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クズから始める高校生活  作者: きしろぎ
プロローグ
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第一話 「深夜の訪問者」



 人間とはこの弱肉強食の世に存在する獣の中では最下等と呼べる程に肉体的には弱い生き物である。

 だがしかし、地球上の歴史ではそんな人間が長きに渡り食物連鎖の頂点に君臨している。


 それは何故かといえば——答えは明白。


 人間には言葉と知能という他の獣には無い唯一無二で最強の武器が備わっているからである。

 それらを駆使することによって、自分たちよりも遥かに強く大きな獣を相手にして勝つことが出来るのだ。


 とはいえ最強である人類にも当然ながら天敵はいる——それが何かと言えば同じ人間である。


 同族であり最強である人間界もまた、この世の摂理と同じように弱肉強食の理が存在し、強者が弱者を喰らい尽くす構図が過去から現在に至るまで続いている。


 そんな歴史があるからこそ人間という生き物は皆、何かしらの皮を被って生きている。

 心という自分の中心にある人としての核を守るようにして人々は生活をしているのだ。



「あっ、先輩! こんなところにいたんですか?」


「あ、あぁ、ちょっとボーッとしてた」


「ボーッとって……大丈夫ですか? 先輩、ここのところいつも疲れた顔をしてるのでなんだか心配です」



 何が言いたいかと言うと、身近にいる人間の表と思っていた一面が本当にその人の本質とイコールで繋がる訳ではないということだ。

 だからこうして心配そうに見つめてくる後輩の言葉が本心で俺の身を案じて発した言葉なのかも実際には分からないのである。



「大丈夫、大丈夫。水瀬こそこんな時間まで学校に居るなんて、居残りでもさせられたの?」


「先輩……やっぱりメール見てくれてませんね?」


「ん? あー……充電切れてたわ」



 そんな醜い人間の中でも俺、霧嶋雫という人間はその毛皮を何重にも被ってひっそりと生きている。

 誰のためでもない、自分のために。

 ただ自分が生き残り、自分の目的を果たすために毛皮を付け替えては弱者を喰らって生きてきたクズである。



「ふふ、ならここに来てよかったです。居残りさせられたんじゃなくて、先輩と二人きりになりたかったので」



 そんなクズだからこそ、俺は他人の些細なウソや感情の機微をとても敏感に嗅ぎ分けることができる。

 

 放課後の二人きりの教室、頬を紅く染めた後輩の女子、これから青春っぽいことが起きる予感を漂わせる台詞でここからの展開なんて手に取るように分かる。


 故に予言しよう。


 まず彼女は俺の名前を呼び、俺が反応をすると視線を彷徨わせながらスカートの裾をキュッと握りしめて言葉を詰まらせるだろう。



「霧嶋先輩っ」


「んー?」


「えっと……その……」



 そしたら意を決したように一度大きく息を吸い込んでから、やがて俺に告白をしてくる。

 初めて会った時から好きとかなんとかって。



「スゥー……わ、わたし、先輩に初めて会った入学式の日から、先輩のことがずっと好きでした。良かったら付き合ってください!」



 と言ったように彼女は俺が予想したことを操り人形のように忠実にしてきている。


 そんな彼女はぷるぷると恥ずかしさからか顔を真っ赤に染めあげ、目尻には滲む程度の涙を添えている。

 流石、新入早々から学内のアイドルとして男子たちに騒がれているだけあって、その一連の動作全てが計算づくされたようにかわいく、守ってあげたい、想いに応えてあげたいと思わされるような完璧な告白。

 

 これが本物であればどんな男だろうが迷わず差し出したその手を取ってあげたくなるのだろう。

 けれど、



「ごめん。気持ちは嬉しいけど、俺は水瀬のことを恋愛対象には見れないよ」



 残念ながらそれらは全て本物ではないとクズな俺には分かるからこそその気持ちは受け入れることは出来ない。

 彼女のあの告白が文字通り計算づくされていただけの演説だったことも、もし付き合ったとしても俺は一ヶ月後に散々な扱いを受けて振られることも。

 そもそも彼女は最初から俺のことを好きともなんとも思っていなかったことも俺にはまるごと見えているのだから。


 挙げ句の果てには彼女がこの数ヶ月後、教室で首を吊ることになることも全て。



 ——みたいなモノローグを付けてみることで、きっと人は俺のことを未来が見えたり、心が読めたり、他人を操れたりするような異能力を持っているのではないかと勝手に勘繰ってくれたりすることがある。


