第四話 「クズから始める」
どこまでも続いていくような暗く果てしない深淵の中で、俺は走馬灯のように過去の出来事を何度も何度も夢として見ていた。
まるで今までの記憶の回廊を巡る旅路の如く。
三十一年という月日を生きた中でも、特に印象に残っている記憶というのはいくつかあるがその一つとして、俺にはこれまで唯一付き合った彼女がいた。
***
自分が苦しくてどうしようもない時の感覚というのは、例えるならば何も見えない暗闇の中を手探りで進んでいる時の一寸先すら見えることのない恐怖に近い。
そんな暗闇の中で眩く光る輝きを見つけたのなら、その光に手を伸ばしたくなるのは当然のことだろう。
今にして思えば、彼女との出会いはあの頃の俺にとってはまさにそんなタイミングだった。
中学三年の頃、俺の中では誰よりも強く正しく逞しいと思っていた親父は俺宛に遺書と保険金を残し、病でなんとも呆気なく死んだ。
遺書の内容は簡潔にまとめると母と妹を任せるという事と母が悪い宗教に嵌まってしまったから注意して欲しいみたいな旨だったと思う。
その頃の俺は学校でもそこそこ中心的な存在だったこともあり、謎に根拠のない自信があった。
だから託された想いを守ってみせる! なんて実に呑気でお気楽なポジティブさで溢れていた。
そこでまずはすぐに出来ることとして親父が死んでひどく落ち込んでいる母と妹のケア、それに加えて母に代わって家事全般をやることにした。
勿論、俺自身にも悲しみはあったが俺がなんとかしなければいけないという気持ちの方が上回っていたので体は自ずと動いた。
そうして過ごしていくうちに二人共少しずつ元気を取り戻していったので俺は充実感と安心感、それと気付かないうちに油断が芽生えた。
それがまずかった。
気付けば母は俺の目を盗んで再び宗教に足を運んでいた。
母は懲りていなかったのだ。
いや、今にして思えば親父が死ぬ頃には既に完全に洗脳が完了していたのだろう。
悔しかった。
俺がやってきたことではなく、宗教によって母は元気を取り戻していたんだと気付いた時にどうしようもない悔しさが押し寄せた。
更には裏切られたという気持ちもあった。
俺は母を精神病院に入院させることにした。
妹を始め、周囲の人間には止められたが俺は断固としてそれを強行した。
その行動の裏にはつまらない意地とクソガキみたいなプライドもあったと思う。
どうにかして入院させることが出来たが、考えなきゃならないことは山ほどあった。
自分が高校に入る為の入学金や学費、妹の交際費や家の生活費、そして、母の入院費。
親父はしっかり貯金もしていたし生命保険も加入していたのだが、途中から母が使い込んでしまっていたせいで貯蓄もかなり減ってしまっていた。
このままだと当然お金が足りなくなる。
だから俺は十五歳から働けるところを探し、毎朝新聞配達をしてお金を稼いだ。
高校になってからは働ける幅も増えたのでいくつものバイトを掛け持ちして時間の限り働いた。
全ては家族のためだった。
そんな感じで日々を送るうちに高校二年になった。
正直にいうと俺自身その頃には精神的にも体力的にも限界を迎えていた。
気張ってはいたが、所詮高校生のクソガキの決意や覚悟なんてのは大したものではない。
いつからか、なんで俺だけがこんな目に……俺だって遊びたいのに……これだけ俺がやってるのに感謝のひとつもない……なんて独りよがりな不満が募っていた。
全ては自分で勝手に始めたくせにだ。
今にして思えば本当に馬鹿でどうしようもないクソガキだと思うし、今考えてみてもただの高校生がそんな生活をずっと続けて行けるはずなんてなかった。
そんな心身共に潰れかけていた頃に俺は彼女と出会った。
始まりはたしか全校集会が終わり、体育館から渡り廊下で教室に戻る途中。
前を歩いていた彼女が生徒手帳を落としていったのがきっかけだった。
拾ったは良いものの人混みが多くて彼女を見失ってしまった俺は仕方なく教室まで届けにいった。
届けると、彼女はなぜか涙ながらに感謝を伝えてきてお礼に何かしたいと申し出てきた。
