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第五章 片想い以上失恋未満

最終回です。ヘタレ男子の結末やいかに。

「東雲―――っ! どこだーーーっ!」


 声を張り上げ、真鈴は暗い森を走る。


 滑り「落ちる」と言っても過言ではない速度。忍成寺の周囲は日本古来の原生林のため、樹木だけでなく地面の凸凹もかなり荒い。

 そのため何度も足を取られるが、真鈴は顔に傷が出来ようとも、ふくらはぎを切ろうとも足を止めない。

 ほぼ夜目がないのにも関わらず。真鈴は必死に呼びかけを続ける。


「東雲―――っ! おーーーい!」


 五分ほど走り回っても、東雲の姿を探し出すことは未だ出来ていない。

 あまり体力がある方ではない真鈴は、五分間の全力疾走のせいでもう息が上がっている。

 だが、真鈴は東雲を探す足を止めない。


 人海戦術で容易に見つけられる広さの森だとは言え、東雲が滑落してからもう十分は経っているだろう、もし大けがをしていたら? 出血が止まらなかったら? 命に係わる……。


 などと高尚なことは、真鈴は全く考えていないだろう。顔を見ればわかる。


 上気した頬、らんらんと輝く目、荒い息。肉体の疲労ではなく明らかに興奮状態。さらに後先など眼中にないような行動。まあつまるところ……。


 今の真鈴は『最ッ高にハイってやつ!』。完全に自分のゾーンに入り込んでいる。

 だから今までのヘタレは鳴りを潜めている。行動型の人間になっているのだ。

 女の子は白馬の王子様を求めているという言葉がある。僕は「男の子だって、好きな女の子の白馬の王子様になりたかっている」と断言したい。


 だからこそ。僕はこのバカを助けてやりたい。ここらへんで僕の神としての威厳も見せたいところだし!


 僕の感覚を研ぎ澄まし、東雲の気配を探る。僕の気配察知は半径五キロまで感じ取ることが出来る。

 せっかくだから花を持たせてやろうと思っていたのであえて使わなかったが、ここらで運命的な出会いを演出することも必要だろう。一応、縁結びの神ですし?


 数秒ののち、僕は東雲の気配を察知した。場所は……。


「東雲っ!」

「真鈴、くん?」


 ……目の前でしたね。ハイ。僕要りませんでした。


 木の陰に座り込んでいた東雲の服装は、まあ酷い物だった。

 結い上げられた髪はほつれにほつれ、額からは一筋の血が流れている。皺ひとつなかった浴衣には泥がこびりつき、裾なんて盛大に裂けていた。

 玄関を連れ立って出た時とは似てもよらないボロボロな姿に、真鈴と東雲はどちらともなく「ぷっ」と噴き出した。


「真鈴くん……! なんですかその顔! 血まみれですよ!」

「東雲だって、ボロボロじゃねえか! それに泥まみれだし!」

「しょうがないじゃないですか! だってごろごろーって転がったんですよ! 泥まみれにもなります! 真鈴くんは声だってガラガラじゃないですか!」

「俺だって必死に走ったんだから仕方ないだろう! ずっと声出し続けてたんだし!」


 笑い、ややじゃれつき。東雲の表情はコロコロと変わる。さすがは日頃から仮面を被る少女だ。内心を隠すことなど造作もないのだろう。だが、今日の仮面は素直だった。

 笑顔のまま真鈴を見る東雲の目から、つうっと涙が流れる。


「東雲……?」

「あ、いやだ涙が。目にゴミが入ったんですかね」


 慌てて涙をぬぐう東雲。だが涙は次から次へと流れて来て、止まる気配が無かった。ここが正念場だ。気張れよ真鈴!


「あれ、あれ、おかしいですね。涙、とまんない――」


 どこまでも素直じゃない少女。本音の出し方も忘れてしまったようないびつさ。ここでそれが出来るのはお前だけだよな。真鈴。


 真鈴は、俺の願い主は、そんな少女の顔を胸元に掻き抱いた。


「ますず、くん?」

「ゴメン。凛。遅くなった」


 自分を包み込んだ真鈴の言葉に、東雲――凛の涙腺は決壊したらしい。押し殺そうと零れた涙ではなく、あとからあとから涙の筋が彼女の顔を滑り落ちていく。


「い、いきなり、斜面、落ちちゃって、山は真っ暗でっ! あちこち痛くて、なんか変な声もしてっ、こ、こわかったっ、こわかった……!」

「うん、ゴメン。ゴメン。そうだよな。怖かったよな」

「でも真鈴くんの、陽太君の声が聞こえたから、頑張って、ここまで歩いてきたのっ……! バカ、遅いのよ……!」

「よく頑張ったな。良かった。無事でよかった」

「うわあああああああああん」


 今まで貯め込んで来た涙を、我慢を、全て詰め込んだように凛は真鈴の腕の中で泣き続けた。



 十数分ほど経っただろうか。しゃくりあげもおさまった凛は、居心地悪そうに真鈴の腕を押しのけた。


「……ごめんなさい。取り乱しました」

「……おう」


 照れ隠しで顔を背ける真鈴と凛。沈黙が流れる。おい、ここまで進展してんのにまだヘタレるか貴様。ゾーン切れるの早過ぎだろ。という意を込めて。尻尾部分で真鈴の手をブスリと突き刺す。


