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クズから始める高校生活  作者: ≠シロ≠”
第一章 恋愛戦争編
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第三十一話 「押してもダメなら」



 なんだかとても心安らぐような寝心地の良さを感じながら、ゆっくりと目が覚めた。

 

 目の前にはスゥスゥと寝息をかいている雫先輩の綺麗な寝顔が映し出されている。

 しかもなんと、現在進行形で桃の頭の下には彼の太過ぎず細過ぎない二の腕が敷かれていた。



「えへ、腕枕されながら寝ちゃった」



 そんなささやかな喜びを感じつつ、携帯の画面を開いてみると時間はちょうど朝の七時を迎えるところだった。

 夜更かししたわりにはスッキリとした寝覚めなのでよっぽど寝心地が良かったのかもしれない。



「ふぁーぁ……学校行かなきゃなー…」



 それから五分、いや十分くらい先輩の寝顔を堪能してから名残り惜しいけどベットから離れることにした。

 先輩も起こそうとしたけど、あまりにもぐっすりと寝てるからこのまま寝かせておくことにした。


 妹さんの件もあるのでそろりそろりと一階のリビングへと向かうと、昨日の間にやってくれていたのか桃の制服が綺麗に畳まれていた。

 しかも破かれていたシャツも器用に縫い合わされていて、朝から先輩のパパ力に驚かされる。


 それから勝手に洗面台を借りて朝の準備をしてちゃちゃっと着替えて登校の準備を整えた。


 行く前に手紙だけは残しておこうと思ったので静かに寝室に戻ろうとすると、部屋の前で見覚えのある制服を着た少女が扉に耳を当てているのが見えた。



「っ!?」



 心臓が止まりそうになり、一旦戻ろうかとか隠れようかなどと考えているうちにその少女と目が合ってしまう。



「あ……えと……おは……え? ちょっ」



 なんとか挨拶をしようと試みたがそれを言う前に少女は自室であろう対面の部屋へと逃げてしまった。

 たぶんあの子が先輩の言っていた妹さんなんだろう。


 チラッと見えただけだけど、彼女は先輩と同じような黒髪と虚な瞳をしていて、なのにかなりかわいい顔立ちをしていた。

 なんと恐ろしい美形の遺伝子!

 さぞかし両親も美男美女だったんだろうな。


 それにしても兄妹なのにどうしてあんな聞き耳を立てるようなことをしているのか。

 ひとりっ子には分からない複雑な関係性が少しだけ垣間見えた。


 さておき、置き手紙を残してから妹さんにもいなくなることが伝わるように少し大袈裟に玄関の開け閉めと玄関からの挨拶をして桃が居なくなったということをアピールしてから学校に向かった。

 鍵を掛けておいて欲しかったからだ。


 登校中は添い寝をした高揚感もあって、ここ数日の沈んだ気分とは打って変わって爽やかな気分でいられた。

 そして、昼休み。



「ももちゃん? ちょっと鳴上先輩から聞いたんだけど、本当に昨日霧嶋先輩の家に泊まったの?」



 学食にて、ななちゃんからの尋問が始まった。



「えへへ、お泊まりしちゃったぁ」


「えへへって……何にもされなかった?」


「キスされそうになったけど、されなかったよ。でも一緒に添い寝してもらったの」



 ちょっぴり惚気てみるとななちゃんは血相を変えた顔をして桃の両肩を掴んでくる。



「ちょ、えっ!? 大丈夫だったの? 怖くなかった? ……やっぱり先輩はムッツリだったのね!」


「え、いや、桃がせがんだんだけど結局してくれなかったの! 惜しいとこまではいったんだけどねぇ」


「せがんだって……え、も、桃ちゃん……もしかして本気で先輩のことが好きになったの?」



 今更そんなことを、と思ったけどそういえば彼女に対してちゃんとは伝えていなかったことを思い出した。



「そうだよ。桃は雫先輩のことが大好きだよ」



 素直にそう伝えると、ななちゃんはしばらくびっくりしたような顔をしたあと「よ、ようやく自覚を…」となぜか感涙したように呟いていた。

  

