第四章 忠言以上失言未満
調整していたら最後は二つに分けたほうがいいかもしれない、と判断したので一つだけ増やしました。
よろしければお付き合いください。
昼は炎天下の中あくせく農作業をして健康的な汗を流し、夜は都会から来た若者を珍しがる村人たちとの交流が行われた。
来た当初はどこかよそよそしかった真鈴も、地元のおじ様方と小気味いいジョークを飛ばしあえる関係にはなっていた。
即座に東雲への好意を見抜かれ、邪推にまみれた爺共からあることないことを吹き込まれかけていたが、東雲本人や東雲祖母に本殿裏へと連れていかれてから未だに姿を見ていない。どこいったんだろう……。
そして日付は八月一八日。時刻は一九時。
しっかりと日が暮れてひぐらしのなく頃になった頃、真鈴はTシャツにデニムの半袖ジャケットと短パンで僕をつるしたスマホを弄っていた。
今日は高台にある忍成寺の夏祭りの日。
一昨日真鈴が風呂から上がると、東雲と鳴宮が待っており「忍成寺夏祭り行くよ!」とお誘いがあった。
今日の作業が終わってから真鈴はそそくさと風呂に入り、身だしなみを整えて玄関の下駄箱前でそわそわと待機していた。
スマホを弄ったり玄関から奥を除いたり玄関にある小型鏡で前髪をいじいじしたり。
……コイツ前髪弄るの好きだな。
どこかほほえましい挙動不審さで、僕はぶらんぶらんと振り回されていた。別に目は回らないが、少し気持ち悪くなってきたのでやめてほしいな。
そうやって十数分で待機していると、パタパタと言う足音が二人分と、鳴宮のハツラツとした声が背中を追い越してきた。
「やっほー、お待たせ!」
「美音か……ったくなんで女子ってのはこんな……」
暑い玄関で待っていたためかやや苛立った声で真鈴は振り返ったが、その瞬間ぽろりとスマホを取り落とした。僕がぎゅむ、と下敷きになったおかげでスマホは無事だった。
鳴宮は初日とは違い白のワンピースに花のアームアクセサリーというキングオブ清楚な格好をしていた。意外と雰囲気と噛み合っているいい塩梅の格好だが、真鈴が僕を取り落とした原因は彼女の後ろにあった。
セミロングの髪を後ろに結い上げ、藍色にアサガオ柄があしらわれた浴衣を纏った東雲がやや息を切らせて鳴宮を追いかけてきていたのだ。
「も、もう美音ちゃん。急に走り出さないでよっ……ごめんね、真鈴くん。待った?」
「……」
「ま、真鈴くん?」
「おあっ! いや、待ってない。ぜんっぜん待ってない!」
顔を覗き込まれて真鈴はやっと再起動を果たし、ぶんぶんと両手を振って否定の意を示す。日本の古き良き浴衣装束。
ただでさえ東雲は柔らかい雰囲気の少女なので、まあ一介の童貞に過ぎない真鈴にはかなり強烈な刺激になったのだろう。
真鈴の視線に気づいたのか、東雲はいたずらっぽく笑顔を浮かべた。
「もしかして真鈴くん、私に見とれてた、とかですか?」
「お、う。綺麗すぎて、見とれてた」
「……ありがとうございます」
真鈴をからかってやろうと思ったのだろうが、彼がストレートに褒めてきたので耐え切れなかったらしい。表情を表に出さない東雲にしては珍しく、顔を真っ赤にしてサイドヘアをくるくると指で弄び始めた。
ねえなんでコイツら付き合ってないの?
二人がもじもじお見合い状態に突入してしまったが、その空気を横から快活な声が割り込む。
「もう、早く行かないとお祭り終わっちゃうよ!」
「あっちょ、まっ……」
「そ、そうですね、行きましょう真鈴くん!」
それぞれスニーカー、下駄、上げ底サンダルを履き、三人は連れ立って玄関を出ていった。
僕をそのまま放置して。
先ほどとは打って変わって、しんと静まり返る玄関。先ほどと同じように転がる僕。
え、マジ? 僕祭り終わりまでこのまんまなの? 嘘だろ?
おーーい! 誰かーー! 俺を真鈴にくっつけてくれーー!
出歯亀が出来ねえーーーーーー!
「聞こえてますよ、そんなに叫ばなくても」
……え?
視線を廊下の奥に向けると、から歩いてくる人影が一つ。徐々に明かりが当たり、顔が露わになる。東雲の祖母、通称シノばあだった。
「シノばあって呼ばないでくださいよ。一応『東雲怜』って名前があるんですから」
あっはい。……えっ、もしかして聞こえてるの?
