第二話 「天使の提案」
こうして謎の勝負に惨敗した俺は、謎の美少女を渋々部屋に招き入れることになってしまった。
「粗茶ですが……どうぞ」
「コーラかサイダーが良いです」
「そんな高級なものはない。嫌ならお家に帰りなさい」
「むぅぅ、ケチッー!」
早々に我が儘をほざく彼女を制して冷蔵庫にあった麦茶をコップに移し替えて出した。
少女は不服そうな表情をしつつもちゃっかりと部屋にひとつしかない座布団に陣取り、自分のテリトリー内にコップを寄せていた。
ちなみにたった今、冷蔵庫から取り出した麦茶に対して、ふぅふぅと冷ますように息を吹きかけているところからこの少女の底無しのアホさが滲み出ていて、それに屈した事実がなんだかやるせない。
「んなことより、まずお前は何者だ? なんで俺の名前を知っている? 何しにここへ来た?」
遅めの挨拶のついでに敗北感のやつあたりを込めて質問攻めを喰らわせたつもりだったが、なぜか少女はニマニマとした笑顔でこちらを覗いてくる。
「ふふふ、聞きましたね? そこまで言うのでしたら、仕方ない。ご期待に応えて、特別にわたしの正体を明かすとしましょう」
「いや、やっぱいいや」
「ふぇっ? なんでなんで? せっかくですよ? 特別なんだからちゃんと聞いてくださいよ」
「大体想像つくし」
引かれると押したくなるし、押されると引いてしまうのが拗らせた詐欺師の性である。
玄関先ではよもやの敗北を喫したが勝負というのは諦めなければ終わらず、最後に勝ったものこそが真の勝者という理論をここでは採用したい。
通称、安西先生理論だ。
「ふーん、じゃあ当ててみてくださいよ」
分かりやすく機嫌が斜めに降下していく様を見下ろして、麦茶を口にしながら俺はその問いに応じる。
「悪魔だろ」
応じた瞬間に少女は白い顔を真っ赤にさせてキレた。
「はぁ!? あ、悪魔!? どこからどう見ても美少女天使でしょうが! むしろ全方位天使でしょうよ!」
この程度の煽りで感情を昂らせるとは、やはり彼女はまだまだおこちゃまのようだ。
ならばここは大人としてしっかりと格の違いを教え込まなければならない。
「ほーん。不法侵入に恐喝、おまけに脅迫までしてくる奴が天使? 冗談も大概にして欲しいもんだね」
「うっ……それはちょびっとだけ驚かそうとしてみただけで……というか霧嶋さんが反抗しなければ残りの二つはなかったことですからっ」
「はんっ、とんだ他責思考だな。それを言うなら不法侵入さえされていなければ俺も対話拒否なんてするつもりはなかったんだけど」
得意のレスバに持ち込むと少女はたちまち小さい体を更にしゅんとさせていく。
ふっ、これが大人の持つ言葉の力よ。
だがまだこんなもので終わらせるつもりはない。
ぐうの音も出ないほど打ち負かせて格の違いを分からせてや、
「ぐぐぐ……そ、それはごめんなさいぃっ! だけどわたしの言うことは信じてくださいよぉ!」
「はい、ストーップ!!! 分かった。もう分かったから腕に巻きついてくるのはやめなさい」
ふいに腕に伝わった小ぶりな胸の感触によって、男女の格の違いを分からされたのは俺の方だった。
この得体の知れない生き物を相手にすると何故かどうにも調子が狂う。
……というか、すぐに泣きべそかいて肉体的にくっ付いてくるとかズルくない? 中年だろうが老人だろうが男は何歳になっても男なんだよ。
やっぱ天性の小悪魔だろ、こいつ。
とは言いつつも、その姿をまじまじと見てみれば見るほど彼女の言葉の信憑性は高まっていた。
透き通るように綺麗で長い銀髪、大きくつぶらで宝石のように煌めく碧眼、雪のように艶やかで白い肌、注目の胸部はというと……果てしなく平坦ではあるが、その容姿は紛うことなき絶世の美少女。
そして、その最高級の素材をもってしてもまず視線を釘付けにさせるのが、頭上に浮かぶ黄色い輪っかと背中からはためく白翼の存在。