たいしたことじゃないからと一度は断ったが、その手帳には母からもらった宝物が入っていたと言って恩人に感謝したいと譲らなかった。
彼女のことを健気な子だな、と思いながら仕方なくその申し出を受けた。
次の日、彼女は昨日のお礼だと言ってお弁当を用意してくれた。
節約のためにいつも大きめのおにぎり一つで済ましていた俺にとってその気遣いは本当に嬉しかった。
その後も何度か彼女は俺に対してお弁当を作ってくれたり、連日のバイトで疲れ切っていた俺を労ってくれたりした。
ボロボロだった俺にとって彼女の存在は確実に心の救いになり、同時に彼女に惹かれるようになっていった。
しばらくした放課後、俺は彼女に告白された。
嬉しかった。
今まで他の子には何回も告白されてはいたが、その頃はまだ恋愛に無頓着だったことや、家庭がそんな場合じゃなかったこともあって付き合ったりはしたことがなかった。
けれど、俺は彼女に惚れていた。
そう考えるとたぶん初恋だった。
家の状況を考えるとそんなうつつを抜かしている場合ではなかった。
ただその時の俺は心身共にボロボロ。
少しくらい俺だって高校生らしい青春を送りたいという気持ちと心を救って貰えた恩に報いたいという気持ちもあって付き合うことにした。
付き合い始めた週末、俺と彼女は初デートをすることになった。
場所は隣町にある大型ショッピングモール。
俺にとっては久しぶりのプライベートでの休日。
めちゃくちゃ楽しかった。
家の状況を考えるとかなり罪悪感があったが、その日のデートは格好つけたいという気持ちもあって彼女の分のデート代まで全て奢ったうえで遊びまくった。
彼女も楽しそうでホッとした。
それから週末と平日の一日ずつは彼女との時間にした。
ただ日々の生活もあるのでそれからのデートではあまり奢ったりお金を使ったりするのは控えた。
彼女は最初の方こそいつも天使のような笑顔を見せていたが日に日にその態度が曇っていった。
そして、付き合ってからちょうど一ヶ月経った日の放課後。
彼女は俺に別れを告げた。
その時の彼女の表情は出会った頃とは全く別物の冷え切ったような表情だった。
正直、かなりショックだった。
けど俺は彼女が好きだったので彼女の意思を尊重して出来るだけ笑顔でそれを受け入れた。
その時の彼女もどこか不満そうだった。
色々と思うことはあった。
不満とかがあるなら言って欲しかったし、もう少しこっちの話を聞いて欲しかった。
それに最後くらいはあの頃の笑顔が見たかった。
ただ最終的には俺が悪かったんだろう、と割り切ってまたバイト三昧の日々に戻った。
それからしばらくしてある噂が流れてきた。
彼女は悪女である、という意味不明な内容だった。
少し気になった。
けれど、いつも授業が終わったらすぐにバイト、遊びの誘いも断る、そんな付き合いの悪い俺にそれを聞ける友達はほぼいなかった。
ただ中には、そんな俺にわざわざ関わってくるような物好きな奴もいた。
同じクラスの鳴上翔という男だ。
鳴上はイケメンで陽キャで学校中の人気者だ。
それなのに何故か付き合いも態度も悪い俺に執拗に関わろうとする不思議な奴だった。
鳴上はとても顔が広いし、色んな情報を持っていた。
だから俺は鳴上に彼女について聞いてみた。
衝撃をうけた。
彼女は男をただただ誘惑して自分を好きにさせることが目的で、その後は有り金を使わせた上でその男を容赦なく捨てるような悪女だった。
たしかに思い当たる節はあった。
付き合うことになった後、鳴上にそれとなく止められていたことも思い出した。
俺もまんまと騙されていたわけだ。
今更、怒りが沸いてくることはなかった。
けれど、興味が一気に失せた。
彼女に対しても、恋愛に対しても。
そこで初めて俺の初恋は終わり、同時にそれが俺の最後の恋となったのだ。
ちなみにその彼女は別れた一ヶ月後。
自殺未遂を起こし、その後、学校を自主退学した。
その理由や経緯を俺は知らないが、既にそんなことはどうでもよかった。
***
気付くと、俺は椅子に座っていた。
あまり思い出したくはない夢を見ていたせいか、妙に覚醒したような気分で目が覚めた。
