第一章 キーホルダー以上神未満
以前書いた短編を投稿します。
これから連載作品も書いていくつもりなので、気に入っていただけたならばブックマーク、レビュー、感想等、よろしくお願いいたします。
「暑い……。目覚まし止めたの誰だよぉ」
さっさと走れクソガキ。お前が自分で止めてたぞ。何が「あと一〇分」だよ。
「げ、信号赤じゃん! ここ長いんだよな……。」
今赤信号になるのは不味い。僕が何とかしよう。……よし。
「ん? もう青になってる……。まあいいや。ラッキー」
ラッキーなはずないだろ。毎日こうだと気が滅入るな……。
うん? 話が噛み合ってないって? そうだな。まずそこから僕の話をしようか。
申し遅れたが、僕は神だ。
このガワの名前は九尾コン。
近畿の片隅の都市・茨槻市に祀られていた由緒ある神霊なのだが、今の僕は可愛らしいキツネのキーホルダーになっている。だから僕の声はコイツに聞こえてない。一人芝居に近いな。
日本三大神のスサノオノミコトの部下である僕がなぜデフォルメされた哺乳綱ネコ目(食肉目)イヌ科イヌ亜科の偶像になっているのか。それは現在進行形で僕をぶらさげている制鞄の持ち主、真鈴陽太が原因だ。
二か月前、この男は「部長とカレカノになれますように」と僕の神社で願いを奉げた。
あまりの他神本願な願いを鼻で笑っていたけど、翌日気が付くと僕はこの男のキーホルダーに宿っていた。
記憶をたどるとご主神さまから「あの子おもろしろいね。縁結び頼んだわ」って言われた気もする。
たかが人間の縁結び程度数週間で終わるだろうとも思っていたから軽い気持ちで仕事に臨んでいた。しかし、この男には重大な欠点があったのだ。
ちょうど学校に着いた頃だし、実際に見たほうが早い。一目でわかるから。
教室後方の棚上に鞄を置き、真鈴は最後尾の自分の席に座る。
ちょうど僕の右目には真鈴、左目には誰も座っていない席が写る。真鈴は隣の席に向かって来る人影が視界に入った途端、そわそわと落ち着きを無くした。
前髪をいじったり湿った紙切れで首筋を清めたりしている。女子生徒はそんな真鈴の姿を見て軽く微笑み、澄んだ声で彼に声を掛けた。
「おはよ~」
「お、おう。おはよう部長」
「部活じゃないんだから部長は辞めてよ」
「ご、ごめん。……し、東雲」
「はーい、おはよう真鈴くん」
女子生徒――東雲凛に真鈴は半ば裏返った声で返事をした。滑らかな黒髪を耳にかけて、東雲はぐいっと伸びをする。
この東雲凛という少女。クラスの男子からの人気も高い少女なのだが、真鈴は「彼女が写真を撮る姿」に一目惚れしたらしい。
僕は彼女の顔を初めて見た時、奇妙な既視感を得たのだが、まあ一日何千人参拝者が来てるかわからないし、どっかで見たのだろう。
「今日暑いね。もう七月だし仕方ないかな」
「ま、まあ七月だし。最高気温も三五℃超えるらしい」
「ええ本当に? やんなっちゃうね。そういえば今日は小テストあるけど、勉強してきた?」
「えっ!? 何の範囲!? ヤバいなんもやってない!」
「嘘だよ~」
ぺろっと舌を出した東雲に真鈴はうぐっと息を詰まらせる。貧乏ゆすりが加速した。
「でも期末テストはもうすぐかぁ。憂鬱だなぁ」
「オレハ……ダイジョウブダヨ?」
「絶対嘘だ。じゃあ部活中に勉強会しないとだめかな~」
「えっそれって……」
答えは返さずに東雲は微笑み、真鈴の顔は瞬時に赤く染まった。
「なぁに?」
「い、いやなんでもないです……」
言葉尻が小さくなっていく真鈴。だが視線はちらちらと東雲の表情を気にしている。
……さて、真鈴陽太という男の欠点がはっきりとわかったはずだ。
コイツは典型的な「ヘタレ男子」。目下の問題一つ目だ。
好立地+相手からの好意的な印象はわかっているらしいが、この男は常に受け身で惚れてる女にアプローチを仕掛けることもこの半年一度もできてない。
真鈴がこの少女に惚れた経緯はよくわからなかったが、彼女の一挙手一投足にどぎまぎするくらいほれ込んでいる。だが、真鈴はその肝っ玉の細さでまったく関係を進展させていない。
参拝に来た時調べたことだが、実は彼の奥手すぎる行動の根底には、一四歳でこっぴどく振られた失恋経験がくすぶっているらしい。
キーホルダーがカウンセリングが出来るわけでもないから知ったこっちゃないが、僕はこの二人を恋仲にしないと解放されない。
このままだと高校生活が終わっても僕は九尾コンのまんまかもしれない。
……まあ問題はそれだけじゃないんだけど。
真鈴が真っ赤に硬直している間にも、制服に身を包んだ若者たちは続々と登校してくる。
そんな中一人の男子生徒が東雲に近づいてきた。
整えられた頭髪は彼自身の声と相まって彼の清潔感を演出するのに一役買っている。
「おはよ東雲さん! 今日暑くない?」
「……。おはよう大地君。暑いねえ」
「期末試験終わったら夏休みだよなぁ。東雲さんはもう予定ある?」
爽やかな見た目とは打って変わって肉食系男子な大地奏太に対し、東雲はニコニコと微笑んでいる。
が、腕を組んでいる体勢を崩さずに指を右肘にとんとんと当て始めた。
