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クズから始める高校生活  作者: きしろぎ
第一章 恋愛戦争編
8/29

第八話 「急降下、急上昇」



 

 五月のぽかぽかした陽気のせいで今日の授業はやたらと睡魔が襲ってきて大変だった。

 ここ二日間の夜更かしのせいかもしれない。


 地獄のような午後を乗り越え、ようやく放課後になり約束どおり校門にて霧嶋雫を待っていた。

 尚、今回は向こうが野暮用で少し遅くなるというメールが事前に届いている。

 その内容がこちらである。



敵『悪い、遅れる』

桃『全然大丈夫ですっ。待ってます(*゜▽゜*)』

敵『m(_ _)m』



 あまりに素っ気ないメッセージの内容。

 とりま言葉を打てよ。

 顔文字だけで済ませるとかどこの熟年夫婦だよ。


 ——……って誰が熟年夫婦かいっ!


 そんなノリツッコミを入れた後、どうせ多忙ぶっている霧嶋雫にまた長いこと待たされると思い、校門の壁に寄りかかり携帯をいじって待つことにした。

 ちなみに佇まいは、暇を持て余して校門に舞い降りた天使をイメージしている。



「ふん、ふん、ふふーん♪」



 ふと開いた受信メールからはなんと同級生の男子からの熱くきしょい想いが込められた告白メールが届いていた。

 ふっ、彼氏が出来たのは周知の事実なのにも関わらずこの人気ぶり。


 そうよ、やっぱり桃は高嶺の花なのよ!


 自分に言い聞かせるようにして、己の肯定感をひたすら上げ続けるという、いわばセルフメンテナンス。

 それにこのタイミングで他の男子からの告白メールは色々と攻略にも捗りそう。


 このメールをエサにして、霧嶋雫の嫉妬心を煽りまくってガンガン意識させる作戦なんてどうかしら。

 脳裏には桃の人気ぶりに内心で焦る奴の姿がもう浮かんできている。



「ねぇねぇ!」



 そんな脳内シミュレーションを繰り広げていると、思いのほかすぐに声を掛けられた。

 驚いて視線をあげてみるとそこには知らない男子生徒が立っていた。

 短髪で小太りで眉毛がほぼ剃られていて、それは人間に化け損ねたブタみたいな容姿をしていた。



「こ、こんにちは」



 一秒で会話する価値もないと思いつつ、体裁のため仕方なく挨拶を返しながら全身を見てみると、ネクタイピンの色からそのモノノケが三年生だと気付いた。

 はぁ。

 先輩なら一応会話しとかないとじゃん、めんどくさいと思いながら渋々携帯から目を離す。

 


「君、一年生? まじ可愛いねー! 超俺のタイプなんだけど、これから俺と遊びに行かない?」


「……あはは、今からは急ですねー」



 モノノケはぶひぶひと吐息と唾を撒き散らせながら、じりじりと距離を詰めてくる。

 桃はそろそろと横に移動してそれを回避。


 というか何なんこのブタ? 

 どの面下げて気安く桃のこと誘ってんの? 

 脳みそ沸いてるの?


 苛付きながら適当に愛想笑いをすると、モノノケは桃の身体を一通り舐めるように視線を動かした後、胸元で小休憩を挟みニヤリと微笑んだ。


 うわっ、きもっ! まじで無理。視姦された!


 全身に鳥肌が立った。

 すぐにでも逃げだしたいところだけど、厄介なのがそれなりにガタイも良く、見た目はラグビー部とかにいそうな体格をしていること。


……変に刺激するのは流石にちょっと怖い。


 これまで何人もの男を手駒に取ってきたからこそ、桃は目も肥えていると思うしそれなりにヤバそうな人間を見分ける嗅覚があるとも思っている。

 そんな桃の人間感知が警鐘を鳴らしている気がする。


 

「ふひひ、一期一会ってやつだよ。せっかくの出会いを大切にしようぜ〜?」


「一期一会っ! 良いですね。でもすみません。今日はちょっと人を待ってるので」


「友達? いいよいいよ、友達も遊ぼうぜ」



 それとなーく断りを入れてみたのにこの男には全く効果がないようで諦めるような気配はない。

 

 あーしつこ……苛々してきた。


 ただ良い子を演じるのも癪だし、怖いけどここはきっぱりと分からせた方がいいかもしれない。



「いえ、彼氏を待ってます(ちょっぴりドヤ顔)」



 そう思って、申し訳なさそうな表情だけをつくって返してみるが、モノノケは一瞬だけ顔を歪めるだけで引く素振りはなかった。



「え、彼氏いんの? まぢかよー、ま、でも俺はそれでも気にしねーよ?」



 つーかむしろ桃みたいな美少女に彼氏いねーわけねぇだろ。


 『気にしねーよ』じゃねぇよ、気にしろよ。

 どいつもこいつもそういう空気読めないとこがキモいんだよ! 