俺はオカルトや都市伝説みたいのは断固として信じない派なので認めたくはなかったが、それらを含めた全貌はどう見ても物語に登場する天使そのものなのだ。
「とりあえずお前が天使なのは認めてやる。けど、そんな天使が俺に何の用でこんなことを?」
茶化すのは諦めて腕に巻き付く小童を引き剥がしながら聞いてみる。
しかし、せっかく認めてやったというのに天使とやらは肩透かしをくらったようなリアクションをしていた。
「名乗っといてあれですけど……ちょっと適応力高すぎませんか? なんであっさりと受け入れてしまうんですか? わたしの存在を」
そんなことを言われても俺から言わせれば、俺が実際に見たものは信じるし、逆に俺が見てないものは信じないというのが俺の信条だから、と言う他ない。
「詐欺師は柔軟で順応性がなけりゃ、やってけないんだよ。んなことはいいから用件を言いなさいな」
とりあえず話を先に進めると、天使はピシッとこちらに指先を向けた。
「わたしはあなたを助けに来たんです!」
だそうです。
それならこちらも言いたいことはある。
「ほう、つい今さっき大変なことになりかけたんだが? 主にお前のせいで」
「そんなことよりもこのままじゃもっと大変なことになるんですよ」
だがあろうことか俺の小言をそんなこと扱いして眉間にしわを寄せた天使は、唐突に本当は怖い家庭の医学みたいなことを言い出した。
深夜に未成年くらいのガキを部屋に連れ込むことになってしまったこの状況よりも驚くことなどないとは思ったが、天使はなにやら凄んでいるので見守ってみると、
「あなたはこのままだと一時間以内に死にます」
無事にフラグを回収して今日一の驚きを更新した。
時刻は午前二時。
見えないものを見ようとして望遠鏡を覗くには実にお誂え向きな現在——俺は余命宣告を受けたようだ。
ちなみに宣告をされたことに驚いたわけではない。
余命一時間とかいう小学生がふざけて言い出すようなアホくさい短期宣告をえらい真面目に口にしている天使の間抜け加減にだ。
「あのさぁ、わりかしなんでもありなアニメですら聞いたことないぞ、そんな馬鹿みたいな余命宣告」
「ほんとなんですよ!」
「じゃあ一時間後に俺はどうやって死ぬの?」
「そ、それは禁則事項なので教えられません!」
いやいや、あんたはどこの未来人だよ。
とまぁ、内心でツッコミを入れてはみたが冷静に分析すれば一時間後に死ぬということは死因は病気などではなく、それ以外の何かが起きるということは想像に難しくない。
「まぁ、考えられるとすれば天災級の災害が起きるか、あるいは俺を狙った俺に恨みがある何者かが殺しにくるっていうのが一番しっくり来るだろうな」
と、呟きながらちろりと天使に視線を送る。
「そ……そ、そ、そ、それはどうでしょうねぇ〜……あははは…ちょっとわたしには分かりませんよ?……」
そう言う天使の目は下手くそなバタフライをするかの如く泳ぎまくっていた。
それを誤魔化すためなのか知らんが、咄嗟に俺の腕を取ってブンブンと手を振り回すもんだから俺の左手関節は多分二、三回くらいは脱臼したと思うけど、今更そんなことどうでもいい。
「俺の余命が虫以下なのは分かったけど、お前はさっき助けに来たって言ってたよな? 具体的にはどうやって俺を助けるんだよ?」
「おやおや、なんだかんだ言って霧嶋さんもやっぱり死ぬのが怖いんですね」
「そりゃそうだよ。なんてったって俺が未だに生きている理由の九割は死ぬのが怖いからだ。別に生きたいなんて執着はないけど、死は未知だし、痛くて辛いかもしれないからとりあえず生きる。俺はそういう人間だ」
「……全然かっこよくないですよ」
「……ほっとけ」
天真爛漫な天使の文字通り汚物を見るような蔑んだような瞳は思ったより胸にきた。
だけど、実際にそうなんだから仕方ないだろうに。
