捉えてくれるところ好きかもしれないな」


「いやいやいやいや、俺の方がたぶん好きだよ?」


「だろうね」


「ちょいちょいちょい! そこはもう何回か張り合っていくところでしょうが! コントの要でしょうが!」 


「いや、めんどくさいし」


「あーもう、そうですかい、残念だけど霧嶋君とは相方にはなれそうにないな」


「そう? 良いツッコミだし、俺は今のところ良い相方になれそうだなと思ってたけど、——痛っ」



 言い終わる前に鳴上に無言デコピンをかまされた。

 わりと痛いんだが。



「……霧嶋君……たしかに君は人たらしだねぇ」


「人たらし筆頭枠の鳴上に言われてもねぇ」



 そっちが持ち上げてくるならこちらは更に持ち上げるという行程を繰り返し鳴上は照れるたびに砂糖を更に追加してくるくるとカップの中を混ぜ合わせる。

 中身は綺麗な黒色だったものとはまるで別物の存在へと変化している。


 その光景を眺めていると、それに気付いた鳴上は俺の前までその混沌とした物体を寄せてきた。



「ほい、霧嶋君も飲みたいでしょ。結構イケるよ!」


「大丈夫。俺は解毒能力ないから」


「俺が解毒能力あるみたいな口振りはやめなさい。てか人が美味しく飲んでるものを毒物扱いすな」


「糖尿病にもなりたくないし」


「俺が糖尿病患者みたいな口振りもやめなさい。……たく、こんなに甘くて美味いのに」


「はいはい。あ、そういえば朝飯は?」


「食べてきたわけないだろうよ」


「だろうね。それじゃ、気を取り直して朝飯にサンドイッチでも食べるか。なんでも好きな奴を選んでくれ」


「下げたり上げたり忙しねーな……っ! え……もしかして俺にもジェットコースター作戦やってる説ある?」


「ジェットコースター作戦は老若男女に万能だからな」


「うわ、百聞は一見に如かずを体験してるわ俺。たしかにこれは効果ありだな。……あ、ちなみに俺はたまごサンドといちごホイップがいい」



 というわけで一旦腹ごしらいをするということになり、二人で並んでレジへと向かった。



「ほんで、ほれはらはふぁにすんの?」



 テーブルに戻り、サンドイッチを口いっぱいに詰め込みながらそう尋ねてくる鳴上。

 お顔はとても良いのに、お行儀がとても悪い。



「そうそう、来週の土曜にデートのイベントを取り付けた」


「おぉ! ここにきてやっと恋人っぽい話題が出てきたよー。そんでそんで?」


「それまでに完璧な彼氏役を演じておいて、水瀬の好感度爆上げ期間にこれから入る予定」


「んん? うん、そんで?」


「当日にもっかい谷底に突き落とす予定」



 最初にパァっと明るくなった鳴上の表情は俺が言葉を重ねるたびに沈んでいき、最終的には天を仰ぐようにしてため息へと流れていった。

 心情が態度にダダ漏れすぎだろ。



「はぁ……もっと高校生のカップルっぽい会話が欲しい。俺は致死量の砂糖で埋め尽くされた甘々な話が聞きてぇんだ」


「んなこと言ってもやることはこの前に話してるじゃん。これはシナリオ通りなんだよ」


「肝心なところは濁したじゃんか。てか本当に最終的には水瀬ちゃんの為になんのか、これ?」


「当然だよ。そのためにわざわざ偽カップルなんて少女漫画みたいなめんどくさいことしてんだから」


「本当か? なら良いんだけどさ。俺としてもこの数日間、陰ながら水瀬ちゃんのこと気にして見てたけど、なんかめちゃくちゃ頑張ってる感じが伝わってくるから、傷ついたりしてほしくないんだけど」