 このようにして、言葉というのは巧みに使えば他人に与える印象を自分の思うままに操作することが出来る。


 ちなみに俺は何の異能力も持たないただのクズだ。


 強いて言うならばそういった人間の人間たる根源である知能や言葉を他の人よりも少しだけ上手に、且つ狡猾に扱うことが出来るだけのしがない詐欺師といったところである。


 ときに、言葉というものは不思議だ。


 字面だけを見れば全く同じ言葉でも——誰が、いつ、どこで、どのような口調で話すかによってその言葉の意味合いや受け取り方が大きく変わり、

 同様にその言葉を受け取る相手が——誰で、いつ、どこで、どのような精神状態で受け取るかでもまた意味合いが変わってしまうという変幻自在のアイテム。

 だが実際のところ言葉というのは便利なものではあるものの、それでいて奥が深く、言うほど扱い易い代物ではない。


 しかし、逆に考えると、それらを自分で把握してコントロールすることが出来さえすれば、言葉と知恵を用いることで相手の意思や行動を思うままに誘導することが出来るということになる。

 なのでそんな言葉を善人が使えば善行として、悪人が使えば悪行として有効に利用することが出来るのだ。



 さて、与太話はさておき本題を整理しよう。


 状況的には現在、俺は放課後の教室でかわいい後輩女子にキュンキュンするような告白をされ、あろうことかお断りの決まり文句を吐いてしまったところである。


 その理由としては、先程モノローグで語ったとおり彼女の告白は本物ではなく、付き合ったとしても一ヶ月後には順当に振られ、更に彼女はその後首を吊ることになるからだ。


 これらの事は妄想でも想像でも脚色でもなく、何もしなければ実際に今後起こる出来事である。


 しかし先程も明かした通り異能など何ひとつ無く、少しだけ弁が立つだけの素人である俺がなぜそんなことを知っているのか。


 答えは単純——実際に過去で体験したからだ。


 早い話、今の俺は約十五年後の未来からタイムリープをしてきた、高校生の姿形をしているだけのただの詐欺師のおっさんだということ。

 

 その目的として、目の前にいる彼女をはじめとして、これから関わっていくであろう人々を不幸の運命から救い出す、という少年漫画の主人公みたいなちょっと格好良いテーマを掲げている。

 

 ——と、語っておくと俺は実は目が死んでいるだけで正義心に満ち溢れたイケてるおじさんなのではないかと人は勝手に勘違いしてくれるだろう。


 ちなみに俺はこんなことをやりたくてやってるわけではないただのクズだ。


 言うなれば俺は今、ある存在によってコメカミに銃口を突きつけられ、ビクビクしながらその存在のご意向にそう形で強制的にそうすることを余儀なくされているという状態なだけ。

 


 ところで、途中で挟んでおいた与太話を覚えているだろうか?


 言葉と知能というアイテムは善人が使えば善行に、悪人が使えば悪行に活用出来るという話だ。


 しかしその二つはあまりにも使い方が違う。


 基本的に正義の民は平和主義、事勿れ主義だ。

 なので悪い物事が起こってからそれを解決しに動き出していくといういわば受身の姿勢である。

 しかしこの世の中、それだと致命的に遅い。


 例えば、警察。

 殺人事件が起こってから初めて動き出し、知恵や情報を使い懸命な捜査で犯人を捕まえることは出来る。

 けれど、捕まえたところで殺された人はもう帰っては来ないのだ。

 犯人は捕まり刑務所に行くことにはなるけれど、目的は既に果たしたと言えるが、被害者はそうではない。

 それはもう、やったもん勝ちと言える。


 対して、悪人というのは基本的に能動的だ。

 戦隊モノでもアンパンのヒーローものでも最初に仕掛けるのは常に悪人サイドから。

 常に行動を起こし、常に革命の機会を虎視眈々と狙っているのが悪人である。

 エンタメ的には最終的には正義が勝つという流れに落ち着くのだが、現実では先手必勝型の悪の方が圧倒的に強く逞しく、雑草のように世に蔓延る。


 まぁ、これらは極端な例え話なので全てがそうとは言わないが世の中は概ねこんな感じだろう。


 そんな中、ある存在Xさんはこう考えた。


 能動的に動き出すことに慣れている悪人の弱みを握って、無理矢理善行をやらせれば良いんじゃね? と。

 要するに悪人に善行を強要させれば、能動的に少しは世の中を良く出来るんじゃねってことだろう。


 なんて安直な考えだろうか。


 しかしながら、そんなことをあろうことか神様であろう存在Xさんが考えついてしまったので目を付けられた俺は為す術も無い。



 というわけで、俺は三十一歳だった未来からはるばる十五年程前の高校生時代にタイムリープしてきたのだ。

 

 と、言っても戻ってきたのは今さっき。


 未だに少しぼんやりとした脳内ではそれまでのやりとりがぐるぐると巡り巡っており、まだ受け入れきれていない脳みそからは疑問が湧いてくる。


 一体どうしてこうなった!?