 というか霧嶋雫も空気読んで早く来なさいよ!


 普段からモブの扱いには慣れてるから適当に冷たくあしらうだけで大抵は引き下がるのだが、たまにこういう何を言ったとしても効果がない無敵の人間もいる。



「ま、また今度! 絶対行きますんで!」


「お、まじ? 言質頂きぃ! 絶対だからな! そんじゃ、また声掛けるわっ! あと俺の名前は多田信忠ただ のぶただだから、覚えといてな」


「はい、さようなら(一生の)」



 結局、苦渋だが約束の先延ばしという技を駆使することでどうにか多田という先輩の誘いを断る。

 最後に桃がブタにはもったいないくらいの笑顔を返したやると、多田は人間とは思えない程のキモい笑顔で去っていきやがった。

 モノノケが視界から消えるのを確認したところでホッと息を吐く。


 あーキモかったぁ。

 名前なんだっけ? ただのぶただ? 

 ただの豚だ? ……ぷぷっ、自己紹介乙っ!


 名は体を表すとはこのことね。

 これからあいつのあだ名はタダの豚よ!


 ぷふっ……。

 やばい、キメ顔で去っていったタダの豚の姿とあだ名を思い出してたら……ふふっ……何かツボに入った。

 ふふふふっ、ネーミングセンスありすぎでしょ。

 やばい、やばい、ひとりなのにニヤけちゃう。

 下校している人にこんなところ見られたら不審者だって思われちゃうよ。



「何してんの?」

「ぴゃっ!?」



 必死に表情を戻している最中、唐突に入れられたツッコミに驚いて顔をあげると多田と入れ替わるようにしていつの間にかに霧嶋雫が立っていた。

 

 今更来るとかこいつ、色々とタイミング酷い。


 少女漫画とかならもう少し早く到着して『こいつ、俺の彼女なんで豚の分際で近づかないでもらえますか?』とか言いながら彼氏面する所でしょ普通!



 ……



 ………ん、待てよ?



 ふと、なんとなーく霧嶋雫の様子に引っかかった桃は恐る恐る聞いてみた。



「せ、先輩いつからいたんですか?」



 すると霧嶋雫ははいつもと変わらない死んだ目をほんの少しだけ細めてややモノマネをする感じで言った。



「ふん、ふん、ふふーん♪ から」


「……つまりは最初から?」


「そうとも言うかな」



 ……ぬぉぉぉぉぉおおお!


 気付いた途端に顔から火を吹くんじゃないかというくらい瞬時に顔面が熱くなった。

 一方で霧嶋雫 は恥ずかしがる桃とは裏腹に軽薄そうに表情を緩めて僅かに微笑みやがる。


 こ、こいつ……人を馬鹿にするときに限って、なんか楽しそうなのが腹立つぅー。



「い、いたなら助けてくださいよぉっ……ちょっと怖かったんですから」


「いやぁ、人気者の水瀬さんはもしもナンパされた時にどんな対応をするのかちょっと気になったもんで」


「もうっ、先輩いじわるすぎますよっ!」


「いやいや、なんかあった時はちゃんと助けに入るつもりだったよ。まぁ、意地悪なのは否定しないけど」


「そこは否定してくださいよ。……けどもしも何かあったら本当に助けてくれますか?」


「そりゃそうよ、彼氏(仮)だもん。けどもしも俺がその場にいない時はどうしようもないだろ? そういう時どうするのかなって思って傍観してた」


「むぅぅ、なんか釈然としませんけど、先輩がいるときは守ってくれるんですね? なら良いですけどっ!」



 そんな会話を交えつつ桃は先を行こうとする霧嶋雫に追いつくように歩き出し、朝よりも距離を詰めてみた。


 物理的な距離が近づき、少しでも体の芯がブレようものならお互いの体が軽く接触するような距離。

 だけど決しては触れられないその距離間は思春期の男子高校生をドギマギさせてしまうような絶妙な間隔だろうよ。

 朝はまだアピールが足りなかったみたいだから、もう少しだけ近づいて意識させてやるのよ。


 ま、お触りはさせないけどね!なんて考えながら横との距離ばかりに集中していたら、



「危ないっ!」

「えっ」



 急にくいっと腕を引っ張られ、遅れて、霧嶋雫に体を引き寄せられたことに気付いた。


 …………っ!? は、はぁ!? 


