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クズから始める高校生活  作者: ≠シロ≠”
プロローグ
3/31

第三話 「始まりの物語」


「むかーしむかし、あるところに仲睦まじい幸せな四人の家族がいました。


 両親は近所でも有名な美男美女のおしどり夫婦な上に人柄も良く、世の為、人の為とあらば喜んで己を犠牲にしてしまうような極度のお人好し。

 夫妻の子供である二人の兄妹きょうだいも、そんな両親に育てられた事で、とても心優しい良い子達に成長していき、幸せな日々を送っておりました。


 しかし、そんな幸せだったある時、長男が心臓の大病を患ってしまいました。

 治すには臓器移植が必要な上に莫大な治療費もかかってしまうという深刻な病でした。

 両親は最初こそひどく悲しみましたが、持ち前の明るさとポジティブさを発揮して、すぐに大切な息子のために前を向き、全力を尽くすことに徹しました。

 自営業である父は休みなく仕事を入れては治療費を稼ぎ、母はそのサポートの傍ら毎日欠かすことなく入院している息子の看病に努め、近くにあった施設では懸命にお祈りを捧げていきました。


 そんな努力の甲斐もあり、三年の闘病生活の末に息子は幸いにも大病を克服し、元気になりました。


 療養を経て中学に通い出した長男はこれまで学校に行けなかった分の時間を取り戻そうという勢いで日々を全力で過ごし、眠っていた様々な才能を開花させ充実した学校生活を送るようになりました。


 しかしその一方で、長い闘病生活を支えてきた過労が祟った父は身体を壊しがちになってしまいました。

 

 母はそんな夫を心配し、息子の時と同様に施設のお祈りに再び通い詰めるようになりましたが、不幸なことに実は彼女の通っていた施設の実体は悪徳宗教団体だったのです。

 過去、偶然にも息子が大病を完治させたという成功体験があったことで母はその宗教を完全に信用しきっており、お布施として要求されたお金を夫の身体が良くなるためならばと、惜しみなく貢いでしまっていました。


 しかし当然ながら、お布施を差し出し祈り続けても良くならない夫の体調。

 徐々に焦りを募らせる妻ですが、他に方法も無く、藁にも縋る思いで献金を続け、いつしか借金をしてまでもお布施をするようになってしまいました。


 やがて夫が妻の異変に気付いたときにはもう既に手遅れな程に借金は膨れ上がってしまっていました。

 動きたくても思うように動けない夫は周囲の人間に助けを求めましたが、ほとんどの人からは色良い返事を貰うことは出来ませんでした。


 父は悩み、決断しました。


 自らの病との治療を断念し、元々残り長くないであろう己の命を犠牲にすることで自分に掛けている多額の生命保険金を捻出し全てを清算させ、後のことは立派に育ってくれた息子に託すことにしました。


 治療を中断した父はその後、魂が抜かれたかのようにあっという間に亡くなってしまいました。


 けれど、残された長男は遺書にて父に託された想いをしっかりと受け取り、そして心に誓いました。

 

「これからは俺が家族を守る」と。

  

 長男はまもなく高校に通うことになる歳に成長し、既にしっかりとした青年でした。

 父の死によって支払われた保険金により借金は清算され、同時に父の協力者によって悪徳組織から解放された状態にはなりましたが、母は夫を亡くしたことで深い悲しみと絶望の中にいました。

 そんな母親の代わりに長男は家のことを全てこなし、妹の面倒をみつつ、母に注視していました。


 それでも悲しみに暮れ、精神的に弱っていた母親は息子の隙をみて再び悪徳組織に通ってしまうようになってしまっていました。

 否、その頃には既に抜け出せない程に洗脳されてしまっていたのです。 


 それに気付いた長男はそんな母の状態にショックを受けながらも、父に託されたという責任を果たす為、一人で悩み、考え、苦渋の中である行動に出ました。


 それは母を精神病棟に隔離させることです。


 彼は、悪い組織や、悲しみを思い出させるような家から母を物理的に遮断させることによって、洗脳が解けることを信じ、昔の明るく優しく少し天然で陽気な母に戻って欲しかったのです。