 その後はいつ好きになったのかとか、何で早くそれを言ってくれなかったのかといった小言をぶつくさ言われながらそれに対して答えていった。

 そして話の流れはこれからのことについてを考えるようになっていく。



「ということは、桃ちゃんはこれから先輩とちゃんと付き合いたいんだよね? 契約とかじゃなくて」


「うん、ちゃんと付き合いたいっ!」


「だよね、だけど……あの先輩を落とすのは相当大変だろうなぁ」



 ななちゃんの見解に桃は激しく同意して何度も頷いた。



「そうなんだよ! 本当に何考えてるか分かんないし、どうしたら落とせるのかが分かんなすぎるの」


「だよね。うちの膨大な少女漫画脳の知識でも先輩みたいなタイプのパターンが無くて良い案が……」


「それなら俺に良い案があるよ」



 二人で頭を抱えるそんな中、頭上から爽やかな男子の声が割って入った。



「おっす、お二人さん」



 見上げてみると、鳴上先輩が購買に売ってあるホットドッグを片手に立っていた。

 桃達はその姿を見て二人して顔を見合わせる。



「たしかに鳴上先輩なら良いアドバイスくれるかもよ、ももちゃん」


「わかる! 先輩チャラそうだもんねっ!」


「うぉいっ! その評価は素直に喜べないけどもっ」



 そんな反応を見せつつも鳴上先輩は桃達の正面に位置する椅子に腰をかけた。

 

 よく考えたら、鳴上先輩は雫先輩も信用してるうえに学校でもトップレベルでモテるメンズだし、ちょっと前の桃も雫先輩を攻略したら手を出そうとしていたくらいの有名人だ。

 ここ最近は結構身近での関わりもあったがゆえに盲点だったけど、たしかにこの人なら良いアドバイスが貰えるかもしれない。



「なにか良い作戦でもあるんですか?」



 尋ねてみると鳴上先輩は自信有り気に頷いた。

 そして、三本指を突き付ける。



「やることは大きく分けて三つだよ」


「三つ?」


「そうそう、たったの三つだけ」



 そう言うと鳴上先輩はまず指を一本にして桃の目の前にそれを持ってくる。



「一つ目はこれから勝負となる日まで雫と出来るだけ関わらないようにすること」


「は? ……え?」



 初っ端から想像もしなかった案が浮上し、言葉も出なかった。

 けど、鳴上先輩はそのまま指を一本増やして言葉を続ける。



「二つ目、その間は出来るだけ俺と関わるようにして、更に俺と行動を共にするようにすること」



 なぜ、という疑問はここまで来たら一旦捨て置いて最後となる三つ目に耳を傾けた。



「それと最後、契約の最終日となる一日に溜めてた分の鬱憤を発散させて最高のデートをする、以上!」


「やだ」



 桃は即答でその案を棄却した。

 


「えぇー…なんでよ」


「雫先輩と関わらないとか無理ですもん!」



 はっきりとその意思を伝えると鳴上先輩は「はぁ」とため息をついた。



「水瀬ちゃんさぁ、ほんとに雫を落としたいの?」


「そりゃそうですよ」


「なら、ちゃんと考えて動かないとこのままじゃ奴は落とせないよ?」


「わ、分かってますけど」


「いいや、全然分かってないね。君は霧嶋雫という男のめんどくささを全然分かってない」



 なにか言い返そうとしていたら、



「まぁ、たしかにそうですよね」



 隣のななちゃんも鳴上先輩に同調した。

 その加勢で勢いにのった鳴上先輩はそのまま熱弁を始めだした。



「あのね、水瀬ちゃんはこれまですごい頑張ってたと思うんだよ。並の男なら百回は惚れるくらいにアピールもしてた。けど雫はそれにずっと耐え続けてるくらいの超弩級の頑固者だよ? そんなやつにこのまま同じことを続けてもダメなんだよ。やりかたを変えるべきだ」


「でも、関わらなかったらどうしようもないじゃん」


「いいかい水瀬ちゃん、恋愛にはこんな名言がある」



 反論するや否や鳴上先輩はなにやら真剣な顔で続けた。

 ちなみに口元にはホットドッグで付いたであろうケチャップが付いていた。



「押してもダメなら引いてみろ」

 

「っ!」


「強いパンチを打つとき、高く飛ぶとき、速く物を投げるとき、遠くに蹴るとき、いずれも助走をつけるでしょ? 恋愛でもそうだ。相手の気持ちを揺らすほどの衝撃を与えたいのなら、助走をつけるべきだ」