グイグイと刺さる冷ややかな視線から脱するように俺は麦茶を再び口に運ぶと、それに倣うようにして天使も同じ動きをした。
「さておき、わたしはあなたを助けるために神様の使いとしてここにやってきたんですよ」
「神様? が俺を助けようとしてんの?」
「はい、神様はあなたをとっても気に入っていたので」
「なんでまた俺なんかを。新手の勧誘か?」
「……疑り深いですね、ほんとに」
「臆病な詐欺師なもんでね、ちなみにウソのニオイにも敏感だから騙そうと思っても無駄ね?」
「そもそも騙す気なんてありませんけど……分かりました。それではまずは神様についてのお話をしましょう」
そんな前置きをつけて、天使はゆっくりと語り始めた。
とはいえ、ひとりで淡々と語られるだけというのも手持ち無沙汰になるので、とりあえず俺は相槌役としてガヤを入れることにした。
「初めに、あなたの寿命は今日の午前二時二十二分に尽きます。これは現在変えられぬ運命として決まっている決定事項です。その運命を変えられる存在はこの世で神様ただ一人です、が、神様は気分屋で飽き性で我が儘なので基本的には人の運命を変えることはありません」
「おいおい、初っ端の時点で神様がロクでもなさそうなんだが」
「しかし、そんな神様がある時ひとりの人間の存在を認知しました。それがあなたです。神様はあなたという存在の生き方を見てさぞかし面白そうに笑っていました」
「はいはい、ロクでなし確定演出です」
「この世に生きる希望を無くしているくせに、それでも未練と後悔だけはたらたらにあるあなたのような愚かな存在に神様はとても興味を持ったようでした。それから神様は暇さえあればYouTubeのショート動画を観るような感覚であなたの人生を覗くようになり、そして、あなたの寿命がもうすぐに尽きることを知りました」
「なに人の生き様を切り抜き感覚で観てんだよ。神様ならもうちょいやることあるだろうが。世界平和とか地球温暖化対策とかよ」
「ふと、神様は思ったのです。この愚か者をもっと観ていたい、そして、この愚か者のクズが世界を変えるところを観てみたいと——そんなとき神様は閃きました」
「自覚はあるが他人に愚かとかクズとか言われると良い気分はしないもんだな。というか話を聞く限り神とやらもそこそこクズだと思うんだけど」
「——この愚者を過去に戻してやろう、と!」
「神様、あんたはやっぱり凄いよ。流石は今世紀の神なだけあるね。全体的に見たらただのクズだけど、そこに痺れる憧れるぅぅう!!」
俺は秒速で手のひらを返した。
なぜか。
過去に戻してくれるらしいからだ。
「霧嶋さん、手のひら返しが酷すぎて客観的に見たら霧嶋さんのほうがよっぽどクズっぽいんですが」
「うるさい、俺の手のひらは両面仕様なんだ」
天使にはものすごい冷めた視線を送られた。
まぁ、俺がクズなのは承知してるから何も問題はないのだが、何よりも過去に戻れるというパワーワードには魅力を感じた。
俺はこれまで過去をやり直したいと何回考えたか分からないくらい自分の人生に後悔があった。
もしそれが本当に叶うのならば、クズに媚びるくらいなんてことない手段である。
脳裏によぎるこれまでの失敗を噛み締めながら天使を見つめると、天使は少しびっくりしたような表情を作ったあと、俺の胸に一枚の紙切れを押し付けた。
「こ、これが神様から託された契約書になります。正直に言うとあなたにとって良いことばかりではありません。過去に戻るための条件としてそれなりの試練があなたに課せられることになります。……あと……その……霧嶋さんはそういう笑顔の方が……に……似合ってますよ……」
「ん? そりゃあどーも。んで契約ってなにさ?」
「……はい、契約とそれに伴う試練はその人の能力や才覚によってそれぞれ違うものにはなりますが、どれも生半可なレベルではありません。内容はそこに書いてあるので一言一句読み落とすことのないようにしてください」