 当然この行動には、妹を始めとする周囲からの猛反対がありましたが、それでも彼はただ愛する母のために決断を強行させました。


 無事に高校に入学した長男ですが、それからの日々は地獄のような苦難な道でした。


 奨学金を借りて学費を払い、家事を行い、放課後や休日はアルバイトをすることで母の入院費や思春期になる妹の小遣いのために己の時間を犠牲にし、週末には必ず母を元気づける為の手紙を送るなど、文字通り身を粉にして、家族のために全てを尽くしました。

 

 ですが、それら全てはただの高校生が一人で背負えきれるような生半可な仕事量ではなく、彼は心身共に日を追うごとにやつれていくようになりました。


 しかしそんな日々はある時、予期せず終わりを迎えました。


 母が入院していた施設で自死をしたからです。

 遺書にはこう書かれていました。


『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。あなたの大切なお父さんを………あなたの大切な時間を奪ってしまってごめんなさい。こんな最低な母親のためにあなたが犠牲になることにもう耐えられません。私がいると頑張り屋さんで優しすぎるあなたは不自由になってしまいます。ごめんなさい。ごめんなさい。さようなら』


 彼は生まれて初めて絶望しました。

 涙は出ませんでした。


 様々なことが脳裏を駆け巡りました。


 どうしてこうなったのか。

 なにが悪かったのか。

 どうしたらよかったのか。


 思い返してみると、きっかけは自分でした。

 

 自分が大病に罹ったことが幸せだった家庭に不協和音を生じさせた遠因でした。

 そのせいで父は身体を壊し、母は悪徳宗教に染まってしまいました。

 なのに病気が治った自分は失っていた学校生活を謳歌することに夢中で父や母の異変に全く気付くことが出来ませんでした。

 更には父の期待を裏切り、父を亡くした母を自分の勝手な判断で隔離させ、あげく母の気持ちを考えずに宛てていた自分の手紙によって日々罪悪感を与えてしまっていたのです。


 自分が誰かの為にと思ってしてきたことは、全て無駄……どころか害悪だったのだと感じました。


 彼は自分を責めました。


 両親を失い、妹には凄まじい勢いで罵倒され、憎しみの目を向けられました。

 周囲の人間にも言わんこっちゃない、除け者扱いされた母親が可哀想だ、なんていう心無い言葉を投げつけられたりもしました。


 彼は自分を責めました。

 責め続け、責め続け、責め続け、責め続け、責め続け、責め続け、


 そして、次に両親を責めました。


 あれだけ"情けは人の為ならず"なんて言葉を合言葉のように吐いていたくせに結局父は助けてきた人にいざという時には助けてもらえず、母は人のために行動してきたにも関わらず人の悪意の喰い物にされただけ。


 彼は痛感しました。


「人の為に何かをしたって、なんにも良いことなんてないじゃんかよ。性善説? とんだ茶番だな」


 彼はこの世界に絶望しました。

 そして同時に、憎しみが生まれました。


 母親を騙し家族を壊した悪徳組織を憎みました。

 父に助けられてきたのに、父の助けを拒んだ周囲の人間たちを憎みました。

 そんな腐った人間たちが蔓延はびこる世界の全てを憎みました。


 何よりも無力でなにも出来なかった自分自身を憎みました。


 もっと自分に知識があれば、

 もっと自分に力があれば、

 もっと自分が人の真意を察することが出来れば、


 そんな後悔と憎悪の嵐に巻かれ、彼は変わりました。


 世界に何もかもを奪われてきた己と家族の人生を憎み、奪われるくらいなら奪う側になると決意しました。

 