夕焼けのオレンジ色に染まったどこか懐かしい光景が視界に映り、ゆったりと辺りを見回してみた。
規則的に並べられた木製の机と椅子。
正面に堂々と貼り出された黒板。
窓の外から聞こえてくる運動部の溌剌とした掛け声。
どれも遠い昔に実際に見て感じたことのある風景が羅列されていたが、そんな既視感に溢れる景色の中で一箇所だけ見慣れないものがあった。
それが俺のいる机の上にある一枚の紙切れだ。
『契約書』
最初の一行目に記されたその単語で真っ先に脳裏に浮かんだのは天使の姿形をしたアホ美少女との一連のやりとり。
既視感のある光景と契約書、それらを点と点で繋げて導き出せる解答——それは既に俺はタイムリープしてきているということだった。
そういえばあの夜、契約書とやらを確認しようとしたところを暴漢に強襲されたせいで、詳しい内容は見ていなかった。
既に契約をしてしまっただろうから、今更ではあるが一応その契約書とやらに目を通してみることに。
《契約内容》
甲は死の運命を回避し、十五年前の過去へとタイムリープすることが出来る。
※但し、その効力は下記の条件を満たし続けている期間、又は下記の試練を完遂した場合に限る。
条件:過去に戻ってから関わった全ての人物の人生を不幸にしないこと(現在、未来共に)
試練:過去に戻る前の三十一年間の間に甲が関与して不幸にさせてきた人間の数(故意、過失は問わない)の倍の人間を救い出すことで完遂とする。
尚、条件・試練のいずれかでも失敗してしまった場合、甲は契約違反となり即刻地獄(最下層)に堕ちることとなる。
又、甲が試練を見事完遂することで契約を満了とした場合、報奨として甲の願いを何でも一つ叶えることが出来る権利を与える(但し、これまで完遂を達成した者は未だに誰もいない)
以上。
と、最後まで読み切ったところで無意識にその紙切れを握りつぶしていた。
それと同時に履いていたズボンのポケットがなにやら振動を始めた。
「うぉっ、ガラケーとか久しぶりに見たわ」
十年以上振りくらいに目にしたそれはちょうど着信を通知していたので慣れない手つきでなんとか操作して通話に出ることが出来た。
『カッカッカッ、初めましてだね、霧嶋雫君』
軽薄そうなその声を聞いた瞬間、背筋の硬直と共に張り詰めるような緊張感が走った。
相手は名乗りもせずにただ俺の名前を呼んだだけなのに、俺はなぜかこの相手が誰で、どういう存在なのかを直感的に理解した。
「……神様……なのか……?」
『おぉ、御名答! そうそう、僕は神だよ。君が試練に挑んでくれるって聞いたからそれなら発案者でもある僕としては一度挨拶くらいはしとかなきゃと思って電話をしちゃったよ。まずは君の愚かで惨めな人生は退屈な僕を実に楽しませてくれたよ、ありがとうね』
なるほど、どうやら神様というのは天使から聞いていたイメージよりもずっと性格が悪そうだ。
言葉の節々から格上の余裕とそれに伴う上から目線の態度が滲み出ているし、それを隠そうともしない。
なにより本人は普通に話しているだけのつもりなのかもしれないけれど、受け取るこちら側が感じる圧力が半端じゃなく、まさに有無を言わさないという空気感が全面に溢れ出てる。
けど、俺は俺でそんな雰囲気だけで萎縮するような生半可な世界で生きてきたわけではない。
そっちがそういう感じで来るのなら、こっちはこっちでやりたいようにやってやるだけだ。
どうにも偉そうな奴には反発したくなるのが詐欺師の性分みたいだ。
「あぁあ、神っていうからどんな凄いやつなのかと期待してたんだけど、たいしたことなかったな」
まずは小手調べにジャブをちょこちょこ入れて様子を見てみることに、
「あんたが発案?したこの契約書とかただのインチキだろ。関わった人間が不幸になったら地獄堕ちとか大昔のレトロゲームよりも無理ゲーすぎ。それに報奨とか書いてあるけど、そもそも完遂率0%の褒美なんてどう考えても還元する気のない投資詐欺じゃねぇか。あんたは神とかいう以前にただの詐欺師だよ」
『カッカッカッ! 詐欺師に詐欺師と言われるなんてなんだか面白いね! うん、やっぱり面白いよ君!