「お前が水瀬に情が移っちゃってんじゃん」


「そりゃそうだろうよ、そもそも俺は全ての女の子の味方であり、しもべなんだよ」



 台詞はくそほどダサいがこういうところから鳴上は本当に優しい奴ということが伝わってくる。

 同時に過去の俺に対してもしつこいくらいに関わってきた理由もなんとなく分かった。


 こいつはレディーファースト的な言葉を常用するものの、男女とか関係なく頑張ってる人が好きなんだろう。


 過去の俺はやり方や方向性を間違っていたとはいえ、頑張っていたという部分では今でもそうだったと思う。

 だからこそ鳴上翔という人間はあの頃の俺も放っておけなかったんだろうな。


 ただ今の俺から言わせると、何をするにしても方向性や方法を違えてしまえばどんなに頑張ったとしてもその行動は何の意味もない無駄な努力だ。

 むしろ害悪にすらなり得るほどだ。

 だから、歩く道を正しく示唆してあげる存在というのが、人間には、特に若い人間には必要なんだと俺は思っている。

 鳴上の言い分は分かるけど、道をはっきりと示すために俺はここに居ることを忘れてはならないのだ。



「水瀬が努力していることはちゃんと分かってるし、ちゃんと見てるから。けど、だからこそ俺だけは誰よりも厳しく接して、その努力をしっかりと正しい方向に向かせてあげるしかないんだから、まぁ黙って見てなよ」


「ハッピーエンドになる?」


「最終的にはそうなるようにするよ。そうなるのが今ではないにせよ、未来にはそうなるために」


「ねぇ、霧嶋君」


「なに?」


「君、ほんとうに彼女のこと好きじゃないの?」


「ないない。そもそも恋愛対象に見れないよ、あんなお子ちゃま」



 きっぱりと答えると、鳴上は「全く理解できない」とでも言いたげに首を左右に振っていた。



「君は本当に聖人なの? 俺にはそんな自己犠牲みたいな方法をしてまで他人のために動こうなんて考えられないよ。優しすぎじゃない?」


「買い被るなよ、照れるから。むしろ俺はみんなが正しく幸せになることを考えられるお前の方が優しいと思ってるよ」


「いやいや、照れるなぁ」


「ちなみに言っとくけど、俺はホモじゃねぇよ?」


「お、安心したわ。薄々そうなのかと思って付き合い方を改めようとしてたから」



 なんて冗談をお互いに織り交ぜながら報告会という名の茶会は進み、鳴上の恋愛事情にも少々触れてドン引きしつつそろそろお開きになろうとしたところ、



「あ、そういえば言うの忘れてたけど、この前言ってた男子とアポ取れたよ」



 そんなビッグニュースが落とされた。



「おま、それを早く言いなさいよ」


「いやぁ、メインディッシュは後のほうがいいと思ってたらなんやかんや忘れてて」


「本末転倒! けどナイス鳴上。これで土曜に作戦を実行できるかも、もしかしたらそこで決着が着くかもしれない」


「え、そこまでの大物だったの?」


「会ってみなきゃ分からんけど、これで真相が分かる」


「ふーん、じゃあとりあえず土曜なにするか教えてよ」


「あぁ、計画だとこんな感じだ」



 そうして俺は来る土曜のデートの作戦をおおまかに説明してその後すぐに茶会はお開きとなった。

 ちなみに計画を聞いた鳴上はたいそうご機嫌斜めな様子でご帰宅なすっていた。


 そういう感情を抱かせてしまうことに若干の申し訳なさを感じつつ俺は帰路に着く。

 



***




 そこから俺は途中にあるスーパーにて日常品の買い出しをして、毎朝水瀬と待ち合わせをしている公園をショートカットに利用して突っ切って出口を出たところのすぐそこ。

 まだそこそこ新しめだが、庭がしばらく手入れされておらず、人の気配もあまり無い一軒家が現れる。

 

 俺はその家の玄関に繋がる門を突破して片手でポケットから取り出した鍵をドアに差し込んだ。



「ただいま」



 それに対して返事が返ってくることはない。

 タイムリープしてから約五日だが、まるで一人暮らしをしているように静まり返っている。

 

 慣れた手つきで冷蔵庫に買ってきた冷凍食品や加工品を詰め込み、惣菜弁当を二つレンジでチンした。


 その一つを手に取って二階にある一室の扉の前にそっと置いて、軽くノックだけをしてみるが、相も変わらずその無機質な扉が開くことはない。

 俺はその扉に掛けられている「つゆ」という文字を少しだけ眺めてまた一階のリビングへと戻った。


 その後は残った白米だけが詰められている弁当を食べながら今後について考えるのが過去に戻ってきた俺の日常である。


 もちろん当面の課題は水瀬だが、俺はこれから肉親である妹と母親と向き合うことになる。


 大丈夫、今の俺なら上手くやれる。


 既に暗くなったリビングの灯りも付けずに俺は毎日の日課のように自分に言い聞かせていた。



「まずは次の土曜、そこで決着をつける」



 

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