「そ、それはつまり、どういうことですか!?」


「会わないことが助走になって、次に会ったときへのインパクトの大きさに繋がるってことだ!」



 その演説に桃の考えは揺れ動く。



「そしてもう一つ、会わない時間こそが愛を育む糧になるという名言もある」



 最後の言葉に胸を打たれた。

 気付けば桃は鳴上先輩に感謝の意を持って頭を下げていた。



「初めて……鳴上先輩を尊敬しました」


「今まではしてなかったんかーい」




 そうして、桃とななちゃんと鳴上先輩による最後の作戦が始まった。


 それからの日々は辛く耐えがたい期間だった。



「……ぅっ……ぐぐっ……が、がまん、がまん……」



 会いたい気持ちを無理矢理抑えて鳴上先輩と行動を共にしつつ、周りの人達にも笑顔を振り撒いた。

 送りたいメールの文章も打つだけにとどめて、消しては書いて、消しては書いてを繰り返した。

 何故かなこみ先輩と二人で過ごすことが多くなっていた雫先輩を、遠くから血が滲むようなまなこで見つめ、嫉妬で気が狂いそうになった。

 時々、偶然会ったときに嬉しくてちょっとだけ我慢できなくて特攻していったときもあった。


 幾度となく折れそうになったその心を支えていたのは、高嶺の花として過ごしてきたこれまでの日々と付き合い始めた時にパパに買ってもらったサンドバッグだった。ありがとう、パパ。


 そんな地獄のような日々を乗り越えて、とうとう明日は最終日となる六月十二日の土曜日。


 震える手で打ったメールで先輩とのデートを取り付けた。

 今回のデートでは桃がリードをして、先輩を楽しませるんだ。


 最高のデートにして、雫先輩に桃を心の底から否定できないくらいに好きになってもらうんだ。


 数日前から楽しみなのか、緊張なのか分からないくらいドキドキして眠れなかった。


 明日で終わるかもしれないという不安。

 けど、ななちゃんと鳴上先輩と何回も話し合ってデートプランを練ってきた。

 二人とも大丈夫だと背中を押してくれた。

 それでも不安は消えない。


 だけどそれ以上に雫先輩とまたデート出来るという楽しみの方が大きかった。




 当日、桃は先輩に倣うようにして事前に用意した二枚のチケットを握りしめて待ち合わせとなる駅にいる。


 時刻は午前六時。


 待ち合わせのなんと一時間前である。

 流石の先輩もまだいなかった。

 もしかしたら既にいるんじゃないかと変にドキドキしていたのが杞憂だったようでホッと息をつく。



「おっす、なんだか久しぶりだな」


「っ!?」



 …いや、杞憂じゃなかった。

 背後から聞こえた聞き間違えようのない声に向かって振り向くと二枚の切符を差し出した霧嶋雫がいた。

 例の如く、先輩は一時間前にも関わらずに当たり前のようにそこに立っていたのだ。



「先輩」

 

「ん?」


「流石にドン引きですよ。なんでこんなに早いんですか? そんなに早く桃に会いたかったんですか?」



 緊張してあまり眠れなかった桃が早く着くのは自然だけど、そういうのとは正反対な図太さをしている先輩がいつもこんなに早く来るのはある意味狂気でしょ。

 と正直にそんな感想を言ってみると、



「そうかもしれない」


「えっ?」


「水瀬とこうやって二人で会うのも久しぶりだし、最近会わなかったからか、あんまり眠れなかったせいで早く着いちゃったよ」



 そんな言葉をかけられたもんだから、一瞬頭が真っ白になりそうになった。

 うわぁ、嬉しすぎる! 鳴上先輩っ! あんたは本物の恋愛マスターだよ!


 ……いや、こんなところで惚けるわけにはいかない。

 勝負はこれからだ。


 今日は桃にとっては勿論、先輩にとっても最高に楽しいデートにしてやるんだ。



「ふふ、実を言うと桃も会いたくて会いたくて仕方なかったですよ? だから今日は全力で楽しみましょうねっ!」



 こうして軽く挨拶を交わしてベンチから立ち上がり、三人で考え尽くした作戦……



「んで、今日はずいぶん遠出だよな? どこ行くの?」


「ふふんっ! ちなみに先輩は絶叫系とか得意ですか?」


「いや、そう言われると乗ったことないな」


「なら先輩にとっては初体験になりますね」


「……ほう、つまりそれは……」


「そうです! 絶叫系といえば、あの有名な富士山アイランドですよっ!」



 題して「ジェットコースター作戦」の決行だ。





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