「痛ぁ……」

「だ、大丈夫ですか真鈴くん」


 真鈴はビクンと震えた。凛は心配そうに膝立ちになる。


「あ? うん大丈夫。なんか手に刺さっただけ」

「そうですか……痛いですよねこんな女」

「うん?」

「私、人に自分を見せるのが怖くて、すぐに自分を隠しちゃうんです。そんな自分が、私は嫌い」


 凛は、真鈴と肩が触れ合うすぐ横に再び座り込む。それ以上踏み込むことが怖いように。これ以上、触れられたくないように。真鈴が黙って彼女を見つめる中、凛の独白は続く。


「だから、真鈴くんもこんな私より、もっといい――」

「俺、さっき美音に告られた」

「はいっ?」


 だがその流れをぶったぎった真鈴の言葉に、ぐちぐちと話していた凛は思わず彼の顔へと向き直る。


「そ、そうですか。お、おめでとうございます……」

「何がおめでとうなんだ?」

「だって、真鈴くんは美音ちゃんとその、お付き合い……なさるんでしょう?」

「なんでそうなる。きちんと振ったよ」

「えっ……」


 今日の凛は表情がとても豊かだ。仮面が砕け散っているせいか、驚愕、絶望、期待と表情がコロコロ変わるのがとても面白い。真鈴は空を見上げながらなおも続ける。


「俺さ、好きな人が居るんだ」


「……」


「いつも自分は相手の上位に居るようにふるまって、でも小心者だからオラオラ系の大地とかに話しかけられるのはちょっと怖くて、髪の手入れは人一倍気を使ってるのに、周りには「普通ですよ~」って謙遜する」


「……」


「寂しがり屋なのに素直じゃなくて、いつも自分は一歩引いてるから他の人の利益になるように動いちゃって、そのせいでいつも陰で泣いてて」


「……」


「そういう所がめんどくさくて、大好きなんだけど。俺が一番好きなのは、その人が撮る花の写真」


「……!」


「カメラに花を収めようとしてるのか、ってくらい集中してる横顔に、まあなんつうか、一目ぼれしちまって、ね」


 言葉を切り、真鈴は凛に向き直る。手を胸元できゅっと組み、凜は潤んだ瞳で真鈴を見つめている。

 瞬間、月を覆い隠していた雲が晴れ、月明かりが二人に降り注ぐ。視線が絡み合って、世界に二人しかいないような雰囲気を醸し出す。

 まあ僕は真鈴の右手下で転がっているんだけどね。


 そして、数分とも思えるほどの時間が過ぎ、真鈴は口を開いた。


「東雲凛さん。俺は、貴女の事が好きです」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおお言ったああああああああああああああ!!!


 真鈴の告白に、凜は耳まで顔を真っ赤に染めて硬直している。あわあわ、と手は所在なさげに動いていたが、真鈴が


「返事、聞かせてくれないか」


 と問い観念したのか、深呼吸をし、口を開こうとした。


 よし! これで僕は晴れて解放……! ハッピーエンドだっ! さあ言え! イ・エ・ス! イ・エ・ス!


「陽太くん、私は――」

「見つけたあああああああああああああああああああああああああ!」


 突如飛び込んで来た声に、びくんっと二人は二メートルほど飛び上がった。声の出所に目を向けると、東雲怜が体中に葉っぱをまとわりつかせて立っていた。


 ……えっ。


「リンちゃんいたぞおおおおお! 野郎どもさっさと担架持ってこんかい!!!」

「「「おうっ!」」」


 あれよあれよという間に、凜は即席担架に乗せられ、すぐ真下に停止していた車へと放り込まれる。

 ロケットスタートを決めたミニバンは、凄まじい轟音と僕たちを残して、麓へと走り去って行った。


「えっ」

 えっ。


  一世一代の大勝負に出た男は、その答えを聞くこともできず、山中に取り残された。

  このまま、終わり? マジ?

残念! トリックじゃよ!!

すいません殴らないで……。エピローグに続きます

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