 どうしてこんなことになってしまったんだ!? と。




 ———改めて俺は、こうなるに至った経緯を考えずにはいられなかった。






***





 感覚的な話をするとそれは昨晩のこと。


 その数日前、詐欺師である俺は、長年少しずつ少しずつ成果を積み上げてきた大仕事を無事に終えた。

 込み上げてくる達成感なのか余韻なのかよく分からない衝動のままに古びた居酒屋にて孤独な祝い酒を敢行。


 柄にもなく小洒落た高級シャンパンを煽り、気をよくしたマスターに更に煽られ、店内の客までを巻き込みながらじゃぶじゃぶに飲み続けること二時間。


 電信柱に寄り添い華厳の滝スタイルでキラキラをぶち撒ける俺は完全に泥酔状態だった。


 幸い酒場から拠点としていたアパートは徒歩圏内なので地球がぐらんぐらんと揺れている感覚を嗜みながら歩くこと一時間弱で無事に辿り着くことができた。

 築三十年を過ぎたワンルームのボロボロな住まいだが、同じく齢三十を過ぎた独身の中年が独りで住むには充分な場所である。


 早く布団にダイブしたいという願望の元、踏み込む度にギシギシと軋む外階段をどうにか登りきり、二階にある自室のドアを開けると、



「おかえりなさい、霧嶋雫さん」



 と天使のような姿の少女に出迎えられた。



「うぃ、ただいまー……」



 あまりに自然な振る舞いのせいか素直に挨拶を返しながら玄関に足を踏み入れようとした直前にふと気付く。


 ———え、誰っ?


 先にも少し言及したが俺は高校時代から天涯孤独の一匹狼として堂々と生涯独身を貫いてきた男である。

 なのでこんな天使みたいな絶世の美少女にお出迎えをされるような覚えなどは皆無。

 何よりも驚くのは彼女が俺の本名を口にしていたことである。


 その名は詐欺師になると決めたとうの昔に捨て去った名前であり、今の俺と霧嶋雫を結び付けることが出来る者などいるはずがないし、何より十代半ばくらいの少女が知り得る情報ではない。


 長年の経験で培った危険察知能力が警鐘を鳴らす。


 こういう時、慌ててはいけない。

 常に冷静であり、常に場を俯瞰的に掌握すべし。

 危険を感じたのならすぐにでも逃げること。



「間違えました」



 詐欺師の心得を心に刻みながら俺は無心でドアを閉めた。


 今のご時世、酔っ払って部屋を間違えてしまえばそれだけで警察に捕まるような危機感に敏感な時代。

 それだけ今の世の中は殺伐としているのでここはすぐさま退避が正解である。


 ふぅ、危なかったぁ。


 さて、とその場から一歩後退して部屋番号が記載されている表札を確認のために一瞥。

 そして、念入りにまぶたを数回擦って、また一瞥。

 不思議なことに何度見ても自分が一年間孤独に過ごしていた部屋番号に変わりはなかった。


 はて? と一度腕を組んで首を捻っていると、


 

「いやいや霧嶋さん! 間違えてないです! 酔っ払い過ぎて頭おかしくなってるんですか?」



 などと、自動ドアのように再び開いたドアから再登場した天使ちゃんは何食わぬ顔をしながらあたかも知り合いのような物言いで俺に詰め寄ってきていた。


 念のために言っておくが、断じて知り合いではない。

 見たこともないし過去に騙したという覚えもない。

 それともまさかこれまで騙した奴らの親族か何かの類だろうか。


 だとすると、これだけ若いのに家族を騙されたという執念だけで俺のパンドラの箱とも言える本名に辿り着いたということだ。


 ただただシンプルに怖すぎる。


 すぐさま俺は目の前のかわいらしい美少女を明確な敵として認識を改めて、彼女を排除することにした。

 なのでまず、明後日の方向に視線と指先を向けて、俺はいかにも自然に、



「あ、UFOだ!」 ——………と呟いた。



 これは何か珍しいものをあたかもそこにあるかのように示唆して彼女の気を逸らせる作戦である。

 まぁ、子供騙しな釣り針だと思うかもしれないけど、これはもう仕方ない!