 自分のために生き、どんな経緯を経ようと、最終的に自分が目的を達成すればあとの周りのことなどどうでも良いという考えに変わったのです。


 そこから彼は高校を辞め、ひとり残った妹を親戚に押し付け、孤独に身を置き、何者にも奪われないための力を得ることに執着しました。



 十数年後、有名な宗教団体が壊滅したというニュースが世間を騒がせました。


 原因は内部分裂からの崩壊。


 更に組織の劣悪な内情が剥がされていき、今も組織のトップは逃げ続けているというのがニュースの内容でした。


 事実は少しだけ違います。


 実際は、たった一人の詐欺師が組織に潜入し、長い時間を掛けて組織内の人間関係をぐちゃぐちゃにさせて内部崩壊を誘発し、強大となっていた組織を壊滅させたのでした。


 その詐欺師の名は 霧嶋きりしま しずく


 どこよりも幸せそうな家庭に生まれたはずの彼はいつしかこの世の悪意に染まり切り、冷酷非道なクズの詐欺師となってしまっていたのでした。


 めでたし、めでたし」





***





 分厚いファイルに刻まれた救いようの無い内容の物語を読み切った少女は疲れたように息を吐く。

 その碧色の瞳にはこの世の虚しさや悲しさが映し出されていた。


 彼女は人の話を聞くのが好きだった。


 だからこの天界にある大図書館に入り浸り、様々な人間の人生譚を読み漁るのが日課になっている。

 感情豊かで感情移入もしやすい彼女は、それを読んでいるだけで自分もその人の生きた軌跡を追体験している気分になった。

 それを読んでいる間は、病弱で外にすら出ることが出来なかった生前の自分が、あたかも普通の人生を送っている姿を想像出来たのだ。


 とはいえ、今読んだ話は胸くそが悪すぎて読み返す気にもなれそうにない。



「そいつ、おもしろいでしょ?」



 そんな少女を見かけたある男性は少女が手に持っているファイルを指差しながらそう問いかけた。

 


「おもしろい、ですか?」



 少女には理解できない感想だった。

 首を横に傾ける少女の隣に、どこか楽しそうにしている男性は腰をかけた。

 ファイルを受け取ってパラパラとページをめくりながら話を続ける。



「そいつ、幸せだった人生が絶望に変わってこの世の全てを恨み憎んでます、みたいな顔してるんだよ」


「まぁ、境遇を考えれば当然だと思います」


「過去に未練たらたらな上に、その癖それからもひたすら全力で生き続けている生粋の馬鹿だよ。普通の人間ならそこまで世界に絶望したら普通は死ぬか無気力になるもんでしょ」


「たしかに……比較的そういう人の方が多いですね」


「だけどこいつは表面では絶望とか諦めみたいに言っときながら、奥底では未だに幸せだったあの頃の思い出を壊したくなくて、自分の人生を捨てられないでいる。そんな往生際の悪さが誰よりも人間臭くておもしろい。しかも全力で生きた結果が詐欺師って。どうやったらここまで道を間違えられるのかというくらいこの子は不器用で馬鹿で間抜けだよ」



 カッカッカッと快活に男性は笑った。

 たしかにその通りなのだが、あまりに他人の人生を嘲笑うものだから流石の少女も軽くドン引きしている。

 それを知ってか知らずか男の口は止まらない。



「挙句にその男は明日、自分が騙した男に逆恨みをされて殺されるんだよ」


「え!?」



 あまりに唐突な言葉に思わず少女は声をあげた。



「世界を恨んで詐欺師になって、今度は自分が恨まれて殺されるなんてどこまでも自業自得なアホだね」



 そう言われるとたしかに自業自得だと言えば何も言い返すことは出来ない。

 しかし少女は最後に飄々と吐き捨てたその男性の表情が少し、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。



「助け……られないんですか?」


「こいつに助ける価値があると思う?」

 

「わたしは……あると思います。それに神様であるあなたなら助けることも出来ますよね?」



 そう。

 この飄々とした男こそ人間の運命を唯一変えることの出来る存在——神だ。

 いい意味で荘厳さや威圧感などがなく、どこか接しやすくてフランクな存在であるが、紛れもない神である。

 故に彼に対して吐く言葉も彼が吐く言葉にしてもその責は重い。



「口でなら何とでも言えるよね。本当に価値があるのならば、君はこの男に全てを賭けることが出来るかい?」


「出来ます!」



 しかし、少女はまさかの即答だった。

 彼女の真っ直ぐでどこか決意を決めたような瞳を見据えた神様は嬉しそうに口角を上げた。

 穿った見方をすればとても悪い顔をしていたとも言える。

 神様はそんな天使に一枚の紙切れを渡した。



「なら、助ける代わりに契約を結んでもらおうか」





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