……まぁ、だけど、勘違いはしないでね。
君はこれまで何百人という人達を不幸にしてきたクズな詐欺師なんだよ。
当然、死ねば地獄に堕ちるような罪人である君がそれを回避するために挑む試練が生温い訳がないでしょ。
時差ボケでまだ寝ぼけているのかな?』
「…………」
おっけ、ここまで話しただけでよーく分かった。
やっぱこいつ強者だわ。
元より俺が暴論を言ってることもあるけど、完璧な正論返されたらもう何も返せねぇもん。
煽ったことで少しでも感情の浮き沈みとかの兆候が見られればまだやりようはあったけど、まるでブレずにどこまでも上から冷静に見下ろせるタイプはどうしようもない。
『まぁまぁ、せっかくだし君を選んだ僕の考えを聞いて欲しいんだけど』
「あぁ、どうぞどうぞ」
というわけで、消化試合となった俺はとりあえず神様の話を黙って聞いておくことにした。
まあ、逆に考えると相手に話させる分には多くの情報をこちらが得る可能性があるわけだし。
『先に言っておくけど、僕は別にただの酔狂で君を選んだ訳ではないからね。
僕が見ていた君はただの口先だけのそこらへんの詐欺師とは違う。
君は他人を騙す時、誰よりも動き、考え、入念な準備と綿密な計画を立て、あらゆる手段を駆使して全力で相手を騙していた。
ただの詐欺師はペラペラと口だけを動かして、相手の上辺だけを唆すんだけど、君は違う。
君は相手のことをよく調べ、分析し、知ることで相手の根っこごと変えてしまうことが出来るという、徹底した部分が魅力だと僕は思っている。
君なら分かるかもしれないけど、この世界は悲しい程に理不尽で残酷なことがそこかしこにあるだろう?
勇者のような光の正義だけでは救いきれないのがこの世の深い闇だよね』
随分と饒舌に語った神の言いたいことは悔しいけれど概ね同調できたし、それが本質だと思った。
たしかに清く正しいだけだと、狡猾な悪人に喰い物にされてしまうのがこの世界の弱肉強食の理だ。
強さと冷酷さが無ければ永遠に搾取される側に取り残されてしまうことになる、俺のバカな両親のように。
『そこで僕は閃いたんだよ。闇には闇を、クズにはクズをぶつけたら面白いんじゃないかってさ! そしたらより強いクズが勝つでしょ? だから僕はよりクズな君を選んだんだ。これで少しは納得出来たかい?』
「とりあえず、あんたの思考が穿ってるってことは理解できたよ」
神はそもそも俺を助けるとかそういうのではなく、俺をただ自分の好奇心の実験台としてこき使うために契約書を用意していたっていうことだ。
やっぱりこの電話口で笑う畜生はそこらへんの詐欺師なんかよりもよっぽど詐欺師らしいと思う。
とはいえ、ただ押し付けたというよりかは神は神でみたいものを観るために、俺は俺で死ぬ運命を一旦回避した上で過去をやり直すために、というお互いの利害が一致した結果とも捉えられる。
物事の考え方を変えるとするならば俺は今まで通り自分が生き残るためにひたすら人を騙していけばいいということだ。
大きく変わる部分といえば、騙すベクトルの向きが悪い方向ではなく、良い方向へと導くようになるというところか。
『いいねぇ! 霧嶋君がよく使うその柔軟な発想の転換はやっぱ面白いよ! さて、少しはやる気になってくれたみたいだね……あ、ところでさっきは彼女とのいい夢見れたかい?』
当たり前のように俺の心を読んだ神は顔を見なくても分かるくらい嘲笑を交えた煽りを付け加えてきていた。
「……なるほど。あの夢見心地の悪い元カノの夢もあんたがわざわざ俺に見せつけてきたっていうことね」
『元カノなんて連れない言い方しないで。今はまだ付き合った事実は無いんだし、それにこれからまた付き合うことになるかもしれないよ?』
「……というか、あんたがそれを望んでるだろ。どうせ暇つぶしになると思って」
『流石っ! 少し会話しただけなのに僕のことをよく理解してくれてるじゃないか、嬉しいよ。なら僕からもお礼としてアドバイスを送ろうかな』
「いや、いらない、胡散臭いし」