 何故ならまだ体内に滞留しているアルコールのせいでまともな語彙が浮かんでこなかったからだ。


 不覚っ……!! 

 流石にこんな子供騙しにかかるはずもなし!


 小娘め、流石は俺の身元に辿り着いただけはあって、俺が酒に強くないことも承知の上で弱体化したタイミングを狙っていたな、と敵ながら感心していたら、



「え!? どこですか!?」



 と、素足のままでドアの外まで駆け出してきた。

 どうやら彼女は想像を超えたアホだったようだ。



「………あ、あっちだよ」



 俺は唖然としつつも少女を更に外へと誘導し、外に出た彼女と入れ替わるようにして玄関に侵入。

 そのまま流れるような動きでドアを閉め、鍵を閉め、トドメとばかりにチェーンを掛けた。


 ——究極のアホで助かったぁぁああ!


 なんて息を吐いて安堵していると、どうやらアホは自分が騙されたことにようやく気付いたようだ。



「……へ? ちょ、ちょっと、霧嶋さん!? どういうことですか!? 何で閉めたの!? え、鍵も!? というかUFOはどこにいるの!? ねぇ!!!」



 俺はバンバンとドアを叩いて喚いているアホをつまみに途中で買ってきた天然水をぐびぐびと飲んでアルコールからの離脱を図っていたが、数分して気付くと、外が急に静かになっていた。


 不審に思いつつドアの覗き穴から外の様子を伺ってみるとレンズには人らしきものは映っていなかった。


 流石に諦めたか、と思いながらも念には念を入れて扉に耳を近づけて最終確認をしていると、耳元で心地の良い美声が聞こえてきた。



「霧嶋さん? 今からわたし叫びますね? この部屋にいる人に乱暴されたって大声で叫びますね?」



 それは紛うことなき悪魔のささやきだった。

 彼女は天使ではなく悪魔だったのだ。


 仮に実際に叫ばれたとしても、その内容自体は事実無根のガセ。

 しかし、無精髭を生やし酒臭い中年と見た目だけは天使のような少女の意見が出された場合、一般人はどちらを信じるのだろうか? まず後者だろう。


 世の中の冤罪がなくならない理由がそこにはある。


 今いるこのアパートはたしかにボロボロだが、その分家賃も安く、多くはないが住人もいる。


 つまり大声で叫ばれでもしたら住人が駆け付け、例えシロだろうと、暫定的にクロ判定をされて何よりも避けるべき警察様が来ることになるかもしれない。

 それは俺にとっては非常に不味い。

 勝利をもぎ取ったと錯覚していた俺は、そのASMRのようなひと声で瞬く間に形勢を逆転されたのだ。



「もうあと五秒で叫びますね? ——五、四、」



 そうこうするうちに追い討ちをかけるように始まってしまった死のカウントダウン。

 阻害するアルコールの余韻を振り切ってここからの選択肢を絞り出そうとしたが妙案は浮かばない。


 悪い大人のせめてもの足掻きとして財布から取り出した万札を三枚ほどドア下から滑らせてみたが、数秒の沈黙があった後に札だけが呆気なく吸われていっただけで特に譲歩とかはなかった。

 金だけ持ってくとか血も涙もねぇガキだ。



「———三、二、一、……」



 いよいよもって打てる手段がなくなった。

 こうなったら背に腹はかえられない。



「くっそぉ、なんなんだよもうっ」



 どうしても叫ばれるのだけは避けたい俺は仕方なくも恐る恐るチェーンを外し、鍵を開けた。


 ——ガチャ


 そうして鍵を開く音が鳴ったや否や、一秒のタイムラグも無いスピードでドアは強引に開かれ、空いた隙間から伸びてきた白くて細い腕が俺の左腕に巻き付いた。



「やーっと開けてくれましたね、もうっ! こうなったからにはもう絶対にこの手を離しませんからね!」


「………」



 ———鼻腔をくすぐる甘くてどこか懐かしいような香りが急接近し、少しの幸福感と多大な敗北感を感じながら俺はめのまえがまっしろになった。


 俺は再び問いたい。


 どうしてこうなったのか、と。


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