鼻筋の通った彼女の顔に視線が吸い付けられている大地はそれに気づいていない。
真鈴は大地が東雲と会話を始めてからどこかに行っている。
どこに行ったのかは見当がつかないけどね。
「夏休みかぁ……家のお手伝いだけで夏休み終わっちゃうかも」
「東雲さんのおうち、畑持ってるもんね。大変そ。俺手伝おうか?」
「ううん。大丈夫。大地君キャプテンなんだしそっちに集中しないとダメじゃない?」
「そういえば来週試合があるんだけど、東雲さん予定は……」
矢継ぎ早に言葉を投げかけている大地。一見東雲の表情は先ほどと変わっていないようにも見えるが、徐々に指トンの速度が増している。
「授業始まっちゃうし、席に戻った方がいいよ大地君」
「大丈夫だって、少しくらい」
「うーん、でも――」
東雲はぐいぐいと押しを強める大地に押され気味だったが、二人の顔の間に勢いよくペットボトルが割り込んだ。いつのまにか居なくなっていた真鈴だ。
「し、東雲! 茶買ってきた!」
「おい真鈴、今俺が東雲さんと話して――」
「俺、いつから手伝いに行けばいいんだっけ!? 八月一五日からだっけ!?」
「は?」
割り込まれてイラついた様子の大地を無視して真鈴は一気にまくしたてた。初めは困惑していた様子の東雲だったが、合点が行ったような顔をして目の前にある真鈴の手を掴む。
「そうだね、教えたいこともあるから一五日から来てもらえるとありがたいな。おじいちゃんが腰悪くしちゃって人手が足りなかったんだよね。助かっちゃった」
「ありゃ……その日から俺合宿だ……」
「ウチの来客用寝具二つしかないし、真鈴君とおばあちゃんの知り合いでもう埋まっちゃってて。ごめんね大地君」
「うう、無念だ……」
片目を瞑って小さく手を合わせる東雲。残念そうにつぶやいた大地に、もごもごと真鈴は付け足した。
「あと大地……さん。顧問の碁山先生が職員室で呼んでたよ」
「え、マジ? こんな時に呼び出すなんて空気読めよな……」
大地が席を離れた後、「はひぃ」と声を漏らして真鈴は緊張の糸が切れたように座り込んだ。
「真鈴くん、大丈夫?」
「うん、だいじょ……」
へたり込む真鈴。ここでやっと東雲と間接的にではあるが手を繋いでいたことに気づいた様子。慌てて手を振り払おうとしたみたいだが東雲が手を離さないらしく哀れになるほど動揺している。
「あの、部長……」
「うい、席に付いて~朝礼始めまーす」
「あっごめん。ホームルーム始まっちゃうね」
ぱっと手を放した東雲に真鈴はショックを受けた様子。意気消沈して机に突っ伏したが、見るべきはそっちじゃない。東雲に注目だ。
「……」
担任の伝達事項に耳を傾けるふりをしながらお茶を握りしめているようだが、微かに耳が赤くなっている。ボトルと漆黒の凹みオーラを纏う真鈴を交互に見て、今度は頬がほんのりと桜色に染まった。
「部長……?」
「な、なあに? あと真鈴君。部長はダメ、だよ?」
「あっ、ごめん東雲……」
視線を感じた真鈴が上体を持ち上げるが、その時には既に東雲は柔らかな渋面を真鈴に向けていた。先ほどの年相応の顔は奥へ引っ込み、仮面をかぶるように彼女の顔は「温和な女子生徒」へと戻る。出雲に集まった時に見たなまはげ様や大王殿様みたいに表情を使い分けている。ちなみに真鈴はカウンターで小言を浴びて再び机に突っ伏した。
僕が頭を悩ませている問題その二がなんとなくわかったはずだ。
この東雲凛という女子生徒。彼女は自分の内面を誰かに見せることを極限まで嫌う。
他者に素を見せない代わりに誰とも対等に付き合わない。
今まで様々なところで見てきた典型的な「回避依存症」の症状。
おそらく嫌われるのが怖い、類のものだとは思うがどうでもいい。僕は彼女の守護神でもなければ御祭神でもないのだし。
それに彼女の素の表情を見た通り、どうやら東雲も真鈴に好意を向けられていることはまんざらでもないらしい。
だからこそ彼らの精神性が障害だ。「恋愛に臆病なヘタレ」と「嫌われるのが怖い回避依存症」。
そのせいで今日まで僕が限られた神通力で手繰り寄せた機会――ある時は映画のペアチケットを、またある時は体育倉庫に鍵を掛けたことも――も悉く引きちぎられてしまった。
一筋縄ではいかなかったのだ。ここまでてこずったのは僕史上初めてのことだ。
でも手をこまねいているわけではない。
僕はこの夏休みに一気に勝負を決めるつもりだ。やってやるぞ。決戦は八月二〇日に行われる茨槻市最大の祭り、「茨槻フェスティバル」だ。
懸念事項はまだ一つあるのだが……まあ問題ないだろう。アレはついてこないだろうし。
僕は脳裏に浮かびかけた一人の少女の姿を頭から追い出した。
そうやって決意を固める僕の前で、真鈴は東雲の表情を伺っては突っ伏し、伺っては突っ伏しを繰り返し、東雲は東雲でぽーっと真鈴が渡した「ど~いお茶」を眺めている。
お互いの様子を伺ってもじもじとしている二人に、僕は無性に腹が立って来た。
覚悟しろよ、お前ら絶対にリア充にしてやるからな!
5章+エピローグになっています。近日中に投稿します。
※投稿後、一章増えました