「ばっちり聞こえてますよ」
……何者ですか怜さん。
「これでも一応茨槻神社で巫女をやってましたからね。五〇年も前の話ですが」
五〇年……前。ということは僕が東雲に感じていた既視感って。
「おそらく私ですね。あの子は若い頃の私にそっくりですから」
東雲怜は僕を拾い上げつつ孫の凛そっくりな眼を細めて笑う。合点が行ったと同時に、僕は疑問に思う。なぜ怜は僕の声を聴くことが出来る? 巫女だとは言えさすがに無理があるのでは?
「ああそのことですか。実は私も××様に縁結びしてもらったんですよ? 覚えていらっしゃいますか?」
ごめんなさい。まったく覚えてないです。
「でしょうね、第一印象が『老婆』の時点でなんとなく察してました」
じゃああの時のウィンクってやっぱり……。あと一応今のオレは九尾コンだから……。
「おっと失礼しました。ではコン様、と。その通りです。来た時からコン様のお声は聞こえておりましたよ」
怜は靴を履き、星空が光るあぜ道に出る。道端に等間隔に提灯が並び、お囃子が聞こえてきていた。
「私の願いはたった一つです。コン様」
なんだい怜さん。
「あの子たちに、後悔なきよう。やっぱり私でも孫は可愛いもんでね」
……善処するよ。
そう言っている間に、前方からこっちに走って来る人影が見えた。真鈴だ。一人で引き返してきたらしい。
「おあ、シノばあ! 俺のスマホ見なかった!? 玄関で落としたっぽくて!」
「これだろ?」
「あっ、ありがとうシノばあ!」
怜はぽーんとスマホと僕を放り投げる。慌てて真鈴は僕をキャッチし、来た道を戻ろうとした。が、怜の声が掛けられて歩みを止めた。
「あっちょっと待った」
「うん?」
頑固そうな老婆な顔は鳴りを潜め、真面目な表情で怜はこちらを見つめていた。
「なに、シノばあ」
「逃げちゃだめだよ。アンタも、貴方も。やれるときにやりな」
「……?」
「さあ行きな! 女を待たせちゃだめだよ!」
「う、うん。わかっ、た?」
首を傾げながら、真鈴は走り出す。……婆さん、やってくれたな。最悪の助言に近い、真鈴に「逃げるな」とは。
少なくとも今日発生する鳴宮の告白イベントで、自分の意思に従って真鈴が逃げることも無意識で抑制されてしまうかも……。
ああもう! なんでこういうイレギュラーが出るかなぁ!負けないからな。僕は。
違った意味で僕が決意を固めていると、だんだん人影が増え始めた。
年に数回の祭りとあっては当然だが、村人のほとんどが集まっているほどの人込みへと成長した。
田んぼが途切れて、参道が見え始めるくらい道脇で、鳴宮は真鈴を待っていた。鳴宮、一人で。
「おまたせ~。あれ、東雲は?」
「え? あー。お花摘みにちょっと先行くって、言ってたよ?」
「ふーんそっか。じゃあ早く合流しないとな」
「そうだね、行こ行こ」
鳴宮は真鈴と腕を組み、参道をわいわい歩く人たちへと先導しようとした。
……待て待て待て待て!!! 絶対違うだろそれ!
お花摘みに行くなら東雲は実家に帰ってくるだろうし、あの東雲が真鈴を置いて先に行くわけないだろう! クッソ、でもこのままじゃ二人で先に進んでしまう……。どうする?
――やれるときにやりな。
東雲怜の言葉が脳裏に蘇り、僕ははっとする。
あの東雲怜が鳴宮の暗躍に気が付かないことがあるだろうか? いや、ないだろうそんなこと。僕の存在にすら気づいた老婆だぞ? 小娘一人の計略なんて見透かせるはず。となると、あの発言は。
――私も、××様に縁結びしてもらったんですよ?
――やっぱり私でも孫は可愛いもんでね。
――逃げちゃダメだよ。
僕に、東雲の恋路をサポートさせるための、布石か……!
ただダラダラと昔話をしたわけじゃない。日和って僕に「逃げ」させないように……! やっぱり食えない婆さんだ。コンチクショー!