「それなら安心してくれ。契約書はもちろん取説や利用規約ですら完璧に目を通すくらい慎重さには定評がある俺は少しでも穴があったら契約は結ばんからな」
そう宣言してどれどれ、と一行目から読み始めたとき、外から何やら不審な音が聞こえてきた。
——ギシッ、ギシッ、ギシッ。
その音はこのアパートの二階に長く住んでいる人間ならばすぐに分かるもの。
それは今にも崩壊しそうな階段を誰かが登って来ている足音だ。
「ここの住人は皆さん帰りが遅いんですね」
遅れて音に気付いたのか、隣で能天気に呟く天使に俺は告げた。
「いや、このアパートの二階の住人は俺だけだ」
「ということは来客ですか?」
「ああん? 俺に来客なんて宅配以外だと数十年も来てない。お前が数十年ぶりの来客だ」
「えーそうなんですかぁ? なんだか照れちゃいますねぇー」
音には気付くが、事の不穏さに気付かないお気楽なアホの横で、俺の心中は嫌な予感しかしていなかった。
それに今更なのだが、俺はさっきの天使の発言の中のある違和感に勘付いてしまった。
「なぁ、最初は俺の余命は一時間って言ってたけど、正確な余命って何時何分だっけ?」
「二時二十二分ですよ。なのでまだ三十分くらいは余裕があるはず……あ……」
「今の時間は?」
「……に、に、二時十八分です……」
——ピンポーン
図ったかのように部屋にチャイムが鳴り響いた。
深夜に響くどこにでもある無機質な音が、今は下手したらハリウッドのホラー映画よりも不気味だった。
そして、この期に及んでようやく天使も事態に気付いたのか、息を潜めるようにその場にフリーズしていた。
「さてはお前……も」
「は、はい」
「時間にルーズ系のクズだな」
「いや、違いますっ! 違いますぅぅうう!!」
——ドドドドドンッ!!!
天使の全力な否定から端を発するようにボロボロのドアが物凄い勢いで叩かれ、あまりの恐怖に俺たちは二人揃って絶叫した。
「「ギィヤアアアアアアアアア!!!!」」
外側からの打撃を受けて目に見えて耐久値が減っていくドアの様子に戦慄した俺は、天使を置いて全速力で部屋の片隅にあるトイレへと逃げ込もうとした。
「待って! 待って! わたしも入れて!!」
しかし、戸を閉めるすんでのところで間一髪天使はドアノブを引っ張ってきたためにロックが掛けられない。
「ば、馬鹿! どうせ天使は死なねぇんだからいいだろうが! 離せよ!」
「そっちこそさっきまでは格好つけて余裕ぶってたじゃないですか! 女の子を置いて隠れるなんてそれでも男の子ですか! 薄情者! 詐欺師!」
「いやいや、痛いのは嫌だろ! そもそも生きたくないけど、死ぬのは怖いって言ったぞ俺は! それに今の時代は男女平等社会だこら!」
そうこうしているうちに襲撃されているドアノブの部分がバコンバコンと暴れ出した。
おそらく集中的に狙われていたのであろうノブが外れてしまったのだろう。
くそ、こんなボロアパートに住むんじゃなかった。
「だいたいお前あと一時間とか言ってたくせに三十分も経たずに来てんじゃねぇかよ、アホ天使!! お前が詐欺師だ!」
「は、はぁー!? き、霧嶋さんが締め出したりしたから予定よりも説明が後ろに押したんじゃないですか! だいたい襲われるのだってあなたの日頃の行いが悪いからですよ! 人のせいにしないでください!」
「あんな登場の仕方したら誰だって追い出すか逃げるかすんだろうが! 日頃の行いに関してはぐうの音も出ないけど、時間調整はお前の責任だろうが」
「だって、せっかくだから驚かせたかったんだもん。ヒィッ!? ねぇ、本当に開けてください! 怖い! もうドアが壊れて外が見えちゃってますから!!」
「……つーか、家に不法侵入してきたくらいだからどうせ扉くらいすり抜けられんだろうが」
「………………あ、そうでした」
——ドカンッッッ!!