 なになに、なんで急に桃の体に触りだしたの? 

 え、発情? 急に発情したの!?


 あまりに突飛な猥褻行為に(なにすんだよ、変態!)と思って霧嶋雫の顔を見ると、なぜか呆れたような顔をされた挙げ句に「お前は猪かよ」と呟かれた。



「はい?」



 その発言を聞き逃すわけもなく、当然のように頭の血管が二、三本ブチ切れたのだが、後ろを向く霧嶋雫の視線の先には電信柱が立っていた。

 なんなの、電信柱オタクなの?と思っていたら軽めのチョップをお見舞いされた。



「こら水瀬、ちゃんと前見て歩きなさい。危うく電柱にぶつかるとこだったぞ?」



 そこでようやく気付いた。



「……も、もしかして助けてくれました?」


「それすら気付いてなかったのかよ。どんだけ周り見えてないんだよ、危なっかしい」


「ご、ごめんなさい」


「謝る必要はないけど。……まぁ……逆に考えれば水瀬はそれだけ集中力が凄いってことなんだろうけど、周りには気を付けるように」



 怒ってんのか褒めてんのかよく分からないけど、言ってること自体は間違ってはいなそうなので桃は仕方なく素直に頷いた。

 まるでパパみたいだけど、まぁ一応心配はしてくれてるみたいね、うざいけど。


 …………


 いやいや、というかどさくさに紛れて忘れてたけど、こいつ桃のこと抱きしめたんだよね!?


 なのに何で呆れた顔してたの? は? しかもその上であんなにえらそうに説教してたの? なんで?

 普通なら喜んでアヘ顔で昇天して桃に跪いて一生奴隷になりますとかって宣言する場面でしょうが。

 

 そんなことより、なんでこんな朴念仁に桃の初めてを奪われなきゃいけないのよ!



「水瀬? 大丈夫? 顔、真っ赤だけど」



 心の中でボロクソに文句を言っていると、霧嶋雫は桃の顔を覗き込んでそんなことを言ってきた。



「そ、そんなことないですよっ」


「結構赤く見えるけど、別に体調悪いとかではないんだな? ふーん……あぁ、そうか」


「なんですか?」



 なんだか気恥ずかしくて、顔を背けてるのに霧嶋雫はジロジロとこっちを覗き込んだ後になんだか一人で納得したような顔をしていた。 

 なんとも言えない憎たらしい表情だ。

 ほんとなんでこんなデリカシーとかない奴がそこそこ女子に人気なのかが全く分からないし、女心ってやつとかそういうのも、



「水瀬の肌は綺麗で真っ白だからこそより目立つのかもな。やっぱり肌の手入れとか頑張ってるのか?」


「……まぁ、それなりには気を遣ってます」


「結構大変だろ? 水瀬は努力家なんだな」


「………別にそんなことないですよ……へへ」



 女心とはまたちょっと違うけど? 

 でも意外とちゃんとそういう細かいとこも見てるんだ、ふーん、まぁ、そういうとこは悪くないんじゃん?

 ま、桃は他の女子とは違って別に何とも思わないけどね。


 そこで話は途切れ、歩みは続いていたけど少しばかり無言の時間が流れた。



「そういえば、さっきはご機嫌に鼻歌なんか口づさんでたけど、何か良いことでもあったの?」



 話す気分でも無くなったので何となく落ちていた石ころをローファーで転がしているとふいにそんな質問が舞い込んでくる。



「そ、それは……先輩と帰れるから」


「ホントに? 携帯見ながらニンマリしてたけど」



 ここぞとばかりにアピってみたところ思わぬ指摘をされて、ハッと思いつく。


 携帯、メール、告白……チャンス!



「ホントですよ。先輩とのメールを見返して幸せ気分になってました。……あ、でもひとつ悩みが」


「悩み? なに、悩みって」



 ふふふっ、かかったな?