いやまあ日和見する気は無かったんだが、あまり表だって僕が超常を起こすわけにはいかない。真鈴に変に注目が集まってしまうからね。
だがしかし、あの婆さんがあの発言をしたということは、ある程度の異常は婆さんが抑え込む、という決意の表れだと受け取ることにする。
その動機は東雲凛可愛さゆえに。
やれやれ、人間は難儀な生き物だな全く。
僕が頭を巡らせている間にも、二人は着々と歩みを進めている。くそっ、東雲が居なくなった原因は確実に鳴宮だ。絶対にクロだという確証はあるのに証拠がない! もう一度彼女が立っていた場所を……。
ん?
鳴宮が先ほどまで立っていた場所は、徐々に坂道になる参道の端だ。参道を外れれば、勾配がややキツい森が広がっている。その直前に、僕は奇妙な物を見つけた。
花の飾りが付いた鼻緒の女性用下駄が片方だけ。見覚えがある。具体的に言うと数分前に東雲凛がそれを履いたのを見た。
なぜ彼女の下駄がそこに落ちている? しかも片側のみ。答えは明白だ。
東雲凛は落ちたのだ。参道脇から森に。
いや、落とされたのかもしれないが、それはこの際どっちでもいい。重要なのは「東雲凛が森方面に落ちた」ということだ。それは下駄を見ればすぐにわかるはず。
が、僕はこれを真鈴に伝える手段を持たない。今東雲怜がいれば、彼女経由で話を伝えることも出来たのに……! いや待て、東雲怜はなぜ僕の声が聞こえると言った?
――私も、××様に縁結びしてもらったんですよ?
彼女の発言から察するに、僕に願い事をして共に過ごした場合、僕と意思疎通が出来るようになる。過去なら東雲怜。今なら真鈴陽太。ということだ。
……あの婆さん、一言に何個の意味を込めているんだ。神世七代様と同じく予言の目を持っているのか? 恐ろしいな全く。東雲凛にそこはかとなく感じていた聡明さは東雲怜の遺伝だったのか。
「ねえ陽太。行こうよ。またなんか忘れ物?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、なんか頭の中が妙にやかましいというか……」
まずい、鳴宮が強引に真鈴を連れていこうとしている。今しかない。やるぞ!
『下駄下駄下駄下駄下駄下駄下駄下駄下駄下駄下駄下駄下駄下駄下駄下駄下駄!』
「なん……えっ……?」
おおっ! 一部だけだが僕の声が真鈴に届いている! よし、この調子で……!
『参道脇下駄参道脇下駄参道脇下駄参道脇下駄参道脇下駄参道参道脇下駄!』
「参道脇……? 下駄……?」
真鈴が言葉を繰り返した瞬間、鳴宮の顔が強ばる。ビンゴ、鳴宮はクロだ。
「い、いきなりどうしたのさ。参道脇……? 下駄……?」
「いや、頭の中で誰かが……気のせいかな」
くそっ! まだ足りないか! この手は使いたくなかったが、致し方ない……!
精神を集中し、九尾コンの身体に意識を巡らし、スマホごと僕の身体を下駄方面へと吹っ飛ばした。このキーホルダー、実は京都伏見稲荷大社が売り出しているマスコットなのだ。たまたまだろうが運がよかった。一時的にではあるがこうやって外界に干渉することが出来る!
「おうわっ!!」
「えっ、何何!?」
「いや俺のスマホが勝手に吹っ飛んで……!」
転がり続ける僕と真鈴のスマートフォン。それを追って先ほどの場所へと戻る真鈴。無茶な方法で物体を動かし続ける僕に、どんどん疲労が溜まっていく。意識が真っ黒になる直前で、東雲の下駄横にたどり着いた。
「やっと止まった……! なんでいきなり……」
はた、と真鈴の動きが止まる。健全な男子高校生が、片思い先の靴を見間違えるわけがない。健全な男子高校生だから。
「この下駄って……」
「あっわあわわ!」
謎の奇声を上げ、鳴宮が下駄を森の中に蹴飛ばす。てめえーーー!