その瞬間、ドアが無惨にもこじ開けられた。
が、間一髪の所でトイレのドアの施錠を完了。
悲鳴はけたたましく響いていたので、見つかるのは時間の問題ではあるが、狭い個室に二人で息を潜めた。
俺はいざというときのためにドアを開けられないように抑えるこむ体勢になっていて、腰元に抱きついてきた天使はぶるぶると体を震わせていた。
そんな中、小声を震わせながら天使は紙を差し出してきた。
「もうこうなってしまったら、内容どうとかつべこべ言ってられませんので契約を結びましょう。"結ぶ"とわたしに向けて言えば、それで契約は成立します」
「けどまだ内容を読めてねえよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」
侵入者は何ひとつ言葉を発する事はなかったが、土足で部屋の中を歩いているのでコツコツと足音が近づいているのが分かる。
しかし、やはりこんな契約を結ぶからにはどこかに裏があることを疑わずにはいられない。
言われるがままにホイホイ契約なんてものを結んでしまえばもうあと戻りは出来なくなるのだ。
「そもそもこうなること自体お前らの計画だってことも考えられるよな? 俺に契約を強制するために死ぬとかホラ吹いてわざとそう仕向けてたとか疑い出したらキリがねぇよ」
「どんだけ疑り深いんですか! こんな状況でも信じれないとか詐欺師ってバカなんですか! もう霧嶋さんに残された選択肢はここで死ぬか、契約を結ぶかしかないんですよ?」
そうこうしているうちにとうとう足音はすぐ目の前まで来ていた。
やばいと二人して息を潜めるも、たった三秒ほどの猶予だけを与え、そして、
——ガァキンンン!!!!
爆発音のような音が響いたと同時に、鋭利な刃が木の扉を貫通して眼前に現れた。
あと数センチ奥まで届いていたら、右目が抉られていたであろう事態に肝は冷え冷えである。
それで終わりではない。
次々に貫通してくる刃物の応酬。
流石にもう強襲を抑えるのは無理だが、どうにか契約の内容だけでも目を通しておきたかった。
「くそ、なんも見えねぇよ」
「そりゃ、そうですよ、電気つけてないんですから」
しかし、トイレに隠れる際に照明をもちろん消していたので中は真っ暗。
いくら目を凝らしても、暗闇の中では文字なんて読めるはずもない。
考える時間などはもう無く、葛藤している余裕もない。
「あぁ、もう。なら最後にひとつだけ聞かせてくれ」
「はい、どうぞ」
「天使、お前は俺の味方か?」
「はい、わたしは絶対的にあなたの味方です!」
はっきりと即答したその言葉と共にその強い意思を反映させるように抱きついてくる力がギュっと強まった。
その行動に一切のウソのニオイは感じないし、なんなら物理的に女の子の良い香りが鼻翼をかすめるだけだ。
「あーもう、わかったよ」
この際、胡散臭い契約内容のことはもう考えても仕方ないし、どうせこんなとこでボコボコに殺されるくらいならどっちを取っても変わらない。
なにより俺はただこの天使の純真で迷いのない言葉を信じることにした。
「分かった。それならお前を信用して俺は契約を結ぶ!!」
その言葉を出した瞬間、周囲から光の粒が浮かび上がり全身を覆うようにして眩く輝いた。
あまりに不思議な光景に見惚れながらも、この光でなんとか契約内容を確認しようとしたが、すぐに白く暖かな光に誘われるように意識が遠のいていった。
***
——バタンッ!!!
直後、木の扉は大きな音を立てて破壊され全身黒づくめの姿をした人が現れたのですが、その中は既にもぬけの殻になっていました。
予定はだいぶ狂ってしまっていましたが、霧嶋さんは無事に過去に戻ることが出来たようです。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……は? どういうことだよこれ! なんなんだよくそぉぉぉおおお!! どこに消えた!? きりしまぁぁぁああああああ!!!!」
わたしを含め、先程までいたはずの人間がこの一瞬の間に消えるという現象を目の当たりにして、暴漢は床を叩きながら蹲ります。
息をひどく切らして暴れていた自分の行動が徒労になったと理解したのか、すぐに狂ったように怒鳴り声をあげていました。
その阿鼻叫喚は深夜のアパートの外まで延々と響き渡り、やがて他の住民たちもトラブルが起こっていたことに気付いたようでした。
さて、わたしの仕事はここまでです。
ここからは霧嶋さん自身が始めていくのですよ。
あなたにとってこの選択が良いのか、悪いのかは馬鹿なわたしには分かりませんが、
どうか、今回こそはあなたが後悔することのないように精一杯頑張ってきてください。
———クズから始める高校生活を。