 ここで桃は網を張って待ってましたとばかりに先程の告白メールが表示された携帯の画面を見せた。

 霧嶋雫は一度歩みを止め、差し出した携帯を顔に近づけるとその画面を凝視した。



「告白?」


「そうです。朝の登校で私が霧嶋先輩と付き合ったことは分かってると思うんですけど、こうして一方的に想いを伝えられるのが少し困るというか……この人の他にも結構こういうのが多くて……」


「なるほどな。まぁ、俺との関係も(仮)だけど」



 後半部は最早フルシカトを決め込み、上目遣いで霧嶋雫の顔を覗き込み、不安そうな表情を作りつつも彼の動揺を一ミリも逃さないと言わんばかりに桃は瞬きひとつしないで待機していた。


 さぁ、桃に見せたまえ! 

 自分の仮彼女が知らない男に言い寄られているということへの醜い嫉妬心を!



「まぁ、仕方ないんじゃね? それはモテる人間の宿命みたいなものでしょ」


「……はい?」



 しかしまぁ、お察しの通り返ってくる反応は予想の斜め下を低空飛行する淡々としたものだった。

 脳内では裏人格の桃が高速で地団駄を踏んでいるのを他所に霧嶋雫は表情ひとつ変えずにいた。



「それくらい水瀬は人気者だからね。それに告白ってのはある意味でエゴみたいなものだろ。つい最近それをやってみた水瀬はその子の告白したくなる気持ちに重なるところがあるんじゃない?」 


「…………はい?」



 その投げかけと共に横目で何かしらを訴えかけてくる視線を鬱陶しくも感じ取ってしまった。


 ……桃にも思い当たる節? 

 

 えーと、

 

 告白……一方的……困る………………グブォッ!


 え!? ちょっと待って!? 

 もしかして桃はそれと同じ事してるって言いたい訳? 

 は? 困ってんの?


 想定外のカウンターパンチに不意打ちの大ダメージを喰らった。

 更に霧嶋雫はフックを繰り出していく。



「それにもし、水瀬がその子の方が気になるようだったら、俺のことは気にしないでもいいよ」


「…………」



 そうじゃなぁぁぁぁぁい! 

 違う違う違う! 

 そういうのを求めてるわけじゃない!


 ここ数日で期待と失望が代わる代わる交差してくる展開の連続。

 本心をほとんど出さずに取り繕って生きている桃でもさすがに精神的な疲弊はもう隠せず、頬を膨らませてしまう。



「わ、私は先輩のことが好きなんです。他の人じゃなくて先輩と毎日会いたいし、デートにも行きたいです」



 投げやりに呟いた台詞だけど、意外にも霧嶋雫は珍しいものを見たような顔でふっと悪戯そうに笑った。



「そうか、それは悪かったよ。そうだな。それならこの前も話してたし次の休み……、いや再来週の休みの日にデートに行かないか?」


「えっ、いいんですか!?」


「そりゃ仮にも付き合ってるんだからいいだろ」


「行きます!」



 そんな少しぶすくれかけていた状態から思いもしない提案が舞い降りた。

 途端に笑みが込み上げて機嫌が治りかけた桃はたぶん単純なんだろう。


 けど流石の桃もこの男は一筋縄ではいかないことはこの三日間で理解しているから、単純に浮かれるわけにもいかないが、なんだかやる気が湧いてきた。

 

 よし、次のデート。

 そこでしっかりと成果をあげなくちゃねっ!



「どこか行きたいとこある?」


「隣町に遊びに行きたいです!」


「隣町……っていうとモール辺りか?」


「ですですっ。あそこは広くて何でもあるし、二人で行けたら楽しいと思います」


「んじゃ、そこにするか」


「わーいっ。あ、あといつも帰り道にある喫茶店も行きたいです」


「なら、そこも帰りに行こ」


「いいんですかっ! あとあと、反対側の隣町にある公園とか、遊園地とか、動物園と」


「ちょいちょい! 多すぎるわっ! 全部は一日じゃ無理だから、またいつかにしなさい」


「はぁーい。ふへへ」



 そんなこんなで二人でデートの話しをしていたら、すぐにお互いの別れ道になった。


 だるそうに歩いていく奴の背中を見送りながら、桃は不適な笑みをこぼす。


 楽しみにしてろよ霧嶋雫。

 その日は完璧な水瀬桃華を見せてやるんだから!




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