『またまた連れないなぁー。ま、断られても言っちゃうんだけどね』
俺の心を勝手に読んだり、勝手にアドバイスを送りつけると言い出したり、まさにやりたい放題の独壇場。
だけど話したいと言うのなら聞いておくことにデメリットはないので、それに対しては何を言うこともなく耳を傾けた。
『覚えてるかもしれないけど、このあと君は例の彼女に告白されることになる。これがどういうことを意味してるかは君なら分かるね?』
「俺は強制的に彼女と関わることになるな。つまり彼女は不幸にしたらいけない対象になる、と」
『そそ、だからこそ僕は君に彼女の告白を受け入れることをお勧めするよ。君は気乗りしないだろうけどね』
脳裏を掠めたのは振られた時のあの冷酷な表情。
「まぁ、たしかに気乗りはしないけど、俺は目的のためならそんな感情なんて捨て置けるが」
『それならついでに忠告しておくけど、君は彼女のことを既に知っている気になってるかもしれないけど、あの頃の君は彼女の表面しか見ていないからね。これからは彼女をもっと知る必要があるよ』
それについては同感だな。
たしかにタイムリープしたことで表層的な記憶だけは残ってるけど、過去の俺はそれこそ余裕がなくて視野が極端に狭かったから、情報に偏りもあるだろうし。
『流石に順応が早いね。そうそう、そういうことだよ、分かってるね。
それじゃあ今回はおまけに初回特典として彼女を知るためのキーとなる情報も授けておくとしよう。
彼女を攻略するポイントとなる視点は、過去のトラウマ、連続する暴行事件、望まぬ妊娠という三点』
哀しいかな、裏の世界で長く生きてきたせいかそのポイントを聞いただけで既にこれからの不幸話の大筋が見えてきてしまった。
その事実を考えると、なるほど、確かに悪人をコマ使いしたくなる思考も納得がいく。
『しつこいようだけど、僕が君に期待しているのはお行儀の良いヒーローごっこなんかじゃないよ。
君はクズの詐欺師として周りを救っていくんだ。
いいね?
あ、いけないいけない、あんまり首を突っ込みすぎるのも僕の性には合わないからね、あとは上からのんびりと鑑賞させてもらうことにするよ。それじゃあ———』
その言葉を最後に俺の返答を聞くまでもなく、通話は一方的に切られていた。
言いたいことを伝えるだけ伝えたら即雲隠れとは神はやはりロクでもない存在だと思い知る。
ただ一連のやりとりで自分がやるべきことが明確になったおかげで思考回路がはっきりとしてきていた。
さて、このあとはどうするか。
神の口ぶりからしても既に関わる前提の元彼女が今後不幸になるのは確定事項なのだろう。
そして、それを回避しなければ俺が地獄に堕ちることも確定事項となった。
となると、ここからの選択肢は大きく分けて二つある。
神様の言うとおりにして元彼女に直接関わりながら彼女のことを守っていく方法と間接的に手を尽くして守っていく方法。
効率や手間、確実性、リスクなど様々な面を考慮してみたが、取る選択肢は天秤に掛けるまでもなく前者だろうな。
だとしても、あの性悪に唆されたままに動くのもなんだか癪に触るし、それなら俺なりに少し試行錯誤してみるのもいいかもしれない。
「あっ、先輩! こんなところにいたんですか?」
懐かしの放課後の教室に佇みながら脳内でシミュレーションをしていると、いよいよ後ろの方から甘ったるい声が耳元に届き、それを認識した俺は降ろすために瞳を閉じた。
俺は過去、間違いを犯し続けてきたクズである。
しかしながら、犯してきた間違いのおかげで今ここにいることが出来ている。
神の言葉を鵜呑みにするならばこれまでの辛く苦しんだ期間の全ては決して無駄ではなかったということになる。
ならそれを証明するために俺はクズのままに、徹底的なクズとして、またここから始めようと思う。
———クズから始める高校生活を。
覚悟を決めた俺は元彼女である水瀬桃華に向けて、疲れ切った笑顔を貼り付けながらゆっくりと視線を向けた。
「あ、ああ、ちょっとボーッとしてた」