「あれーっ! なんか蹴っちゃったかな!? あれーっ!?」
「美音。さすがにそれは、俺でもわかる」
「……っ」
バツの悪そうな雰囲気で、鳴宮はうつむく。叱責に怯える子供のようだ。真鈴は淡々と鳴宮に問いかける。
「お前が、やったのか?」
「違うっ!」
即座に否定の言葉が返る。彼女の揺れる瞳は後悔と困惑、悔恨に苛まれているが罪悪感は宿っていない。というよりも、罪悪感よりも責任転嫁の色が色濃く出ている。おおかた――。
「だって、私、肩押しただけ……! ちょっと転ばせてやろうって思っただけ……! まさか落ちるなんて思ってなかった……」
――いたずらが取り返しのつかない所まで行ってしまった、ってとこだろう。
ついに彼女の目からは球粒の涙がぽろぽろとあふれ出し、地面にシミを新たに生み出す。参道を歩く人たちからの視線も集まりはじめ、鳴宮は顔を押さえてしゃがみこんでしまう。
真鈴は鳴宮と同じ目線になり、諭すように言葉を紡ぐ。
「お前は悪くない。突然立ったらどうしたらいいかわかんないもんな」
「……」
「俺がなんとかする。できるかどうかはわからんが」
「違うのっ!」
鳴宮はがばっと顔を上げる。瞳には罪悪感の色が灯り、アイラインも涙でぼろぼろになってしまった一人の少女の顔だった。
恋の衝動が生んだ暴走。彼女もどこかでその後ろめたさに気づいていた。
だが知られたくなかったのだ。真鈴に、好きな男子に自分のそんな醜い内面を。
「私が、凛ちゃんを出し抜こうとしてたの……。このお祭りで……!」
「……」
「こんなになっちゃったけど、ダッサいしシチュエーションも最悪だけど、私、私……」
今度は決意の色が鳴宮の瞳に灯る。表情筋がないはずのぬいぐるみの眉間がぐっと歪んだ。生の心をさらけ出す予感に僕は顔を背けかける。
「私は、陽太が好き……っ!」
胸が、痛い。本人も無我夢中だったのだろう。
言い切った後に「あ……」とつきものが落ちた顔をしている。
周囲の人たちにも聞こえるほどの大声だったので、精いっぱいのアイラブユーを叫んだ少女は出刃亀根性全開の観客の視線にさらされていた。
さきほどとは違って頬を桜色に染めてうつむく鳴宮。だが瞳は不安そうに微かに揺れている。数分、十数分とも思える時間が過ぎた。
実際は数秒だったのだが、それほどに祭りの喧騒も静まり返っていた。
真鈴は微動だにせず、静かに瞳を閉じている。だがすべてに始まりがあるように、終わりは必ず訪れる。真鈴はぱちりと目を見開き、口火を切った。
「ありがとう。美音。正直すっごい嬉しい」
ぱっと顔を上げた鳴宮。不安の中に微かな期待が混じる。僕の一からは真鈴の顔は全く見えないが、真鈴の表情を見た彼女の顔は瞬時に曇った。
「でも、ゴメン。俺はお前の好意は受け入れられない」
おお、男気あるじゃないか真鈴。火急の用だからはぐらかすかと思ったけど意外と男気あるじゃ……。
――逃げちゃダメだよ。
……真鈴怜……またお前か……。一体どこまで見通してんの……?
完全にうつむいた鳴宮に、真鈴は自分のジャケットをかぶせる。そして真鈴はざわざわしている群衆に向かって声を張り上げた。
「すいませーーーーん! ご協力をお願いします! 森の中に女の子が落ちてしまって! 人手が必要なんです!!」
先ほどとは別次元のざわめきを産むやじ馬たち。真鈴が叫んだおかげか、数日前に真鈴を弄りまくっていた村人たちが前に進み出て来た。
「ボウズ、女の子ってまさか凛ちゃんか!?」
「「「なんだと!?!?」」」
さらにざわめくむさくるしいおっさんたち。というかざわめき過ぎだろう。カ〇ジか。真鈴はその言葉を頷きで肯定し、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「車をお持ちの方は、山下の車道からお願いします!」
「わかった!」
むさくるしいおっさんたち七人ほどが走っていき、後には真鈴とやじ馬たちが残された。真鈴は振り返って斜面へ近づいて行く。その姿に鳴宮は彼のシャツを掴んで制止する。
「陽太、あぶないよっ! いろんな人が行ってくれたし、ここで待ってよ? ね?」
「ここは病院が遠い。お前が言ったことだよな? 早く行かないと、手遅れになるかもしれない。それに――」
真鈴はやんわりと彼女の手をほどいた。そして真鈴は決意の言葉を紡ぐ。
「俺、東雲のこと、好きなんだ。ごめんな」
その言葉を聞き、鳴宮は力なく頽れる。彼の願いだとは言え、失恋の物語を見るのはいつでもしんどいものだ。
それに肝心の問題が解決していない。僕が気を引き締めるのと同時に、真鈴の準備も整ったらしい。
真鈴と僕は、勢いよく斜面へ飛び込んだ。
すまんな。もうちっとだけ続くんじゃ……
次回、最終回です。最終回のあとエピローグがあります。




